第225話 寝惚ける朝と思い切った作戦
「――――んぅ…………ふわぁ……ねむ……」
窓から差し込む朝日と鳥の声で目を覚ました私は寝ぼけ混じりの頭で起き上がり、ベッドからどうにか抜け出した。
覚束ない足取りで洗面台まで辿り着き、備え付けられた魔道具から水を出して顔を洗い、鏡と向かいながら口をゆすいで歯を磨く。そのついでに寝癖を直しつつ、最後にもう一度顔を洗って洗面台を後にする。
冷たい水を浴びていくらかマシにはなったものの、朝が弱い私はまだ薄っすら寝ぼけており、こっくりこっくり船を漕ぎながらどうにか着替えをこなした。
「……珍しく朝早いね。こりゃ明日は嵐かな?」
「うるしゃい……しずかに…………」
「……呂律が回ってないよ。どんなにぶっても朝が弱いのは変わらないね。ほら、そこボタンを留め間違えてる」
ぴょんぴょんと跳び回りながら私に話しかけてくるのは死遊の魔女のなれの果てである黒毛玉だ。否が応でもこの二年、一緒に過ごさざるを得なかったせいで私生活は大体知られているため、時々、呆れ混じりの注意をしてくる。
正直、死遊の魔女が何を、と思うけれど、言っている事は間違っていないだけに余計、むっとくる。
「…………ごはんぬくよ?」
「なんでさ!?ボクは善意で注意しただけなのに」
跳ねながらぎゃあぎゃあ文句を言って騒ぐ黒毛玉を放置して部屋を後にした私は軽く伸びをしながら階段を降りて受付の方に向かう。
「――――あらおはよう。今朝は早いね」
受付に立っていたこの宿屋の主人が私に気付き、挨拶をしてくる。この街に滞在している間はずっとここの宿屋を利用しているため、すっかり顔見知りになっていた。
「……おはよう……ございます……あさごはん――――」
「はいはい、朝食ならできてるよ。部屋で食べるんだろう?温めるから待ってな」
「……ありがと……ございます」
言葉を言い終えるより早く用件を察した主人が奥に引っ込んで朝御飯を温めてくれている間、私はただぼけーっと虚空を見つめて待つ。
数分もしない内に朝食の乗ったお盆を持って戻ってきた主人からそれを受け取り、ふらふらしながらもどうにか部屋へと戻った。
やいやい煩い黒毛玉にも仕方なく朝御飯を分け与えつつ、食べ終えた後、ようやく冴えてきた頭で今日の予定を思い浮かべながら出かける準備を進める。
今日はギルドへの事情説明、それとベールとのパーティ問題、か……まあ、そっちは対策を考えたからいいけど、後は見つかるかどうか、かな…………
頭の中で予定を組み立てて、少し憂鬱な気分になりながらも服を着替え、ぎゃんぎゃん騒ぐ黒毛玉ごと荷物をまとめて宿屋を後にした。
早朝……とまでは言わないものの、まだ通りが賑わうには早く、人の姿はまばらだ。
おかげで人混みに合わなくて済んだけれど、大通りが閑散としていると、それはそれで少し寂しい気もする。
「この時間帯だとやってる露店や屋台も少ない……まあ、朝ごはんは食べてきたから問題はないけど」
他愛のない事を呟きながらも、少しだけ屋台の串焼きを食べたかったなと思いつつ、重い足取りのままギルドへ向かっていく。
元々対して距離が離れていないせいか、あるいは憂鬱な気分を引き摺っていたせいか、あっという間にギルドまでたどり着いてしまった。
ここまで来てしまった以上は入り口で立ち往生していても仕方ない。意を決して扉を開け、中へと足を踏み入れる。
表通りと違い、ギルド内は依頼を吟味、受注している冒険者がそこそこおり、賑わっているとは言わないが、それなりに活気溢れていた。
「ベールは……まだきてないか。それなら…………あ、いたいた」
ギルド内を見回し、目的の人物の姿を確認した私は少し早足で駆け寄り、その腕をがしりと掴んだ。
「…………何の用……いや、何のつもりでしょうか魔女様?」
私の姿を見たその目的の人物……イストが怪訝かつ、迷惑そうな表情と共に警戒心剥き出しな視線を向けてくるが、まあ、反応としてそれは正常だろう。
普段、イストと共に依頼をこなす時はパーティとして最低限の交流しかしてこなかった。
たまに軽口を叩くくらいはあったと思うけど、それだけだ。そんな関係性にも関わらず、無言で近付き、距離を詰めて腕を掴むなんて行為をすれば誰でも警戒心をあらわにする。
「おはようイスト。魔女様なんて他人行儀な呼び方じゃなくてルーコって呼んで?」
「……え、何、悪いものでも食べた?もしくは嫌がらせ?俺、何かした?」
いつもと違う私の様子に怪訝を通り越して恐怖すら抱いたような顔で言葉を返してくるイスト。たぶん、私が逆の立場でも同じ顔をしていたと思う。
別にこの行動は私がおかしくなったわけでもなければ何かの意趣返しでもない。
けれど、今の私にはどうしてもこの行動を取る必要があった。
「別に私は正気だし、イストが何かしたわけでもないよ。ただパーティを組むようになってそれなりに経つからそう呼んでほしいってだけ」
「ほーん…………それで?一体、何が狙いなの?」
微塵も私の言葉を信じていない様子のイストが目を細めながら問い返してくる。確かにイストの睨んだ通り、私の行動に裏があるけど、それをまだ話す訳にも止める訳にもいかない。
何故なら理由を話してしまえば絶対にイストはこの場から逃れようとするからだ。
目的を果たすまで……既成事実を作ってしまうまではイストを逃がす訳にはいかなかった。
「狙いなんて人聞きの悪い。私は――――あ」
事情を話さずイストを引き留めるにはどうしたものかと頭を悩ませていたその時、ギルドの入り口が開き、目的の人物が入ってきたのを目にする。
「――――おはよ~ルーコちゃん!昨日ぶりだね~」
入ってくるなり私の姿を見つけてこちらへ駆け寄ってくるのは一緒に事情説明をする予定のベールだ。
朝から物凄くご機嫌な様子で手を振りながら近づいてくる彼女だったが、私の隣に立っているイストの姿を見るなり、あからさまに表情を歪める。
確かイストとベールはほとんど初対面だったはずだが、どうしてそんな顔をしているのだろうか。
「おはよう、ベール。どうしたの?そんな顔をして」
そんな疑問を浮かべながらも、イストの腕をがっしりと掴んだまま挨拶を返すと、ベールは頬をぴくぴくさせつつ、口を開く。
「……ねぇルーコちゃん。どうしてその男の腕に抱き着いてるの?や、ルーコちゃんとソレがパーティを組んでたのは知ってるけど、別に仲良しって訳じゃなかったよね?」
「……いや、どうみてもこれは逃がさないように――――」
「貴方は黙っててくれる?私はルーコちゃんに聞いてるんだから」
イストの言葉をぴしゃりと遮り、瞳孔の開いた目で小首を傾げて私の方を見るベール。その様は妙に迫力があって狂気じみて見えるが、この程度で気圧されるようでは魔女なんて名乗れない。
微かな緊張を胸にイストの腕を掴み直して手繰り寄せ、私は意を決して考えていた台詞を口にする。
「……実は私とイストは将来を誓い合った仲。嫉妬深いからパーティを組むには彼の許可が必要になるの」




