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38.婚約指輪

「実は……2人に話があるんだ」


 トラはリビングに戻り、椅子に腰掛けながらそう言った。

 後からリビングに入った俺も、椅子を持ってきてトラの隣に座った。


「あら? どんなお話?」


 そういう竜子さんの表情は、なんだか少し嬉しそうだ。

 分からなくもない。傍からみればこの状況、まるで息子が親に恋人を紹介する場面に見えるからだろう。……まあ、それ自体は間違いじゃないんだけど。

 義人さんも同じ様に察したのか、トラと俺とを交互に見て、何か納得していた。


「ええと……僕は悠木と、付き合ってます。本気の愛です」


 トラの言葉を聞いた竜子さんの表情は一気に花が咲いたように明るくなった。


「やっぱり! そうじゃないかなーと思ってた!」

「やるじゃないか虎くん!」


 2人とも嬉しそうに反応する。


「悠木さん! うちの虎ちゃんをよろしくね!」


「はい、おまかせください」


「じゃあ今日はお祝いだな! 竜子さん、良いかい?」


「ええ義人さん。虎ちゃん、それで北条さんはいつ頃お戻りになられるの? 盛大にお祝いしたいわ!」


 盛り上がる緩い空気の2人とは対照的に、張り詰めた空気を纏うトラと俺。

 トラはそのまま、竜子さんに応えるように口を開いた。


「北条おじさんは……」


「うん」


 竜子さんは先を促すように頷く。


「実は……長期の海外出張でいつ戻るか、分からないんだ」


「……んん? もう一回言って虎ちゃん」


 急な展開に飲み込めないのか、竜子さんは聞き直した。


「北条おじさんは長期の海外出張中なんだ」


 さっきまでの緩い空気が一変し、まるで時間が止まったかのように2人は固まった。

 今2人の頭の中では北条おじさんの所在と、俺たちの関係やその他諸々なことを考えているのだろう。


「……虎くんは、一人でここに住んでるのかい?」


 義人さんのやっとの質問に、トラは静かに首を横に振った。


「今この家の家主は悠木です」


 トラの答えに対し、2人は頭を抱えた。

 それが普通の大人の反応だろう。息子に恋人ができたことは喜ばしいが、同棲しているとなれば話が別だ。しかもそこは大人が存在しない空間となれば尚更だ。

 まだ高校1年生、どう考えても色々と早い。


 ただ俺とトラからすれば、俺は姿が変わったと言っても元々大人だからそういう発想にはならなかっただけだ。


「ちょっと整理したいんだけど、2人とも、良いかい?」


 義人さんが頭を抱えつつも事態を把握しようと、声をあげた。

 俺たちが頷くと、質問を投げてきた。


「まず、北条さんの戻る時期は?」


 ここはトラではなく、俺が応えるのが自然だろう。


「分かりません、何年もかかると聞いています」


「2人はつまりその……同棲してるのかい?」


「はい」


 トラはブレずに、まっすぐに応えた。


「ずっと2人で?」


「はい」


 義人さんと竜子さんは黙ってしまった。

 多分、俺たちに対して何を言おうか、何と言おうかを迷っているのだろう。そして、どうしたいのか、させたいのか、それを決めかねてるのだ。


「母さん、義人さん、僕は本気で、この人しかいないと自信を持って言える」


 俺は2人が何か言うのをじっと待っているつもりだったが、先にトラが動いた。


「……だから、僕らを認めて欲しいんだ」


 ――多分、これでは無理だろう。まだ、その段階じゃない。

 そう思っていると、竜子さんが口を開いた。


「ダメよ。2人はまだ子供なんだから――ダメ」


 だろうね。それが普通の反応だ。


「竜子おばさん、聞いて下さい。お……私も虎之介くんと同じ気持ちです。私も、この人しかいない、そう思っています」


 トラだけの気持ちの先走りじゃないということを示したくて、俺も真剣に訴えた。……だけどこれだって、まだ足りない。


「2人ぐらいの年齢の時はね、誰だってそう思ってしまう時期があるんだよ。この人だけは特別だ、って、思うんだ」


 そんなことは分かってる。俺だって身を持って知ってるさ。思春期の暴走ってやつだ。――だけどそれを知った上で言う、これは違う。俺とトラの関係は、そういうものとは違うんだ。一時の暴走とは違う。


「北条さんはこのことを知ってるの?」


 ふと、思い出したように竜子さんは口にした。

 竜子さんからすれば、北条おじさんならこれを許すはずがない。そう思うんだろう。それも当たり前のことだ。


「はい、知ってます。その上で叔父は「小さい頃から知ってる2人なら大丈夫だ」とハンコを押してくれました。だから2人で済むことも許可したんです」


 嘘は全く言ってない。だって俺がそう思っているんだからな。


「あなたの親御さんは? まさか許してるの?」


 俺の両親……? 二人とも随分前に他界してるな、うん。


「お……私の両親は半年前に事故で亡くなりました。それからは叔父に面倒を見ていただいて。だからここに住むように言ってくれました」


「それは……ごめんなさいね……」


 大人というものは、関係者が亡くなったと聞くとそれ以上は突っ込めなくなるものだ。

 亡くなったのは何年も前のことだけど、利用させてもらうぞ。


 俺の両親が半年前に亡くなったばかりだと聞いて、また2人は静かになった。

 分かったことと言えば、北条おじさんは許可していることと、悠木の両親は半年前に亡くなったことだ。

 つまり、残るはトラの両親、しかも義理の父となれば、義人さんは反対しずらいだろうし、後は竜子さんだけだ。


「母さん、僕は本気で悠木を愛していて、それは紛いものじゃない。僕を信じて欲しい。――僕は、悠木を心から愛してる! まだ結婚はできないけど、結婚もするつもりだ! 信じられないなら婚約だってしても良い!」


