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対価


「で? 用は、その徐盛を助ける為に俺に力を貸せ。そういう事か?」

 

 孫堅さんの鶴の一声によって、其れまで謁見の間で必死の弁明を行っていた元領主は部屋の外へと文字通りつまみ出された。

 部屋の真ん中で一人残された俺は孫家の重臣に囲まれながら玉座の孫堅さんに対して、翠嵐救出の為兵を差し向けてほしい事を伝えるが……。

 

「はい、そうです。それも早急に……できる事なら、今すぐにでも」

「……それをして俺たちに何の得がある? 現に建業はこうして手に入っている訳だ。 今更無駄に兵を失えというのか?」

(……まぁ、普通はそうだよな)


 確かに孫堅さんの言う通りだ。元々孫堅さんたちの目的はこの建業を手に入れる事。その目的が達成された今、逃げた厳白虎を追う必要は無い。仮に厳白虎の軍が昨日の戦闘の後散り散りに逃げたのであればそれを各個に潰していけば良い。

 だが、今回に関して言えば、敵はあくまで組織的な撤退をしてそして勝手の知る陣地で防御を固めている。それを討伐しようと思えば少なからぬ損害は覚悟しなければならい。それに討伐の準備にもそれなりの時間を掛けなければならないだろう。

 それを無視して今すぐに兵を動かそうとすることは孫堅さんたちにとって何の旨味も無い。


(さて、どうする……)

「待って母様」


 孫堅さんの答えはあくまで予想通りではあった。が、それをどう説得したものか思案している中、孫策が会話に参加する。


「ん? なんだ伯符」

「私からも、お願いするわ。 厳白虎を取り逃がしたのは私の失態よ。汚名を返上する機会を頂戴。 それに私は彼に命を救われているわ。その借りを返したいの」


 孫策のフォローのおかげか、孫堅さんの表情がそれまでの怪訝さが消え今度は微笑を携えた物へ変わり、そして俺の体を下から上までゆっくり流れる様に見た。その後、孫堅さんが口を開いた。


「おい、孺子。お前、本当に天の御使いで間違いないのか?」

「自分にその自覚はありません。けど、少なくともこの世界じゃない場所から来たっていう事なら、そうです」

「……一つ聞くが。お前は昨日戦場で盾にされた民を救うために乗り込んだそうだな? その時に起きたっていう噴火ってのは、その天の世界の技か?」

「ああ、それ!私も気になっていたわ! さっき見せてもらったのと同じような物なの?」

「天の技というより、武器ですね。さっき見せたのとは厳密に言えば違うんだけど、そう思ってもらって問題ないよ」


 孫堅さんの言う噴火とは、かく乱の為に仕掛けた爆薬の事だろう。 火薬を瞬間的に燃焼させその圧力をもって弾丸を打ち出す銃と、その圧力をそのまま破壊力として利用する爆薬とでは、兵器としての種が違うが、今それを説明しても意味が分かる人間はここにはいないだろう。 それに、根本的な火薬を利用するといった点では同じものなので、今の説明で十分なはずだ。

 現に、孫家の重臣たちは「そんなものがあるのか」といった具合に理解こそできてはいないだろうが、俺の使った銃や火薬に興味ありげな風だ。 だが、玉座の孫堅さんだけは少し違った。 


「お前は、何故その武器とやらを使って敵を全部蹴散らそうとしなかった? 聞けば威力はとんでもないらしいじゃないか、それを使えば一人で全部片づけられたんじゃないのか? そうすりゃお前は一人森を逃げ惑う必要もなかっただろう?」

「……確かに、俺の持つ武器を使えばそれもできたかもしれません。でも、俺の目的はあくまで捕らわれていた民の救出でした。その為に意味のない破壊をする必要は無いですし。 それに、俺にとって武器はあくまでも手段ですから」


武器や武術、俺にとってのそれらはあくまでも目的を達成するための手段だ。武器を使う事自体が目的になってしまえば、それはもう手に入れた力を誇示するだけのいきり野郎と変わらない。 

