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通信機から連絡が入る。
狭い路地で待機していたウタハはそれを聞くとすぐに駆け出した。
『逃げてくるならこっちのはずだ。人数は3人………余裕だな』
読みは当たり、角を曲がったところで男達が走ってくるのが見えた。ウタハの姿を見つけると慌てて止まる。
「わざわざ狙いやすいようにしてくれたのか?助かるぜ」
まるでキトラのように糸で男達の頭上に飛び、ウタハはあっという間に3人を拘束してしまう。
だが着地に失敗してつんのめり、顔を思いっきり地面にぶつけた。
「いって〜。やっぱキトラみたいにはいかないか。……こちらウタハ。逃げたヤツは捕まえました」
さすがに3人をまとめて運ぶことはウタハにはできないので大人しく応援を待つ。しばらくするとホムラとフチが来た。
「ウタハさん⁉︎顔ケガしてるじゃないですか!コイツらにやられたんですか⁉︎」
「いや。着地に失敗して顔から転んだ」
心配していた2人がその答えに思わず吹き出す。
「ウタハ。いくら訓練してもらってるからって、急にキトラさんみたいにはできないからな。と言うか、いくら訓練してもあれは無理だ」
「わかってますよ。調子にのりました」
「でも憧れますよね。僕、一度もキトラさんに勝ててないです」
「俺だってだぞ。やっと1対1で訓練してもらえるようになったレベルだ」
「俺はまだ糸5本です。先は長いなぁ」
「それでも着実に強くはなってる。さあ。コハクさんが待ってる。行くぞ」
1人ずつ男達を担ぎ、ウタハ達はコハクの元へと戻っていく。路地から仰ぐ空は狭くても青く澄んでいた。
待機場所には狙撃銃を持ったシュカが先に戻っていた。ウタハの傷だらけの顔を見るなり大笑いする。
「何⁉︎その顔⁉︎面白すぎるんだけど!」
「うっせぇなぁ。心配するとか、お前にはそういう優しい心はねぇのかよ」
「だってあんな素人丸出しの3人とかウタハには楽勝じゃん。どうせ着地に失敗したとかそんなオチなんでしょ。能力と一緒に緊張感も無くなったんじゃないの?」
相変わらず褒めてるのか貶してるのかわからないシュカの態度にウタハはうんざりする。
「お前は結婚という抑止力がなくなってますます遠慮が無くなってきたな。セイに別れた方がいいって言ってやる」
「そんなの無駄に決まってるじゃん。僕らは相変わらずラブラブだも〜ん」
「家が決まってよかったですね。引越しの手伝いが必要ならいつでも言ってくださいね」
「ありがとう。フチは本当に可愛い後輩だね〜。結婚式の時はなんでも手伝うからね〜」
「ありがとうございます!うちの親と姉さんがルナさんのためにお金もコネも使う気満々なんで、暴走しないか心配ですけど」
ルナは心配していたがフチの家族への挨拶は大成功だった。それどころか優しく穏やかなルナは両親と姉の大のお気に入りとなり、快活で気持ちのいい両親達にルナもすぐ馴染んだ。最近はフチがいなくても遊びに行ってるらしい。
「まあルナさんが嫌がることはしないでしょ。フチもルナさんの家族と仲良くできてるみたいで良かったよ」
「はい!僕は姉しかいないので、兄弟が増えて楽しいです!」
「うんうん。幸せな報告なによりだよ。あとはウタハとキリの家が決まれば僕の心配事は無くなるんだけどなぁ」
からかうように見てくるシュカにウタハが憮然として答える。
「ちゃんと探してるから心配すんな」
「大丈夫かな〜。だって未だに、いまっだに1回もヤれてないとかホントに不安になるんだけど。キリ、他に好きな人いたりしない?」
「いるわけねぇだろ!」
ウタハの能力を消してから早3ヶ月。結局タイミングを逃してしまった2人はまだ初体験を迎えられないでいた。
