第七十一作戦:潜む可能性と新たな戦力
スティングホーネットが「不死鳥の羽」に加入してから、数日が経過した。
その間、蝶々たちは彼の行動を注意深く監視していたが、どうやら彼に裏切る素振りはまったくないようだった。
敢えて、隙を見せたりしてもスティングホーネットは、蝶々たちに危害を加えようとしない。
むしろ、加入後の彼はその忠誠心を疑う余地がないほど従順である。
「あぁ…やっぱり可愛いっスね…幸せっス」
現在、スティングホーネットはピエラの後ろに控えている。瞳を輝かせながら、彼女の服にまとわりついているバグたちに熱い視線を送り、その表情は純粋な幸福感に満ちていた。
恋は盲目ということだろう。
「(こいつ…本当に裏切るつもりはないようだな…)」
蝶々は心の中でそう呟き、観察を続ける。
一方、ピエラはというと、相変わらずの調子でスティングホーネットが持参したハチミツを楽しんでいた。
「ハチミツうまうまなのだ♪」
彼女は甘美な表情で舐める手を止めようとしない。その無防備な様子にはまるで危機感が感じられなかった。
蝶々は、ピエラから視線を外し、幹部たちを見る。
「奴らが今静かだからといって、こちらも油断できない。何か仕掛けてくるに決まっている。」
悪の組織「バグズ」は、戦力を大幅に削がれたことで沈黙を続けている。
だが、蝶々は決して気を緩めることはなかった。
会議室に集まった幹部たちを前に、冷静に分析を述べる蝶々。その声は鋭く、場の空気を引き締めた。
「昆虫型の怪人たちを短期間であれだけの集団にまとめ上げるとはな……クロガネは、昆虫怪人の中でも相当なカリスマを持っていると見ていい。」
「カリスマガアッテモ、壊滅シテハ意味ナイト思イマス。」
ラルデュナが冷静に付け加える。その口調には、わずかな感情の揺らぎも感じられなかった。
「あぁ…今は、な……だが、もしまた虫怪人たちを集めているとなれば面倒だ……」
蝶々の言葉に一同が耳を傾ける中、彼女は視線をスティングホーネットに向けた。
「ホーネット。」
「は、はいっス!なんスか蝶々の大姐さん!」
幸福感の真っただ中にいたスティングホーネットは、不意に名前を呼ばれて体をびくっと震わせる。すぐに蝶々の方を向き、緊張の面持ちで答えた。
「お前、元『バグズ』だろう?奴らのアジトは分かるか?」
「それは勿論分かるっスよ!案内するっスか?」
元気よく返事をするスティングホーネットだったが、蝶々は少し考えに首を振る。
「――…いや…おそらく、奴らは既にアジトにはいないだろうな。私なら、状況が悪化した時点で撤退しているはずだ。」
「わたしくも蝶々様の言う通りだと思います…はぁ♥蝶々様はやはり聡明な方ですわ♥」
知的な雰囲気を出すパンドラだが、すぐ口元はだらけ蝶々に詰め寄る。
「聡明な蝶々様のおしり♥…やっぱり良――ーあぶちゅぅっ♥」
息を吐くように尻をなでるパンドラに蝶々の拳が彼女の顔を貫く。吹き飛ばされたパンドラはゴロゴロと転がる。
「うぇ…!?…だ、大丈夫っスかっ。パンドラの姐さん」
初めての光景なのだろう。スティングホーネットはパンドラに駆け寄る。
「邪魔しないで貰える…?今、蝶々様から受けた愛♥を確認している所なの…」
「は、はいっスっ(ひぇ…パンドラの姐さん…蝶々の大姐さんを見る時と全然違うっス…怖いっス…)」
スティングホーネットを見るパンドラの目は冷たく彼の背筋は凍ってしまう。
「はぁ♥良いですわぁ♥」
両肩を掴み腰をくねらせるパンドラを見る蝶々は一つため息をつく。
「ホーネット…イツモノ事ダ…慣レロ」
「そうやそうや、これで驚いてちゃ、あかんで」
「これが、パンドラなのよ」
「…へ、変人だから…」
幹部たちは慣れているのか、パンドラが転がっていても動じない。
蝶々は会議室内を見回し、一瞬の静寂を置いてから、大きく深呼吸する。そして決意を込めた表情で口を開いた。
「さて……次の作戦についてだ――。」
―――
一方、たつみは「マスク・ド・ドラゴン」としての任務中、激しい戦いを繰り広げていた。
「ぐははぁっ!」
「うぅっ…!」
目の前に立ちはだかるのは熊型の怪人『タックルベアー』だった。中級怪人である彼は、巨大な体格と圧倒的な攻撃力を持っており、たつみに襲いかかってくる。
たつみは強烈なタックルをギリギリでかわしながら間合いを保つ。
「マスク・ド・ドラゴンっ…がんばるでござるよ!」
「揺れるスピリッツを見せてくれぇっ!」
「胸が…いや…心が揺れますねっ!ファイトです!マスク・ド・ドラゴン!」
「…ま、また…相変わらず…やりにくい…」
たつみの後方では、いつものファンクラブメンバーが声援を送りながらスマホやカメラを構え、フラッシュを焚いている。戦闘の緊張感は薄れかけるものの、たつみは気持ちを立て直して、タックルベアーを見据える。
「で、でも…この状況でもやらないとっ!」
シャッター音が響く中、彼女は中腰のまま敵の動きを探り始めた。
「くははぁっ!オレによく一人で相手にしようと思ったな!オレがどれだけ強いか分かっているのか、ヒーロー!!」
「あなたが強かろうが弱かろうが、街に危害を加える者は許さないっ!」
「ほざけぇ!グルルゥッ!!」
怪人が低くうなり、たつみに向かって鋭いタックルを放つ。その巨体はたつみの倍近く、攻撃一撃の威力は圧倒的だ。その一撃一撃が凶器そのものであり、まともに受ければ命取りとなる。
だが、たつみは逃げない。むしろ、逆に攻撃の隙を探り始めていた。
「マスク・ド・ドラゴンに、後退の二文字はないんだから……!」
たつみは相手の攻撃をぎりぎりまで引きつけ、完璧なタイミングで間合いを詰める。大技に出るか否か、その一瞬の決断に全身全霊をかけた。
「…そこっ…はあぁぁっ!『ドラゴン・キックゥッ!!』」
「ぐぁぁっ!?」
たつみの反撃は正確無比だった。怪人の強烈なタックルをかわしながら首元を的確に蹴り上げ、その一撃でタックルベアーは巨体を崩した。そのまま吹き飛ばされ、大きな爆発音と共に戦闘は終わった。
荒い息をつきながら、たつみはその場で姿勢を整える。
「ふう……これで一件落着……!」
その頃、戦場から少し離れた場所で、一人の人物がその様子を見守っていた。
「…オレが出るまでもなかったね…実力上げてきたじゃん…」
白虎をモチーフにしたマスクをかぶった謎の人物――「マスク・ド・タイガー」。性別不明のこのヒーローは、たつみの戦闘を遠巻きに見ながらつぶやいた。
何かを見極めるような鋭い眼差しをたつみに向けるも、結局その場では何も語ることなく姿を消していった。その目的は誰にも知られないまま、戦場には静寂が戻った。




