栞の新作
数か月後。
栞が新作を書き上げた。
あの、売れっ子女子高生作家が地方の映画館へ逃げる話。
「担当さん、通したんだ」
「揉めました」
「だろうね」
「でも書きたかったので」
栞が原稿を渡す。
「読んで」
前より荒い。
いつもの栞なら直しているだろう文章が残っている。
話の運びも少し歪だ。
でも、途中で手が止まった。
主人公が、地方の古い映画館で最終上映を見る場面。
映画はとっくに終わっている。
客も全員帰った。
それでも主人公だけが席を立たない。
清掃に来た店員が言う。
『上映、終わりましたよ』
主人公は暗くなったスクリーンを見たまま答える。
『知ってます』
『じゃあ、どうして』
『ここを出たら、また作家にならないといけないので』
そこで一度、ファイルを閉じた。
「……ずるいな」
「何がですか」
「ここ」
画面を指す。
「好きだよ」
栞が一瞬だけ固まった。
「作品?」
「作品」
「……そうですか」
「なんでちょっと残念そうなの」
「別に」
最後まで読む。
綺麗ではない。
でも、前に読んだ完璧な原稿より、何度も栞の顔が浮かんだ。
「どう?」
「俺、これ好きだよ」
栞が息を吐く。
「売れそう?」
「知らん」
「役立たず」
「でも好き」
今度は栞が笑った。
「三枝さん」
「何」
「ありがとう」
「感想で?」
「いろいろ」
「何それ」
「分からなくていいです」
栞は原稿を抱えた。
前なら、その抱え方を見ても何も思わなかった。
今は、それが売上表より少しだけ大事なものに見えた。




