拘束と賭け
「何のつもりだよ。フィルシー」
ヴォルガーは険しい目でフィルシーに問いかける。
庇ってもらった側ではあるものの、そんなことをしなくても駆け引きもくそもない真正面からの一撃がヴォルガーに当たらないことはお互いにわかっていたからだ。
「それは……フィルシー……のセリフです……ヴォルガー様。
今、私が間に入らなければ……彼女を殺そうと……していませんでしたか?」
「それの何が悪い? 手を出してきたのは向こうだぜ?」
「いえ……挑発をしたのはヴォルガー様です……
人への対応については……フィルシーがお伝えした通り……友好的にしてくだいと、言ったはずです……」
「ど、どうしてわたしの魔法が……?」
一方のトゥリエは魔法が突如消え去ったことに戸惑うが、直後、フィルシーが消していなければ自分が撃った魔法がカドルを襲っていたことに気づいてしまう。
「わ、わたし……そんなつもりじゃ……」
混乱したトゥリエはすがるようにカドルに近づく。
その足取りは、おぼついておらず、無防備だったが、それゆえに次の行動が読めなかったため、フィルシーは次の行動に移した。
「万物を構成する粒子よ。冷と湿によって顕現せよ。水よ、敵を縛れ。水の捕縄」
トゥリエの足元から紐の形をした水が伸び、手足を拘束した後、詠唱させないように口を塞ぐ。
「ゴポッ」
「トゥリエ!」
口の中に入り込んだ水で窒息させるつもりかと焦り、叫ぶカドルだったが、安心してくださいと魔法で拘束している本人が言った。
「……気道は塞いでおりません。落ち着いて……口以外は塞いでいないので呼吸はできると思います」
フィルシーの言う通り、水は口は塞いでいても喉奥には占領していなかったので、トゥリエは呼吸を確保することができた。
「おい! なんで無力化したのに止めをささね……」
「万物を構成する粒子よ。冷と乾によって顕現せよ。土よ、その尾をもって我が敵を縛れ。超土の捕縄」
「うぉっ!?」
ヴォルガーの言葉を言い切る前にフィルシーは再度魔法を発動し、今度はヴォルガーの両手両足のそれぞれ土の鎖で拘束する。
「……立てますでしょうか?」
「あ、はい……」
ヴォルガーの拘束が解かれたカドルは、差し出されたフィルシーの左手を掴んで立ち上がる。
立ち上がった瞬間、ヴォルガーに歪に曲げられた腕が脱臼特有の痛みを訴えたいた。
助けてくれたフィルシーに敵意は感じられないとはいえ、魔物を前に片手の関節を外して放置しているわけにはいかないため、痛みに耐えながら外れた関節をもとに戻す。
「っ……よし」
鋭い痛みの後がちゃんと外された側の腕を確認していると、フィルシーがこちらの様子をまじまじと覗いていることに気が付く。
(? なんで俺を見て……そういえば、さっき抱き着かれる直前、何か言っていたな。
今回のやり直しでは、フィルシーと会ったことはないはずだし、人違いだと思うけど……)
フィルシーがこちらを覗いてくる理由はわからないが、少なくとも今のカドルはそれを聞けるような立場ではないし、なにより優先すべきことがあった。
「……こんなことを言う立場でないことはわかっていますが、トゥリエを解放してもらえませんか?
魔法はもう撃たせませんし……俺があなたを襲おうとした理由を話しますから」
相手の立場のほうが圧倒的に有利ではあるが、これまでの様子からフィルシーは話が通じない相手ではないことはわかっているため、相手と目を見て訴えた。と、
「ぽっ……」
目が合った瞬間、フィルシーは顔を赤らめて逸らす。
(拒否られた!?)
