第九十作戦:情熱の侵入者!?
不死鳥の羽のアジトにて、昼食時。広いダイニングルームには、各々好きな席について思い思いに食事を楽しむ幹部たちの姿があった。蝶々は静かに箸を持ち上げ、目の前に並べられた料理を見つめた。
白く盛り付けられたご飯は艶やかで、黄金色の卵焼きが湯気を立てている。香ばしい焼き魚の香りが鼻をくすぐり、どっしりとした味噌汁は具が豊富だ。一口食べてみると、口内に広がる深い旨味が蝶々の味覚を刺激した。
「ん?……いつもより美味しいな。」
静かな感嘆の言葉にテーブルを囲む面々が視線を向ける。パンドラは端正な顔に驚きを浮かべつつも頷いた。
「本当ですわ…」
その言葉にアンカーが口角を少し持ち上げ、冗談めかした口調で声を上げる。
「何や、蝶々はんが作ってくれたんとちゃいます…?」
蝶々は淡々と箸を置き、冷静な口調で返した。
「私ではない…そもそも、私は料理は作れん。」
その瞬間、パンドラの目が輝き始める。手元の箸を忘れ、椅子に身を乗り出して蝶々にアピールを始めた。
「ふふ♥安心して下さいませ♥蝶々様♥結婚すればわたくしが毎日蝶々様に愛妻弁当を作って差し上げますわ♥♥」
しかし、蝶々は視線を一度もパンドラに向けることなく、その言葉を華麗に無視した。一方、アンカーも「また始まった」とばかりに、肩を竦めて頭を掻いていた。
「一体…誰が作ってんだ?」
疑念を隠さない蝶々の言葉に、アンカーが首を振りながら応じた。
「新しい料理人なんて雇った覚えはないんやけどなぁ…」
「マジでうめぇよ。これ…」
「最高の朝っスね♪」
オオカミとスズメバチも、朝食に手を付け舌鼓をうっている。
周囲のざわつきが収まらない中、蝶々は怪訝な表情で立ち上がった。そして、何が起こっているのか確かめるべく、厨房へと向かう。廊下を進む足音が響く中、耳を澄ますと賑やかな歌声がどこからともなく聞こえてきた。
――カチャカチャ、とリズミカルに響く包丁の音に混じって、聞き覚えのある鼻歌。
蝶々がキッチンのドアをそっと開けると、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
「なっ…」
背後から追ってきたアンカーが、同じく驚愕の声を上げる。
「嘘やろっ!?」
蝶々の目の前には、海の家で出会った、オネェ口調の奇妙な料理人が立っていた。オネェは頭に白い布を巻き、気合いの入ったピンクのエプロンを身に付けている。顔には満面の笑みを浮かべ、軽やかにステップを踏むような動きで次々と料理を仕上げていた。
「ふふん♪あたしは~腐ってるオネェ~♪」
鼻歌交じりでノリよく歌う彼(?)の声は意外なほど通るもので、その調子に乗った様子が全身に表れていた。
鍋の中身をかき混ぜるその手さばきは見事で、ダシの香りが辺りに漂う。彼の陽気な様子に対し、蝶々は一瞬驚きを顔に浮かべたものの、すぐに冷静を装った表情へと戻した。
「……一体どういうつもりだ?」
静かに問いかける蝶々の声に対し、アンデットのオネェは振り返るとにっこりと微笑んだ。
「あなたたちの胃袋を掴むために決まってるじゃないの~♥あたし、料理が得意なのよ~♪」
その返答に、蝶々たちはしばし言葉を失っていた。
警戒感を抱いた蝶々たちは、瞬時にその場の空気を引き締めた。一斉に戦闘態勢を取る幹部たちの動きは滑らかで、敵対者に隙を見せることなど微塵も感じられない。
「まさか…うちらのアジトに侵入するとは…やるやん。」
