056 真珠という意味の名をもつ少女、ムルジャーナ
思い出しながら書いてるので記憶違いの可能性あり。後で訂正するかも。
このエッセイを読んで下さっている皆様の中には、自作品を投稿している方もおられよう。拙作が多少なりとも執筆のお役に立てばよいのたが、PV、ブクマ、ポイントを見るに上手くいってはいないようだ。
まあそれはいい。さて、ファンタジーに限らず小説を書くには、資料となる本を読む必要がある。人はインプット以上のアウトプットはできないのだから。
作品の舞台となるのは中世ヨーロッパ風の世界が多いが、資料となるのはギリシャ神話やアーサー王物語のような西洋の古典文学とは限らない。私は剣客商売などの時代劇や、水滸伝ほか東洋文学も参考にしている。
そんなヨーロッパ以外のファンタジーものの定番のひとつが、アラビアンナイトではなかろうか。
魔法の絨毯やランプの魔神、魔法使いに巨大な怪鳥……。熱砂の大地に息づく夢と冒険の物語は、国境も時代も超えてあらゆる世代の人々を魅了している。
そう、あらゆる世代を。なので書籍も大人向けから児童向けまで揃っており、それらの読み比べが楽しくてネタ探しを忘れてしまうから困ったものだ。
でも、たまに登場人物の描写が本により大きく違ってて驚かされることも。そんなキャラクターの一人が、「アリ・ババと四十人の盗賊」のヒロイン、ムルジャーナであった。なおモルジアナ、マルジャーナなど複数の発音があるが、ここでは青い鳥文庫版の呼称に統一する。
青い鳥文庫は児童向けレーベルなので、いくつかの改編は分かる。例えば原作では彼女はアリの兄カシムの奴隷だが、単なる召し使いになっていた。
挿し絵のカシムは、太って脂ぎった中年男。美少女が奴隷というのは、いかがわしい連想をさせかねないとの判断だろうか。
ところが面白いことに、角川つばさ文庫では奴隷のままだった。翻訳家や編集者の個性が見えて興味深い。しかし青い鳥版とつばさ版を比べて一番驚いたのが、瓶の中に隠れた盗賊たちを油で焼き殺すシーンだ。
前者では、ムルジャーナは盗賊の存在を知ったとき心臓が飛び出るほど驚いているし、油で焼き殺したあとは恐怖と緊張に耐えきれず、へたり込んで呼吸困難に陥っている。
一般人なら当然の反応といってよい。なので私は短編で、彼女はこの時のトラウマのためPTSDという設定にした。
ところが後者では、盗賊の企みを察知した彼女は終始沈着冷静、焦らず騒がず最適かつ最短の行動で淡々と三十七人を始末してゆき、あげく「頭は逃げたな。今夜はもう襲撃はない」と判断し、大胆にも部屋に戻って熟睡してしまうのだ。口調も青い鳥版が普通の女の子っぽいのに対し、こちらは覚悟ガン決まりで冷淡な感じになっている。
なんなんだよコイツ! どこが飯炊き奴隷なんだ! 殺し屋じゃねぇか!!
つばさ版で奴隷のままだったのが分かる気がする。奴隷は奴隷でも殺し専門だったのか。カシムは商人だ、消えて欲しかった商売敵もいるはず。そのとき暗躍したのだろう。
性的なものを連想させる心配もいらん。こんな殺戮マシンみたいな女、怖くて手なんぞ出せんわ。
他にも印象的だった改編は青い鳥版のラスト。原作だとアリ・ババは盗賊のお宝を全部回収し、その財をもとに一族みな高い地位に昇っている。
だが青い鳥版では「これ以上のあぶく銭は堕落を招く」としてもう財宝に手をつけず、息子にも隠し場所を教えなかった。少年少女へのメッセージであろう。
ところで、いくら相手が瓶の中にいて声がよく聴こえなかったにしても、とっさに男の声マネをして誰にもバレなかったムルジャーナすごくない? もし現代にタイムスリップしたら、天職は料理人でも殺し屋でもなく声優かもしれない。
ていうかそうであってくれ。死人が増えないためにも。
アリ・ババ「他にも青い鳥文庫版は、私の息子が養子から実子になってるね。ラハマーンって名前もついてる」
ムルジャーナ「旦那様は本文中でハッキリ『スリムでハンサム』と言われてるだけあって、息子のラハマーン様もイケメンなんですよね! うおおおお講談社グッジョブ!」
ラハマーン「ムルジャーナ、君ってそんなキャラだっけ?」




