伝説の始まり
それはある夕暮れ時の出来事であった。
火の国の路上では、二対二の戦いが繰り広げられていた。
「そっちは任せたよ、スバル!」
「もちろんだ、ナギサ!」
一方の陣営は、中性的な容姿をした美女と気品のある美男で構成されている。
「ずらかろうぜ、兄貴! コイツら……あのナギサとスバルっすよ!」
「逃げられると思うんじゃねぇ! 我々の世界には、勝つか負けるかしかねぇんだからよ!」
もう一方は、その似通った容姿から兄弟であると推測される筋肉質な男たちだ。弟分はナギサ、兄分はスバルと睨み合っている。二人はナイフや銃を武器にしているが、眼前の強敵たちは違う。
「良い夢を」
ナギサは手で銃の形を作り、指先から光線のようなものを放った。光線は、弟分の脳天を一瞬にして貫いた。
「地獄で待ってるぜ! チクショー!」
弟分は光線を浴びたことによる爆発に呑まれ、血肉を散らしながらその場に崩れ落ちた。
ナギサには荷電粒子を生み出し、それを操る異能がある。それは溜めた荷電粒子を放出することはもちろん、遠隔操作することも可能である。無論、中性子など原子核を安定させるものも同時に生み出される。
その傍らで、スバルは毒々しい色をした煙をその身にまとっている。
「アイツには、マジでお前が必要だ。だからマジで同じ所に送ってやるよ」
煙は自在に動き回り、兄分の体を包み込んだ。兄分は千鳥足で呼吸を乱し、そのまま転倒する。彼は何度も大地を踏みしめようとするが、その体が持ち上がることはない。彼の全身の皮膚はただれ、見るも無残な色に変色している。
スバルには毒ガスを生み出し、操る異能がある。刺激性の強いガスは化学熱傷を引き起こし、相手の傷口から様々な性質の毒を侵入させることが出来るのだ。
そんな毒ガスをまともに浴び、兄分はもう虫の息だ。
「ゼェ……ゼェ……話に……聞いていた通りだな……」
「なんの話だ? いやマジで」
「テメェの……毒ガスのことだよ」
曰く、スバルの操る毒ガスの存在は、ある程度知れ渡っているようだ。兄分の髪を乱暴に掴み、スバルは言う。
「今、マジで楽にしてやるよ」
スバルの膝蹴りは、毒ガスによって溶かされかけていた兄分の顔面を、いとも簡単に粉砕した。
これで今日の二人の「仕事」は終わりだ。
ナギサはすぐに携帯を開き、着信履歴を確認した。そこにはもう一件、依頼者と思しき者からの連絡が入っていた。
「また依頼か。この業界で名を知られているというのは、厄介なものだね」
ナギサは苦笑いを浮かべ、折り返し連絡した。数秒後、電話が繋がり、彼女は依頼者との連絡を始める。
「折り返し電話させてもらったよ。一応聞くけど、用件は?」
「どうしても殺して欲しい男が、二人いるんデス」
「それなら、明日事務所に来て」
彼女の仕事は、口約束だけでは成り立たない。ゆえにナギサたちが仕事を承る際には、顧客と実際に対面する必要があるのだ。
通話を切り、携帯を仕舞いつつ、彼女は言う。
「それじゃあスバル……帰ってヤろうか」
妖艶な微笑を浮かべた彼女は、相棒の腕に絡みついている。スバルは少し呆れた様子だ。
「お前はマジで相変わらずだな。もし俺が恋人を作ったら、マジでどうするつもりだ?」
「その暁には君を解雇するよ。恋愛感情は情緒を左右するからね……殺し屋として働くには、絶対に邪魔になる」
「……だけど、ヤることだけはヤるんだな」
「ふふ……今夜は寝かせないよ、スバル」
「おいおい、明日も仕事だろ? マジで勘弁してくれよ……」
二人は恋愛をしないが、互いに体を許し合っている――――そんな関係だ。仕事を終えたナギサたちは、その場を後にした。
ナギサとスバル――――二人は火の国を代表する殺し屋だ。スーツを着こなした二人組は、豪邸のような事務所を構えている。
これは二人の殺し屋が美学を背負い、勧善懲悪の限りを尽くす物語である。