 昔からそうだ。ただ、強くなる事を目指しても意味がない、その先に何を成すか。その成す事、目的が欲しくて俺は小工校に入って、けど結局目的が分からなくなって伯父さんの誘いの儘、公安に入った。とは言えそれは公安での任務をこなしていく中でも、思っていたほど変わらなかったのだが。


「手段、ね? くっ、くくくっははははっ!!」

「っ!」

 

俺の答えを聞いた孫堅さんは、目を大きく見開いて驚いたような面白がるような表情を浮かべ。大きく笑いこういった


「はっははは!! 面白れぇ、気に入った! いいだろう、兵を差し向けてやる」

「っ! 本当ですか?!」

「流石母様! なら早速準備を――」

「おい、伯符」


 思ったより、簡単に兵を出してくれた事に思わず声が上ずってしまった。 孫策も上機嫌に、隣の周瑜に準備を始める様に言いかけた所で孫堅さんがそれを遮った。


「お前は、今回は留守居役だ」

「ああ、留守居ねって、はぁ?! 建業派兵の総大将は私でしょ?! それがなんで留守居なのよ!! それに借りだって!」


 孫堅さんの言葉に孫策が声を大にして異を唱えた。孫堅さんの言う留守居とは、主だった軍が出て行く間拠点を守る、つまりはお留守番役だ。それまで、汚名返上と息巻いていた孫策からしてみれば、留守居役などもってのほかだろう。


「ええいうるさい、怒鳴るな。 そうだ、俺がお前に命じたのは建業を確保だ。 それはもう達せられてる、つまりは任務完了って事だ、だろう?」

「それは、そうだけど。 じゃあ誰が指揮するのよ?」

「ふっ、そんなもん決まってるだろう」


 孫堅さんはそう言って玉座から立ち上がり、周りを囲む重臣を見て口を開く。


「此度の厳白虎征伐は俺が直接指揮を執る! 公覆、徳謀、二軍連れて行く。兵を纏めろ! 婆、諸々の準備は任せる!」

「「ははっ!!」」

「まったく、任される方の身にもなってほしい物じゃ」

「君理、お前は近衛を頼むぞ?」

「御意に」


(凄いな)

 

 孫堅さんの号令が発せられた途端、場の空気が一変した。 

 それまでの厳かかつ会議的な空気感は、一転そこが既に戦場であるかのよう錯覚する程、ピンと張りつめた物になる。表情こそ大きく変わらないが周りを囲む人々、武官、文官関係なくそこに居る全て人間が口にうっすらと笑みを浮かべており。まるでこの場に居る全員が、これから始まる戦が楽しみで仕方ないかのような、そんな雰囲気がこの場を満たしている。そしてその中心にいいて皆のそんな雰囲気を一心に受けているのが孫堅さんだ。

 

(これが、王か)


 王の貫禄、そんな言葉で片付けてよいのかどうか分からないが、それでも今目の前で行われているやり取り、そしてその頂点に居る孫堅さんは間違いなくこの場の王なのは間違いない。その孫堅さんの放つ気迫は彼女の発した言葉と共にその場に伝播しそこに居る者すべてに影響を与えている。

 「強い」、間違いなくこの孫呉の軍は強い。そう思わせる程濃密な気がこの空間には広がっているのだ。そんな、軍が力を貸してくれる。そう思うと自然と胸が熱くなる、俺自身もこの場の空気に当てられているのかもしれない。


「ありがとう、ありがとうございます!」

「ふふ、安心して豊明。将と兵の強さは保証するわ。まぁ私が直接いけないのは悔しいけれどね」

「ああ、これなら……」

(これなら、翠嵐を救える!)

「……おい孺子、なにか勘違いしているんじゃねぇか?」

「勘違い?」


 いざ、戦場へ。そんな高鳴る物が心の中に生まれつつあった所に、再び玉座に座った孫堅さんが口を挟む。


「俺がいつ、お前に兵を貸すと言った?」

「え?」

「俺は兵を差し向けると言っただけだ。勝手についてくるのは別に構わんが、どうなっても知らんぞ? 如何せん俺の兵は気性が荒いのが多いからな」

「――っ!」

(そんなの有りかよ……!)


