39. ゲームセンター 前編 ~尾行2~
ユヅキとの誤解が完全に解けたあと、空気は少しだけ軽くなっていた。
だがそれは、完全な安心ではなく、どこか落ち着ききらない余韻だった。
ゲームセンターの筐体前。
リズムゲームの画面が点滅し、電子音が断続的に鳴っている。
そんな中で、ユヅキが軽く顎をしゃくった。
「せっかくだし、松前くんに教えてもらったら?」
その一言に、リサの動きが一瞬止まる。
「えっ……」
目がマサキへ向いたまま、言葉が続かない。
どこか戸惑っているのがすぐに分かる。
リサは小さく手を振って、困ったように笑った。
「……あたしもう手痛いし…」
その言い方は、言い訳というより本音に近かった。
指先をさすりながら、少しだけ涙目になっている。
その様子を見たユヅキが、即座に口を挟む。
「痛いって、バンバン叩きすぎなんだよ。ゴリラか」
あまりに雑な言い方に、リサの動きが一瞬固まる。
「なぁっ……!」
顔が一気に赤くなる。
整った顔立ちが、感情の変化でさらに鮮やかに見えた。
「やめてそういう言い方!」
怒ったように言いながら、リサはバシッとユヅキの腕を叩こうとする。
だが、その手はあっさりと止められた。
「ほらまたそれ」
ユヅキは慣れたようにリサの手首を軽くつかむ。
制止というより、長年の延長みたいな動きだった。
リサはすぐに唇を尖らせる。
「それだって言ってんの」
そのやり取りを、マサキはただ見ていた。
(こんな顔するのか)
怒っているのに、どこか楽しそうで。
必死なのに、軽く見えてしまう。
その全部が、今まで見てきたリサと違っていた。
ユヅキが軽くマサキへ目を向ける。
「ほら、松前くん」
少しだけ肩をすくめて続ける。
「教えてやってよ。こいつ、変な癖ついてるからさ」
その言葉に、リサは即座に首を振った。
「いいってば!ほんとに!」
声は強いのに、どこか焦りが混ざっている。
目が泳ぎ、指先が落ち着かない。
ユヅキはそれを見て、すぐに突っ込んだ。
「いや、ほんとは松前くんに教えてもらいたいけどって言ってただろ」
その瞬間、リサの動きが止まる。
「……め、迷惑だと思うから」
絞り出すような声だった。
さっきまでの勢いが一段だけ落ちる。
その言葉だけが、少しだけ本音の重さを持っていた。
マサキはリサを見る。
帽子もサングラスもない今のリサは、完全に"素の状態"だった。
怒るときも、困るときも、笑うときも、そのまま全部が出ている。
(……こんなの。オレの前では、見せてなかったな)
理由は分からない。
ただ、それだけが引っかかる。
ユヅキが軽く笑う。
「松前くん、どう?迷惑?」
一瞬だけ間が空く。
マサキは目を逸らさずに答えた。
「……別に、構いませんよ」
その言葉に、リサの表情がぱっと明るくなる。
救われたような顔だった。
だがすぐに現実に引き戻されるように、慌てて手を振る。
「ほんとに無理しなくていいから!あたしもう手痛いし!」
その必死さが、逆に可愛く見えてしまう。
ユヅキは間髪入れずにまた口を挟んだ。
「叩きすぎなだけだってリサゴリラ」
「ちょっ……!」
リサの顔が一気に真っ赤になる。
今度は本気で怒ったように、もう一度ユヅキの腕を叩こうとする。
しかしまた、その手は軽く止められる。
「ほらそれ、またやる」
ユヅキは笑いながら、さらりとリサの動きをいなす。
その距離感は近いのに、嫌な感じはしない。
ただ、長く積み重ねた関係の軽さだけがあった。
リサは頬を膨らませて抗議する。
「あ、あたし下手だよ?本当にいいの?」
その声は、さっきより少し小さい。
マサキは即答する。
「別に、いい」
たったそれだけ。
逃げる選択肢を、気づけば切り捨てていた。
リサは「うぅ……」と小さくうなって、視線を落とした。
指先をぎゅっと握りしめている。
そのままマサキの方へ、そっと目だけを向けて、助けを求めるみたいに瞬きをする。
いいと言ってくれた一言が嬉しかったのか、なぜか少しゆるんだ顔になった。
その横顔は、さっきまでの強さが消えていて、少しだけ頼りなく見えた。
