案内と転換点
弱者にとっての転換点はいつも強者の気まぐれによってもたらされる。
(とにかく、ここはこの場を切り抜けないと)
重特性の魔核の行方は気になるものの、現状では全く情報がないし、そのうえ今はそれを悠長に心配しているひまもない。
カドルは頭を切り替え、眼前にある脅威を切り抜けるために、相手の言葉を信じることにした。
「わかりました。あなたたちの言葉を信じます……スティーブさんのお墓に案内するのでついてきてください」
カドルは逡巡の後、警戒を続けながらも正直にスティーブの墓前に二人を案内することに決める。
カドルやクレアが花を添えたようにこの日は猪の厄災の日からちょうど一年、つまりスティーブの命日であり、村の英雄であるスティーブの一回忌ということもあり、夜には村で行われる催しものも行われる。
今はまだ朝早い時間帯のため、人もいないが、昼近くになれば多くの人が墓参りに来ることが予想される。そのため、嘘をついてもその場所を隠すことができないし、嘘がばれた場合、目の前にいる二人が何をするのか予想ができない。
(けど、せめて……)
連れて行った結果、何が起こるかわからないため、トゥリエだけは逃そうとカドルは頭を働かせる。
「すみません。トゥリエだけは、先に帰らせてもいいですか? そろそろこいつの親も起きると思うので、あまり付き合わせると心配させてしまうんですよ」
下手に逃がそうとしても逃げられないと判断したカドルは、正面から尋ねる。
トゥリエが他に助けを呼ぶ可能性を相手が気づかないはずがないため駄目元だったのだが、意外にもヴォルガーもフィルシーも却下せず、二人で何か相談し始めた。
そして、
「そうだな。案内ならお前だけでいいし、そっちのほうは帰っていいぞ」
(えっ!?)
「あなたのほうは……ご両親は……お気になさらないのですか?」
「は、はい……俺は両親はもういないので」
「! それは、申し訳ございません……辛いことを思い出させてしまいましたね……」
「……いえ、もう済んだことなので」
驚くほどあっさり許可が下りたことに裏があるのではないかと疑う。しかし、二人を見るにそんな気配が微塵も感じられないことに戸惑いながらもひとまずは相手の気持ちが変わらないうちにトゥリエを逃がすことを優先する。
「許可も出たし、お前は先に帰って……」
「……やだ!」
しかし、決着しかけていた話をトゥリエ本人が拒否した。
「大丈夫です……私のほうも親に連絡しているので、だから私も一緒に行かせてください」
朝早くからの墓参りなので両親に伝言を残した可能性は高いのだが、ここで本人に拒否されるとは想定していなかったカドルはトゥリエを見る。
トゥリエは魔物を初めて会うはずなので、その脅威を認識していないのかと思ったが、小柄な体は震えており、少なくとも現状の危機的状況が理解できていないわけではない。
だが、だからこそトゥリエの意図がよめないカドルであった。
「ここがスティーブさんのお墓です」
結局、本人が拒否した以上無理強いさせることもできず、トゥリエと一緒にスティーブの眠る場所までに戻ってくる。
幸いにもカドルたちが離れたときの状態がそのまま残っており、誰かが来たということはなさそうだ。
「ヴォルガー様……いかがでしょうか?」
お墓に来ると、ヴォルガーがお墓の近くに顔を近づけスンスンと鼻を鳴らす。
魔物であることはわかっていたものの、顔は見ていなかったカドルはここでヴォルガーが獣人種であることを把握する。
「……駄目だな、やっぱり魔核のニオイは残っていねえ。やっぱりこの村は出たんじゃねえか?」
魔核自体にニオイがあるわけではないのだが、魔核はカルマの発生源であり、魔物の中でも有数の嗅覚を持っているヴォルガーにはそれを知覚することができた。
「そうですか……ここも……外れのようですね」
残念がるフィルシ―に対し、カドルは直感的にここが転換点と感じていた。
重特性の魔核に関することが相手に、ばれなかったことは良いことだが、逆にいえば相手としてはカドルはもとよりランディア村の住人を生かしておく理由はなくなり、そしてそれを容易く実行できるほど目の前の魔物の強さは一線を画している。
「……これから、どうするつもりですか?」
だからこそ、カドルは自ら先制をうった。
何かあったときにたとえ勝てないとしてもトゥリエが逃げる時間を一秒でも稼ぐためには、攻めの姿勢を見せ、カドル自身に注意を引きつける必要がある。
「……そうですね…………」
自身の包帯巻きになっている左腕を右手で掴み考え込むフィルシ―。
その間にカドルは再度トゥリエに自分の後方に来るように指示を出す。
時間ではたった数秒、カドルにはその何倍も長い体感時間が経過した後、シルフィーはおもむろに口を開いた。
「ヴォルガー様……お帰りになりましょうか」
「そうだな。あーあ、結局一ヶ月費やして空振りかよ」
「いえ、はい……ですが、これで我が主様の魔核がまだ壊されずにいる可能性が高まりました」
「リッチーの処分もとりあえず、管理不行きの件だけになるわけだ」
「ふふっ……やはりヴォルガー様とリッチー様は……仲良しでございますね」
「だ、誰かあんなやつと!」
相変わらず緩い感じであったが、それが逆に恐怖感を和らげ、トゥリエは二人の様子を見てクスッと笑う。
一方のカドルのほうも魔物組のほうから「帰る」という言葉が出たことに胸をなでおろす。
(助かった……んだよな?)