 つまり、厳白虎討伐はするが俺に兵は貸さない。そしてついてきても良いが味方としては扱わない、そういう事だ。これでは仮に討伐軍に交じってついていったとしても乱戦の中厳白虎、孫堅さん達の軍双方から敵として狙われかねない。そんな状態の中しかも単独で翠嵐を見つけ出し脱出するのは不可能。

 だが、なぜ孫堅さんは今になってこんな事を言うのか。その答えはその不敵な笑みを浮かべた顔が物語っていた。


「っ!……対価、ですか?」

「察しが良いようでうれしいぞ? そうだ、もし俺に兵を貸してほしければそれなりの対価が無ければな?」


 確かに、孫堅さんにとって俺に無償で兵を貸す義理は無い。だからこそ、対価を払えという事なのだろう。だが、俺にとって払える対価はなんだ? この場の主にとって俺が払える対価は……。


「ちょ! ちょっと待って、母様!」


 何を対価とすれば孫堅さんは満足するのか、俺がその答えに迷う中、孫策が声を上げる。


「なんだ、伯符?」

「さっき言ったでしょ?! 私はその子に助けられてるって。その借りを返すために私は彼に力を貸してあげたいの、だから――」

「知らん。それは伯符、お前自身の問題であろう。今は俺とこの孺子の話をしている」

「――! 母様!」

「文台様。私もこやつに兵を貸し与えるのは反対ですぞ」

「ん? 何が不服だというのだ、婆」


 孫策と孫堅さんの口論の最中、口を開いたのは俺から見て右側、玉座のすぐそばに控える朱治の隣、先ほど孫堅さんに婆と呼ばれた背の小さな文官風の女性だった。


「不服ですな。こやつがどのような対価を払うかは知りませぬが、そもそも今の儂らには貸せる程、兵に余裕があるわけではありますまい?」

「そうなのか?」


 その文官風の将が言う事実に、つい反対側に立つ、孫策と周瑜の方を見て確認してしまった。


「まぁ、確かに子布殿の言う通り、文台様が連れてこられている兵は公覆殿、徳望殿の二軍と君理殿の近衛。あとは輜重兵が主体の輸送部隊だ。数だけで言えば厳白虎の兵より少々上回っている程度だろう。守りを固めている厳白虎を相手取る事を考えると、できる事なら減らしたくはないな」

「いいじゃないのよ、貸してあげても。少し減ったくらいじゃ私の軍は崩れないわよ? まぁ勿論、大殿の言う通りその子の対価次第、だけどね?」

「儂も構わんぞ? なにより儂はこやつの昨日の戦いぶりを見ておるからな、兵を預けることに不満はない」

「へぇ。なによ、公覆。随分この子のこと買ってるじゃない。……惚れた?」

「うるさいわい。 それに、儂の相手とするにはちと若すぎるわ」

「二人ともいい加減にせんか! それでも、儂は反対じゃ。賊である厳白虎を討伐することは良い。じゃが、そもそも連れてきているのはこの建業を十分に治める為に用意した兵じゃ。それを出自もよくわからぬ男に任せて、無駄に減らすことは看過できん」

(まぁ、普通はそうだよな。……ていうか子布ってまさか、この人が張昭なのか?)


張昭と言えば、黄蓋、朱治、程普などに次いで古くから孫家に仕えた将の筈。だが、その見た目にそぐわない口調や目つきが無ければ、見た目通り少女と間違えてしまいそうだ。

そんな張昭や今回の討伐に参加することになった、黄蓋さん、そしてその向かいに居る青髪の女性、周瑜が徳望と呼んでいたから、彼女が程普で間違いないだろう。この三人がそれぞれの意見を言いきった所で孫堅さんが再び口を開いた。


「おい、婆よ。お前の考えは分かった」

「であれば!」

「そんなこいつに貸せる、丁度いい兵がいるではないか」

「丁度いい? ……ああ、あれの事ですか。ふむ成程、其れならば良いでしょう」

「ねぇ、公瑾。“あれ”って何のこと?」

「……おそらくはあの部隊の事だろう。だが、ふふ。文台様も人が悪い」

(? なんだ? 許可は下りたみたいだけど、そんな癖のある部隊なのか?)


