↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/128

114話 橙真の現状

「急ぐぞ!」


 俺――蒼太は、橙真を背負った。


 そのまま公園の出口へ向かって走り出す。


「……軽い」


 背中に伝わってくる重さに、思わず呟いた。

 橙真は俺より背が高い。

 普段なら、それなりの重さを感じるはずだった。


 なのに――今は妙に軽い。


 まるで身体の中から、何か大切なものまで抜け落ちてしまったようだった。


「蒼太!」


 碧羽が横を走ってくる。


「風宮さんに連絡する」

「分かった」


 碧羽はスマホを取り出した。


「風宮さん、橙真を見つけました」

『日向を?』

「はい。ですが、意識がありません」

『分かった。すぐに戻ってこい。医療班を待機させる』

「お願いします!」


 通話が切れる。


 俺は橙真を背負ったまま、走り続けた。


「橙真……」


 返事はない。


 それでも、背中には体温がある。


 生きている。


 今は、それだけを信じるしかなかった。


***


 防災対策課のエントランスへ飛び込んだ。


「水沢!」


 正面から風宮さんと花江さんが駆けてくる。


「橙真は!?」

「ここです!」


 俺は背中の橙真を見せた。


 二人の表情が、一瞬で変わった。


「……橙真くん」


 花江さんが駆け寄り、橙真の顔を覗き込む。


 白い髪。

 灰色の肌。

 閉じたままの瞳。


 花江さんは、すぐに橙真の首元へ手を当てた。


「……脈はある」


 だが、声に安心した様子はない。


「医療班」

「はい!」


 待機していた医療スタッフが、一斉に動き出す。


「こちらへ!」

「担架!」

「酸素の準備を!」


 エントランスに緊張が走った。


 俺は橙真を背負ったまま、その声に従って走る。


「俺が運びます!」

「蒼太くん、ここからは私たちに任せて!」

「でも――」

「早く!」


 その一言に、俺は足を止めた。


 医療スタッフが橙真へ手を伸ばす。


 俺はゆっくりと身体を屈めた。


「分かりました。橙真のことをお願いします」


 背中から橙真を下ろす。


 その瞬間――また、軽い。


 そう思った。


 腕に伝わる重さが、あまりにも小さい。


「もちろん、任せて」

「……橙真」


 俺は無意識に名前を呼んだ。


 返事はない。


 橙真は担架へ移され、そのまま運ばれていく。


「急いで!」


 花江さんも走り出す。


 俺たちは後を追った。


 廊下を抜ける。

 角を曲がる。


 医療スタッフの足音が響く。


 担架の車輪が床を叩く。


 俺は、その姿を見失わないように必死で走った。


 やがて、扉の前で担架が止まった。


「集中治療室へ入れます!」


 扉が開く。


 橙真が中へ運ばれていく。


「俺たちは……?」

「水沢たちには悪いが、ここから先は医療班しか入れない」


 扉が閉まった。


 俺は、その場に立ち尽くした。


「……橙真」


 碧羽が隣に並ぶ。


 その向こうには、大きなガラスがある。


 中の様子が見える。


 橙真はベッドに横たわっていた。


 身体には、いくつもの機器が繋がれている。


 白い髪が枕の上に広がり、灰色の肌が照明に照らされている。


 さっきまで背中に感じていた体温が、今はガラス一枚を隔てた向こう側にある。


 俺は拳を握った。


「……大丈夫なのか?」


 しばらくして、花江さんが戻ってくる。


「橙真くん、今のところ生命状態は安定しています」

「意識は?」

「まだ戻っていません」


 その言葉に、胸が重くなる。


「身体への負担が大きすぎます。しばらくは集中治療室で経過を見る必要があります」


 俺は何も言えなかった。


 ガラスの向こうで、橙真は眠っている。


 いつもなら、何か言えば返してくれる。

 くだらない話にも付き合ってくれる。


 それなのに今は――ただ、静かに横たわっている。


 その時だった。


 花江さんが、咲へと視線を向けた。


「それでは、咲さん」

「はい」

「お話を聞かせてもらってもいいですか?」


 咲が顔を上げる。


「どうして、あの教会にいたの?」


 咲は少しだけ俯いた。


「……橙真先輩たちが、また学校に来ていなかったからです」


 俺たちは黙って、咲の話を聞いた。


「ずっと心配で、何かあったんじゃないかって……」


 咲は両手を握りしめる。


「防災対策課に行けば、橙真先輩たちのことが分かると思いました」

「なら、どうして来なかった?」


 風宮さんが静かに尋ねる。


「……怖かったんです」


 咲は一度、言葉を詰まらせた。


「一人でここへ来る勇気が、なかなか出ませんでした」


 少し間を置いて、咲は続ける。


「それで……前に橙真先輩たちと一緒に行った場所なら、少しは勇気が出るかもしれないって思って」

「それで、あの教会に?」

「はい」


 咲は頷いた。


「教会へ行って、そこで少し気持ちを落ち着けてから、防災対策課へ向かおうと思っていました」


 しかし――。


「教会に着いて、しばらくした時です」


 咲の表情が強張った。


「突然、橙真先輩が教会の方から飛んできました」

「橙真が、飛んできた?」

「はい。それも、ものすごい勢いで……」


 咲は、あの時の光景を思い出すように話した。


「橙真先輩は、全身を炎に包まれていました」


 碧羽が息を呑む。


「その後ろから、黒い天使が追ってきました」

「黒い天使……」


 風宮さんが呟く。


「私は、その天使と目が合いました。その時、黒い天使が……少しだけ、驚いたように見えたんです」

「咲を見て?」

「はい」

「それからどうした?」

「黒い天使は、そのまま離れていきました」


 咲はガラスの向こうにいる橙真を見る。


「私は橙真先輩のところへ行って……話しかけました」

「それで……炎が消えた」

「……はい」


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。


 なぜ黒い天使は、咲を見て反応したのか。

 謎は深まるばかりだった。


「この件は、後で詳しく調べる。今は日向を優先しよう」


 俺たちは、もう一度ガラスの向こうへ目を向けた。


 橙真は、今も、眠ったままだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。