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090 ところ変われば品変わる? チベット仏教の叙事詩にみる英雄像

今回紹介する物語は多数のバージョンがありますが、岩波文庫版を基準としています。

 いきなりだが、小説を書くには本を読む必要がある。人はインプット以上のアウトプットはできないのだ。


 で、私はハイファンも書いてる都合上、アーサー王やロランの歌など中世騎士物語、ギリシャ神話に代表される伝説もそれなりに読む。が、今回はチベット仏教の英雄叙事詩「ケサル王物語」を、宣伝を兼ねてだらだら語ってみたい。


 あらすじはこう。


 不信心ゆえに過酷な生涯を終えた母子おやこがあった。彼女は世を憎み、生まれ変わって大いなる御教みおしえ、すなわち仏教を滅ぼせるように! と呪いの言葉を吐いて息を閉じた。


 仏敵ぶってきの誕生を予見した極楽浄土の神々(便宜上こう書く)は一人の聖者を選び、彼に人間界に転生して悪鬼と戦う使命を与える。そして聖者はリン国の王ケサルとなり、世界に安寧あんねいをもたらす戦いに身を投じてゆく。


 ……なんか、王道のヒロイック・ファンタジーな気がするでしょ? 私もそう思ってたんよ。


 でも、転生からしていきなり不穏。聖者は「せっかく長年修行して極楽に来たのに、今さら下等な人間界に転生するなんて嫌! 働きたくないでござる!」と不満たらたら。

 まあ結局は説得されて引き受けるんだけど、ここでまた要求の多いこと多いこと。やれ馬が欲しい、武具が欲しい、参謀が欲しい、武将が欲しい、美人の嫁が欲しい……。


 いや、悪の軍団と戦うんだから馬や武具、参謀や武将は分かるよ? でも嫁って要る? ていうか悟りを開いて欲を断ち切ったんじゃないのかよ。


 ちなみに、これら要求したものの中で役に立ったのって弓矢と馬くらいじゃないかな。詳しくは書かないけど、人はあまり……ね。


 ただこれは教訓、寓話のたぐいやもしれぬ。もしケサルが使命をすぐに受け入れ、快く悪鬼との戦いを引き受けていたら、もう少しマシな人選になったんだよ? と。

 いくさに限らず、何かをやるときは躊躇ちゅうちょすれば準備が遅れ困難が増す。その暗喩だ。


 それだけではない。

 人が困ってるとき、助けを必要としているとき、足元を見るようにゴネれば、相手はよい感情を持つだろうか?


 悪意の残滓ざんしは、落ちない泥汚れのようにその人の運命に、人生につきまとう。そしてそのごうは、めぐりめぐって災いとなりはね返ってくるのだ……。

 ああ! 御仏みほとけの教えのなんと深遠なことよ、たぶん。


 もひとつ印象的だったのは戦いの描写。あらすじから、てっきり血沸き肉躍る戦記ものかと思ってたのだが……


 ①ケサル、味方に「敵は強い、お前たちのかなう相手ではない。私が一人で行こう」とか言って単独行動

 ②魔術で占い師や修行僧に変身し、敵に嘘の予言をする。守護神の像を呪いの品といって壊させたり、王にひとりで宮殿にいるようそそのかしたり

 ③バフのなくなった敵を不意討ちでやっつける


 だいたいこれ。終盤ようやく一騎討ちするけど、あっさりボコられて天界に助けを求めて、結局三人で袋叩きにしてるし……。ねえケサルさん、あなた本当に英雄なの?


 しかしこれも、チベット高原という過酷な土地柄に影響されたと考えられる。行軍も兵站へいたんも難儀する山岳地帯のこととて、可能なかぎり軍の行動を抑えるのだ。あと、本来は殺生せっしょうを禁ずる戒律の影響もありそう。

 ギリシャ神話でも、勇者たちは単独で怪物に立ち向かっていた。英雄とは、危険も罪もひとりおのが双肩に背負う覚悟をもたねばならぬのか。


 ところで序盤、ケサルが人間界に転生するための母親となる龍の王女をもらい受けるエピソードがあるんだけど。これ神様が龍の国に毒ばらまいてから解毒薬を与えて治してやって、そのお礼に姫を所望してるんよ。


 いや、完全にマッチポンプじゃねえか。しかも治療めっちゃ勿体ぶって恩を売ってる。


 もしかして、こいつらの教えを滅ぼそうとする母子のほうが正しくない?

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