アンカーは冷静な表情の裏で鋭い眼差しを料理人へ向けた。背中に垂れる長い尻尾を前方に構え、その先端がきらりと光る。攻撃に転じるための準備が整ったことを示す一連の動きは、経験豊富な戦士そのものだった。
「蝶々様…お下がりを…。」
柔らかな物腰だったパンドラも、一変して険しい表情を浮かべる。蝶々のそばに立ちふさがり、優雅に見える動作の中に戦闘への準備を滲ませていた。
「…紛れ込まれたか……。」
蝶々は目の前の相手を冷ややかな視線で見据えると、低い声で静かに問いかけた。
「名を聞いておこう。何者だ…お前は…」
その言葉を受けた料理人は、変わらずエプロン姿のまま、妙に優雅な仕草で深々と一礼してみせた。
「ふふん。あたしはゲイリー・綾瀬川。アンデッド型の怪人よぉ♪気軽にゲイリーちゃんって呼んでねぇ♪」
一見コミカルなその名乗りの直後、周囲の緊張感がさらに高まった。同時に、料理人の身体がみるみる異形へと変化し始める。片側の身体が生身から骨格そのものの姿へと変わり、関節の隙間からカラカラと不気味な音を立てていた。
「怪人……!」
蝶々は警戒心をさらに高めつつ構えを解かない。その背後では、ほかの幹部たちも臨戦態勢に入っていた。全員が各々の得意な武器や能力を発動する準備を整え、緊張の糸が張り詰める。
しかし、その状況の中、ゲイリーは大きく手を振りながら慌てた様子で声を上げた。
「ちょ、ちょっと待って待ってぇっ! あたし、戦う気なんてこれっぽっちもないわぁっ。」
片側の骨の表面にすら汗が滲むような演出で、必死さが痛いほど伝わってくる。肩を竦め、愛嬌たっぷりの笑みを浮かべる彼だが、幹部たちの眼差しが和らぐことはなかった。
蝶々とパンドラを含め、その場にいた全員が引き締まった構えを崩さず、周囲には依然として緊迫した空気が流れ続けていた。どちらが先に動くか、一瞬の判断で場の均衡が崩れそうな状況。しかし、ゲイリーだけが必死に手を振り、敵対意志がないことを訴え続ける――その滑稽さが逆に違和感を際立たせていた。
「なら目的は何だ…?」
蝶々は眼光鋭くゲイリーを睨みつけながら尋ねた。その声には一切の容赦がなく、彼女が口にした次の言葉は場に更なる緊張をもたらした。
「ただ料理を作りに来たと言えば…お前の体はバラバラになるだろうな…。」
その冷酷な響きにも怯む様子を見せず、ゲイリーは片手で頬に触れ、もう片方の手をふわりと広げながら顔を赤らめた。そして、まるで舞台のヒロインになりきるかのように、一人の男をゆっくりと指差した。
「聞いちゃう…?」
ゲイリーの声はやけに甘く、続く言葉は場の誰もが予想だにしないものだった。
「あたしね…彼に一目惚れしちゃったのぉ♥」
突然名指しされたのはオオカミだった。ゲイリーの視線の先にいた彼は、一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、信じがたいというように眉をひそめ、慌てて言い返す。
「……お、俺に? 冗談じゃねぇぞっ…何で俺がオカマに惚れられねぇといけねぇんだっ!?」
場の空気が思わぬ方向に変わる中、蝶々は冷静に状況を見ていたが、ゲイリーの次の一言には思わず呟いた。
「オオカミが…意外だな…。」
蝶々と同じように、周囲の幹部たちも予想外すぎる展開に呆気に取られていた。それを尻目に、ゲイリーは片手を腰に当て、ため息混じりに頭を振りながら微笑む。
「オオカミちゃん…それはダメよ。駄目駄目ねぇ♪今はオカマなんて古臭いわ♥オネェって言ってちょうだいぃ♪」
それに対し、オオカミは顔をしかめ、声を張り上げた。
「ど、どっちでもいいだろうがっ…!だいたい何で俺なんだっ!? 惚れるならスズメバチの方だろうっ!」
