表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/78

70. ファミレスで宿題写し会 後編 ~ドリンクバー~

 男子生徒たちが退店して、ドアの閉まる音と一緒にさっきまでのざわつきが外へ抜けていく。

 店内に残った空気が、少しだけ静かになった。

 リサはストローを軽く噛みながら、ふと思い出したように言った。


「前から思ってたけど……」


 かすかに間を置いて、マサキを見る。


「松前くんて、男と女で評価分かれすぎじゃない?」


 軽い口調なのに、どこか確信めいた響きが混ざる。


「女の子の間では結構人気あるよ。マジで」


 マサキはかすかに言葉の意味をそのまま受け取れずに、少し間を置いた。


(……オレが?)


 すぐに冗談か何かの類いだと思いかけて、目を逸らす。


「いや、それはないだろ」


 否定はいつも通り短い。

 ただ、言い切ったあとで、ほんの少しだけ引っかかる。


(人気って、誰の話だよ)


 マサキはそれ以上深く考えないまま、飲みかけのアイスティーに目を落とした。

 ミオはストローを指で軽く押さえながら、静かに語る。


「心理学の話になるんですが、スキーマ理論というのがありまして……スキーマっていうのは、人は相手を既に持っている枠組みで処理する考え方ですね」


 リサはグラスを持ち上げかけたまま、ふうん、と小さく相槌を打つ。

 マサキはその横で、アイスティーのグラスに指先を添えたまま、目だけを落としていた。


「男子側は、松前くんに対してすでに下側のスキーマを作ってます。無口、面白くない、教室の端にいる、モテる要素が見えない」


「そう見えてるんだ」


「この時点で、評価のベースがほぼ固定されているんです。だから新しい情報が入っても、それはそのスキーマの中に無理やり当てはめられます」


 ミオは言葉をかすかに区切るように間を置いた。


「例えば誰かと普通に話していても、"たまたま""流れでそうなっただけ"と処理される。これが確証バイアスです」


「バイアスはなんか聞いたことある」


 ミオは小さく頷いてから、続ける。


「一度こういう人間だと決めると、それを否定する情報は無視されて、逆に補強する情報だけが強調される。だから男子側は、やっぱり"地味""大人しい""目立たない"という情報だけを拾ってしまう」


 その途中で、マサキはグラスに添えていた指をほんの少しだけ止めた。

 理屈としては分かる。

 ミオは続けた。


「逆に女子側は、松前くんに対してまだスキーマが完成していません。静か、落ち着いてる、クール、意外と顔は悪くない、優しそう」


「顔悪くないって言い方は違くない?」


「そこは評価の途中なので仕方ないです」


 リサが軽く笑う横で、マサキはかすかに目を上げた。

 それが自分の話だという感覚はまだ薄いままだった。


(評価の途中って何だよ……)


 ミオは一拍置いてから続ける。


「このくらいの未完成な枠で見ているので、確証バイアスが働く前段階なんです。そこにリサちゃんが、"優しい""真面目""かっこいい"みたいな情報を繰り返し入れていく」


