その6 電気ショックをめぐる詭弁
男子校で生徒に電気ショックを体験させるイベントが行われているとか。
ニュースで見ましたけれど、あれ明らかに「よきこと」扱いしてますわね。
いや、いかんでしょ。
事象を5W1H的に捉えてみてくださいよ。
教師(という優越的な地位を持つ者)が
生徒(という事実上の被支配者、また判断力の幼い者)を
フェミニズム(という「いち思想」)を正しいと考えたがゆえに
授業時間(という事実上の義務過程)の中で
学校(という閉鎖空間)において
電気ショック(という身体に対する加害)によって
教育する
これ体罰って言いません?
目的の正しさは手段を正当化するものではない。
(そもそも目的が正しいとも言えないですが)
先生も受けたけどさ、あれ貴重な体験だったわー。生徒諸君も知っとくべきだ。
でも電気ショックの機械がさ、人気でなかなか借りられないから、うん。
代わりに竹刀で腹殴るわ。
大丈夫、電気ショックの強さは先生も体験して知ってるから。弱めで行くから。
正当化されちゃいますよこの理屈が。
竹刀がいけない? 電気ショックなんて拷問以外のどの場面で使われます?
害がない? ビリビリの痛みはあるんだよなあ。心の痛みは?
先生がやっちゃいけない? 外部の人間が生徒、人様の子に手を上げるのはOK?
機械的作用だ、人間の悪意は介在しない? スイッチ入れるのは誰なんです?
何から何までアウトでしょ。
そもそも目的が正しいとも言えないですし。
〇〇主義、それ自体は正しさを担保するものではありません。
主義を信ずる人・支持者において、議論の前提となっているだけのことです。
支持者の間ではそれを「正しい」と称する、それだけのことです。
具体例を私たちは知っているはずです。
19世紀末に成立したマルクス主義は、共産主義者にとっては前提でした。
しかし日本社会における前提にはなり得ませんでした。
世界的にも20世紀末には受け入れを拒否されています。
学問としてのマルクス主義、その賞味期限はさらに短かった。
1950年代には縮小再生産(俗に言う駄サイクル)の段階に入っていたんじゃないですかね?
フェミニズムだって同じことです。
フェミニズムが「正しい」わけではありません。
フェミニズムは、「その思想に賛同する人(フェミニスト)」において「議論の前提とされている」だけのことです。
「フェミニズムにおいては・フェミニストの間では」、「『正しい』と称する」それだけのことです。
「勉強して?」「勉強不足」という言葉が〇〇主義者の口からよく聞かれます。
それはそうです、前提なんですから。勉強しておかなければ議論はできない。
ただしそれは、「議論が〇〇主義の内輪にとどまる場合」に限られます。
フェミニズムの正しさを外部に主張するとき、フェミニズムの成果を社会に還元しようとするとき。
その際に「勉強して?」と主張するのは間違っています。
フェミニズムの正しさはその社会の前提とはなっていない、そこまでの理解を得てはいないのですから。
中近世ヨーロッパにおけるキリスト教
19世紀以前の中国における儒学
旧ソ連におけるマルクス主義
近現代西側諸国における人権思想
国是・国体とでも称すべきこの段階に至って初めて、「あなたは間違っている」「もっと勉強して?」と言うことがギリ許される(当該社会において許容されうる)んじゃないですかね。
社会に還元されうる成果とは、勉強を強要するまでもなく、議論を経るまでもなく、「言われてみればそりゃそうだ」と納得できる……等のレベルで世間一般から賛同を受けられる、そうした発見ではないでしょうか。
なお、以下は個人的な興味というか野次馬趣味にすぎませんけれど。
学問としてのフェミニズム、最近どうなんです?
何らか我々一般人(フェミニズムを信奉/研究/コミットしているわけではない人)の目を驚かすほどの新機軸、見つかってます?
学問としての賞味期限は社会運動としての賞味期限より早く訪れます。
「〇〇主義」という言葉が世間一般に知られるようになった時点で、ほぼほぼ終わりが見え始めるような気がします。
フェミニズムであれば1990年代には来ていたんじゃないですかね、おそらくは。
信奉している方、人生の何らかの場面において深い共感を覚えた方。
そうした方々には(個人的興味としては)何も申しません。
私だって古典にドはまりしてるわけですから。
ただ、私の場合は幸いにして惚れ込んだのが「すでに死んだ分野」でした。
死だの終わりだの、賞味期限だの。そのあたりにまつわるところをフェミニズムで言えば、いわゆるファッション。進歩的に見られたいとか、そっち系のフェミニストにはツラい未来が待ってるんじゃないかなって。
もう四半世紀しないうちに、現在の共産主義者・「サヨク」と同じ扱いになっちゃうんじゃないかなって。
私の賢しらを以て「正しい」とは申しません。
ただ、個人的な経験則上、また社会的な経験則上(世間知的な意味において)、傍目八目は「ある」と思っています。
賞味期限の見極めは「外側」――私とは申しません、どなたか「良い目」をお持ちの方――のほうが正確であろうと。
どなたかその辺りの「予言」をしている方、いらっしゃらないかなと。気になっているところです。




