彼女が悪役令嬢になった理由。あるいは設定があっても、本編では語られない裏設定ってやつ
私が転生した乙女ゲームの世界は『王道』に忠実だ。
なにを以て『王道』と判断するかは、人によって意見が異なるかもしれない。ただ、私の考え言うなれば『ギャグやコミカルな要素が控えめ』というのがある。
実際の日本に貴族なんて概念はない。お金持ちの生徒が学校にいることはあっても、キラキラした金髪のイケメンやら美女たちが、一所に集まり群れてもいない。
ただ、そういった非現実な世界観を王道なゲームは茶化さない。コミカルな要素も極力取りいれず、純粋に『カッコイイ』場面のみを描き、主人公と絡ませるのだ。
――これに対して『少女マンガ』は、結構バリエーションにあふれている。
コミカルなシーンが多いのだ。場合によってはギャグも混じる。
たとえば、超のつく運動能力を持った女の子が、男よりパワフルに動く。
学校の授業のバレーで、一人だけイケメン男子達に混じり、
「うおらぁ!」
弾丸級のレシーブを打ち放つ。すると、
「ほげぇ!?」
攻略対象の一人である、イケメン男性が吹っ飛ぶ。
「か、金鳴ぅーっ!?」
みんなが叫ぶ。
乙女ゲームの世界に、必ず一人はいる、小動物系イケメン男子に駆け寄った。
「大丈夫か!? しっかりしろ!」
長身細身のイケメンが居並ぶ中で、人懐こい笑顔が特徴の、どこか犬っぽい男子が呟いた。
「う、うぁあ……ば、ばーちゃん?……死んだばーちゃんが見える、ぜ……」
「しっかりしろ金鳴ぅっ! 担架! 担架を要請―っ!」
どたばた。どたばた。
「…………」
私は体育館の隅っこに座り、ぼっちでこの状況を観察していた。「ジャンルが違う……」と素直に思い、その元凶である人を見つめる。
「藤原ぁ! おまえやりすぎだろ!」
「ハァ?」
燃えるような赤い髪。男の子のように短く切りそろえた美形の主人公。
男子と同じ、上下青ジャージを着た藤原さんが、イケメンを嘲る。
「寝言ほざいてんじゃねーぞ、もやし系キラキラ男子ども」
「も、もやし系キラキラ男子だと!?」
「あぁ。似た様な顔立ちで、リーズナブルなテメーらにはピッタリだろ?」
ハハハハハ。高笑いしていた。
「貴様っ! 女子だと思ってそれなりの無礼は見過ごしてやったが、所詮は平民出だな、口が悪すぎる!」
「だからなんだ。そうやって感情逆なでされて、キレて回りが見えなくなって動いて迷惑かけて終いか、えぇ?」
「ぐっ! いいだろう……もう一本打ってこい! 貴様の殺人サーブ! 次はこの俺が受け止めてみせようっ!」
「そうこねーとなぁ」
白熱していた。ただの体育の一時間が、なにかバトルチックな展開になっている。
「春奈さま、凛々しく、お美しい……」
「えぇ、素敵ですわ。貴族の殿方とは違った魅力にあふれていますわぁ……」
同じ体育館にいる女子たちも、すでに授業を放棄していた。
貴族のお嬢様たちが、赤い上下ジャージを着て、きゃっきゃうふふしている。大体は同姓の藤原さんを応援していた。
「オラァ!」
「もぶあ!?」
新たな弾丸サーブで、また一人、攻略対象が吹っ飛ぶ。女子たちは手を合わせて「きゃー!」と快哉をあげていた。完全に世界観が崩壊している。
「藤原さんチート過ぎ……」
私はすみっこの壁に背を預け、体育座りをした状態でぼーっとしていた。
「――大鹿さん、今よろしくて?」
藤原さんが、エンカウントしたイケメンをなぎ倒し、経験値を獲得。
ちゃららっらっら、ら~ん。レベルが上がった。女子からの人気が5ポイント上がった。
「大鹿さんっ! 今よろしくて!?」
「…………はぁ」
体育の時間は憂鬱だ。基本的に運動音痴でぼっちなので「二人一組」すら組めず、いつもの八割マシマシで、外部との接続をシャットアウトしている。
「む、無視するとは、いい度胸ではなくって?」
「……?」