マサキはその姿を見ながら、無意識に思う。
(……なんで今、ちょっと腹立ってるんだろうな)
別に責めたいわけでもないのに、「なんでそっちでは自然なんだ」という置き去りにされた感覚だけが、じわりと胸の奥に残る。
◇ ◇ ◇
(ちゃんとしたとこ、見せたいだけなのに)
ほんとは上手くなってから、普通に隣でゲームして、さりげなく褒められて、それくらいでよかった。
でも今は全部崩れている。
恥ずかしいところも、慌ててるところも、全部見られた。
しかも相手は、好きな相手だ。
リサは筐体の前で、軽く唇を噛む。
指先が少しだけ汗ばんでいる。
その横で、ユヅキは画面を見たまま。
「じゃ、松前くんよろしく」
リサは一度だけ深呼吸をして、顔を上げる。
「……ほんとに、下手だから」
間を置いて、少しだけ自嘲するように笑う。
「ガッカリしないでね」
その声は、冗談の形をしているのに、どこか本気で怖がっていた。
(ほんとは上手くなってから見せたかったのに)
リサは心の中でそう思いながら、筐体に手を置く。
ゲームが始まる。
画面にノーツが流れ始めた瞬間、リサはすぐに焦った。
(やば……ほんと無理かも。松前くん見てるって思うと意識しちゃって……)
リズムが一拍、ずれる。
そこからさらに次が遅れる。
マサキはその一瞬を見逃さなかった。
筐体の横で、小さく指を動かす。
カツ、と、筐体の縁を人差し指で軽く叩いた。
その音は、画面のビートよりほんの少しだけ前に出ている。
"次が来る"より一瞬早いリズム。
リサの手が、反射的にそのタイミングに引っ張られる。
(え、合ってる)
今までバラついていた入力が、急に揃い始める。
マサキは画面から目を外さず、表情も変えないまま、淡々と同じテンポを刻み続ける。
リサのミスの原因が"遅れ"だと気づいた上で、その半拍だけ前を先に示している。
(できてる……)
リサの中で、さっきまでの不安が少しだけ薄れる。
指が勝手に動く感覚に変わっていく。
その横で見ていたユヅキが、ふっと口元を緩めた。
「へぇ」
軽い一言。だが、どこか面白がるような響きがあった。
リサは一瞬だけ画面から目を離す。
(……すごい)
マサキの横顔を見て、そう思ってしまう。
派手さはないのに、音だけで支えているみたいな安定感。
スコアが高いとか難しい譜面ができるとか、そういう技術の話じゃない。
マサキの上手さは、ズレをその場で直す感覚の鋭さにある。
リサが一瞬遅れたところを見て、言葉ではなく「半拍前のリズム」を置いて修正する。
押しつけじゃなく、ただ音としてそっと出すだけだ。
その一拍前の音に引っ張られるように、リサの動きが自然に揃っていく。
◇ ◇ ◇
リサの指が、最後のノーツをなんとか拾いきる。
画面が暗転し、リザルトが表示された瞬間、彼女の肩から力が抜けた。
「はぁー……」
息が長くこぼれる。
そのまま、筐体の前で少しだけ前かがみになった。
結果はまずまずだった。
ミスはあるが、最初の頃より明らかに形になっている。
リサは画面を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「……できてる」
思わず漏れたその声には、驚きと安心が混ざっていた。
指先を軽く握り直しながら、もう一度結果を見返す。
その横で、ユヅキが軽く笑う。
「最初からオレじゃなくて松前くんに教えてもらえば良かっただろ」
冗談のような軽さだった。
だがリサは即座に顔をしかめる。
「そういうのいらないってば」
ぴしゃりと切る声。
完全に怒っているわけではなく、照れ隠しが混ざった反応だった。
そのやり取りの横で、マサキは一拍遅れて口を開く。
「……そうですね」
短い言葉。
けれど、その中には微かな棘があった。
(……見た目も中身も、こういう感じには勝てない。でも、この筐体だけは別だ)
冷静なままそんな意識だけが浮く。
張り合える場所がそこしかないことが、逆に引っかかっていた。
(……今の、余計だった)
頭の奥で、遅れて気づく。
ユヅキは年上で、こういう空気の作り方も体に染みついている。
