111話 今、わかっていること
橙真がいなくなってから、一日が経った。
防災対策課の会議室。
俺――蒼太は、机を囲むように座っている碧羽、風宮さん、花江さんを見回した。
昨日から、橙真の捜索は続いている。
あの神社周辺の森を中心に、近隣の道路や建物まで調べた。
それでも、橙真は見つからなかった。
「……もう一度、情報を整理しましょう」
花江さんが口を開く。
机の上には、これまで集められた資料が並べられていた。
「まず私たちは、昨日、古代に起きた出来事を見ました」
「神々と天使が、カタストロフと戦った話ですね」
碧羽が確認する。
「はい。まず、確かなことから整理します」
花江さんが資料を一枚ずつ並べていく。
「古代、神々と人間、そして天使は共存していた。しかし、日本で起きた大飢饉をきっかけに、人々の感情が大きく変化した。信仰が薄れ、不安や恐怖が強くなった。その結果、神々の力も弱くなった。そして世界規模で自然災害が発生し、それらを取り込んで生まれた存在がカタストロフです」
風宮さんが腕を組む。
「そのカタストロフを封じるために、神々と天使が扉を作った。プロメテウスが鍵を作り、多くの天使が粒子となって扉を安定させた。そして、カマエルが扉の守り人になった。ここまでは、私たちが実際に見たものから判断できます」
花江さんが資料を置いた。
「問題は、その後です」
三人の視線が花江さんへ集まる。
「現在、私たちの前には、神々に由来すると考えられる特殊な力を持った人間が存在しています」
「……俺たちのことですか」
俺は自分の手を見る。
「ですが、古代の記憶の中で、現代の能力について説明されませんでした」
風宮さんが頷く。
「つまり、古代の神々と俺たちの能力が繋がっていないとは、まだ言い切れない」
「その通りです」
花江さんは、はっきりと答えた。
「私たちは、一つの仮説を立てています」
部屋の空気が少し変わる。
「古代、神々や天使が使った力の一部が、この世界に残された。そして現在、私たちのような覚醒者が存在している」
花江さんは慎重に言葉を選んだ。
「この二つには、何らかの関係があるのではないか、と」
「……神々や天使の力が、俺たちの能力に繋がっているということですか?」
「はい。そう考えました」
花江さんはすぐに続ける。
「現在、根拠はありません。現段階では、あくまで仮説です」
「でも、調べる価値はある」
「はい」
花江さんが頷く。
「そして、その仮説を考えるうえでも、カマエルの存在は重要です」
俺の表情が険しくなる。
「……橙真を連れていった、あいつか」
「はい」
花江さんは別の資料を取り出した。
「カマエルは、巫女の姿で私たちの前に現れました。そして――月影さんを殺した人物でもあります」
胸の奥が重くなる。
月影さん……。
「さらに、鳥山宗一郎がカマエル側についている。能力は、鎖を生み出すこと」
「昨日、実際にその鎖で橙真を捕らえた」
風宮さんが低く言う。
「そして、シエリオ・トグレイ」
「あの人は、遺体を操る」
「昨日いた防災対策課の人たちも……」
俺は言葉を止める。
「すでに亡くなっていた可能性が高いです」
花江さんが低い声で答えた。
「そして、以前調べた教会の地下には、大量の邪神体が発生していました」
「……あいつらは、前からあそこを使っていた」
「そう考えるべきでしょう」
花江さんは一度息をついた。
「カマエルは、月影さんを殺し、私たちを襲って……橙真くんまで連れていった」
花江さんの表情が曇る。
「そして――一番の問題は橙真くんです。カマエルは、橙真には『役目がある』と言っていました」
「役目か」
風宮さんがつぶやく。
「その役目が何なのかは、まだ分かりません」
俺は椅子の背もたれに体を預ける。
橙真は、今どこにいる。
生きているのか。
それすら分からない。
「……探すしかないですよね」
碧羽が静かに言った。
「ああ」
「絶対に見つける」
風宮さんも立ち上がった。
「焦るな。まず居場所を特定する」
そう言いながらも、風宮さんの表情には焦りが滲んでいる。
全員、同じ気持ちだった。
橙真を――置いていくわけにはいかない。
***
薄暗い地下室。
湿った空気が肌にまとわりついている。
俺――橙真は椅子に座らされ、両腕と両足を黒い鎖で拘束されていた。
見覚えのある場所だった。
以前、俺たちが調べた教会の地下だ。
大量の邪神体を見つけた場所でもある。
「……ここは」
小さく呟く。
目の前には、巫女が立っている。
今の俺には分かっている。
こいつは――カマエルだ。
その少し後ろには、鳥山とシエリオがいる。
「……俺をどうするつもりだ?」
「殺しません」
カマエルは迷いなく答えた。
「あなたには、まだ役目がありますから」
「その役目って何だ?」
「それは、まだお話しできません」
俺はカマエルを睨む。
「だったら、俺をここに連れてきた理由は?」
「少し、お話ししたいと思ったからです」
カマエルが一歩近づいた。
「あなたたちの能力について」
「……能力?」
「ええ」
カマエルの視線が、俺の右耳へ向く。
「あなたたちは、自分の力がどこから来たのか考えたことがありますか?」
「そんなこと、考えたって、わかるわけない」
「そうでしょうね」
カマエルは静かに笑った。
「ですが、私は一つの可能性を考えています」
「可能性?」
「古代、神々と天使たちは大きな力を使いました。そして、多くの天使が粒子となって、この世界から消えた」
俺は黙って聞く。
「その粒子と、あなたたちの能力には関係があるのではないか」
「……俺たちの力が、神々や天使の力だっていうのか?」
「まだ断定はできません」
カマエルは首を横に振った。
「ただ、無関係だとも言い切れない」
俺は、鎖に視線を落とす。
もし本当にそうなら。
俺たちが使っている力は、ずっと昔からこの世界に残っていたものなのか。
だが、それを考えたところで答えは出ない。
「……それで?」
俺は顔を上げる。
「それが俺を必要とする理由なのか?」
「それも、理由の一つかもしれません」
「かもしれない、か」
「ええ」
カマエルは微笑んだ。
「あなたには、まだ私たちにも分からない役目があります」
その言葉が、妙に引っかかった。
「だったら教えろ」
「今は、できません」
「……ふざけるな」
俺が鎖を引く。
金属音が地下室に響いた。
だが、鎖はびくともしない。
俺をここまで連れてきたのも、この鳥山が生み出した鎖だ。
カマエルは、そんな俺をじっと見つめていた。
そして――ゆっくりと手を伸ばす。
向かう先は、俺の右耳のイヤホン。
ずっと外すなと言われていたもの。
俺にそれを渡したのも、目の前のこいつだ。
「……何するつもりだ?」
カマエルは答えない。
ただ、その指先がイヤホンへ近づいていく。
嫌な予感がした。
俺は無意識に身体を強張らせた。




