敵対と約束
「さて、大人しくなったところで、どうしてフィルシーを殺そうとしたのか話してもらおうか」
「っ!」
カドルは殴られた腹の痛みはまだ残っていたが、ヴォルガーは押さえつけている腕を容赦なく締めあげる。
徐々に力を強くして極められる関節に、鋭い痛みに声が出そうになるが、目の前のトゥリエに心配させないように痛みに耐える。
(くっそ……俺は何を……!)
だが、カドルは体の痛み以上に自分の行動の浅はかさが腹立たしかった。
彼女らはスティーブの仇であることは事前に予測していたから抑えられていたが、フィルシーの正体がエルフだと、未来の仇の可能性もあると、そう考えがいたった瞬間、蓋をしていた憎しみが漏れ出てしまい、それをヴォルガーに悟られてしまった。
「ヴォルガー様……! 何もそこまで……」
「フィルシー、ちょっと黙ってろ。基本的な対人のスタンスはお前に合わせて友好的にって話だったけど、敵意を向けてきたやつに対してはどう対応しようが自由っていう契約のはずだぜ」
ヴォルガーは自身の行動が、人間領に来る前に事前に交わしていた契約に則ったものであると、正当性を主張し、フィルシーの反論を封じる。
「どうした? 喋られなくはねえはずだろ? 言っておくが、私はそこの甘ちゃんじゃねえから、ガキだろうが敵対する気なら容赦しねえぞ」
その言葉を証明するかのように腕は関節が外れるギリギリまで締め付けられる。
しかし、カドルにはしゃべれない、いやしゃべれない。それは声を出すと痛みによる悲鳴を出すのを防ぐのもそうだが、言ったところで到底信じてもらえるようなことではないからだ。
「や、止めてください!」
トゥリエは恐怖で足を震わしながらも勇気を一歩踏み出した。
「せっかく、仲良くなれたと思ったのに……どうしてですか?」
「……知らねえよ。私は正当防衛をしただけだ。文句があるなら先に手を出そうとしたこのガキに言いな」
「カドル……う、嘘だよね? カドルがフィルシーさんを傷つけようとするなんて、そんな……」
ヴォルガーの言うこと否定するというより、信じ込むように問いかけるトゥリエ。彼女の良く知っているカドルという少年なら、シルフィーを傷つける理由はないし、たとえ理由があったとしても自ら誰かを傷つけるという選択肢を取る覚悟はなかった。
しかし、今ここにいるカドルという少年の大部分を構成しているのは前回の旅のカドルである。トゥリエが知らないカドルの経験は、魔物相手には戦うという選択肢が優先的に設定されている。
「トゥリエ……ここから離れろ」
痛みに歯を食いしばりながら、なんとか声を絞り出す。
身動きが取れない今のカドルにできることは、敵意を見せなければ見逃すというヴォルガーの言葉を信じて、トゥリエがこの場から逃がすことだけだった。
「俺なら、大丈夫……トゥリエは家に帰って、いつも通りに、過ごせばいい。
……後、クレアには、適当に言っておいてくれ」
遠巻きにクレアへの現状の連絡を伝えるが、何もそれは助けを期待してのことではない。
むしろその逆、たとえ今自分がどうなろうと、フィルシーとヴォルガーには万が一でも魔王を倒せる存在である勇者に引き合わせるわけにはいかないと判断してのことだった。
「わ、わたしは……」
顔を強張らせながらも、カドルを見続けるトゥリエ。
カドルはそれを自分を置いておくことからの罪悪感からだと判断し、精いっぱいのやせ我慢をしながら顔に笑顔を貼り付けて諭す。
「『約束』、してくれるよな……?」
そして、それを見た瞬間、聞いた瞬間、トゥリエの決心は固まった。
「……嫌」
(えっ?)
疑問を持った直後、カドルは魔力の奔流を感じた。
(まさか!?)
世界を構成する二大粒子のうちの一つである魔法粒子は、魔物や人間の体内をはじめ、空気中などの世界中のあらゆる場所に存在しており、魔法とは自身の体外の魔法粒子を操作することによって、二大粒子のもう一つである物質粒子を変質させる技術である。
そのため、空気を構成する物質粒子が動けば風として肌に感じられるように、空気の中にある魔法粒子が動くことも込められる魔力量が多ければはっきりと肌で感じることができる。
そして、その魔力の奔流の元にいるのが魔法を発動者であるのは間違いないのだが、それでもトゥリエが逃げるでもなく、立ち尽くすでもない選択肢を選んだことはカドルには信じられなかった。
「万物を構成する粒子よ。冷と乾によって顕現せよ」
けれど、トゥリエが紡ぐ魔法の詠唱がカドルに真実を突きつける。
「へえ……」
カドルが感じた魔力の奔流をヴォルガーが感じないはずがなく、その元であるトゥリエに意識を向けた。
「あんたも私たちに敵対するっていうんだな……いいぜ、撃ってきな。ただし、その瞬間あんたも私の敵だ」
訓練は重ねていても、言動からトゥリエが素人であることを見抜いていたヴォルガーは余裕を持って犬歯をギラリとのぞかせた。
「! トゥリエ!! 挑発だ! やめっ……」
「土塊よ、目の前の敵を砕け、中土の腕撃」
カドルの言葉が言い切るより早く、トゥリエの詠唱が完了した。
……ズズズズズズ……!!
地面から盛り上がった土が巨大な腕の形を形成する。
「おいおい、ゴツイのはいいけどよ、そんな細かいコントロールがきかなそうなの放ったら、私の下にいるこのガキにまであたっちまうぜ?」
「はあ、はあ……」
警告も耳に届いている様子もなく、短い呼吸を繰り返すトゥリエをヴォルガーは冷静に分析していた。
(魔力が足りない……ってわけじゃなさそうだな。
まあ、動きからして素人だろうし、初戦闘で魔法を使うことに気持ちがいっぱいいっぱいになっているってところか……なら)
ゴキッ!!
「ぐっ、がっ……」
鈍い音とともに極められていたカドルの腕が歪な方向に曲げられる。
「あーあ、あんまり遅いからついつい力を入れすぎちまったぜ」
「っ! わっああああああ!!」
トゥリエの絶叫とともに土塊の腕に拳が握られ、カドルもろともヴォルガーをめがけて振り下ろされる。
(狙いは外さなかったか。けどまあ、これでこのガキは始末できるし、後はあいつを倒せば……!?)
迫ってくる土の塊を難なく避けようとしたヴォルガーの前にいきなり割り込みが入る。
「万物を構成する粒子よ。熱と湿によって消失せよ。旋風よ、土に滅びを与えよ、不風の障壁」
割り込んできた者の詠唱が終わると、振り下ろされる巨大な腕はその割り込んだ者の手前まで来た瞬間、拳の先から消失する。
壊れるでも砕けるでもなく、近づいた土が唐突にその姿を消す様子は、防がれたというより、もっと異質なものをカドルに感じさせた。
土の巨腕がただの土に戻った後、割り込んできた人物……いや、魔物がゆっくりとヴォルガーへと振り返る。
「……お怪我は……ございませんか……?」
ヴォルガーに、いや、カドルに向けてフィルシーは心配そうに声をかけるのであった。