オオカミの言葉に、スズメバチは一気に青ざめた顔で叫ぶ。
「ちょっ!?やめてくれっスっ。俺っちに振らないでくれっスっ。それに俺っちには心に決めた子たちがいるっスよっ!」
スズメバチは体を縮めながら、オオカミの背中に隠れるような仕草を見せた。その狼狽する様子が余計に滑稽さを引き立てる中、ゲイリーは全く動じることなく、オオカミだけにその視線を向け続けた。
「いいえ、あたしのターゲットはそこの優男ちゃんじゃないわ…あたしの好みは…」
ゲイリーの目が鋭く輝く。その次の瞬間、指先が再びオオカミを捉えた。
「変わらず、オオカミちゃん!あなたなのぉっ!!」
その指先は微動だにせず、強い意志を帯びてオオカミを指している。宣言するゲイリーの言葉に、場の空気は完全に凍りついた。何より、オオカミ自身が理解不能といった表情を浮かべ、まるで逃げ場を探すかのように視線を泳がせている。
予想外すぎる展開に、最初の警戒感を抱いたのがどれだけ前だったのか分からなくなるほど、場は奇妙な雰囲気に包まれていった。
「あなたは男の中の男。その筋骨隆々とした姿に、あたしは運命を感じたのぉ!あたしとオオカミちゃんはきっと赤い糸でつながってるのよぉ♪」
キラキラと瞳を輝かせながら力強く語るゲイリーの言葉は、オオカミに突き刺さった。全く納得のいかない様子で、オオカミは肩をいからせ、即座に拒否の意思を示す。
「嫌だっ!断るっ!」
しかし、断られたからといって怯むゲイリーではなかった。顔を崩さず、むしろその反応に楽しむような笑みを浮かべながら、肩をすくめて挑発するように返す。
「うふふ♪イヤよイヤよも好きのうちなのよねぇ♪」
興奮気味に言葉を紡ぐゲイリー。その場の空気は不穏というより、不思議な緊張感と困惑で満ちていった。周囲のメンバーたちは全員引き気味で、言葉を失ったままそのやり取りを眺めていた。ただ一人、蝶々だけは変わらず冷静だった。
「なるほど。だが、オオカミにその気はないようだな。帰ってもらおうか。」
冷たくも毅然とした声で追い返そうとする蝶々。だが、ゲイリーは突然膝をつき、まるで懇願するような格好で両手を合わせた。
「そんなこと言わないで蝶々ちゃんっ。どうか、ここにいさせてちょうだいぃっ!」
ゲイリーの声が厨房に響き渡る。その瞳には真剣さが宿っており、さらに彼はこう続けた。
「あたしの想いはともかく、料理人としてお役に立つわよぉ!」
この一言は場を支配していた妙な空気を一変させた。口を開いて驚きを露わにするメンバーたちの中で、蝶々もまた内心少なからず動揺したものの、それを顔には出さなかった。すぐに表情を引き締め、冷静さを取り戻して尋ねる。
「なるほど…ここの料理人か…。中々良い提案だ。」
蝶々は顎に手をやり、さきほど自分が味わった朝食の味を思い出す。その腕前を確かに評価する価値はあると感じていた。
「お前の料理の腕さきほどの朝食でも味わった。……そうだな、今晩…お前が得意とする料理を私たちに振る舞え。その結果次第では不死鳥の羽への加入を許してやる。」
蝶々のその提案に、ゲイリーの顔はパッと明るくなった。手でハートマークを作りながら、勝ち誇ったように宣言する。
「うふん。分かったわぁっ。愛のためにあたし…頑張るわぁ♪」
だが、このやり取りの間じゅう無視されていた当のオオカミは、ここでとうとう爆発した。
「ちょ、蝶々の姉御っ。俺に意思は無視かよぉっ!?」
その不満の声に対し、蝶々は一切表情を変えずに答える。
「お前が本当に必要な人材かどうか、今日の夕食で分かるだろう。」