その後、村を出るヴォルガーとフィルシーをランディア村の出入り口まで見送るカドルとトゥリエだったが、どういうわけか交流が始まっていた。
「……その時は、ヴォルガー様はお腹を壊しまして大変でした」
「ええっ!? 本当ですか!?」
「お、おい、フィルシー! それは言うなって言っただろ!」
交流とはいっても、だいたいしゃべっているのはトゥリエとでフィルシーであり、カドルとヴォルガーが二人が振ってきた話題に相槌をうつことをぐらいだ。
相手が魔物であることを考えると、後で戦い辛くなるようなことは避けるべきなのだが、ランディア村を襲われる可能性を少しでも下げることと、なにより楽しそうにフィルシーと話すトゥリエを見ていたらカドルは止めることはできなかった。
「……トゥリエ様とカドル様、ご案内してくださり……ありがとうございました」
別れ際、カドルとトゥリエに対してシルフィーは深々と頭を下げた。
「あっ、いえ……お気をつけて帰ってください」
礼儀正しい相手に対して、カドルは自分でも気づかないうちに「気をつけて」という言葉を送ってしまう。
重特性の魔核の行方はカドルも気になったものの、とりあえず目の前の危機は無事に乗り越えられたことを安堵していた。
しかし、転換点はまだ去っていないことをカドルはついぞ気づくことはなかった。
それは言ってしまえば事故だった。
ヴォルガーとフィルシ―は人間領で目的の魔核を探している間、自分たちの顔が見られないように努め、それゆえに二人はカドルとトゥリエの顔も見ないように心がけており、それを破るつもりはなかった。
しかし頭を下げた後、相手の顔を見ることが癖になっているフィルシーが体に染みついた動きのまま顔を上げた結果、トゥリエのそしてカドルの顔をはっきり見てしまう。
転換点は気まぐれに、そして唐突にやってくる。
「……ここに……いらっしゃったのですね……?」
「えっ?」
顔を見た瞬間、フィルシーはカドルに襲いかかる。
「わぷっ!?」
「えぇっ!?」
警戒を弱めていたカドルは、急に距離を詰めてきたシルフィーになすすべもなく体を拘束、もとい抱き着かれた。
「フィルシーは……フィルシーは! あなた様に再びお会いできることを……ずっと、ずっと……待ち焦がれていました!」
カドル(の体)はまだ十一歳相当ということもあり、頭一つ分大きいフィルシ―の胸元に顔を埋める形で頭をロックされる。
抱き着いた際にフィルシ―の被っていたフードが外れ、金髪に銀髪がところどころ混じった髪と透き通った青い瞳が姿を見せる。
そして、日の下から現れた特徴的な尖った長い耳と人並み外れた容姿を絵本で見たことがあったトゥリエは、思わずフィルシーの種族の名を口にした。
「え、エルフ……?」
「!?」
エルフという種族名が聞こえた瞬間、カドルの中で眠っていた想定外の怒りが呼び起こされる。
「……お前がっ!」
カドルは武器こそ持っていなかったが、内から漏れ出た憎しみが反射的に戦闘態勢を取られた。
「! ちっ!」
その姿を見たヴォルガーの行動はカドルが反応できないほど速かった。
抱きつかれているカドルはヴォルガーによって力づくでフィルシーからはがされる。
直後、カドルは腹部に集まった殺気を感じ取り、腕でガードの体勢をとるが、その上から無理矢理ねじ込まれたヴォルガーの一撃が呼吸を封じる。
そして、カドルは腹部の呻く間もなく、そのまま流れるようにうつ伏せに組み伏せられ、後ろ手は背中のほうで押さえつけら、動くことを完全に封じられてしまった。
「ぐぅっ……」
「カドっ……!?」
慌てて近づこうとするトゥリエをヴォルガーの視線が止めた。
さきほどの行動でヴォルガーのほうもフードは外れており、琥珀色の瞳と鋭い犬歯がギラリと光る。
「早速何もしねえって言葉を破ってわりいな。けどな、そんな殺気を漏らされたらほっとけねえんだわ」
ヴォルガーは先ほどよりドスの利いた低い声で敵対の意を示した。
「……フィルシーさんっていろんなところに行ったことがあるんですね」
「いえ、はい……光る洞窟に七色の森、海面を空にした神殿……本当にどこも甲乙つけがたいほど素晴らしく……各地で見た情景はフィルシーの中の宝物です」
「うわあ、すごいな~。わたし、この村から出たことないので、ちょっと羨ましいです」
「ふふっ、トゥリエ様ならきっとどこへでも行けましょう……旅に出るとき、一番必要なものはなんだかわかりますか?」
「ふぇ? え、えっと……ちゃんと準備をする……とかですか?」
「それも、とても大事なことです……けれど、フィルシーは「一歩目を踏み出す勇気」……と、ある方に教わりました」