「供給って言わないで」


「すると女子側では、その情報を中心にスキーマが作られていくので、"あれ、意外とアリじゃない?"という評価に寄っていく」


 リサはかすかに肩をすくめる。


 マサキはそのやり取りを聞きながら、自分の話なのにどこか現実から一枚隔てられているような感覚のまま、グラスの中の氷をぼんやり見ていた。


「ただし重要なのは、"マイナス情報がまだ入っていない状態での仮の高評価"に近いということです。つまり、確証バイアスがまだ十分に働いていない初期段階の印象ですね」


「一方で男子側は、すでに完成したスキーマと確証バイアスで固まっているので。どれだけ良い情報が入っても、"いやでもあいつは……"という形で元の評価に戻される」


 ミオは最後に、結論を置いた。


「だからリサちゃんやわたしとの評価のズレが、想像しにくいレベルになるんです」


 リサが軽く首を傾けながら、マサキの方を見る。


「なんか難しいね、松前くんわかった?」


 かすかに冗談っぽい聞き方だったけど、ちゃんと返事を求めている空気でもあった。

 マサキは一拍置いて、アイスティーのグラスを指先で押したまま目を上げる。


「分かるけど…ピンとこない」


 ほんの一瞬だけグラス越しに天井を眺めてから、また目を落とす。


「男子側の評価については……確かにそう思われてるんだろうなとは思う」


「でも、女の子側で人気っていうのだけは、どうしても実感がない」


 リサが少しだけ笑う。


「なんでー?あたし褒めたじゃん」


 その言い方は軽いのに、逃がさない感じがある。

 マサキはかすかに言葉に詰まる。


「それは……如月がそう言ってるだけだから」


 リサは少しだけ目を細めたあと、マサキに身体を寄せる。

 さっきまで少し開いていた距離が、一気に縮まる。

 肩同士が触れるとか、そういう段階ではなかった。

 横からそのまま体温ごと入り込まれる。


 やわらかい感触が腕の外側から押してきた。

 重さがある。温度がある。

 リサの胸が腕に当たっているのが、布越しでも分かる。

 マサキの思考が止まる。


(……当たってる)


(離れろ)


 身体は動かなかった。


「ミオちゃんの話はよく分かんないんだよ」


 リサの声は変わらず明るい。


「あたしには人気なんだから、それで良くない?」


 マサキは反射的に少しだけ身体を引きかけて、途中で止まる。

 なのにリサの中では、特別なこととして扱われていない。

 その認識のズレの方が、むしろマサキには妙に現実感があった。


 リサはそのままマサキの肩へ軽く体重を預けたまま、満足そうにストローへ口をつける。


「だから、もっと自覚した方がいいよー?」


 完全に説明を放棄した言い方だった。

 けれどマサキの方は、さっきまでより少しだけ反論しづらそうな顔になっている。


 ミオはその様子を静かに見ていた。

 整理して言葉にすることならできる。

 仕組みも分かる。

 でも、"実感"として相手に飲み込ませるのは、たぶん別の能力だった。

 リサはそこを躊躇しない。

 距離ごと詰めてしまう。

 ミオはストローを軽く指で押さえながら、小さく息を吐く。


(……いいな、ああいうの)


 少しだけ羨ましそうに、そう思った。


 ◇   ◇   ◇


(トイレ行こ)


 リサが立ち上がる。

 座っていたせいで少し張り付いていたスカートの裏地を指でつまんだ。


「ちょっと失礼」


 そう言いながら、リサはテーブルに軽く手をついて体を傾ける。


 一歩横へ。


 リサの左足がマサキの両足の間へ入った。


 その瞬間、マサキの動きが止まる。

 リサは、マサキの前を跨いで通ろうとしていた。

 重心をかけて前傾になったことで、腰が自然と後ろへ突き出される。

 スカートの裾がふわりと揺れた。


(いや、待て)


 お尻が近い。

 とにかく近い。


 リサは気にした様子もなく通ろうとしている。

 わざわざ立たせるのは悪い、たぶんその判断だけで体が動いていた。


 跨ぐ動きの途中で、太ももの内側が隠しきれずに視界へ入る。

 マサキの顔のすぐ近くで揺れて、位置が定まったまま動かない。


 瞬きが遅れる。


(見ない…っ)


 窓の方へ目を逃がす。

 すぐに別の考えが割り込む。


(違う、オレがどけた方がいい)


 リサが無理に跨ぐ必要はない、自分が立てばそれで済む。

 そう思い直したマサキは席から立ち上がろうとする。


 リサの動きと完全に重なる。


 どんっ


「ひゃ」


 立ち上がりかけた膝が、ちょうど跨ぐ途中だったリサの太ももあたりへぶつかる。

 不意の衝撃でバランスが崩れ、リサの体がそのまま後ろへ倒れ込んだ。


 ぽすっ。


 そのままリサは、マサキの膝の上に落ちる形になった。


 やわらかい重みが一気に乗る。

 太ももの上で重心が定まり、動きが切れる。

 薄い生地越しに体温が伝わり、太もも同士が密着したまま離れない。


 重みはある。でもふわりと沈み込む感触だけが残る。

 密着したまま、時間が一瞬止まった。


 マサキは息を詰めたまま、体勢を崩すこともできずに固まっていた。


(やらかした…オレのせいだろ、これ)


 リサが悪いわけじゃない。

 事故だ。でも。


(オレが黙って立ったのが悪い…)


