第27話 長老と紐解かれる謎、お姉ちゃんの不在(後編)
外の世界に出るための下見の決行を決めた時からある程度の危険はあると覚悟していた。
けれど自分なら大丈夫、どんな相手でも逃げるだけなら問題ないと思ってここまできた結果がこれだ。
魔法壁で逃げ道を塞がれ、ぼろぼろになって魔物達と戦った末に黒幕ともいえる長老に手も足も出ず、必死に隠れている。
「……私が弱い事なんて他でもない私自身がよく分かってた筈なのにどうして思い上がってたんだろう」
模擬戦や魔物との実戦を重ねる中で、自分に才能なんてない、姉やあの人とは違うと気付いていた。だから自分に出来る事を見極め、決して無茶はしまいと決めていたのに。
あの人を殺した魔物に勝てたのはそういう存在がいるかもしれないと考える事ができたから……あの人の死がなければ咄嗟に反応出来ず、不意打ちであっさりと殺されていた……。
本当にたまたま運良く勝てただけ、そんな私が満身創痍の状態で長老を倒せる訳がない。
いや……そもそも私は長老と戦う気概すら持てていない。対人……それも姉としたような模擬戦ではなく、命を懸けた実戦で見知った相手を殺す事なんて出来る筈もなかった。
「ただでさえ不利なのにその覚悟もないなんて……それ以前の問題だよね……」
向こうが殺す気でくるのに、実力で劣る私に躊躇いがあれば当然勝てる可能性はさらに低くなる。
人を殺す覚悟なんて簡単には……ううん、私には出来ない。
他のエルフなら自分の命を優先して相手を殺す覚悟を決められるのかもしれない。けれど、私にはその決断がどうしても出来そうになかった。
「死ぬのは怖い……でも……殺すのも怖い……」
魔物を殺すのとは訳が違う。同じエルフ、それも見知った相手を殺すのはどうしても忌避感を覚えない方がおかしいだろう。
……正直、魔物を殺す時だって全く忌避感がない訳じゃなかった。けど、やらなければ殺されるからとそこは割り切れた。でも今回は……。
たとえ自分を殺そうとしているのだとしても、魔物ではない人……長老を殺す忌避感は拭えそうになかった。
「……迷ってばかりもいられない。このまま何もしなければ間違いなく殺される」
逃げ道が塞がれている以上、いずれは追い詰められる。そうなった時、迷ったまま動けなければそこで終わってしまうだろう。
「……覚悟を決められない私に残された選択肢は一つだけ……できるできないに関わらず、長老を殺さずに止めるしかない」
自分よりも実力が上の相手に満身創痍の状態でそれを成功させるのは難しいというよりも不可能に近い。
「……それでもやるしかない。諦めてただ殺されるのを待つよりはずっといいだろうから」
自分に言い聞かせるように呟きながら目を瞑って息を吐き出し、そして殺す覚悟ではなく……諦めない覚悟を心に決めてゆっくりと立ち上がった。
木の陰を後にして茂みから姿を現した私を見て、長老が僅かに驚いた表情を浮かべる。
「ほう……このまま隠れておるつもりじゃと思ったんじゃが、まさか自分から出てくるとはの」
私の方に視線を向けながら杖を傾け、魔法を使う予備動作見せる長老。それに対して私は気取られないように身構えつつ、会話を試みる。
「……隠れてたってどうせ長老はすぐに私を見つけるでしょ?なら隠れても無駄だって思っただけ」
会話に意識を裂きながらも、長老の動きを注視する。
「ふむ、無駄という事もあるまい?隠れて時間を稼ぎ、儂を倒す算段を立てる事も出来たじゃろう」
「……そう言うって事は長老もそれが無駄だって分かってるんじゃないの?」
もし時間を掛けて倒せる算段が立てられると本気で思っていたのなら全力でそれを阻止しにくるのが普通だ。にもかかわらず、時間稼ぎを挙げるということは今の私に長老を倒すのは不可能だと思われているということだろう。
「別に無駄とまでは言わんが……まあ、ぼろぼろのお主が相手ならどうとでもなるだろうとは思ったがの」
肩を竦めて軽く息を吐いた長老が杖をかつかつと鳴らしつつ、答える。
「……じゃがそれだけにこうして出てきた意図が分からん。休むにしろ、策を立てるにしろ、隠れていた方が都合は良いと思うが」
眉をひそめ、そう問い返してくる長老に対して私は用意していた答えを返した。
「そうかもね……でも長老には聞きたい事がいくつもあったから」
「ほう、聞きたい事とな?」
とある準備を進めつつ、興味深そうに尋ね返してくる長老へ疑問に思っていた事をぶつける。
「……まず最初に聞きたいのは今から約六年前のあの人の死に長老が関わっているのかってこと」
「あの人……ああ、あやつの事か。そうじゃの、直接手を下した訳ではないが、確かに儂は関わっておるよ」
一瞬考えるような素振りを見せた後、長老は何ら隠す事なく平然とした様子で答えた。
