結末と必然
*天歴1000年 人間領 スペリア王国 外れの廃墟*
蒼月が照らす魔法陣の上に一つの人影があった。
その場所は、城下町のはじにあり、街を照らす魔核の光は届かない。
その人物であるクレアは月明りのみを頼りに廃墟の瓦礫を撤去していた。
「ふう……魔法が使えれば一気にできるけど、流石に使えないわよね」
斥候ができるカドルには、魔力や魔核を探知する能力があるため、うかつに魔法や魔核を使えない制約が勇者にはあった。
そのため、最低限の肉体強化をして瓦礫の撤去作業を行う。
数十分後、瓦礫の下に埋もれていた魔法陣が姿を現した。
「さてと、さっさと始めないとね」
クレアは魔王から取り出した3つの菱形の魔核を取り出すと、魔法陣の円周上にある等間隔に設けられた窪みにそれぞれを置く。魔核を置き終わると、魔法陣の中心でカーネル王から奪った魔剣・エイドを突き刺し魔力を流す。すると魔核がそれぞれ水色、黒色、紫色に発光し、それに呼応して魔法陣が色づいていく。
魔法陣は複数の魔核を用いて魔法を発動できるという利点があるが、その反面発動までに時間がかかるという欠点がある。
そのため、中途半端に考える時間ができ、そうなると思い出してしまうのは一緒に旅をした三人の仲間。
「あいつら大丈夫かしら……って、私が言えることじゃないわよね。それに今更心配したところで……」
「今更ってことはないさ。ガーナーもフレンも王宮のほうに運んだから見舞いに行けよ」
「!?」
クレアは声のした方へ振り向くとそこにはカドルが立っていた。
服と手足の一部は先ほどの爆発により焼き焦げているが、自身の機転により軽傷レベルで済ますことができたようだ。
「……どうしてここがわかったのよ?」
クレアは冷静に努めようとはしていたが、内心の動揺は大きい。
カドルが無事であったのは、想定内だったものの、ここの場所を突き止められるのは想定外だった。
カドルの言葉を信じるならガーナーとフレンを王宮に運んだため、つけられたという可能性はなく、また周囲に人がいないことはクレア自身が警戒していたため、第三者から情報が漏れたとも考え辛い。
そうなると、カドルの探知にひっかかったということになるが、それだってクレアは手を打っていたはずだった。
(魔法の発動で魔力が探知されたにしてもここに来るまでが早すぎる。魔核での探知だって今まで持っていたものは全部捨てて、魔王から取り出したもの以外は……まさかっ!)
「そこに置いてある魔核とかって、魔王を倒したときに手に入れたものだろ?」
「……あんたに見られていたとはね」
カドルは探知した魔核それぞれの個体を識別できるものの、街中であれば他に使われている魔核は無数にあるため、普通ならばれないとクレアは考えていた。
しかし、それはカドルに魔王から魔核を取り出しているところを見られていないという前提があった場合のみであり、その前提が崩れ去った状態では意味のないものだった。
(魔王倒した直後だったからって、油断しすぎていたかしら……とにかく時間を稼がなきゃ)
クレアは、先ほどの様子と以前の経験からカドルはさきほどのガーナーやフレンのように急に襲ってくることはないとは思っているものの、完全に信じきれるほど楽観的な性格はしていない。
もしここで失敗したらまた十年またないといけないのだ。
「クレア、こっちからも一ついいか?」
「嫌よ」
「……こっちも答えたんだから、お前も一つは答えろよ」
「仕方ないわね」
つい反射的に否定してしまったクレアであるが、話すことで時間を稼ぐことができるならここは乗った方がいいと判断する。
一方で、全て真実を話すつもりは毛頭なく、ひとまずカドルを魔法陣に近づけないことを第一優先に設定する。
「お前は今、何をしようとしているんだ……?」
(まあ、この魔法陣見ればそうなるわよね。嘘言ってもいいけど……いや、ここは本当のことを言うべきね)
「そうね、端的にいえば……必然の結末の回避」
「必然の結末……?」
