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第024話:土下座の拒絶と、48万5,000ゴールドの破産宣告

炎獄竜(フレイム・ドレイク)の巨体が放つ余熱がまだ岩場に漂う中、観戦結界が解除され、カルデラ辺境伯と王都冒険者ギルドの特命監査官・オルバが、重装歩兵20名を伴って最前線へと歩み出てきた。

 魔導投影機のレンズは依然として稼働しており、その青い光が、地面にへたり込む『紅蓮の覇剣』の四人を冷酷に照らし出している。


「……さて、ガイル・フォン・クリムゾン。ならびに『紅蓮の覇剣』の諸君」


 特命監査官オルバの氷のように冷たい声が響いた。

 彼は懐から羊皮紙の束を取り出し、銀縁の眼鏡を押し上げる。


「今回の公開討伐において、君たちはS級としての戦果を何一つ挙げられなかったばかりか、護衛対象である記録官を突き飛ばして敵前逃亡を図った。さらに、カイル殿とミア殿が提出した証拠により、武具メンテナンス経費の不正横領、立替金の踏み倒し、および事実無根の営業妨害・名誉毀損がすべて白日の下に晒された。何か弁明はあるかね?」


「ひっ……あ、監査官殿、ち、違うんです! 俺はロゼッタに騙されていただけで……!」


「なっ、あんたまで私に全部なすりつける気!? カイルを追い出して『浮いた金で高級ワインを飲もう』って言ったのはあんたじゃないのよ、ガイル!」


「黙れ売女! お前が妙な硬化魔法なんか重ね掛けしたせいで、俺の『紅蓮魔剣イグニス』が砕けたんだぞ! どう責任取ってくれるんだ!」


 醜い罵り合いを繰り広げていたガイルだったが、ふと自分の手元に転がる赤錆びた魔剣の柄を見て、ハッと何かに気づいたように顔を上げた。

 血走った目が、セリアの槍を手入れしていた俺の姿を捉える。

 次の瞬間、ガイルは泥と灰にまみれた四つん這いの姿勢のまま、芋虫のようにズルズルと岩場を這いずり、俺の足元へとすがりついてきた。


「か、カイル! カイル、待ってくれ! 俺が悪かった、全部俺の勘違いだった!」


 公爵家の三男坊として、いつも鼻を高くして見下していた男が、今は泥水の中に額をこすりつけ、俺の革ブーツのつま先に必死でしがみついている。


「お前の言う通りだった! お前が毎晩3時間かけて魔力澱を抜いて、重心を合わせてくれてたから、俺はあの剣を振れてたんだ! 頼む、この通りだ、土下座する! 未払いだった37万8,000ゴールドも今すぐ払う! パーティーの報酬も今後は半分お前にやる! だから……だからその神業の砥石で、俺の『紅蓮魔剣』を元通りに繋いで研ぎ直してくれぇぇっ!」


 鼻水と涙で泥まみれになった顔を上げ、ガイルが懇願する。

 かつて王都のギルドで、「おい雑用係、床の泥でも舐めてろ」と嘲笑っていたあの尊大な面影はどこにもない。

 その後ろから、ロゼッタやダリオ、ヴェインまでが泣き叫びながら膝を折り、額をゴツンゴツンと岩場に打ちつけた。


「お願いカイル! あの剣はクリムゾン公爵家から借り受けた国宝級の遺物なのよ! あれが壊れたまま帰ったら、私たち全員、公爵家に殺されるわ! あの半竜人の折れた槍だって繋いだんでしょう!? だったらこの剣だって直せるはずよ!」


「頼むカイル、俺の肩と大斧も見てくれよぉ! もう二度と雑用係なんて言わねえからさぁ!」


「俺の短剣も頼むよ! カイルさんがいなくなってから、まともにモンスターを倒せたことなんて一度もなかったんだよぉ!」


 あまりの醜態に、周囲を取り囲んでいたカルデラの衛兵や騎士たちから、冷え切った侮蔑の視線が突き刺さる。

 魔導投影機を通じてその様子を見つめている地上の広場でも、かつてS級と憧れられていたパーティーのあまりの落ちぶれぶりに、失笑とブーイングが地鳴りのように渦巻いていた。

 俺は、自分のブーツに絡みつくガイルの火傷だらけの指を見下ろし、ため息すら出ないほど冷え切った心で、無造作に右足を引いた。

 ガイルの手が空を切り、彼の顔面がベチャリと泥水の中に落ちる。


「……聞こえなかったのか、ガイル」


 俺は背負い木箱の革ベルトを肩にかけ直し、静かに告げた。


「セリアの『黒鉄竜槍』を直せたのは、彼女が自分の命を削ってでも、槍の芯材に魔力澱を溜め込まないよう大切に扱っていたからだ。芯の鉄が生きていたから、俺の砥石が応えられた」


 俺は足元に転がる『紅蓮魔剣』の破片を一つ拾い上げ、親指と人差し指で軽くひねった。

 ボロッ、と乾いた音を立てて、神代の魔導鋼であったはずの金属片が、湿気た炭のように呆気なく崩れ落ちた。


「だが、お前らの武器は違う。14日間、一度も椿油を引かず、魔力澱で悲鳴を上げている刀身をロゼッタの硬化魔法で5重に塗り固めて窒息させた。この破片を見ろ。結晶粒界が根元から腐り落ちて、ただの酸化鉄と魔力毒の塊になってる。ここまで死にきった鉄くずは、俺だろうが鍛冶の神様だろうが、二度と刃には戻せねえよ」