 トラは言い切った。

 できれば俺と2人きりの時に言って欲しかったけどしょうがない。それに愛していると言ったのは間違いないのだし。加えて結婚まで言い切った。……ま、トラに言われるまでもない、俺だってそのつもりだったしな。

 それに直接じゃなくても、嬉しいことには変わりない。むしろ両親に言ってしまったことで、それがどれだけ本気か伝わってきた。


 俺も。俺も伝えなければ。


「竜子おばさん、私も虎之介くんと同じ気持ちです。結婚前提で考えてます。本気なんです」


「母さん、僕たちを認めてください」


 トラはそう言って頭を下げた。遅れて俺も同じ様に頭を下げた。


「お願いします」


 長い静寂が訪れた。

 頭を下げたままの俺たちと、何も言わない大人の2人。俺にはそれが、迷っているように思えた。

 許すべきか、許さざるべきか、決断に足る何かがないか、それを考えて探しているような。


 そして、静寂を打ち破るような竜子さんの大きな、長い溜息が漏れた。


「虎之介、ちょっと来なさい。悠木さん、ちょっと隣の部屋を借りるわね」


 そう言って、トラを連れて出ていった。


◇◆◇


 頭はまだ、下げたままだった。

 リビングには俺と義人さんだけがいて、トラと竜子さんは隣の部屋へ行っていた。


「北条さん、もう頭は上げていいんだよ」


「でも……」


「いいんだ。私はもう、2人を認めることにしたんだから」


「……分かりました」


 顔を上げると、そこには隣の部屋の方を心配そうにみる義人さんの姿があった。


「多分もう、竜子さんも認めてると思うんだけどね。……まあ、念を押してるんだろう」


 てっきり、トラを怒っているのかと思っていた。そういえば声が聞こえない。竜子さんの怒声はかなりのものだったはず、それが聞こえないってことは……そういうことなのだろう。

 流石に竜子さんと結婚するだけある、よく分かってるってことだ。


「……良いかい悠木さん。私からも一応注意しておくよ。言ってみれば普通のことだけどね。さて、悠木さん、身体は大事にするんだよ。避妊を忘れずに。――将来は私たちの義理の娘になるんだ、これくらいは言っておかないと、ね」


 義人さんはそう言って、ウィンクをした。意外とお茶目な人だ。

 でもそうか――将来は竜子さんが俺の義理の母親に……?


