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召喚少女! ~少女たちと召喚士が紡ぐ、カードと絆の物語~  作者: 和泉きよ


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019.カードになった少女

 朝。


 いつもなら、リビングから小さな声が聞こえてくる時間だった。


「ユウ、起きてる?」


 少しだけ素っ気なくて。


 でも、どこか嬉しそうな声。


 そんな声で、ルナはいつもユウを起こしてくれた。


 けれど――。


「……」


 今日は、何も聞こえなかった。


 ユウはベッドから起き上がると、しばらく天井を見つめていた。


 昨日のことが、頭から離れない。


『さよなら』


 ルナが最後に残した言葉。


 あれから、家中を探した。


 リビング。


 キッチン。


 ルナの部屋。


 カードバインダーの置いてある棚。


 どこにもいなかった。


 そして、最後に残されていたのは――。


「……ルナ」


 机の上に置かれた、一枚のカード。


 GR――。


 最高レアリティのカード。


 銀色の髪。


 青紫色の瞳。


 月光の翼。


 そして、どこか不満そうにこちらを見つめる少女。


 間違いなく、ルナだった。


 ユウはカードを両手で持った。


「……戻ってきてよ」


 当然、返事はない。


 カードはただ静かに光を反射している。


「昨日のこと……謝るから」


 それでも、何も起きない。


 ユウはカードを召喚台の上に置いた。


 今まで何度も使ってきた、いつもの召喚台。


 カードをセット。


 召喚システムを起動。


 青白い光が広がった。


『召喚カードを確認』


 機械的な音声が響く。


 ユウは息を呑んだ。


「……召喚」


 光が強くなる。


 いつものように、カードが宙へ浮かぶ。


 けれど――。


 次の瞬間。


『召喚できません』


「……え?」


 光が消えた。


 カードが、召喚台の上へ落ちる。


「もう一度」


 ユウはカードを持ち上げた。


「召喚」


『召喚できません』


「……なんで?」


 もう一度。


「召喚!」


『召喚できません』


 何度繰り返しても、結果は同じだった。


 ユウの手が震える。


「なんでだよ……」


 画面には、これまで見たことのない表示が出ていた。


 ――――――――――


【召喚カード】


GR《月光の少女 ルナ》


状態:封印


絆ポイント:0


召喚条件:未達成


召喚不可


 ――――――――――


「……絆ポイント?」


 ユウは画面を見つめた。


 0。


 そこには、はっきりと「0」と表示されていた。


「昨日まで……」


 ユウは記憶をたどる。


 最初に召喚したときは10。


 戦いを重ねて。


 一緒に過ごして。


 少しずつ増えていった。


 15。


 35。


 45。


 50。


 あの頃のルナは、いつも笑っていた。


 そして――。


 最近。


 ユウは、その数字を確認することすらしなくなっていた。


「……そんな」


 背後から、足音が聞こえた。


「ユウ……?」


 振り返ると、ミレイが立っていた。


「どうしたのですか?」


「ミレイ……」


 ユウはカードを見せた。


「ルナが……召喚できない」


 ミレイの表情が変わった。


「……!」


 ミレイは画面を見る。


「封印……」


「知ってるの?」


「はい」


 ミレイは小さく頷いた。


「召喚少女には、あまり知られていないルールがあります」


「ルール……?」


「少女妖精との絆が一定以下になると……その少女は召喚主の世界に留まれなくなるんです」


 ユウは息を止めた。


「……留まれない?」


「はい」


 ミレイは悲しそうに続けた。


「絆ポイントが0になった場合、その少女は自動的にカードへ戻されます」


「……それが」


「封印です」


 ユウは、手の中のカードを見つめた。


 カードの中では、ルナが静かに目を閉じている。


 まるで眠っているようだった。


「じゃあ……ルナは」


「……今は、カードの中にいます」


「どうしたら戻せる?」


 ユウはすぐに尋ねた。


「もう一度、召喚すればいいんじゃないの?」


「……召喚条件を満たしていません」


「じゃあ、どうすれば?」


「……」


 ミレイは答えなかった。


 その沈黙が、何よりも怖かった。


「ミレイ」


「……封印された少女を戻す方法は、公式にはほとんど知られていません」


「ほとんど?」