 膝の上の重みはまだ動かない。


 正面の席に座っているミオが、目を瞬かせる。


「なにしてるの」


 その声に被せるように、リサが軽い調子で


「ミオちゃん見てー、特等席ー」


 軽く笑う。


(……またそうやって流す)


 ミオが呆れたように息を吐く。


「早く降りたら」


「んー」


 リサはかすかにマサキの方に身体を寄せる。

 膝の上の重みが、ほんの少しだけ増える。


(これ以上くっつくな)


 リサは何事もないみたいにミオへ続ける。


「なんか落ち着くんだよね、ここ」


 ミオが一瞬だけ黙る。

 グラスを持つ手が止まって、目だけがリサとマサキを行ったり来たりする。


「そういうのは人がいないところでね」


 ため息混じりにそう言って、ミオがストローをくわえる。


「はーい」


 そう言いながら、リサは体重をずらしていく。


 マサキの膝から離れて、通路側へ一歩下りた。

 最後に手だけが軽くマサキの肩を押して、位置を整える。


 リサが、ひらっと手を振る。


「ちょっとかわやー」


 言い終わる前に、リサは足早に席を離れた。

 スカートがふわりと揺れた。

 席を離れる動きに合わせて、腰のラインがすっと浮かび上がる。

 通路に出ると、そのまま軽く駆けるように消えていく。


 マサキはその背中を見送ったまま、数秒動かない。


(……謝るタイミングなかった)


 肩に残っている感覚だけが、やけに鮮明に残っている。


(立つ前に一言あれば終わってたのに、オレが悪かったのに)


 リサがまた、自分の責任にしないように変換した。


 ◇


 ミオはストローをくわえたまま、何も言わずにマサキを見る。

 目を一度落として、すぐリサの消えた方向へ流す。


 それから、わざと何でもない顔でコップを回した。


(リサちゃん、顔赤かったな…)


 見えていたことも、気づいていたことも、あえて言葉にしないまま飲み込む。


 夕方のファミレスはまだ騒がしかった。

 食器のぶつかる音、ドリンクバーの機械音、どこかのテーブルの笑い声。

 周囲のざわめきが途切れず流れ続けている。


 その中で、四人席だけが少し静かになった。

 マサキはアイスティーのストローを指先で押し込みながら、なんとなく氷を回す。

 カラン、と小さく音が鳴った。

 ミオはその横顔を見て、小さく目を落とす。


 リサみたいに、相手の懐へ入っていくことはできない。

 ああいうふうに、言葉より先に実感として相手へ入り込むのは、自分には難しい。

 でも、だからといって何もしないのも違う気がした。


「松前くん」


「……ん」


 返事は短い。

 けれど無視ではないので、ミオはそのまま続ける。


「勉強って、苦手だから向いてないとは限らないじゃないですか」


 マサキはストローをくるりと回したまま、小さく返す。


「まぁ」


「最初から得意な人もいますけど。やり方が合ってないだけの人も、かなり多いです」


 隣の席でポテトを落としたらしく、小さな悲鳴みたいな声が上がる。

 マサキはそっちをかすかに見て、また目を戻した。

 ミオは気にせず続ける。


「たとえば、考えるのが遅いと思ってる人でも…実際は、情報を一個ずつ丁寧に見てるだけだったりします」


「逆に、反応が早い人でも、雑に飛ばしてる場合があります」


「……」


「なので、周りより遅いイコール劣ってる、ではないです」


「処理の型が違うだけなので」


 マサキは無言のままアイスティーを飲む。


(……また始まった)