「はっ!まさかキリさん、ルナさんの告白を断らなければ良かったとか考えてませんよね!ダメですよ!ルナさんは僕のものです!」
「いや。さすがにそれは無いでしょ。でもこんなヘタレの告白は受けなければ良かったとは思ってるかもしれないね〜」
「………」
どうしようもないルームメイトにウタハはもう黙るしかない。そんなやりとりをしてる若者達に「そろそろ仕事に戻って〜」とコハクが声をかけた。
その頃、キリはカグラの診察室を訪れていた。カグラが不在だったためスイレンとモガに声をかける。
「ルナが診察に来てるって聞いたんだけど」
「ああ。ヨル君のところに行ってるよ」
「そっか。なら、そっちに声かけるわ。……ゼロは?」
家に帰れば会えるはずなのにしっかり弟の所在を確認してくるキリに、スイレンとモガば緩い笑いをこぼす。
「ゼロはお使いに行ってもらってますよ」
「えっ⁉︎大丈夫か⁉︎変なヤツに声かけられたりしないか?」
「いや。ちょっと出てるだけだよ」
「それでも心配だろ。アイツ可愛いし」
過保護というか何というか。育ての親そっくりな反応にスイレンは血が繋がってなくても似るんだなど苦笑してしまう。
「過保護もいい加減にしないとキトラさんみたいに嫌われますよ」
「ああ。ジルバまだ勝ててないみたいだな」
「そもそもが無理な話なんだよ。キトラさんに勝たないと捜査官になるの認めないなんて」
ジルバが警察の情報を盗み見て現場に行った件は、あとから知ったキトラと大喧嘩する事態にまで発展した。「捜査官になりたいからなのに」と言い訳するジルバに、「なら俺から一本取れ。でないと警察学校に入るのは許さない」とキトラが無茶振りしたので、ジルバは時間の許す限りキトラと組み手をしている。
ちなみにウタハも能力を無くして鍛え直さないといけないので、参加できる時は参加していた。
「ウタハ君はどう?その……能力を無くして」
「ああ。時々反射で力を使いそうになるみたいだけど、キトラがそこんとこは容赦なく鍛えてくれてるから心配ねぇよ。……あとは俺が絶対支える」
付き合ってると言っても今までと変わらず恋人感など全く無かったのに、支えると言い切った姿は2人の心がどれほど深く結びついているかを見せつける。
ずっと見守ってきた子達のそんな関係はスイレンの心を温かくした。
「そうだね。キリ君がいれば大丈夫だ」
「羨ましいですよね〜。お互い想いあってて。スイレンさんとホムラさんもすごく仲良いですし、私もそんな相手が欲しいです。今は仕事で手一杯ですが」
む〜と不服そうにするモガが可愛らしくスイレンとキリは笑ってしまう。
「モガ君にもいつかそんな相手が見つかるよ」
「そうそう。焦るもんでもねぇよ」
「そうですかね。まあゼロもジルバも恋人いないですし。しばらくは2人に遊んでもらいます」
「………ゼロには絶対恋人は作らせねぇぞ。まだ早い」
「だから過保護はダメだって」
あの家の住人はなぜこんなに過干渉なのか。愛の深すぎる人達に呆れとちょっとの愛しさが止まらないスイレンだった。
ウタハ達が署に戻るとアカリが来ていた。ホムラを見つけると全力で抱きついてくる。
「兄さん!毎回抱きつくのはやめて!」
「ああ。すまない。ついね」
弟の苦情に渋々といった感じで手を離すアカリだが、さっと気持ちを切り替えると相変わらずだと笑うウタハに今回の訪問の理由を説明した。
「ダイナ達の裁判開始へ向けて話が進みそうなので知らせに来たんだ。日程はまだ未定だけど近々決まると思うよ」
「……そうですか」
ずっと延期になっていた裁判がついに始まる。いったいどうやって能力を使った者達の罪を裁くのか。どうしてもウタハには不安のほうが大きかった。
「弁護人も検察も裁判官も、全員が手探りの裁判になるだろうね。私もできる限りは傍聴しに行くつもりだ」