 孫堅さんの言う、丁度いい部隊がいったいどのような物なのか今は分からない。それでも、兵を貸してもらえて、そして孫呉の軍と行動を共にできるなら十分だ。だが、それも俺が何を対価として支払うかだが。


「で、孺子。お前は何を対価として払う?」

「俺は……」


 そしてそれはもう決まっている。というより、自分が今差し出せる最大の物はこれしかない。


「俺自身を対価として差し出します」

「ほう? 確かに腕は立つようだが、武将なら既にいる。それ以上の何をお前は俺に払えるというんだ?」

「ええ、勿論俺の戦闘力を買ってほしい訳じゃありません。 俺の天の御使いとしての価値です」

「ふ、ははは! 天の御使いとしての価値と来たか! 成程、いいぞ。だが、それはお前の持つ武器の事を言っているのか? 確かに、それは強力な物なのだろうな? それなら俺たちが扱いきれず、逆に他の連中に使わせない様お前を殺してしまうかもしれねぇぞ?」

「正直な所、俺の持つ武器だけじゃ俺一人戦うには十分ですが、対価にはなりえません。だから、俺が支払えるのは知識、それと大儀です」


 一応東の山にある武器庫の事は隠しておく。流石にあれの事を知られるのは、今は避けた方がいいだろう。ばれた時の事が少し怖いが。

 それに、大儀。少なくともこの時代の人間にとって人知の及ばない存在の力というのは相当な物がある筈。周瑜が言っていた、天の御使いを手にする事によって生まれる大儀もまたその手にしたものにとって大きな力なる。

 加えて、知識。 これは、三国志的な知識に加えて俺の知る現代、つまり未来の文化や技術。それをこの孫呉の役に立てることは出来る筈だ。 勿論この行動が俺の未来に影響するかもとは考えた。だが、今までの状況から見ても明らかにこの世界は俺の知る世界の過去ではなく、異世界。しかも限りなく三国志の世界に似た別の世界だ。ならば多少の無理もできるだろう。

 

「……」

「これでは、足りませんか?」


 それを聞いた孫堅さんの答えは沈黙。目を細めじっとこちらを見ている。自身としては十分な、いや十分すぎる提案だとは思った。できれば武器庫の中にある大量の銃や爆薬は最終手段として取っておきたかったが、仮に足りないと言われればあの中のいくつかを差し出すことも考えなければならないかもしれない。

 だが、しばらくして孫堅が今度は先ほどとは打って変わって静かに口を開いた。


「いいだろう、お前に兵を貸してやる。……公覆! こいつとこいつの隊をお前の軍の戦列に加えてやれ」

「はっ!」

「っ! ありがとうございます!」

「ただし!」

「?」

「お前の力をこの戦で示せ。それをもってお前とその徐何某をどうするかを決める。いいな?」

(徐盛を?)


 俺をどうにかするっていうのは分かる。だが、なぜ翠嵐までその対象となるのか。その疑問に張昭が答える


「なんじゃ、お主聞いておらなんだのか? 先ほどつまみ出された元領主が言ってておったであろう。建業の主権は昨日の時点で守備隊長であった徐将軍に移っていたと。その徐将軍が死んだ今、それはその義理の娘である徐盛の物じゃ」

「な?!」

「つまりだ。もしその徐何某の命とお前の運命を安泰にしたいのならこの戦で生きてその徐盛をここに連れてこいって事だ。わかったな?」


 命がけで、翠嵐を救ってももし俺の働きが不十分と思われれば翠嵐の命も危ない、とは言え孫呉の軍と行動を共にする以上下手なことは出来ない。これでは、もう選択肢はあって無いようなものだ。


「……分かりました。つまりこの戦で力を示してかつ徐盛を救う。そういう事ですね」

「決まったな? よし! これより厳白虎討伐に出る!! 皆の者、仕度だ!」

「「「ははっ!!」」」




(うまく乗せられたか……)