顔を逸らされたことをそう判断しかけたカドルだったが、フィルシーは両方の手の平をパンと合わせると、トゥリエをとらえていた水の拘束が解け、地面へと吸収される。
「……こちらこそ、止め方が手荒になって……申し訳ございません」
トゥリエは自由になったものの、水を少し飲み込んでしまったせいか、むせてしまい、心配したカドルはすぐに駆け寄り、背中をさすった。
「ケホッ、ケホッ」
「トゥリエ!」
「カドル……ち、違うの! わたし、そんなつもりじゃ……」
「いや、悪かったのは俺だ……危険に巻き込んでごめん」
カドルは感情に突き動かされ、危険を招いたことを謝り、トゥリエは魔法にカドルを巻き込みかけたことを謝る。
それぞれの食い違いはあったが、今はそれを正している場合でもないのが事実。
トゥリエの体の傷はなかったが、自身がカドルを傷つけかけたという事実が、精神に大きな傷を残していた。
「おい、フィルシー。お前、あのガキにやけに甘くないか?」
「そ、そんなこと……ありません……」
そわそわ動くフィルシーに未だ拘束された状態のヴォルガーは呆れてため息を一つつく。
フィルシーの行動に納得できたわけではないが、ここで再度カドルやトゥリエを襲おうとしても再度止められることは予想ついた。
「おい、ガキ! さっきフィルシーを襲おうとした理由を話すっていったよな? そいつが無事だってわかったならさっさと話せ」
ヴォルガーは拘束された状態であるため、凄まれても緊張感としては薄いものの、カドルは真実を告げることを覚悟して前に出た。
「師匠が……僕の師匠は魔物に殺されました。
……一瞬のことでした。直前までうるさいほど元気だった師匠とその仲間たち、エーテリアの野盗団が、たった一体の魔物が放った魔法の火で、水で、風で、土で……全員がものも言わない骸へ変えられたんです」
「その魔物の正体がフィルシーって言うのかよ?」
「それは……わかりません。ただたまたま助かった僕は気絶しかける前に見たんです。師匠たちを殺した魔物の後ろ姿を、金髪に長耳の女性のエルフの姿を……」
体感的には過去のことではあり、今回の世界では未来に起こりうる光景は、その時に持ってしまった感情を含め、カドルは忘れることができない。
「だから仇かもしれないフィルシーを襲おうとしたってか? 残念だけど的外れだよ。
私ならともかく、フィルシーは魔物だが、人間を直接的に殺すような真似はしねえよ。月の石記に反するからな」
(ツキノシラベ……?)
月の石記という言葉はカドルも聞いたことがなく、今回はカドルはエルフという言葉に反応していたのが原因だが、フィルシーが好んで人間を襲うようなことはしないことは納得できる。
一方で、カドルがおぼろげながらに覚えているそのエルフの後ろ姿は、今改めて見てもフィルシーに似ていた。
ただもうさすがにそれを掘り返すことはしないが。
「さて、理由がわかったところで、こいつらを見逃すわけにはいかねえ。
フィルシー、トゥリエはともかく、このガキは私の好きにしていいはずだよな?」
「いえ……この少年が言うことが真なら……彼が狙っていたのは私のみです……
であるなら……処遇の権利はヴォルガー様にはございません……
……とはいえ、このまま見逃すことはヴォルガー様は納得しないでしょう……なので、賭けをいたしませんか?」
「賭け?」
「……フィルシーたちを追ってきている……青亀と戦ってもらいましょう」
「!」
フィルシーの提案にヴォルガーは黙る。
その沈黙をヴォルガーの中で考えが揺れていると判断したフィルシーは賭けの内容をヴォルガーに、そしてカドルたちに説明する。
「青亀は……今日の宵の口ぐらいにこの村に来着するでしょう……それを彼らが撃退できれば見逃し、撃退できなければ彼らの処遇はヴォルガー様のお好きにする……この条件ではどうですか?」
「……相変わらず、甘えなフィルシー。
このガキを青亀と戦わすのには賛成だ。ただし、その条件を鵜呑みに歯できねえ……群狼の火爪!!」
拘束されている状態のままで両手を胸の高さにあげたヴォルガーがスキルを発動する。
直後、ヴォルガーの指から射出した炎が空気を燃やしながら飛んでいく。
「! トゥリエ!!」
「ぇ、えっ!? きゃっ!!」
飛んでいる炎の軌道上にいるのがトゥリエだと気付いたカドルは、トゥリエをその場から押し出し、代わりに自分の左手を犠牲にした。
「ぐっ……!」
「へっ、やっぱり庇いやがったか」
狙い通りの展開になったことにヴォルガーは満足そうに笑う。
炎はすぐに消えたものの、カドルの左手には短いひっかき傷の形をした不自然な跡が残っていた。
「魔印だ。それがある限り、逃げられると思うなよ」




