2.波と西瓜とカタンと予感
ざんっと音がして、足先にかぶった泡立つ白波がすっと引いていった。
踵が埋まった砂が、引いていく波にさらわれていく感触が少しくすぐったいようで、海の中へと誘われるような少しの不安に、不思議な気分になる。
茜色から薄紫に変わりつつある空を、砂浜に寝そべってぼんやりと眺める。
周囲に人は誰もいない。
観光客も海水浴客も来ない、人口数十人の島の夕暮れ時の岸辺なんて、いつだってこんなものだ。
漁協の人たちはとっくに自分の家に帰っているか、町の居酒屋に詰めかけている。
夕暮れ時の海を足先に感じながら、星を待つのがお気に入りだ。
なんだか空と海とを自分が繋いでいるような気がする。
将来なにを目指すかといった進路のこと。
本島の高校を受験するかどうか、先生や親との話し合い。
お友達づきあい。
などなど、些細な日常の煩わしさが、すぅっとどこかへ吸い込まれていくように消えていく。
でも消えるのは夜がやってくる迄の間だけ。
日常はなに一つだって変わらない。
――やあ、君なにしてるの?
耳を打った声と、空を遮った薄闇に浮かぶ白いシャツの布地に、「えっ」と瞬きした。
見慣れない若い男の人。
でも不審者って感じでもなかった。
右手に頂き物らしい、中ぶりの西瓜がごろんと入ったビニール袋を持って、左腕に本の厚みで膨らんだ書店の紙袋を抱えている。
その手首に銀色の腕時計が光ったのを見て、ああ街から来た人だと思った。
「ほぼ毎日夕方にここで寝転んでいるよね? 最初は倒れてるのかなと慌てたけれど違うようだと気になって……こうして声をかけてしまいました」
返事もしない私に、再び話しかけてくる。
旅行者ではなさそうだから、役場の人かもしれない。
時折、本島の県庁から人が来ることがある。
そんなことを考えていたら、「ああ星かあ」と、突然、男の人は声を上げた。
上を向いて「なるほど」と勝手に一人で納得している。
不審者ではないけれど変な人だ。
気づけば紫色が濃くなった空に、最初の星が瞬いていた。
「あ、僕は医者です。すぐそこの診療所の。五日前にこの島に来ました」
医者……お医者様?
診療所って、あのお化けが出そうに不気味な、もう十年くらいずっと無人の?
でもそういえば、お婆ちゃんがそんなことを言っていた気がする。
私の警戒に気がついての自己紹介を反芻しながら、とりあえず上半身を起こして制服の砂を払った。
「どうぞ、よろしく」
手首にぶら下げ直した西瓜付で差し出された右手を、思わず取ってしまった。
人の良さそうな、丸くて黒い瞳。
引き上げられて。
ざんっ、とまた波の音がして。
カタン、となにかが動き出したような気がした。
なにかが始まりそうな、予感だった。