リサが気を許しているのも、たぶん普通のことだった。
それなのに、自分の中だけが引っかかる。
(……ガキかよ)
くだらないことで張り合おうとした自分が、少しだけ滑稽に思えた。
ユヅキは軽く肩をすくめる。
「リサが変にもじもじしてるからややこしくなるんだよ」
その言い方もまた、冗談の範囲で収まっている。
リサはすぐに返す。
「それは関係ないってば」
軽く言い返すが、完全には否定しきれていない。
マサキはそのやり取りを見ながら、胸の奥で静かに落とす。
(如月が頼るのも、当たり前か)
ユヅキの立ち方は、空気そのものに馴染んでいた。
いちいち説明しないのに場が回る感じ。
気づけば、マサキの目がリサに向いている。
さっきまで笑っていたはずの彼女が、少しだけ表情を変えていた。
筐体の光に照らされた横顔。
まつ毛がわずかに影を落としていて、唇は小さく結ばれている。
怒っているわけでも、ふざけているわけでもない。
ただ、何かを飲み込んでいる顔だった。
そのとき、不意にリサの目が上がる。
マサキと視線が合う。
一瞬だけ、空気が止まる。
◇
(……かっこいい)
言葉にならないまま、リサの中でそう思ってしまう。
ユヅキみたいに笑って流さないで、ちゃんと"そう言う"。
遠回しでもなく、慰めでもなく、ただ事実みたいに言い切る。
『最初からオレじゃなくて松前くんに教えてもらえば良かっただろ』
『……そうですね』
それが、なぜかリサには少しだけ違って聞こえた。
(甘えてもいいって、言ってるみたい)
ちゃんとできる女でいたいと思っていたのに、
その前提ごと少し揺らされる。
なのに不思議と嫌じゃない。
むしろ、逃げないでそのまま返してくる感じが、
ユヅキの上手い場の作り方よりもずっと真っ直ぐに見えた。
そのせいで、胸の奥が少しだけ落ち着かない。
リサは目を逸らすように、慌てて口を開いた。
「あの……他にも、やってみたい曲あって……」
言いながらも指先は落ち着かない。
さっきの結果が嬉しいのに、同時にもっと上手くなりたい気持ちが残っている。
一度言葉を切って、少しだけ声を落として続ける。
「教えてもらえると……嬉しい、かも」
できない自分を見せるのは恥ずかしい。
でも、今のまま終わるのも嫌だった。
嬉しかったのも、本当だったから。
◇
その言葉を受けて、マサキは少しだけ目を落とす。
筐体の画面に残るリザルトを一度だけ見てから、リサへ目線を戻した。
(……気を遣ってるのか。さっきユヅキに言われたから、合わせてるだけだろ)
さっきの流れを思い返す。
ユヅキが「教えてもらったら?」と振って、リサが流れで乗った形。
だから今も、無理して自分に合わせているだけに見えた。
(本当は、あっちの方がやりやすいだろ)
ユヅキの横にいたときのリサは、もっと肩の力が抜けていた。
軽くツッコミを入れて、冗談を返して、距離も近かった。
今のリサは、真面目すぎる。
楽しそうというより、"ちゃんとやろうとしている顔"に見える。
(……別に、楽しくないなら無理しなくていいのに)
マサキの中では、ゲームは上手くなること以上に「楽しいかどうか」の方が大事だった。
だからこそ、今のリサが楽しそうに見えないことが引っかかる。
それでも、断る理由はなかった。
「……ん」
短い返事。
それだけで十分だった。
少し間を置いてから、もう一言だけ落とす。
「じゃあ、もう一回やるか」
リサは一瞬だけ目を見開く。
次に(迷惑じゃない?)と言いかけて、結局やめて、小さく笑った。
「……うん」
◇ ◇ ◇
マサキが隣に立っただけで、リサの背筋は少しだけ固くなる。
さっきまでの勢いは残っているのに、呼吸の置き方がわずかに慎重になる。
「ご、ごめんね。下手の相手させて…」
言いながら、リサは自分でも少しだけ肩をすくめる。
頬がわずかに赤いのは、ゲームの緊張だけじゃない。
マサキは画面を見たまま短く答える。
「いや、別に…」
その一言に、責める色はない。
ただ事実だけを置いたような声だった。
(……無理させてない、よね?)
