心も胃袋も掴まれた女
あー…疲れた…
疲れが全然取れない…
お腹すいた…
ギリギリまで寝すぎてご飯を食べる時間もない
最近、繁忙期に入った我が社は
毎日終電ギリギリまで残業で…
楽しかったはずの仕事が
嫌なものへ変わっていく
つらい…
お腹すいたよぉ…
はぁ…
あれ…いい匂い…
パンの匂い…?
「あ…」
新しいパン屋さんが出来てる…
あまりにもお腹が空きすぎて
思わず吸い込まれてしまった
わぁ…
いろいろな種類のパンがたくさん並んでいる
綺麗…
わたしは迷わずトレイとトングを持ち
好きなパンを選んでいく
ただ会社に行くだけなのに、
家族何人分ですか!?みたいな量を選んでしまった…
《いらっしゃい…初めてのお客さんだね》
「はい…」
って…えぇぇぇぇぇ!!何このイケメン…!!
ちょっとやだ…
こんなに買って…食いしんぼうだと思われるじゃん…
《ありがとう どれも自信作だから味わって食べてね》
「…はいっ!!」
顔もいい!声もいい!爽やかぁ!!
あー…一目惚れってこれのことをいうんだ…
わたしはその日からほぼ毎日
このお店に通うことになる…
月日が経つのは早いもので、あれから3ヶ月が経った
繁忙期もそろそろ終わるかという時期だ
はぁ…疲れた…
パン屋さんに会いたい…
パン屋さんとは少しずつ会話ができるようになっていて
いつも元気をもらっていた
今日の朝は寝坊しちゃって
始業時間ギリギリだったから
パン屋さんに寄れなかったのだ…
はぁ…疲れたよぉ…
今日も残業…只今22:36…
こんな時間ではパン屋さんはとっくに閉まっている
あーん…
パン屋さんに会いたい…
大丈夫か?って言われたい…
頭撫でてほしい…
《…あの》
「はい…?」
《いつも買ってくれてる子だよね?》
え…?
何これ…夢…?
あ、もしかして、天国…?
「…いひゃい…」
《え?どうしたの!?》
夢じゃなかった…
「パン屋さん…どうして…?」
《僕の家、ここなんだよね》
パン屋さんがそう言って
指を差したのは、横にあるマンションだった
「そう、だったんですね…」
《それより、随分疲れてそうだね
珈琲でも淹れようか?》
「いいんですか!?
…あ、いや…でも…」
《はは どうぞ…おいで》
ウソー!!!パン屋さんに会えただけでいいのに…
珈琲まで…!?
《はい、どうぞ》
「ありがとうございます…
あー…あったまるー…おいしー…」
《…》
「…?」
《いつもパンをたくさん買ってくれてありがとう
嬉しいよ》
「おいしいんですもん…」
パンだけじゃなくてパン屋さんも目当てです、とは言えない…
《飽きない?》
「全然!」
《そっか…僕ね、そこまでパンが好きってわけじゃないんだ 本当はお米の方が好きでね》
「そうなんですか?」
《うん 他のお客さんには内緒ね
だから、ほら…》
冷蔵庫からたくさんおかずが出てくる…
「パンだけじゃなくて、こういうお料理も上手なんですねぇ」
《はは ごはんあるから 食べていく?》
「や…!珈琲を淹れていただいただけでもありがたいのに…!」
《いいからいいから 僕も食べるし!》
「…あ…じゃあ…いただきます…」
《うん!》
ちょっと待ってね、なんて言って
玉子焼きも作ってくれた
ほかほかのご飯…おいしそう…!
あ、お腹鳴った…
《どうぞ!召し上がれ》
「いただきます…!」
わぁ…うまぁ…!!!
角煮も玉子焼きも中華サラダも…!!
「おい゛しい゛ー」
《はは 美味しそうに食べるねぇ
作りがいがあるよ》
「めちゃくちゃおいしいです…!玉子焼きの中にカニカマが入ってるんですね!」
《そうそう 好きなんだ、これ》
「角煮やわらかーい…おいしいー…」
《…ふふ》
「ぅ?」
《あ、ごめん 本当に美味しそうに食べるから
嬉しくてさ》
「…すみません…食い意地が張ってしまいました…」
《いいのいいの!たくさん食べて
遠慮なんかしないでよ》
「…はい!」
《ハムスター…》
「…!」
すごい頬張ってしまった…
恥ずかしい…
「ごちそうさまでした…すごくおいしかったです!」
《それは良かった!》
「お腹いっぱい!明日も頑張れそうです!
ありがとうございます!」
《…ねぇねぇ》
「はい」
《僕ね、明日 唐揚げ作るんだけど
僕の唐揚げ、食べてみたくない?》
「…食べたいです…!」
《うん、じゃあ待ってるね!》
「あ、でも…いいんですか…?」
《もちろん じゃなきゃ珈琲すら淹れてないよ》
「ありがとうございます…!」
《…今日、朝来なかったから 心配してたんだ》
「あ…寝坊しちゃったんです…」
《いつも疲れてるもんね》
「繁忙期は、もうすぐ落ち着くと思うんですけど…」
《そっかぁ そういう時はいつでもおいでよ
パン屋でも、ここでも》
「…いいんですかぁ…!?」
《大歓迎だよ》
でも、何でだろう…?
パン屋のお客ってだけなのに…
それでも疲れすぎて判断力がおかしくなってたわたしは
パン屋さんの言葉をそのまま受け取って
お言葉に甘えまくったのでした
ーーそして、半年後
「隆二さーん!ただいまぁ」
《おかえり 仁奈ちゃん 今日はリクエストにお答えして、麻婆豆腐だよー!》
「やったぁ♪」
《春巻きもあるからね 今揚げるから、お風呂入っておいでよ》
「ありがとうー!あったまってくるー!」
《うんうん!ゆっくりねー》
「はーい!」
あれ…
わたし、何でここにいるんだっけ…
あ、そうだ…
いつの間にか毎日帰ってくるようになって
いつの間にか一緒に住んでいて
いつの間にか…
結婚してたんだった
わたしは指輪を外してお風呂にゆっくり浸かる
疲れが吹っ飛ぶー…
お風呂を出たら、美味しいご飯が待っている
わたしの大好きな旦那様と
大好きなご飯
おかげで3kgも太っちゃったけど…
「隆二さーん 抱っこー」
《はいはい 甘えん坊さん ご飯よそってあるから食べようね》
「はぁい!」
《仁奈ちゃんはいつも美味しそうに食べるなぁ
そういうところ、大好きだよ》
「えへへ わたしも隆二さん大好きー!」
《ふふ 明日は何が食べたい?》
「うーん… ハンバーグ!」
《OK!まかせといてよ》
「わぁい!隆二さん、大好き!」
パンもご飯も隆二さんにかかれば
なんでも大好物になっちゃうから不思議…
そしてわたしは今日も叫ぶ
「おかわりー!」
タイトル〘心も胃袋も掴まれた女〙
Fin…
こちらの記事はnote様で同一名義にて投稿しております。
再編集して投稿しております。