「そう。さっきのガーナーを見たでしょ? 何かに操られたように私を殺しに来ていたの。あれって別にガーナーだけってわけじゃないの。フレンもカーネルのおっさんもそうだったわ。
天歴1000年の蒼月の日にこの世の全てが勇者を殺しにくるっていう馬鹿みたいな話……必然の結末って言ったところね。
私はこうなることを知っていたから、解決策を探ろうとしていたし、止めようとしたわ。でも、結果はご覧の通り無駄だったみたい」
カドルは唐突に聞かされた荒唐無稽の話をありえないと思ったが、先ほどの人が突然変わったようにただ狂人的にクレアに襲い掛かったガーナーの様子を思い返すと否定が口から出ない。
(やっぱ変化なし、か……)
一方で、クレアはカドルの観察していた。
クレアはこれまでは全て真実を語っていたが、この話には明らかな矛盾点、つまりシナリオ適応外が存在する。
それこそがクレアの目の前にいるカドルの存在。彼は操られている様子もなければクレアに殺意を向けてくる様子もない。
『前回の』彼もそうであったたゆえに今回はカドルに対してあえて嫌われるような行動をとるようにしてみたクレアだったが、結局、特異点の条件はわからなかったことに落胆する。
(変わらない理由が好感度次第っていうことはとりあえずなさそうね。さすがにこいつに嫌われていないなんてことはないと思うし)
クレアが好かれるのではなく、嫌われることで確認しようとしたのは、人に本当に好かれているかと判断することは難しいからだった。
どれだけ、親身になっても、表面上では仲良く見えても相手の心なんてわかるはずもないのだから。
(本当、なんでこいつだけ……そろそろ時間ね。こいつを近づけないようにするには……)
「だから責任をとろうと思っているのよ」
「責任ってどういうことなんだ?」
「……自殺するのよ」
もちろん嘘だけど、という言葉をクレアは自分の内に閉じ込めた。
「な、に……!?」
「だって、そうでしょ? 勇者を殺すためのシナリオで、そのために皆がおかしくなっているなら、私がいなくなれば万事解決じゃない。んで、これはそのための魔法陣。中にある生物を完全に殺す魔法よ。
ああ、安心しなさい。魔法陣の外には影響は出ないから……ただし、魔法陣内に入るということならその保証はないけどね」
(ここまで言えば魔法陣には近づかないでしょ。頃合いね)
時間稼ぎが済み、魔法陣の発光が十分になったことがわかったクレアは詠唱を開始する。
「万物を構成する粒子よ。重、時、空によって顕現せよ。粒子よ、数多の光と闇で重ね、我の望む世界を再生せよ!」
魔法陣全体の輝きが増し、この日、この条件でしか使えない特別な魔法が起動する。
経験上、起動から発動するまでのタイミングを把握していた勇者は心の中で、カウントダウンをする。
十、九、八――……。
「待った!!」
「! ち、ちょっと、何入ってきているのよ!? 死にたいの!?」
だが、あろうことか、カドルは魔法陣の中に入ってきて、クレアの肩をつかむ。
もしカドルのこの行動から、殺気もしくは敵意を感じるものならクレアは反射的に対応できたが、カドルの言動が100%善意から来ているものであったため、思わず反応が遅れた。
七、六、五――……。
「死にたくなんてないさ。でもそれはクレアも同じじゃないのか?
だったらこんなところで諦めるな。お前がその気なら俺はいくらだって力になるからさ」
輝きを増す魔法陣の中で必死に説得をするカドル。
その姿にクレアは彼が特異点であることがわかったような気がした。
(ああ、こいつって……)
四、三、二――……。
「……じゃあ、あんた、私の望んだ結末まで付き合ってくれる?」
「? あ、ああ! だから早くここから……」
「約束だからね」
ここまで来たらもう止められないことをわかっているクレアは反対にカドルの服をギュッと掴んで覚悟を決める。
『次回』のやり直しではカドルを巻き込む覚悟を。
一……。
「『――』っ!」
クレアが魔法名を言うと同時に魔核は壊れ、魔法陣の光が天まで届くと光はそのまま世界中を覆った。
こうして、また新たな勇者の物語が始まった。