「ですが、一つだけ」


 ミレイは画面を指差した。


「絆を取り戻すことです」


「……絆を?」


「はい」


 ユウは、画面を見た。


 絆ポイント――0。


「でも……カードなんだよ?」


「そうですね」


「どうやって絆を増やすんだよ」


 ミレイは黙った。


 その問いには、すぐには答えられなかった。


 そのとき。


「ユウ」


 別の声がした。


 振り返ると、セレスが立っていた。


 いつもの堂々とした表情ではない。


 真剣な顔だった。


「カードを貸しなさい」


「セレス?」


 ユウがカードを渡す。


 セレスはしばらくルナのカードを見つめた。


「……本当に、封印されたのですね」


「知ってたの?」


「ええ」


 セレスは静かに答えた。


「私たちは、召喚される前からカードの中で召喚主を見ることができますから」


「……え?」


「あなたが何をしていたのかも」


 ユウの胸が痛んだ。


「……見てた?」


「はい」


 セレスはカードをユウへ返した。


「ルナが寂しそうにしていたことも」


「……」


「あなたが新しいカードばかり見ていたことも」


「……やめて」


 思わず、ユウの口から言葉が漏れた。


「今は……それを言わないで」


「なぜです?」


「分かってるから」


 ユウはカードを強く握った。


「僕が……ルナを大事にしなかったからだろ」


 部屋が静かになる。


「強いカードが欲しくて」


 言葉が一つずつ、こぼれていく。


「大会に勝ちたくて」


「もっと強くなりたくて」


「新しいGRが出たら嬉しくて……」


 そこで、ユウは言葉を止めた。


 頭の中に、ルナの顔が浮かんだ。


『私は、ユウにとって何なの?』


 あの問い。


 自分は答えた。


『相棒だよ』


 でも――。


 本当に、そうだったのだろうか。


「……僕は」


 ユウは俯いた。


「ルナを、カードとして見てた」


 誰も何も言わなかった。


「強いか弱いか」


「大会で使えるかどうか」


「勝つために必要かどうか」


 自分で口にしてみると、ひどく嫌な言葉に聞こえた。


「最初は……そんなこと考えてなかったのに」


 最初の一枚。


 初めて開けたパック。


 初めて召喚した少女。


 月光の中で、手を差し出してくれた。


『あなたが私の召喚主?』


 あの日から始まった。


 初めての勝利。


 初めての賞金。


 浴衣を着たルナ。


 一緒に食事をした日。


 大会で負けた日。


 そして――。


『一緒に戦うために、私はここにいるの』


 全部。


 全部覚えている。


「……なのに」


 ユウの目から涙が落ちた。


「僕は忘れてた」


 カードの表面に、一滴の涙が落ちる。


 けれど――。


 何も起こらない。


「……」


 ユウはカードを両手で包んだ。


「ルナ」


 返事はない。


「ごめん」


 返事はない。


「本当に、ごめん……」


 返事はない。


 ただ、カードの中のルナだけが、静かにこちらを見ている。


 その日。


 ユウは初めて、大会のことを考えなかった。


 新しいカードのことも。


 デッキの最適解も。


 賞金のことも。


 ただ一つ。


 ルナのことだけを考えていた。


 夕方。


 ミレイたちがリビングに集まった。


 誰もカードゲームを始めようとはしなかった。


 ユウは机の上にルナのカードを置いた。


「……僕、ルナを戻したい」


 ミレイが頷く。


「はい」


 セレスも腕を組む。


「当然ですわ」


 ノアは短く言った。


「……探そう」


 モモも元気を失った顔でカードを見る。


「ルナちゃん、きっと待ってるよ」


 ユウは四人を見た。


「みんな……」


 そして。


 ユウはルナのカードを胸に抱いた。


「もう一度、ちゃんと話したい」


 それは、勝つためではなかった。


 強くなるためでもなかった。


 ただ――。


「今度こそ、ルナと一緒にいたい」


 その言葉に応えるように。


 机の上のカードが、ほんの一瞬だけ。


 淡く光った。


 けれどユウは、その光に気づかなかった。


 カードの中で。


 ルナは静かに目を閉じていた。


 ――封印状態。


 ――絆ポイント、0。


 それでも。


 完全に消えたわけではない。


 ルナとの絆は、まだどこかに残っている。


 そのことを、ユウはまだ知らなかった。


 そして――。


 彼の「ルナを取り戻す」という、新しい戦いが始まった。


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