その言葉は即答を許さない静かで確かな威圧感を帯びており、オオカミは反論の声を飲み込んだ。隣で黙って見ていたスズメバチさえ、ため息と共に肩をすくめて首を横に振るばかりだ。
こうして、一つの奇妙な試練が始まろうとしていた。愛のためと豪語するゲイリーの料理。その結果次第で、果たして彼はこの組織に加わるのか、それとも追い出されるのか──全ては夜の食卓にかかっていた。
―――
その晩、巨大な晩餐用テーブルには、豪華な料理が所狭しと並べられていた。
視覚的なインパクトだけでなく、どれも芳醇な香りを漂わせている。大皿に盛られた肉料理、華やかな彩りの前菜、丁寧に調味されたスープ……どの一品も見事な仕上がりで、まさにプロの料理人の腕を示していた。
怪人たちが一口食べるたび、その味わい深さに歓声が漏れる。
「腕は確かだな……。」
蝶々が皿の端を小さく切り分け、料理を口に運んだ後、控えめな声で呟く。その隣ではパンドラが優雅にナイフとフォークを動かしながらも、その上品な表情に満足の色をにじませていた。
「美味デス。」
「こりゃ…あかん…箸止まらんわ。」
アンカーは手元の箸を忙しく動かしながら、感嘆の声を上げる。薄口ながら絶妙な味付けが気に入ったのか、彼女の皿には新たな料理が次々と盛り付けられていく。
「この味付け…薄すぎず…それに濃すぎでもない…丁度良い塩梅ですわ…。」
パンドラが口元にナプキンを軽く押し当て、品のある声で述べた。
一方、エルは豪快に肉を切り分けながら、少々口に食べ物を頬張った状態で顔を上げる。
「これっおいしっ!あんたゾンビの癖にやるじゃない!」
後ろからはアールがこっそり料理をつまみ食いして、満足げに頷きながら言葉少なげに漏らす。
「…おいしい…♪」
そしてスズメバチもまた、丁寧に箸を動かしながら思わず声を上げた。
「これっ最高っス♪」
ただ一人、オオカミだけが目を伏せ、ほとんど皿に手をつけずにあからさまに不満を表している。
「お、俺は…み、認めねぇぞっ!」
その一方で、誰よりも料理を堪能しているのはピエラだった。口いっぱいに食事を詰め込みながら、小皿をかかげて明るく叫ぶ。
「これ凄いうまうまなのだっ!お代わりなのだ♪」
その食べっぷりに、テーブルの怪人たちはつられるように箸を動かし続け、テーブル上の皿が次々と空になっていく。
ゲイリーはみんなの反応に心底満足そうな微笑みを浮かべ、誇らしげに胸を張るとこう宣言した。
「ふふ、そうでしょう? お料理には絶対の自信があるのよぉ♥」
その言葉を受けながら、蝶々は料理を飲み込み、フォークをそっとテーブルに置いた。その仕草に一瞬緊張が走るが、彼は静かな声で言葉を紡いだ。
「ゲイリー・綾瀬川。お前を不死鳥の羽の料理人兼中級怪人として迎え入れる。」
その一言に、ゲイリーは耳をつんざくような歓喜の声を上げ、テーブルを軽く叩きながら勢いよく立ち上がった。
「あぁんっ。嬉しいわぁっ!」
ゲイリーの喜びが響く中、オオカミだけは顔をくしゃくしゃに歪ませ、あからさまに嫌悪感を隠さなかった。
「な、なぁ………ちょ、蝶々の姉御っ。本気でコイツを入れるのかよ……」
そんな彼の不満をよそに、宴はどんどん盛り上がっていった。ゲイリーの料理はすっかり不死鳥の羽の面々を虜にしており、その場には安心感と胃袋を満たした幸福感が漂っている。
こうして、不死鳥の羽にまた一人、新たな個性を持つ仲間が加わるのだった。ゲイリー・綾瀬川――美味なる料理と異彩のキャラクターで、確かに強烈な印象を刻んでいた。