「俺も行きたいです」
反射的に答えるウタハにアカリは満足そうに笑う。そしてコハクと強く視線を交わした。
「できるだけウタハくんが傍聴しに行けるように仕事は調整します。アカリさん、連れて行ってもらえますか?」
「はい。もちろんです」
一歩ずつ。緩やかでも確実に。進む時代は次の世代へと繋がっていく。
自分のあとの世代の幸せを思い描けたら。
それが今のウタハの願いだった。
キリがヨルのところに行くと、ちょうどルナが帰ろうとしているところだった。
「お。間に合ったな。ルナ、送ってくよ。一緒に帰ろうぜ」
「キリ?あれ?仕事は?」
「今日はもういいってさ。だから迎えに来た」
「……キリは私にも過保護すぎない?」
へ?と首を傾げるキリにヨルがクスッと笑う。
「そういや、ヨル、ハナとララは元気か?学校はどうだ?」
「楽しそうに通ってるよ。ハナは1人の時間が増えて少し寂しそうかな」
「わかるぜ、その気持ち。最近ゼロが忙しそうでさ。前ほど構ってくんねぇんだよ。今度ハナと愚痴るか」
「だからキリは過保護だって」
話を聞いてあげれてくれと優しく返してくれるヨルに対して、ルナは呆れ果てている。
そのままルナを送るためにキリはラボをあとにした。
「ウタハさんと住む家見つかりそう?」
「あ〜。ちょっと難航中」
眉を寄せて笑うキリにルナもクスリと微笑む。
「いい所が見つかるといいね。引っ越したら遊びに行くよ」
「おう。いつでも来いよ」
まだ家が決まってもいないのにはっきり言い切るキリにルナは楽しそうだ。
「……最近はうなされることも無くなってきたんだ」
ふいにどこか遠くを見るような目に変わったルナに、キリも真剣な表情に変わる。
「まだ先のことはわからないけど、それでも、あの時のことを思い出して苦しむことがあっても、フチ君がいてくれるから大丈夫。ずっと一緒にいてそう思えるようになったんだ」
事件の前のような幸せ満開の顔ではないが、相手の存在の大きさを深く理解した笑みをルナはキリに向けた。
「私にとってのフチ君が、ウタハさんにとってのキリなんだね。……2人で幸せになってね」
ずっと、ずっと願っていたことをもう一度キリに伝える。ルナのその思いは、キリ達への何よりの祝福だった。
数日後。ウタハは仕事終わりに実家を訪れていた。玄関で出迎えてくれたのはゼロだ。
「おかえりなさい。ご飯できてるよ」
この家に来れて幸せだと語ってから、ゼロはやわらかく笑うようになった。どことなく感じていた壁も取り払われ、ウタハはますますゼロが可愛くて仕方ない。
「ただいま。みんなは?」
「……それが……」
困ったように笑うゼロに連れられてウタハはリビングへ入っていく。そこでは恋人が親相手に思いっきり吠えていた。
「だからなんで徒歩10分圏内限定なんだよ!」
「だってそれ以上遠かったら寂しいんだもん!」
「そうだぞ。何かあった時に駆けつけられる距離じゃないと許さん」
テーブルの上には賃貸の間取りが載った紙が何枚も置かれている。カグラとトカゲがキリ達の引っ越し先として提案している物件なのだが、全て実家の徒歩圏内である。
「アイツらまた……よくあんだけ集める時間があったな」
「リイサさんに頼んでたよ」
「はっ⁉︎忙しいのに何考えてんだ!」
「う〜ん。でも楽しそうに不動産屋を回ってたよ。ここは下がコンビニだから便利だよとか、色々教えてくれた」
「……本当にいいヤツだよな、アイツ」
リイサの人当たりの良さにウタハが感心していると、ついにキリが暴れ出した。
「もういい!自分達で探す!お前らは口出すなよ!思いっきり遠くにしてやるからな!」
「えっ⁉︎キリとウタハ、近くに住まないの?」
売り言葉に買い言葉で放たれたセリフにゼロが悲しそうな表情に変わった。