「……ずいぶんあっさりと答えるんだね」
「まあ、察しもついておるじゃろうし、特に隠すような事でもないからの。して、他に聞きたい事は?」
確かに長老の言う通りある程度の察しはついていたが、まさかここまで堂々と認めるとは思わなかった。
「……あの人の事もそうだけど、今、私を殺そうとしているのはやっぱり外に出ようとしたからなの?」
今のやりとりから察するにおそらく長老は聞いた事に全て答えるつもりなのだろう。ならそれに乗っかり、全部の疑問をぶつけようと質問を重ねる。
「ふむ、それも察しておるなら話が早い。そうじゃよ、あやつもお主もこの集落の外に出ようとしたから処分する。理由はそれだけじゃ」
「処分って……」
まるで物を扱うかのような言い草に抗議の視線を向けるが、長老はふんと鼻を鳴らして話を続けた。
「……確かに集落には外に出るのを禁じるような決まりはない。しかし、それは集落に決まりがないだけで外の世界に出ようとしたエルフはすべからく処分せよと決められておる」
「決まりがないのに決められている……?それじゃ一体誰がそんな事を決めたっていうの?」
要領を得ない言い回しに焦れて語気が強くなっていくのが自分でもわかる。だってそうだろう、集落の決まりではなく、言い様的に長老が決めた事でもない……ならそれは誰が決めた事なのか、気になるのは当然だ。
「誰がと聞かれれば返答に困るのじゃが……そうじゃの、書庫にある本を読破したお主にならこう言えば伝わるかの……これを決めたのは俗にいう〝神〟と呼ばれる存在じゃよ」
「神……それって物語の中や人間達の宗教に出てくるあの……?」
告げられた正体の漠然さに、一転して困惑の表情を浮かべてしまう。
「然り、その理解で間違っておらん。正確に言うのならそれらは人間が作り上げた偶像に過ぎぬのじゃが……まあ、ここで言及しても意味はあるまい」
頷きながらも、一人ぶつぶつと言い淀んだ長老を私は困惑したまま見つめる。
「っと、話が逸れたの。ともかく〝神〟は存在する。俄かには信じ難いかもしれんが、話が進まんからその前提で話させてもらうぞ」
私の困惑を他所に長老はそのまま話を続けた。
「その〝神〟はとある理由からエルフという種がこの森から出る事を酷く嫌うのじゃ。それこそ出ようとした者の始末を決め、儂に命じる程にな」
「とある理由……?それに命じるって……」
長老の口から語られる知らない事実に次から次へと疑問が沸いてくる。
「そう急くでない。そうじゃの、儂も理由の詳細を知っているわけではないが、昔、一人のエルフが世界を掌握せんと野望を抱き、人の世に混沌を招いたからだと聞いておる」
昔……それも長老が詳細を知らないというくらいなのだからそれはもう数千年も前の話なのだろう。
「……いくら同じエルフだからってそれだけで森の中に閉じ込めるのはおかしいでしょ。そのエルフ個人がそういう野望を持っただけで種族そのものが悪いわけじゃないんだから」
確かにそのエルフは人々にとって脅威だったのかもしれないが、エルフ全体がそんな思想を抱いたわけじゃないだろうし、私もあの人もそんな事を考えた事は一度もない。
それなのに昔の……そのエルフの行いが理由で、外に出ようとしたら殺されるなんて理不尽にも程がある。
「……主の言い分はもっともじゃ。しかし、好奇心、あるいは願望を持ったエルフそれだけ危険なんじゃよ」
好奇心、願望、確かにそれは他のエルフ達が持ち得ないものだ。けれど、それがどう危険と繋がるのか、皆目検討もつかない。
「お主も知っておる通り、エルフという種族は物事への関心が酷く薄い。それは種族としての性でもあるが、その膨大な寿命に起因しておる。故に百年以上生きたエルフは緩やかに同じ日常を繰り返し、年を重ねる傾向にある」
「……それは分かってるよ。私はそうなりたくなくて外の世界を目指したんだからね」
唐突にエルフという種族の特徴を挙げる長老に訝しげな視線を向けながらもそう返す。
「……問題はエルフという種族の寿命じゃよ。ただ緩やかに同じ日常を過ごすのなら膨大な寿命も大した意味はなさんが、一度、好奇心や願望を持とうものならそれはとてつもない凶器と成り果てる……そのエルフがそれを証明してしまったのじゃ」
「……何が言いたいの?それこそ出来るってだけで他は関係ないじゃない。私達はそんな大それた野望なんて持っていないんだから」
寿命の短い人間と違い、エルフが何事かを成そうと思えばその寿命が大きな利点になる事は理解できる。そしてそのエルフが膨大な時間を使って野望を叶えようとした事も分かる。
しかし、それはやっぱりそのエルフ個人が悪いのであって、同じ事が出来るだけで殺される理由にはならないだろう。
