その9 「言わなくても分かるだろう」が通じにくくなっているらしいので、贅言
国旗損壊罪を新設すべきかどうか、という話を近ごろよく聞きます。
まあまた繰り返しになりますが……
法律って、国民を縛りがちですよね。
「国旗損壊罪を作ろう」とはすなわち、「新しい刑罰を作ろう」ということです。
「新しく、国民を縛り付けるルールを増やそう」ってことじゃありませんかね。
私の思いを申し上げれば「国旗を燃やすとか嫌だなあ」です。
「大げさに過ぎて引くわ(やり口としてヘボだろ)」とも思います。
それでも、と申し上げたいのですよ。
「気分悪いからやめようよ」と口にする。
「あの人たちには絶対に投票しない」と胸に誓う。公言する。
「つうかそれで支持集まると思ってんの? アタマ沸いてんだろ」とあざ笑う。
それが一番効くんじゃないですかね、国旗を燃やす人々には。
よい意見ならば、説得力のある主張ならば支持が集まる。
おかしな意見ならば、不適切な手段を用いた主張ならば支持が離れる。
「だから、国家が介入するまでもない」。
「だから、国家が萎縮させてはならない」。
それではいけませんでしょうか。
保守の人々が目指している、民意の統合あるいは古き良きコミュニティの復活とは、言論封殺の先にあるものではないはず。
私はそう信じております。
現にいま、保守派の皆さんだって、社会による言論封殺の息苦しさを感じていらっしゃるでしょう?
「『男は男らしく』ありたいと口にすることが間違っている? ふざけんなよ」
「『国民国家の原則から考えれば、外国人に生活保護を渡すことは国家の義務とまではいえない』、それがヘイトスピーチだって? どこがヘイトか理由を言ってみろよ」
全くもって正当な、少なくとも一理はある、そうした主張だと私は思います。
女性差別だヘイトだで片づけられてはいけないはず。刑罰化などもってのほか。
(フェミニズムは国是でもなければ、人類普遍の正義と呼べる地位にも至っておりません。それはいまだ、いち思想にとどまります。直接の根拠として他者に何かを強制できるようなものではないはずです)
国旗損壊罪を新設すべきではない。
ヘイトスピーチ規制も、刑罰化すべきではない。
私においては、このふたつは同じ理由によるものです。
なんでもかんでも国(刑罰)に頼るこたないじゃないですか。
「リベラルとは違う、我々は全体主義者ではない」
ひと昔前の保守は、そういう気概を持っていたように思うのです。
「『女は女らしく』ありたいと口にすることが間違っている? ふざけないでよ」
にすることも考えましたが、余計なノイズを増やしそうなのでやめにしました。
言葉遣いもめんどくさいことになりそうですし。
こっちのほうが、論旨を際立たせるためには良いんでしょうけども




