脱出
「我輩を食っても、何だ、おいしかねえぞ」
我輩は、ビビリ捲りながらも震える声で精一杯それだけはやっと言ってやった。でなければ食われる、こんなちっちゃ過ぎる毒蛇でもである。
「あなたを食べるなんてねぇ……」
と、毒蛇は数回首を横に振って言った。
「お前にはでか過ぎるか?」
「それもありますが、私達はエサですから」
「エサ?……餌って、どういう事だよ」
我輩は毒蛇の言い分が理解できなくて聞き返した。
「ここをどこだと思ってるんですか?」
「どこって、洞窟?それとも洞穴?」
毒蛇は、チッチッチと舌を鳴らして
「大蛇の腹の中ですよ」
「ええッ!?」
余りの衝撃的な事実を聞かされて、我輩は眩暈すら感じその場にへたり込んでしまった。
「今はただ、その時を待つのみです」
毒蛇が、悟りきったようなことをぬかしやがった。
「おめえは、アホか!」
と、我輩が怒鳴ると
「あなたは関西の人ですか?」
と、毒蛇が尋ねた。
「べらんめえ!」
「もしや、江戸っ子の人ですか?」
と言った毒蛇に、我輩は説明してやった。
毎日、我輩のテリトリーを巡回していると多くの人と出会い、色々な言葉が飛び交う。その色々な言葉を耳にするうちに何となく覚えてしまった。
「近頃じゃな、外国語にも接することもあるんだぜ。猫好きは万国共通ってわけさ」
「外国語がわかるんですか?」
「いや。わからなくても」
ゴロゴロと咽喉を鳴らし、ニャーと鳴けば大抵は通じるものである。
「そうやって媚を売るんですか?」
「そう言うのをなんて言うか知ってるか?無知無能ってんだよ」
我輩が言うと、毒蛇も負けじと言い返してきた。
「そう言う言い方を巷でなんて言われているか、ご存知ですか?」
「……」
答がわからなければ話をそらすか、すっとぼけるか、二つに一つ。我輩は無視をして、話題を変えた。
「ところで、お前さ、視力はあんまし良くはねえんだろう。なのに、我輩が猫だってわかったんだ?」
<ヘビには他の生物にはない蛇のみが持つ特徴がある>
眼と鼻の間にあるちょっとした円錐形のくぼみは多くの神経、毛細血管が集まっていてわずかの熱(赤外線)を感じ取り、温度から獲物や外敵を認識する。この熱センサーは赤外線のように映像で見え、真っ暗な洞窟であろうと、夜の闇であろうと獲物をキャッチすることができる。
この蛇の特徴を生かして作られた作品が、
『プレデター』
1987年:アメリカ映画
監督:ジョン・マクティアナン
内容:宇宙から飛来した姿なき肉食異星人のプレデターは、熱に反応して攻撃してくる。
「そんなすげぇ特徴を持ってながら、何でわからなかったんだ。口の中に入る前によ。宝の持ち腐れか」
「口は巨大ですから。小さな私が見上げてもそれと見分けるには、無理が有ると言うものですよ」
「眼は更にちんこいしな。ケケケケ」
「そう言っているあなただって。凄いのでしょう、あなたの眼も」
<猫の眼にも凄い特徴がある>
眼に入る光の量によって、瞳の大きさが変わるところが特徴。これは眼球の中にある筋肉が瞳孔の大きさを調整しているから。そして、夜行性動物である猫は暗闇でもよく見える。猫の目には網膜の後ろにタペタムという反射板がついていて、網膜の視神経を刺激しながら入ってくる光を反射し、網膜に返すことで、わずかな光で暗いところでも鮮明に見えるようになっている。
「あなたも宝の持ち腐れですか」
ああ言えばこう言う。口達者な毒蛇に我輩も堪忍袋の緒が切れて、イライラ、ムカムカしたのではあったが、大蛇の腹の中では協力し助け合わねばならぬと思い我慢に我慢を重ねた。
「いろいろあって疲れててよ。見分けることができなかったってわけさ」
と言いながら、我輩は足でドンドンと足元を叩き続けた。
すると、冷たくヌルッとした液体が下の方から湧いてきた。我輩は水が大の苦手。足を上げながら足についた液体を振り払った。
「水は苦手ってわけじゃねえんだぞ。ヌルついてるから」
と、言い訳した。
「それは水ではなく、胃液です。だからヌルッとしてるんですよ」
と、毒蛇が博識ぶって言った。
「胃液って言うとだな……、もしかしてだな」
「はい。それが餌を溶かしていくんですよ」
「早く言え!バカヤロウッ!」
我輩は怒鳴るなり、爪を立てて飛び上がり大蛇の皮膚にへばりついた。途端に、毒蛇が大口を開けて、垂れ下がった我輩の尻尾に飛びつこうとしてジャンプした。透かさず、我輩は尻尾をヒョイと上げてそれを避けた。
パシャン!
大きな音を立てて毒蛇が胃液の中に落ちた。
「冷たすぎますよ」
と、毒蛇が泣きそうな声で言った。
「その牙で尻尾を掴まれた途端、どうなると思ってんだ!」
「ああ、そうでしたね。私はやはり、無知無能でした。すみません」
と、毒蛇が鎌首を下げた。
「そんな事はどうでもいいからよ、お前も早く食らいつけ!」
我輩が叫ぶや否や、毒蛇は大口を開けてジャンプし、我輩の横にぶら下った。
「まずは、ここから脱出する方法を考えいないとな」
「はい」
我輩が提案したのは、このまま前進してケツの穴から脱出をすることだった。だが、毒蛇はそれを反対した。そこまでの長い道程には山あり谷あり非常に困難で辛くて大変だから、後戻りをしようと提案してきた。即ち、口から入ってきたから、口から出て行こうというわけである。それなら来た道だから道程もわかっているし、何よりも尻の穴よりは距離も近いから、より早く脱出できるというわけだ。しかし、ここで問題が噴出した。大蛇の口が開かれたままになっているかどうかだ。
「そんな事を考える暇があったら、まずは行動しましょう。でなければ、私達は胃液に溶かされて」
毒蛇に説得されてしまった。
「合図は、3,2,1スタートだからな」
「待ってください。その前に、私をあなたの口で銜えていただけませんか。私はあなたのように速くは走れませんので」
依頼されたが、口に銜えるということは毒が我輩の体に、という事を意味しているのだ。だから我輩は丁重に断った。すると毒蛇が言った。針を射して液を注入する注射と同じで牙を射さない限りは大丈夫だそうな。そして、毒蛇は更に付け加えるようにこう言った。
猫は走る時に頭の位置を一定に保つことができるので、獲物にピタッと照準を合わせながら移動できる。
我輩は、毒蛇の首根っこを口に銜えた。
「すみません。あなたの牙がかなり深く突き刺さって、痛いのですが」
毒蛇が言ったが、我輩はそれには構わずに猛ダッシュして元来た道を走っていった。食堂を通過して口の部分にまでやってくると、如何せん、大蛇の大口がゆっくり、ゆっくりと閉まりかかっていた。