安心したいのに、確信が持てないまま、リサはコインを入れる。
ゲームが始まると、最初はまだ少しだけ動きが崩れた。
ノーツの位置を追い切れず、指先が一瞬遅れる。
それでも、マサキの横で流れるリズムに合わせていくうちに、少しずつ安定していく。
(さっきより見える)
リサの視界に、音が"形"として入ってくる感覚があった。
途中で、マサキがぽつりと漏らす。
「ここから、むずかしい」
目を動かさずに続ける。
「タイミングだけ気をつけて」
短い指示。
でも必要なところだけを確実に押さえている。
(見てくれてる)
それだけで、リサの中の緊張が少しほどけた。
難しい箇所で一度だけミスが出る。
けれど、すぐにリズムを取り戻した。
(できてる……楽しい)
もともとリサはゲームが好きだった。
ただ、RPGやアドベンチャーのように"時間をかければ進むもの"ばかりやってきた。
反射や精度を求められるタイプは苦手で、どこか避けていた分野だった。
だから今の感覚は初めてだった。
ミスしても、すぐに修正できる。
一段上に乗れたときの、確かな達成感。
思わず楽しくなっていく中で、ふと考えが落ちる。
(これ、あたしだけ楽しい…?)
その瞬間、指のリズムがわずかに乱れた。
マサキはすぐに言う。
「今ちょっとズレてる」
淡々とした修正。責める響きはない。
それでもリサには別の意味に聞こえる。
(やっぱり、そうかも)
自分は楽しい。
でも隣のマサキは、ただ見ているだけだ。
それって、少しだけ申し訳ない気がした。
リサのリズムがさらに崩れていく。
ノーツが抜け、連続が途切れる。
マサキは一度、筐体の一時停止ボタンを押した。
画面が止まる。
音が途切れる。
そのままリサの顔を見る。
「……どうした」
問いかけは短い。
ただ状況を確認するだけの声だった。
リサは少しだけ目を落とす。
「……あたしだけ、楽しいのかなって思って」
奥でユヅキが「あー」と小さく声を漏らすが、口は挟まない。
マサキはすぐに返す。
「別に、そんなことないけど」
リサはまだ納得しきれない顔で、少しだけ唇を結ぶ。
「でも……松前くん、ずっと見てるだけだから」
その"見てる"というのは、リサの中ではゲーム画面のことだった。
自分だけがプレイしていて、マサキは横で画面を追っているだけに見えている。
その言葉に、マサキは一拍置いて答える。
「見てるだけでも悪くないから」
リサはすぐに首を振る。
「だからそれだと、松前くんが面白くないよねって」
自分だけが操作して楽しいなら、それは申し訳ないという感覚だった。
だがマサキは、少しだけ目線を上げる。
そしてその言葉を、まったく別の方向で受け取っていた。
「いや、見てるだけで楽しいよ。如月さん、可愛いし」
その"見てる"は、画面ではなくリサそのものだった。
「んぇ…?!」
リサは思わず一歩後ろに下がる。
筐体に軽くぶつかりそうになり、慌ててバランスを取った。
顔が一気に熱くなる。
耳の先までじわっと赤くなるのが自分でも分かる。
(いまそれ言うの?あたしを見て楽しいって何…っ?)