 俺は掌に残った黒い錆の粉を、フッと息を吹きかけて溶岩の風へと飛ばした。

 バルトロ親方も後ろから歩み出てきて、地面に転がるダリオの大斧とヴェインの双剣を鉄靴の踵でカツンと蹴り転がし、忌々しそうに鼻を鳴らした。


「まったくだ。おいS級だかなんだか知らねえが、手前らの武器を見ろ。柄の目釘は錆びて浮いてるわ、刃先はノコギリみたいに欠けた上から無理やり硬化魔法を塗って誤魔化してるわ……鍛冶師が魂込めて打った鉄を、こんなゴミクズになるまで虐待しやがって。カルデラの鍛冶組合の名にかけて、手前らには今後一切、鉄のナイフ1本たりとも売らねえからそう思え!」


「そ、そんな……嘘だ、嘘だと言ってくれカイルぅぅ……!」


「それに、万が一お前が新しい剣を買ってきて直せる状態だったとしても、俺は断る。王都の路地裏でお前らが俺の砥石箱を泥水に蹴り落としたあの日から、俺はお前たちには『砥石1ミリも貸さない』と決めてるんだ。自分の蒔いた種くらい、自分で刈り取れ」


 俺が完全に背を向けると、ガイルは絶望のあまり「あ、あぁぁ……」と泡を吹くような声を漏らしてへたり込んだ。

 そこへ、特命監査官オルバが冷徹な一歩を踏み出し、最終処分を記した羊皮紙を高らかに読み上げた。


「王都ギルド本部、ならびにカルデラ辺境伯の名において判決を下す! 第一に、パーティー『紅蓮の覇剣』のS級資格を本日付で永久剥奪し、四人全員を最下層の『F級(懲罰観察処分)』へと降格する!」


「え、エフ級……!? 俺が、薬草採りのド底辺と一緒だと!?」


「第二に、今回の公開討伐における虚偽申告および敵前逃亡の違約金として、金貨80枚! 第三に、クリムゾン公爵家より貸与されていた神代遺物『紅蓮魔剣イグニス』の過失全損に伴う弁償金として、時価120万ゴールド! そして第四に――!」


 オルバ監査官の視線が、ガイルとロゼッタを射抜いた。


「カイル・ヴァーミリオン殿に対する未払い立替金37万8,000ゴールドに、悪質な踏み倒しに伴う法定遅延損害金と慰謝料を加算した、合計『48万5,000ゴールド』の即時強制徴収を命ずる!」


「よ、48万5,000ゴールドぉぉっ!? そ、そんな金、どこにあるっていうのよ! 魔剣の弁償金と合わせたら、170万ゴールド以上じゃない!」


 ロゼッタが髪を振り乱して金切り声を上げる。

 しかし、その横でミアがパチパチと高速でそろばんを弾きながら、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべて一歩前に出た。


「あら、心配しなくても大丈夫よ、ロゼッタお姉さん! あんたたちがカルデラの高級宿に停めてある馬車、王都の銀行口座の預金残高、それから今あんたたちが身につけてるミスリル胸当てや宝石の指輪、ぜーんぶうちの工房とギルドで今朝のうちに仮差し押さえの手続きを済ませておいたから!」


「なっ……!? わ、私の指輪とドレスまで!?」


「ええ、全部競売にかけて、まずはうちの親方への48万5,000ゴールドを最優先で全額回収させてもらうわ! まあ、それでも公爵家への魔剣の弁償金とギルドの違約金が、あと135万ゴールドほど借金として残る計算になるけどね!」


 ミアがピシャリとそろばんを止めると、オルバ監査官が鷹揚に頷いた。


「そういうことだ。債務を完済するまでの間、君たち四名の身柄はカルデラ迷宮管理委員会が預かる。明日からは毎日14時間、迷宮第1層の採掘坑道にて、ツルハシを使った『低純度魔石の採掘労働』に従事してもらう。日当は一人あたり銀貨2枚だ。真面目に働けば、だいたい75年ほどで完済できる計算だな。――衛兵、装備をすべて剥ぎ取って連行しろ!」


「い、いやだあああああっ! 俺は公爵家の三男だぞ! 離せ、ツルハシなんて握りたくねぇぇっ!」

「助けてぇぇ! 爪が割れる、私の綺麗な手がぁぁっ!」


 衛兵たちにミスリルの鎧や金の腕輪を容赦なく剥ぎ取られ、麻の囚人服姿にされたガイルたち四人が、泣き叫びながら昇降機の檻へと引きずり込まれていく。

 手首にはめられた重い鉄の手錠が、チャリン、チャリンと鈍い音を立てていた。

 その後ろ姿を見送りながら、俺は懐から純銀の基準音叉を取り出し、親指の腹でその銀の肌をそっと撫でた。

 これで、王都から引きずっていた錆びついた因縁は、きれいさっぱり研ぎ落とされた。

 俺の隣で、セリアがそっと歩み寄り、俺の空いている左手を両手で優しく包み込んできた。

 彼女の掌は少し汗ばんでいたが、温かくて、微塵の震えもなかった。


「カイル。……私たちの工房へ帰りましょう」


「ああ、帰ろうぜ。今夜はバルトロ親方やミアも呼んで、炎獄竜の極上ヒレ肉で盛大な祝勝会だ」


 俺が笑いかけると、セリアは満面の笑みを咲かせ、パタパタと黒鱗の尻尾を揺らした。

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