126話 戦いの決着
赤い炎が、俺――橙真の身体を包んでいる。
熱い。
けれど、不思議と苦しいとは感じなかった。
むしろ――身体が軽いと思った。
目の前には、巨大な邪神体が生み出した無数の眷属が空中に浮かんでいる。
氷。
雷。
風。
そのすべてが、俺へ向かって一斉に飛びかかってきた。
けれど。
俺は、ただ手を前へ伸ばした。
炎を、ドーム状に一気に広げた。
赤い炎が視界を埋め尽くす。
ドームへ飛び込んできた眷属たちは、炎に触れた瞬間――次々と焼き尽くされていく。
氷の眷属が燃え尽きる。
雷の眷属も燃え尽きる。
風の眷属は炎の中へ飲み込まれ、その炎の勢いをさらに高めていく。
一瞬だった。
あれだけいた眷属が、瞬く間に消えた。
「……え?」
誰かが声を上げた。
けれど、俺には聞こえない。
世界は、相変わらず静かだった。
俺は炎のドームを仲間たちの周りに残したまま、巨大な邪神体へ向かって走り出した。
巨大なヒレが振り下ろされる。
俺は避けない。
俺は、炎を纏った拳を、振り下ろされたヒレへ叩き込んだ。
――轟ッ!
炎が爆発する。
巨大な邪神体のヒレが、大きく焼き焦げた。
その身体の奥で、赤い光が揺れる。
咲が見つけていた核だった。
俺は炎を放った。
赤い光が一つ、消える。
また一つ。
さらに一つ。
巨大な邪神体の身体から、赤い光が次々と消えていく。
「橙真!」
誰かが叫んでいる。
でも、俺までその声は届かなかった。
「橙真、もうやめて!」
それも聞こえない。
「橙真くん!」
花江さんの声も。
「日向、戻ってこい!」
風宮さんの声も。
「橙真!」
蒼太の声も。
「橙真……!」
碧羽の声も。
「橙真先輩……」
咲の声も。
何も聞こえない。
俺は、ただ目の前の邪神体を倒すために前へ進む。
巨大な邪神体が咆哮する。
その身体から、再び黒い霧が噴き出した。
無数の眷属が生まれる。
けれど――すぐに、俺は右手から炎の渦を突き出し、すべてを焼き払った。
そして――巨大な邪神体の胸の奥に、最後の赤い光が見えた。
俺は拳を握る。
炎がさらに強くなる。
そのまま、地面を蹴った。
巨大な邪神体がヒレを振り上げる。
俺は、そのヒレごと炎で包み込んだ。
そして、巨大な邪神体は地上へ墜落した。
俺は、邪神体を一気に倒し切るために、空中へ駆け出し、邪神体のすべてを見られるくらいの高さまで駆け上がった。
最後の赤い光が、大きく揺れた。
俺は、その中心へ向かい、拳から炎の渦を突き出した。
――ドンッ!
赤い光が砕け散った。
巨大な邪神体の身体に、大きな亀裂が走る。
亀裂は一気に全身へ広がっていった。
そして――巨大な身体が、崩れ始める。
黒い霧が空へ溶けていく。
残っていた眷属も、次々と消えていった。
俺は、その場から離れるように地面へ向かって降下する。
炎を纏った身体が、大きく地面を踏みしめた。
――ズンッ。
土煙が舞い上がる。
俺は片膝をついた。
荒い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと立ち上がる。
目の前には、もう何もいない。
巨大な邪神体は消えた。
眷属もいない。
戦いは――終わった。
そう思った。
***
その直後、空から激しい雨が降り始めた。
風も強くなり、周囲の瓦礫を巻き上げていく。
俺は上空へ向かって炎を放った。
赤い炎が雨雲を包み込み、瞬く間に吹き飛ばしていく。
やがて、雲の切れ間から薄暗い空が覗いた。
俺を包んでいた赤い炎が、邪神体が最後に生み出した風によって、ゆっくりと揺れる。
その炎を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
それと同時に、咲たちを囲っていたドームを解除した。
その直後に。
「……橙真先輩」
咲が駆け寄ってきた。
咲が、少し離れた場所に立っていた。
その顔には、まだ強い恐怖が残っている。
「……」
俺はただ、咲の方へ向き直った。
咲は何も言わず、俺を見つめている。
やがて――小さな声が、こぼれた。
「……もう、大丈夫ですよ」
「……」
「もう、敵はいません」
咲の瞳から、一筋の涙が落ちる。
「だから……」
咲は震える声で続けた。
「もう、戻ってきてください」
その瞬間。
俺の身体を包んでいた炎が、大きく揺れた。
「……え?」
炎が弱くなる。
赤い光が、少しずつ消えていく。
俺は、自分の身体を見た。
「……何だ?」
炎が――消えていく。
そして、完全に消えた。
俺は、落ちていたイヤホンを拾い上げる。
そして、耳へ付け直した。
――カチッ。
その瞬間。
世界に、音が戻ってきた。
風の音。
遠くで崩れる瓦礫の音。
そして、仲間たちの声。
「橙真!」
蒼太の声が聞こえる。
「橙真、無事!?」
碧羽の声。
「橙真くん!」
花江さんの声も。
「日向、大丈夫か!」
風宮さんの声も。
そして――。
「橙真先輩……」
咲の声も。
全部、聞こえる。
「……ああ」
俺は顔に笑顔を浮かべながら答えた。
「……大丈夫」
そう言いながら、ふと自分の右手を見た。
「……?」
指先に、何か違和感を感じた。
黒い。
いや――灰色だった。
右手の人差し指の先が、ほんの少しだけ。
崩れている。
指先から、灰のような粉が――。
一粒――。
地面へ落ちた。
「…………」
俺は、それを見て、何も言えなかった。