「残念じゃが、そういう訳にもいかんのじゃよ。何せ、そのエルフも最初はお主達と同じようにただ純粋な好奇心を持っていただけなのじゃからな」
「……どういう事?」
世界を掌握せんと動き、混沌を招いたエルフが私達と同じ好奇心を持っていたという話に私は思わず怪訝な表情を浮かべる。
「簡単な話じゃ、長い時間と外の世界はただの好奇心を野望に変えてしまうんじゃよ。確かに主の言う通りそのエルフ個人に問題があったのかもしれんが、始まりの動機が同じな以上、主達がそうならんとは言い切れんじゃろ?」
「それは……」
外の世界を知らず、まだ十一年と少ししか生きていない私にはそれを暴論と切って捨てれるだけの判断材料がない。
そのため今の私がそう思っていなくても、未来の私が長老の言った通りになる可能性を完全に否定する事が出来なかった。
「……まあ、お主に関して言えばそうなるには才が足らん気がするがの」
言葉に詰まった私とは対照的に片目を瞑り、冗談めかした口調でそう続ける長老。これが命の懸かった場でなければ頬を膨らませて抗議の一つでも上げていたかもしれない。
「……だからって見逃してはくれないんでしょ?」
「然り、それが儂の役割じゃからな。とはいえ、できるだけ質問には答えるつもりじゃぞ?」
どうせここで始末をするから何を聞かれても関係ないのだろうが、それでもわざわざ疑問に答える必要はない筈だ。にもかかわらず、こうして答えているのには何か理由があるのか、それとも……。
「……ちょっと待って。長老がその役割を担ってるならどうしてあの書庫を作ったの?本はそれこそ外への興味を誘発するものだと思うんだけど」
実際、もし書庫がなければ私もあの人も外の世界に出るという考えすら思い付かなかっただろう。
「……そうじゃの。確かにここまでの話を考えれば儂の行動がちぐはぐに映るのも無理はないが、書庫に関してはそれが条件じゃったという他ないかの」
「条件……」
意味をそのまま捉えるのなら大量の本を持ち込むのと引き換えに長老は何か対価を払ったという事だ。そして長老も口振りから察するにおそらくそれは命じられた役割を全うする事のように思える。
……もしそうだとしたら、わざわざ疑問に答えてくれる理由も分かる気がする。
命じられただとか、役割だとかいう言い回しを使っているせいで、まるでそれらが長老にとって不本意だと言っているように聞こえる。
だからこそこうして疑問に答え、その〝神〟という存在にせめてもの抵抗を示しているのかもしれない。
「……もしかして長老はその〝神〟の事が嫌いなの?」
思い切ってそう質問すると長老は目を丸くし、その後、すぐに大きな声を上げて笑った。
「な、何……?どうしたの突然……」
特におかしな事を聞いた訳でもないのに唐突に長老が笑い出した事に困惑してしまう。
「ほほ……ああ、すまんの。まさかそんな事を聞かれるとは思わなんだ」
くつくつと笑いを漏らしながらも私の質問に答えようと長老は言葉を続ける。
「……しかし、嫌いかどうか、か。正直、直接会った事はないので何とも言えんし、おおっぴらには答えかねるが……まあ、主の想像に任せると言っておこうかの」
長老はそう言うと杖を茂みの向こうにある木の方へと向けた。
「さて、質問はこの辺にしようかの。そろそろお主の準備を終わった頃じゃろうしな」
「……やっぱり気付いてて私の話に付き合ってたんだね」
言葉に合わせてさっきまで立っていた私が薄れて霧散する。
さっきまでここにいたのは私が魔法で作り出した幻影だ。
派手に動かす事は出来ないし、本体から大して離れる事も出来ないが、魔力を通して声を届けられるため、先程までのように会話をするだけなら問題はなかった。
……時間稼ぎも目的の内だったけど、聞きたい事があったのも本当だ。長老がそれに応じてくれたお陰で分かった事もあったからね。
私を殺そうとしているのはあくまで〝神〟の意向であること。長老は少なからず〝神〟を嫌悪をしているということ。そして嫌悪しながらもその意向には従わざるをえないということだ。
もしそうでないのなら実際にあの人を殺してはいないだろうし、こうして私を殺そうとはしていないだろう。
「まあの。魔法の詳細は分からんが、木の陰から出てきたお主が本物ではない事は分かったからの」
長老は杖を構えた方とは逆の手で髭を撫でながら私の言葉を首肯する。
「一応、時間稼ぎがしたいというお主の意図を汲んでみたんじゃが、その成果はあったかの?」
「……さあ、どうだろうね。自分の目で確かめてみたら?」
再び片目を瞑って尋ねてきた長老の問いに対して、私は木の陰に潜んだままそう返し、いつでも動けるように身構えた。