 そう思うと思わず笑みがこぼれた。


「お、笑ってくれたね。いい笑顔だ、虎之介くんは幸せものだよ。こんなに可愛い女の子に好きになってもらえるなんて……って竜子さんに聞かれたら大変だ」


 義人さんが空気を和ませようとしてるのが分かる。

 俺にできる新しい両親は良い人たちみたいだ。――そりゃそうか、トラの母親と、その人が選んだ人なんだから。


◇◆◇


 トラがリビングに戻ってきた。

 説得が成功したのか、と表情を見てみるとなんとも判断のつかない様子だった。

 義人さんは念押し程度だと言っていたけど、一体何を言われたのだろうか。


「悠木さん、ちょっといいかしら」


 竜子さんが今度は俺を指名して、隣の部屋へと呼び出された。


「ちょっとお部屋借りてるわね」


「あ、はい、お構いなく……」


 そこは和室で、竜子さんは正座して、俺をその正面に座るように促した。

 正座して竜子さんを見ると、竜子さんは俺の目の更に奥、まるで心の奥までを見通すかのようにまっすぐと、芯まで覗き込んでいた。


「確認させてね、悠木さん。虎之介のことは本気なのね?」


「はい。本気です」


 嘘偽りなく本心から、何があってもブレない。そんな気持ちで応える。

 竜子さんは暫く俺を覗き込み、そして頷いた。


「――ちゃんと避妊はするのよ。一番苦労するのはあなたなんだから」


「分かりました」


「ん、よろしい。それじゃ戻りましょうか」


 それまでの厳しい顔付きはどこへやら、竜子さんは破顔した。

 釣られて俺の口元も緩んだ。


◇◆◇


 竜子さんより一足先にリビングに戻ると、俺の時と同じようなやりとりがあったのだろう、トラと義人さんが纏う空気が変わっていた。


「義人さんも私と同じ意見だと思うけど……」


「うん、その認識で間違いないよ」


「ありがとう義人さん」


 2人は見合い、頷いた。


「それじゃあ虎ちゃん、悠木ちゃん――はい、2人の同棲を認めます。でも忘れないで、親として反対したいって気持ちもあるってこと」


「うん……でも、いいんだよね!? ありがとう母さん!」


「ありがとうございます!」


 思わずトラと手を取り合い、喜んだ。


「北条さんも認めてるし、私だって愛する息子を信頼してるからね。……ただし! 条件があります!」


「……えええ!?」


 条件付き。……だけど妥当なところだろう。いくらなんでも子供に無条件での同棲許可を出すのは無理だ。なんらかの制限は必要なことだと思う。


「文句言わないの! その条件とは……今ここで婚約しなさい! そして高校卒業したら大学が始まる前に入籍すること! 分かった!?」


「……え? そんなことでいいの?」


「婚約指輪はまだ準備できないだろうから、なんでもいいから後で指輪を買いなさい」


「あ、指輪……そっか、婚約指輪か……」


「指輪……」


 思わず自分の左手薬指を見た。

 ――ここに、婚約指輪が……。


 胸の奥から熱を持った何かがじわじわと迫り上がってくる。

 まだ着けても、貰ってもいないというのに、期待にあふれ、喜びが花開いたかのように感じていた。


◇◆◇


「――悠木」


 トラの呼びかける声で我に帰る。


「ん、何?」


 見ると、緊張した面持ちのトラがこちらを正面から見据えて、今にも何か言いそうだった。


「悠木、聞いて欲しい。――僕は不器用だからこんな時に気の利いた言葉は言えないけど、この気持ちだけは本物だ」


 ――来た。

 というかいくらなんでも唐突すぎない? それに目の前にはご両親もいるというのに、勇気があるというか、恥じらいが足りないというか……。ったく、しょうがないなあ、巻き込まれてやろう。


「うん、知ってる。……私も同じ気持ち」


 応えると、トラは深呼吸した。


「悠木、僕と結婚して欲しい、けど、僕はまだ結婚できる年齢じゃないから、高校卒業するまで待って欲しい。だから、良かったら、今、ここで、僕と……こ、婚約して欲しい」


 トラはそう言って、右手を差し出した。

 うん、知ってた。というか、ついさっき竜子さんがそうやれって言ってたからね?

 ――まあでも、それでも、嬉しい。


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 胸がいっぱいになりそうになりながら、言葉を発し、トラの右手を握った。いつもと違って冷たくて、トラが緊張しているのが伝わってきた。


「悠木……」

「トラ……」


 どちらともなく、抱きしめ合った。


「悠木……好きだ……愛してる……」


「私も……ずっと離さない」


 お互いの存在を確かめあうように抱きしめ続けた。相手の匂いや温もりを自分のものにしようと、力いっぱいに求め合うように。俺たちは、暫く抱きしめ合った。


「……えー、コホン!!」


 竜子さんのわざとらしい咳で、俺もトラも我に返り、慌てて身体を離した。


「まさか息子に見せつけられるなんて。……確かに今ここで婚約しなさいって言ったわよ? でも私たちがいるのまで忘れちゃだめよ」


「いいじゃないか竜子さん。虎之介くん、若いってのはいいねえ! でも線引きはしっかりしてね」


「あ、ごめんなさい……」

「すみません……」


 思わず恐縮してしまった。

 この女の子になってからというもの、色々とトラに引っ張られてしまっているような気がする。外見はともかく、中身はおっさんのまま……いや、本当におっさんのままなんだろうか? なんとなくだけど、変わっていってるような気がする。身体に精神も引っ張られているような、そんな気がしてならない。


 まあでも、それも悪くないか。

 隣に立つトラを見て、幸せな気持ちになれるなら、それで良い。



 ――こうして、その後はお義母さんとの交流が増えて、「俺」はいつの間にか「私」になった。

 それに伴い、女の子らしくなりたいと、トラに可愛く見られたいと強く思うようにもなった。頭の中の思考は多分「俺」の人格が中心だけど、一人称は「私」だ。

 それまでの人生を否定はできないように、「俺」人格の芯はしっかり残り続けるだろう。だけどこれからは「私」が肉付けされていくのは間違いない。


 だけど良い。私はそれで幸せなんだから。

 左手薬指に光る指輪を眺めながら、いつものようにソファーに腰掛けた。

「Confidential Girl」これにて完結です。

個人的には、元々の年の離れた仲の良い関係を上手く書けたかなーと思っています。


振り返ってみれば、週2で書くぞ! と意気込んでみたものの結局は週1、偶に遅れることもあったりして上手くは行かず中々苦しみました。


今作については、幼く小さいころって、性に無関係で大人を大好きになったりするし、大人側も小さい子供に懐かれるのは内心嬉しいものなので、大好きなおじさんに懐く少年、という構図から作っていきました。


9作目も無事に終わり、次回作はまだ何を書くかも決まっていません。

ただ10作目になりますので、ただ書きたいものを書くだけなのもなあ……。なんてことも考えています。どちらにせよ、少し時間を頂きたいと思いますので暫くお休みします。


応援ありがとうございました。次回作もお願いします。

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