036.言わなければよかった
丘を下りたあと。
ミナとリリは、しばらく無言で歩いていた。
昨日までなら、くだらない話をしながら歩いていた。
見つけた花の話。
立ち寄った店の話。
これからどこへ行くかという話。
けれど今日は、二人とも口数が少なかった。
ミナは隣を歩くリリをちらりと見る。
「……」
リリは前を向いたままだった。
その横顔を見ていると、胸の奥が落ち着かなくなる。
――話さなければよかった。
そんな思いが、何度も浮かんできた。
もちろん、リリを信頼していなかったわけではない。
むしろ逆だった。
信頼していたからこそ、誰にも言えなかった気持ちを話してしまった。
それなのに。
「……リリちゃん」
「なに?」
返事はあった。
けれど、いつもより少しだけ距離を感じた。
「ごめんね」
「どうして謝るの?」
「なんだか、いっぱい話しちゃったから」
リリは少し考えるように黙った。
「……大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん」
それだけ言うと、リリは再び前を向いた。
ミナは小さく俯いた。
やっぱり、何かがおかしい。
以前なら、リリはもっとたくさん話してくれた。
今のような短い返事だけではなかった。
「……」
ミナはそれ以上、何も言えなかった。
その日の昼。
二人は小さな町へ立ち寄った。
広場では、町の人たちが露店の準備をしている。
「お手伝いを募集してるみたい」
リリが看板を見つけた。
「昨日みたいに、手伝ってみる?」
「うん」
二人は町の人に声をかけ、露店に並べる荷物を運ぶことになった。
「この箱、どこに置けばいいですか?」
「そこのテーブルの横にお願い」
「分かりました」
ミナが箱を運ぶ。
その横で、リリも別の荷物を抱えていた。
「リリちゃん、それ重くない?」
「大丈夫」
「無理しないでね」
「うん」
短い会話。
それだけだった。
以前なら、
『ミナ、こっちお願い!』
『分かった!』
そんなふうに笑いながら作業していた。
ミナは、その違いを感じていた。
作業が終わる。
「ありがとう。助かったよ」
町の人にお礼を言われ、二人は広場を離れた。
「……」
また沈黙。
ミナはとうとう我慢できなくなった。
「リリちゃん」
「うん?」
「怒ってる?」
リリは足を止めた。
「怒ってないよ」
「じゃあ……どうして?」
「……」
リリは答えなかった。
やがて、小さな声で言った。
「ごめんね」
「え?」
「私、ミナに何て言えばいいのか分からなくなっちゃった」
ミナの胸が痛んだ。
「……そっか」
「ミナの話を聞いてから、ずっと考えてるの」
リリは俯いた。
「ミナがそんなに苦しんでたなんて、知らなかった」
「……」
「私はずっと、ミナはすごい子だって思ってた」
「でも……」
リリは言葉を探す。
「私がそう言うことで、ミナを苦しめてたのかなって」
「違うよ!」
ミナは思わず声を上げた。
「リリちゃんのせいじゃない」
「でも……」
「本当に違うから」
ミナは首を横に振る。
「私が勝手に悩んでただけ」
「……」
「リリちゃんは何も悪くないよ」
リリは黙っていた。
ミナも、それ以上言えなかった。
やがてリリが小さく呟く。
「……ごめん」
「謝らなくていいよ」
「うん……」
二人の間に、また沈黙が落ちた。
しばらくして、リリが言った。
「少し一人で歩きたい」
「……え?」
ミナの胸がざわついた。
「どうして?」
「少し考えたいことがあるの」
「……分かった」
本当は、行かないでと言いたかった。
一緒にいてほしい。
そう言いたかった。
けれど。
「分かったよ」
ミナは笑った。
「じゃあ、また宿で会おう」
「うん」
リリはそれだけ言って歩き出した。
少しずつ離れていく背中。
ミナはその場に立ったまま見送った。
「……」
姿が見えなくなる。
その瞬間。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
「……言わなければよかった」
誰にも聞こえない声で呟く。
「本当のことなんて……話さなければよかった」
ミナは俯いた。
せっかく出会えた友達だった。
一緒に歩いて。
一緒に笑って。
一人ではなくなったと思っていた。
それなのに。
自分の気持ちを話しただけで、距離ができてしまった。
「……私、何してるんだろう」
ミナは一人で歩き始めた。
夕方になっても、リリは戻ってこなかった。
宿に戻ったミナは、一人で部屋に座っていた。
いつもなら、リリの声が聞こえる時間。
「ただいま!」
そんな明るい声を待ってしまう。
けれど。
部屋の扉は開かない。
「……」
ミナはベッドの端に座った。
そして、自分のカードを見つめる。
水色の光を宿した少女のカード。
その姿を見ていると、また涙が出そうになった。
「……ユウ」
小さく名前を呼ぶ。
帰りたい。
みんなのところへ帰りたい。
そう思った。
けれど、今さら帰れるだろうか。
「私……何をしてるんだろう」
家を出た理由も。
ここまで旅を続けた理由も。
全部分からなくなってしまった。
ただ一つ分かることがある。
「……リリちゃんに、嫌われたくない」
ミナはカードを胸に抱いた。
それでも。
今はリリのところへ行く勇気がなかった。
一方その頃。
町の外れでは、リリも一人で歩いていた。
「……」
ミナの言葉が頭から離れない。
『本当は悔しかった』
『私も、もっと特別になりたかった』
『ただ……逃げたかった』
リリは足を止める。
「……ミナ」
自分が何を言えばいいのか分からなかった。
励ましたい。
そばにいたい。
でも、どんな言葉をかけても、今のミナを傷つけてしまう気がする。
「……私、どうすればいいんだろう」
リリは空を見上げた。
夕焼けが広がっている。
「……」
そして。
二人は同じ町にいるのに。
その日、もう一度顔を合わせることはなかった。
――大切だからこそ、離れてしまう。
そんなすれ違いが、二人の間に生まれていた。




