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104話 災害発生

 日本へ向かう神々の数は、少しずつ増えていた。


 世界各地から集まった神々が、次々とこの国へ足を踏み入れていく。


 けれど――異変は、止まらなかった。


 むしろ、時間が経つほど激しくなっている。


 地震。

 突然の豪雨。

 季節外れの吹雪。

 空を覆う雷雲。

 そして、街を襲う強風。


 神々が集まれば、何かが分かる。


 私――ミカエルは、そう思っていた。


 けれど、目の前の人々を見ていると、その考えにも少しずつ自信がなくなってくる。


「神様……どうして助けてくれないんだ」

「こうして毎日祈っているのに……」

「このままじゃ、みんな死んでしまう」

「誰でもいいから、俺たちのことを救ってくれよ」


 人々の声が聞こえる。


 その声に込められた感情が、私の胸へ重くのしかかってくる。


 これからの不安。

 起こった災害の恐怖。

 神々への疑い。


 そして――これから生きていくことの絶望。


 以前なら神々へ向けられていた祈りの中に、少しずつ別の感情が混ざっている。


 その変化が、どうしても気になっていた。


「ミカエル」


 ガブリエルが私の隣に立つ。


「どうしたの?」

「空を見ろ」


 私は顔を上げた。


 いつの間にか、空が異様なほど暗くなっていた。


 雲が渦を巻いている。

 風も、次第に強くなっていく。


 カマエルも空を見上げた。


「……何かがいます」

「え?」


 私は目を凝らした。


 最初は、黒い点にしか見えなかった。


 けれど、それは少しずつ大きくなっていく。


 雲の中から現れた、巨大な影。


 その周囲を雷が走り、黒い雲が身体のようにまとわりついている。


「……何、あれ」


 私は息を呑んだ。


 巨大な存在が、ゆっくりとこちらへ降りてくる。


 その姿を認識しているのは、私たちだけだった。


 周囲にいる人々も空を見上げている。


 けれど、誰一人として、あの存在について口にしない。


「……この人たちには、あれが見えていない?」

「そのようだな」


 ガブリエルが答えた。


 近くにいた男が、不安そうに空を見上げている。


「また雨が降るのか?」

「早く家に戻ったほうがいい」


 人々に見えているのは、暗い空と荒れ始めた天候だけ。


 目の前にいる巨大な存在は、彼らには見えていない。


 けれど――私たちには、はっきりと見えている。


「……あれは、なんだ?」


 カマエルが小さく呟いた。


 答えられる者はいなかった。


 ただ、一つだけ分かることがある。


 あれは、神ではない。


 私たちが知っている、どの存在とも違う。


 巨大な影は、さらに高度を下げていく。


「来るぞ」


 ガブリエルが身構えた。


 私も拳を握る。


 そして――巨大な存在が、私たちのいる場所へ降り立った。


 ――ズドォォォン!!


 凄まじい衝撃が大地を揺らす。


「きゃあああ!」

「逃げろ!」

「ついに、神が起こったぞ!」


 人々が一斉に走り出す。


 地面が大きく割れ、建物が激しく揺れる。


 私は倒れそうになりながら、目の前の存在を見つめた。


 そこにいたのは――。


 黒い雲。

 雷。

 風。

 そして、地震。


 いくつもの自然災害が、まるで一つの生命体となったかのような巨大な存在だった。


「……これって?」


 声が震える。


「一旦、邪神体と呼ぶことにする」


 その言葉に、ガブリエルもカマエルも答えなかった。


 次の瞬間、遠くで大きな音が響いた。


 山が崩れる。

 海が大きくうねる。

 空から大量の雨が降り始める。


 別の場所では、猛烈な風が吹き荒れていた。


「……災害が、さらに激しくなっていますね」


 カマエルが周囲を見渡す。


 それだけではない。


 先ほどまで離れた場所で起きていた災害までもが、次々と激しさを増している。


 まるで――この邪神体が降り立ったことで、眠っていた災害が一斉に目を覚ましたかのようだった。


「ガブリエル……」

「ああ」


 ガブリエルが邪神体を見つめる。


「こいつの周囲だけじゃない」

「……え?」

「日本全体の災害が、活性化しているように見える」


 私は言葉を失った。


 目の前の邪神体から、何かが溢れている。


 それは炎でも、雷でも、風でもない。


 もっと別の、目に見えないものだった。


 人々の感情。


 恐怖。

 不安。

 絶望。


 それらが目に見えない力となり、邪神体へ吸い込まれていく。


 そして、吸い込まれるたびに――邪神体の身体が、少しずつ大きくなっていく。


「……人間の感情を、力にしてる」


 私の声が震えた。


 その直後、邪神体が空へ向かって咆哮した。


 咆哮そのものが空気を震わせる。


 地面が再び大きく揺れた。


「このままじゃ……」


 私は拳を握りしめる。


 人々には、あの存在が見えていない。


 だからこそ、何が起きているのか分からないまま、恐怖だけが広がっていく。


 そして、その恐怖がまた邪神体の力になる。


 終わりが見えない。


「……止めないと」


 私は邪神体を睨みつけた。


 そのときだった。


 頭の中へ、声が響いた。


『今、日本へ向かっている』

『こちらも、もうすぐ到着する』

『我々も日本へ向かう』


 次々と届く声。


 世界各地の神々だった。


「……世界各地の神々が?」


 カマエルが意識を集中させるように目を閉じる。


 ガブリエルも、遠くへ意識を向けている。


『北欧から日本へ向かっている』

『インドからも向かう』

『ギリシャの神々も、すでに出発した』


 世界中から、神々が集まり始めている。


 私は空を見上げた。


 厚い雲の向こう。


 そこから、いくつもの気配が近づいてくる。


「……これだけの神々が、日本に集まるなんて」


 カマエルが呟いた。


 ガブリエルは、目の前の邪神体を見つめたまま答える。


「それだけ、この存在が、世界各地の神々から見ても危険だということか」


 私はもう一度、人々へ視線を向けた。


 彼らには、邪神体が見えていない。


 ただ、突然荒れ始めた空と、大地の揺れに怯えている。


 その恐怖は、さらに大きくなっていく。


 そして――その恐怖が、邪神体をさらに肥大させていく。


 私は拳を強く握りしめた。


 この異変の正体を知るために。


 そして、人々を守るために。


 世界中から神々が集まってくる。


 けれど――神々が集まることが、この異変を止めることになるのか。


 それとも、新たな何かを、この世界に呼び寄せることになるのか。


 このときは、まだ何も分からなかった――。

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