 でも、不思議と嫌ではなかった。

 止める気も、席を立つ気もない。

 ミオはストローの袋を指で折りながら続ける。


「情報が少ないと、苦手意識を持たれやすいんですよね」


「難しいとか、大変そうとか、勝手に印象を作られやすいです。でも理解できれば、少しずつ楽しくなっていきます」


「喋るのが上手い人が、必ずしも相手を見てる人とは限らないですし…逆に、口数が少ない人の方が、細かい変化に気づいてたりします」


 そこでマサキがようやく口を挟んだ。


「勉強の話じゃなくなってる」


 ミオは真顔のまま返す。


「応用です」


 間髪入れない返答だった。

 マサキはかすかに眉を動かす。

 ミオはそのまま続ける。


「松前くん、自分で思ってるより印象悪くないですよ」


「…………」


「むしろ、ちゃんと見てくれてるって安心する人、いると思います」


「派手で話が上手い人だけが、評価されるわけじゃないので」


「静かな人の方が落ち着くって人も、普通にいます」


 マサキはそこでようやく目を上げた。


「……保坂さんって、たまに変な方向から刺してくる」


 ミオはわずかに間を置く。

 それから、マサキの抑揚を真似するみたいに、ぽつりと言った。


「事実」


 言い方まで似ていた。

 マサキはかすかに虚を突かれた顔になる。

 そのまま数秒遅れて、ふっとわずかだけ口元が緩んだ。


 ◇   ◇   ◇


 マサキが空になったグラスへ目を落とす。

 氷だけが少し溶け残っていた。


「……飲み物取ってくる」


 立ち上がろうとした瞬間。


「あ、わたしもー」


「わたしも行きます」


 ほぼ同時だった。

 マサキは半分立ちかけた姿勢のまま止まる。


「……なんで」


「松前くんドリンクバー行くと長いじゃん」


「遭難でもしてるんですか」


 断りづらい。

 結局、マサキを先頭に三人でドリンクバーへ向かう形になる。


 夕方の店内はまだ人が多い。

 通路を店員が忙しそうに横切り、小学生くらいの子供がドリンクを運びながらふらふら歩いている。

 マサキは機械の前で新しいコップを取った。

 そのままボタンへ手を伸ばしかけて、止まる。


 炭酸。

 果汁ジュース。

 コーヒー。

 お茶。


 光っているボタンを順番に眺めたまま、数秒動かない。

 リサが横から覗き込む。


「……悩んでるのー?」


「いや」


 否定はしたものの、目はまだメニュー欄を彷徨っていた。


(さっきのアイスティー、ちょっと濃い目で良かったけど…ここはまだ試してない果実系か…?)


 頭の中だけ妙に真面目だった。

 ミオが静かに言う。


「遭難してますね」


「してないよ」


「松前くん、優柔不断そうには見えないのですが…意外です」


 マサキはかすかに眉を寄せる。

 そのやり取りを横で見ていたリサが口を挟む。


「違うよ、松前くんは慎重なのー」


 マサキは結局まだ決めきれないまま、もう一度ボタンを見上げた。

 そこへリサがぴたっと肩へ寄ってくる。


 真横から体温が来た。

 肩から腕にかけて、やわらかい重みが密着してくる。

 マサキは指がかすかに止まる。


(……近い)


(当たってる)


(当てたまま動くな)


 全部同時に走って、どれも結論にならなかった。


「松前くん、これめっちゃおいしいよ」


 リサが持っているのはアイスココアだった。

 氷の入った透明カップの中で、濃い茶色がゆっくり揺れている。


「ドリンクバーのだからちょっと薄い感じなんだけど、その分ごくごく飲めるの。ほら、疲れたときに甘いものほしくなるし、丁度いいじゃん」


 その反対側で、ミオが静かにアイスコーヒーを持ち上げた。

 気づけば左右を塞がれていた。


「松前くん、勉強の合間に飲むならコーヒーがおすすめです」


 黒い液体の中で氷が小さく鳴る。


「頭がすっきりして集中力が高まります。眠気が来にくいですし、長時間座る時はこっちの方が向いてますよ」


 左右から同時に飲み物を差し出された。


「はい、ココア」


「どうぞ、コーヒー」


 マサキは二つを見比べる。


 甘い。

 苦い。

 真逆だった。


 二人はストローを指で支えたままじっとしている。

 片方は甘ったるい匂い。

 片方は苦い香り。

 距離まで近い。

 甘い匂いとコーヒーの香りが両側からくるせいで、頭の中が微妙に混乱する。


(なんだこの状況…)


 リサが先にココアをぐいっと寄せてきた。


「ほらー、一口飲んでみ?」


 マサキの唇にそっとストローが押し当てられる。

 断りきれず、そのまま一口飲む。


「……あま」


「でしょ、美味しいよねー」


 リサが嬉しそうに笑う。


(美味しいとは言ってない…)