なにか、必要最低限の外部センサーに反応があった様な無かった様な。なんとなく面をあげてみると、そこには一人、特徴的な銀のツインテール。通称「ドリル」と呼ばれる髪型の、体育の共通赤ジャージを着た貴族のお嬢様が私を見下していた。
「大鹿さん、今よろしくて?」
「はい。なんでしょうか、ドリルさん」
「ど……ドリルさん?」
「ごめんなさいっ、あの、間違えましたっ。えっと……えっと……」
「桜坂愛美よ。もしかして、クラスメイトの名前すら覚えてないのかしら?」
「ご、ごめんなさい。桜坂さん」
通称の方で覚えていたんです。立ちあがり、頭を下げる。
「まぁ許してさしあげますわ。それよりも大鹿さん、貴女にひとつ、お尋ねしたいことがありますの」
「は、はい、なんでしょう」
「藤原春奈さんとは、一体どういうご関係ですの?」
桜坂さんが聞くと、周囲の視線がすべて、チクチクと私のところに集まるのを感じた。
「ど、どういう関係って……」
「そのままの意味ですわ。世界に名立たる大鹿家の一人娘である貴女と、一般の母子家庭で育ち、これといった経歴のない藤原さん。この日ノ本の国は、平民か貴族であるかで、明確に住居まで分かれていますから、普通に考えれば、大鹿さんと藤原さんに接点があるとは考えにくいですわ」
それを今ここで聞くのですか。
赤ジャージを着た銀髪ドリル――ではなく、桜坂さんが攻撃的に問いかける。斜め後ろには、彼女の子分というか、お味方らしい女子生徒二名も「うふふ」とばかりに控えている。
まさに、少女マンガに必ずいる『主人公に難癖をふっかけ隊』トリオだった。
いや、私は主人公じゃないんだけどね。
もう少し言うと、体育座りをしている私を見下ろす銀ドリルさんも、本当の役回りは異なっていた。
ゲーム中では、本当に端役と言っていい扱いだった。テキストの数も、十ワードあるか怪しい、ちょい役の、サブキャラ以下、モブ以上という立場だ。
本来は、私が藤原さんをイジめる『悪役令嬢』であったはずだけど、転生した『大鹿アリス』は持ち前のヘタレさとコミュ障っぷりが災いして、クラス内のピラミッドから転落した。そして次点の場所にいた桜坂さんが、名実共に『悪役』へと昇格したわけだ。
しかし今、その悪役にイジめられるはずの主人公は、女子たちの羨望の的だ。ならば『悪役』の彼女がその立場を維持し、標的とする対象は、、
「ねぇ、大鹿さん。黙っていないで、なにか喋ってもらませんかしら?」
「あ……えと……」
え
――あぁ〝同じ〟だ。
思った。現実だ、これ。
人が集まれば、必ず縦の構造が生まれる。
勝ち組、負け組。勝者と敗者。人は差分を作りたがる。
自分よりも立場の高い者を敬い、低い者を攻撃し、今の自分を維持しようと必死だ。
現実も、ゲームも、そこだけは変わらない。そう思った時に、すぐ近くの壁に「ズバンッ!」とボールが撃ち込まれ、辺りの空気を一瞬で冷えきらせた。
「なにやってんだよ、そこ」
まっ赤な髪をした彼女が、衆目を浴びる。
これ以上なく目立つも「だからどーした」と言わんばかりにズンズン歩き、私たちの間に立った。
「なにやってんの」
「え、いえ……わたくしはその……」
今度は桜坂さんが、いつもの私の様にどもる。二人のお供も視線をそらしていた。
「まぁ、コイツをイジめたくなるのも分からないでもないけどさ。やめてやってくんないかな」
「べ、べつに、そういう事をしているわけではありませんわっ。ただ、お二人の馴れ初めをお聞きしていただけで……」
「腹違いの姉妹だよ」
「…………え」
冷えきっていた体育館の空気が、さらに、もうこれ以上なく。ガッチガチに凍りついた。私は「もう帰りたい……」と泣きそうになりながら、彼女に忠告したかった。
藤原さん、それいわゆる「ネタバレ」ってやつだから。
みんなには、内緒にしてなきゃダメなんだよ?