「そうなんだ……引っ越してもすぐ会えると思ってたから……寂しいな……」
「「一番近い物件はどれだ⁉︎」」
可愛い弟の寂しそうな姿に、兄2人は鬼気迫る勢いで紙を漁り出した。
「これだ!これが一番近い!」
「よし!そこにするぞ!」
「えっ?でもそこは収納少ないからあんまりお勧めしないってリイサ君が」
「「そんなこたぁどうでもいんだよ!」」
息ピッタリな子供達にあのカグラが気圧されている。
「ゼロ!兄さん達すぐ近くに住むからな!週二で泊まりに来るんだぞ!」
無茶苦茶なことをいうウタハに続いて、キリはゼロの肩を掴む。
「俺がいなくなったからって変なヤツに気を許したらダメだぞ!お前は可愛いからな!近づいてくるヤツは全員下心があると思え!」
兄2人の恐ろしいまでの圧力にゼロはただコクコクと首を縦に振る。その光景に育て方を間違ったかと親達は複雑な思いだった。
「あの子達は2人っきりの時間が欲しいとか思わないのかね?」
「まあ、いいんじゃない。近くに住んでくれそうだし」
まだワアワアとゼロにあれこれ注文をつけている2人。親達はそれをただ温かく見守ることにした。
実家からの帰り。コンビニに行くからとキリがついてきたので、ウタハと2人何度も通った道を並んで歩いていた。
「そういえば、この間アカリさんに会ったよ。ダイナの裁判始まりそうだってさ。俺も傍聴しに行くつもりだ」
「そうか。やっと動き出すんだな」
キリのおかげでウタハは自分の中の向き合わないといけない部分に気づけた。そして、ふいに思ったことを口に出していた。
「なあ。今の俺ってさ。元能力者として、公平な視点で能力者への対応を訴えられる存在なんじゃ」
「力を無くしたことに理由を作るな」
スパッと、鋭い刃物で斬るような言葉がウタハの心の隙をついてくる。
「お前は自由になるために力を無くした。それ以上でもそれ以下でもない。それを尊いことや正しいことになんてしなくていい」
街灯の下でキラキラと星屑のようにキリの髪が輝いている。1年前は遠かったその光が、ウタハの心を明るく照らした。
「………そうだな」
それ以上は何も語ることはなく。2人は夜道を静かに歩いて行った。
そしていよいよ迎えた引越しの日。夜になるとウタハはだんだんと緊張が増してきた。
『一晩中家に2人きりって、何気に実家を出て以来なんじゃないか?これから毎日キリと2人だけの家に帰ってくんだよな?うわ!今更だけど凄くねぇ⁉︎』
拗らせ男がベッドの上で律儀に正座している。
結局この日までできなかった2人は、やっとその瞬間を迎えようとしていた。
「なんだよ。その情け無ぇ面は」
風呂を終えたキリが寝室へとやってくる。「逃げ道なんか作らせねぇからな」と強制的に1つしか用意させてもらえなかったベッドへと上がると、なぜか怒っているかのようにウタハを睨みつけている。
「いや!だって!緊張すんだろ!」
いざその時だというのに雰囲気も何もあったもんじゃないウタハに焦れて、キリがその体を押し倒した。
「キキキキキリさん⁉︎」
「気持ち良くなかったら蹴飛ばすってのは本気だからな」
おもむろにシャツを脱ぐキリの裸にしばし見惚れたあと、ウタハは精一杯の気持ちを返した。
「ぜ、善処します……」
しおらしい姿が可愛らしくて、キリは満足そうに笑うと唇が触れるギリギリまで顔を近づけてきた。
「なあ。俺を抱くとこは何回妄想したんだ?」
イタズラな笑みにクラクラするほどの色気がのせられて。ウタハは真っ赤になりながら小声で答えた。
「……数え切れないほど……」
「はは。変態」
そう言うとキリが噛み付くように唇を重ねる。
そして2人は初めてお互いの熱を分け合った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