 孫堅さんの号令の後、孫家の将たちはそれぞれ準備の為に謁見の間を出、俺も近くの兵士に案内され謁見の間から城の外に作られた広場に連れてこられていた。

 先ほどの孫堅の言い草、翠嵐の命を出しにすることで俺に首輪を掛けかつ本気で戦に臨むように仕向けたのだろう。まんまと乗せられたと言うべきか、何と言うべきか……。

 どちらにせよ、これで翠嵐を救うために孫堅の軍を動かすという事は出来た。あとは、俺に与えられるという部隊だが……。


「待っていろって、言われたけど……おそいな」

 

 既に案内の兵士が去ってから小一時間は待っているが一向にその部隊らしき影は見えない。すると……。


「お? ここじゃったか、孺子」

「黄蓋さん? なんであなたが?」


 そこに現れたのは、先ほどまでの服装に加え腰に大きめの矢筒を携えた黄蓋さんだった。

その手にはその身の三分の二程は在ろうかという弓が握られている。これが黄蓋さんの戦装束なのだろう。


「殿が言っておったであろう、儂の軍の戦列の一部に加われと。お主の部隊もすでに編制を終えて待っておる。こっちじゃ、来い」

「あ、はい」

「ちょっと待って!」


そう言って、黄蓋さんは広場の端、少し高めになった城壁の方へと歩き出す。その時、後ろから孫策が俺を呼び止めた。


「孫策? どうしたんだ?」

「話があるの。 公覆、いいかしら?」

「ぬう、堅殿から急ぐ様に言われておるのですがの……。少しなら」

「ありがとう。豊明、ちょっと来て」

「あ、ああ?」


 孫策は、そう言うと俺の手を取って黄蓋さんから距離を取る。


「なんだ? 話って」

「……ごめんね」

「?」


 孫策の口から出たのは、以外にも謝罪の言葉だった。


「本当は、私が自身でケリをつけたかったし、貴方の助けになりたかったのに」

「孫策……。謝る必要はないよ。こうやってちゃんと軍を動かせて貰って、しかも兵まで貸してくれるんだ。それもこれも孫策が俺を連れてきてくれたからだし、俺が礼を言いたいくらいだよ」

「それでもよ、私が納得いかないの! いい? 豊明、生きて帰ってきなさいよ?」

「……」


 最初の沈んだ表情から、今度は少し悔しさの方が上回ったものに変わり、その様子になぜかこちらが少し言葉に詰まってしまう。


「? なによ?」

「ああ、いや。 なんか意外だなと思って」

「ええ?」

「俺にお人よしだって言ってたけど。 孫策も十分お人よしなんじゃないかなってさ」

「む、ちょっと。私結構本気で悔しがってるんだけど?」

「はは、ごめん」

「あ! なんで笑うのよ!」


 今度はむっとした表情に変わる孫策を見て、知らず知らずのうちに緊張していた体の中の物が少しほぐれた様に感じた。


「ありがとう、少し緊張がほぐれたよ」

「だから、そうじゃないって……。はぁ、まぁいいわ」

「じゃあ、そろそろ――」

「待って」

「?」


 緊張もほぐれ、孫策の言葉も聞けたところで、そろそろ行かねばと黄蓋さんの下へ戻ろうとした時、また孫策が呼び止める。


「……雪蓮よ」

「?」

「だから、雪蓮。私の真名よ。ま、もう知ってるんでしょうけど、改めて託すわ」

「いいのか?」


 真名は、本当に心を許したもの、認めた物にのみ教える物だと聞いた。それをまだ会って二日も経っては居ない俺に託してもよい物なのか。


「ええ、いいわ。 命の恩人だもの、天の国には真名は無いんでしょ? 名が真名みたいなものだって。なら私は豊明ってもう呼んじゃってるし。あと、それをいうならあなたの方が先に読んでるじゃないの」

「まぁ、そうなるのか?」

「それに、私は貴方を信頼してる。 だから、豊明。生きて帰ってきなさい、私は貴方を孫家に迎える事を諦めていないわよ。生きて、徐盛ちゃんと一緒に建業に帰ってきなさい!」

「!」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に徐々に燻っていた物が一気に燃え上がる様な高揚感を感じる。いままで感じたことのない感覚だったが、決して気持ちの悪い物ではない。逆に一気に気が晴れた。


「ああ! 必ず帰る! 行ってくるよ、雪蓮」



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