マサキは相変わらず画面の方を見ている。
その落ち着きが、余計に現実味を強くする。
「い、いや今の……」
リサは両手をばたばたさせながら言葉を探す。
「いまそういうの言う流れじゃなきゃ」
途中で噛む。
ユヅキは後ろでその様子を見ながら、内心で苦笑する。
(可愛いって言われて、ここまで動揺するリサ初めて見たな…)
マサキは変わらず淡々と続ける。
「いや、事実で…」
その"事実"という感覚自体に、他意はまったくない。
如月さんは見たままの処理として出ているだけだった。
だから「可愛い」という言葉も、変に意味を持たせず、見たままそう思ったから口に出ただけだった。
「いやいやいやいや!」
リサの声が裏返る。
(可愛いから楽しいって何?結びつかなくない?てか、あたし可愛い要素あった?)
混乱がそのまま顔に出る。
目が泳ぎ、指先が落ち着かない。
マサキは少しだけ間を置いてから、もう一度言う。
「ちゃんと出来たとき、嬉しそうにしてるのが見てて可愛い」
そこにも、踏み込む意識はない。
ただ、さっきからずっと見えている「そういう瞬間」をそのまま言葉にしているだけだった。
「ひぇ……っ」
固まったまま、耳まで赤くなる。
変な声が漏れた。
恥ずかしさと嬉しさが同時に押し寄せる。
さっきまでの集中とは違う熱で、頭が追いつかない。
ユヅキはその場から少しだけ距離を取り、軽く背を向ける。
ポケットに手を入れて、慣れた動きでタバコの箱を取り出した。
中身を指で軽く押し上げて本数を確かめるように一度見下ろすと、そのまま何も言わずに出口の方へ歩き出す。
(……さっさと付き合えよ)
◇ ◇ ◇
プレイが再開されると、さっきよりもリサの動きには迷いが少なかった。
ノーツの取り方も安定していて、失敗しても一度息を吐くだけで、すぐに次へ切り替えていく。
(さっきより、良くはなってるんだけどな)
マサキは横でそれを見ながら、淡々とリズムを刻んでいた。
教える側としては正しく進んでいるはずだった。
だが、その「正しさ」がどこか引っかかる。
リサは上手くできた瞬間だけ、ほんの少しだけ表情をゆるめる。
その一瞬は、素直に可愛いと思える顔だった。
それでも、どこか違う。
(ユヅキさんのとき、ああだったのに…)
ユヅキとやっていたときのリサは、もっと肩の力が抜けていた。
間違えても笑って、すぐ言い返して、軽口を混ぜながら遊ぶようにプレイしていた。
"教わってる"というより、"一緒に遊んでる"に近い空気。
その中でリサは、力を抜いて笑っていた。
マサキはその光景を思い出しながら、今のリサを見る。
今のリサは真面目だ。
一つ一つを丁寧に追って、失敗すると少しだけ眉根を寄せる。
(オレが教えると、こうなるのか…)
マサキは横目でリサを見る。
集中している横顔。
まつ毛の影が落ちる目元は真剣で、唇は小さく結ばれている。
失敗したときの小さな焦り。
成功したときの、控えめな安堵。
それはそれで、悪くはない。
ただ——
マサキの中には、別の像がある。
軽口を叩いて、リズムが少しズレても笑って、適当に煽り合いながら進む感じ。
上手いかどうかより、隣にいるだけで空気が軽くなるようなやり取り。
(ああいうの、やりたいだけなんだけどな)
羨ましいとか、そういう感情ではない。
ただ、リサといるならそっちの方が自然な気がしているだけだった。
それなのに今のリサは、少しだけ固い。
楽しんでいないわけじゃない。
でも"楽しもうとしている顔"になっている。
(如月が今欲しがってるの、そっちなんだろうな)
マサキの中で、勝手に答えが作られていく。
ユヅキのように場に馴染んで、自然に笑わせられる相手。
そっちの方が、リサには合っているのかもしれない。
(ユヅキさんは、そういうの上手いんだろうな)
リサが力を抜いて笑っていた理由が、なんとなく分かってしまうのが悔しい。
そのとき、リサの声が横から落ちる。
「……今の、いけた?」
マサキは画面に目を戻してから短く言う。
「いけてる」
「よかった……」
ほっとしたように笑うリサ。
その横顔は、さっきより少しだけ柔らかくなっていた。