 間髪入れず、今度はミオがコーヒーを差し出した。


「次これです」


 同じようにストローを近づけてくる。


(ご褒美なのか罰ゲームなのか分からん…)


 それでも飲む。


「……にが」


「そうでしょう、落ち着きますよね」


 ミオは満足そうだった。


(落ち着くとは言ってない…)


 ココアの甘さがまだ残っているところへ、コーヒーの苦味が上から被さっている。

 味覚が迷子だった。


(……情緒おかしくなる)


 すると左右から、ほぼ同時に声が飛んだ。


「で、どっちにする?」


「どちらにします?」


 マサキは黙る。

 右を見る。

 期待した顔のリサ。

 左を見る。

 静かに結果待ちしているミオ。

 しかも二人とも、まだストローを指で押さえたままだった。

 妙な圧がある。


(飲み物選ぶだけなのに、なにかを試されているような気がする……)


 マサキはかすかに目を逸らす。


「……あ」


 思い出したように声を漏らす。

 それから無言のまま二人の間を抜けて、ドリンクバーの機械の前へ戻った。


 しゅわしゅわ、と氷へ黒い液体が落ちていく。

 見慣れた色。

 聞き慣れた音。

 コーラだった。


 リサが先に声を上げる。


「いつものかー」


「無難ですね」


 ミオはそう言ってから、かすかにマサキを見る。


「……松前くん、選ばなかった方のこと考えちゃうんですね」


 マサキの手が、ほんの少しだけ止まる。


「別に……」


 反射で否定しかける。

 右を選べばリサが喜ぶ。

 左を選べばミオが納得する。

 じゃあ、選ばなかった方は。


「……あー」


 リサが横で納得したみたいに声を漏らす。


「松前くん、そういうとこある。優しいよねー」


「……コーラ飲みたかっただけ」


 言い返しながら、コーラを一口飲む。

 でも否定しきれていない時点で、たぶん図星だった。


 そのまま三人で席へ戻る途中。

 マサキは真ん中を歩かされていた。

 しかも、なぜか左右からぴったり距離が近い。


(……狭い)


 別に通路は混んでいない。

 なのに、やたら歩きづらかった。


 ◇   ◇


 三人で席へ辿り着いた。


「なんか疲れた……」


「飲み物選んだだけなのにねー」


 リサは楽しそうに笑いながら席へ座る。

 その向かいで、ミオも静かに椅子を引いた。

 マサキはコーラをテーブルへ置いて、小さく息を吐く。


 その時だった。

 リサが何も気にしない様子で、さっきマサキが口をつけたココアのストローをそのまま咥える。

 ちゅ、と小さく音が鳴る。


「んー、やっぱおいし」


 そこまでは、まだいい。

 リサは前からこういう距離感だ。

 今さら驚くことじゃない。

 マサキも、そう思いかけていた。


 ――その横で。


 ミオも普通に、アイスコーヒーへ口をつける。

 マサキが飲んだストロー。

 避ける様子も、意識した気配もない。

 ただ自然に、一口飲んだ。

 氷が小さく鳴る。


「…………」


 マサキの動きだけが止まる。


(……いや)


 そこで初めて、さっき自分が普通に口をつけたことを思い出す。

 コーヒー。

 同じストロー。

 しかもミオは、そういうのを雑に流すタイプではない。

 むしろ細かいところを気にする側だと思っていた。

 なのに、全く躊躇がなかった。


 ミオはそんなマサキの目に気づかないまま、普通にストローから口を離す。


「……?」


 何を見ているんですか、とでも言いたげな小さな視線だけ返ってくる。

 それが余計に自然だった。


(……気にしてないのか)


 耳の奥がじわっと熱くなる。

 リサは前からこうだ。

 でも、ミオまで普通にやるとは思っていなかった。

 しかも本人だけが、まるで特別なことだと思っていない。

 マサキだけが、一人で妙に意識してしまっている。


(……なんで普通なんだよ)


 今さらそこで引っかかる自分の方がおかしい気もして、余計に落ち着かない。

 マサキは誤魔化すみたいにコーラを飲む。

 炭酸が喉に刺さった。


「っ……」


「松前くん?」


「……なんでもない」


 全然なんでもなくなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on ロゴ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