野外活動 前編 ~選ばせたくない選ばれたい1~
1学期最大のイベント、
野外活動。
教室は、普段より騒がしい。
机が動かされ、あちこちで声が飛び交う。
「うわ、あと1人足りねぇ」
「男女混合の方がやりやすいよな」
「火起こしとか力仕事もあるし」
そのグループ分けが、ホームルームの教室をさらに騒がしくしていた。
自然と人がまとまり始める中、
マサキはその様子を、少し離れた席からぼんやり眺めていた。
興味がないわけじゃない。
ただ、自分から入る気もない。
どうせ最後に余ったところに入れられる。
それで問題ない。
そう思っていたところで、
「松前」
声がかかる。
横を向くと、男子生徒が立っていた。
「グループ、もう決まった?」
「いや」
短く返す。
男子生徒は周りを見てから、距離を詰める。
「なら、うちのとこ来ないか?」
マサキは一瞬だけ考える。
(ほとんど話したこともないのに、こいつがオレを誘うか? 理由があるとすれば)
男子生徒の視線は、マサキだけを見ていなかった。
話しかけてきたあと一瞬だけ、別の方へ視線が流れた。
その先にいるのは、リサだった。
自分を入れれば、リサも動くかもしれない。
そういう計算が先にある。
マサキが少しだけ目を細めたところで、男子生徒は悪びれた様子もなく言った。
「松前がいたら如月さんも入ってくれるだろ」
その一言。
わずかに眉が寄る。
(……やっぱそれか)
視線を外す。
「オレは誘わないぞ」
先に釘を刺す。
男子生徒は少しだけ意外そうな顔をしたが、すぐに笑う。
「別にいいって、お前がいるだけで来るんだろ」
あっさりした迷いのない言い方。
まるで、それが当然みたいに。
マサキは眉をひそめる。
(如月さん、そういうふうに思われてるのか)
リサが自分に合わせて動くこと。
それ自体は、もう何度もあった。
でも。
(それを前提にするのは違う)
自分がいるから、リサが来る。
その流れを<利用する>みたいなのは、どこか引っかかる。
視線をリサの方へ向ける。
周りに女子が何人かいて、楽しそうに話している。
その輪の中で、ちゃんと馴染んでいる。
馴染もうとしてる。
(……如月さんには如月さんのペースがある。オレのせいで、如月さんの選択を狭めるのは違う)
男子生徒はそんなマサキの内心など気にした様子もなく、
「じゃ、ちょっと声かけてくるわ」
そのまま、リサの方へ歩いていく。
(……オレがいるからって来るなよ)
◇ ◇
「如月さん」
「ん?」
リサが振り返る。
いつもの柔らかい笑顔。
池沢はそのまま、さらっと言う。
「そっちまだ4人だろ?うちも4人だから来ない?」
自然な誘い。
リサは考えるような顔をしてから、にこっと笑う。
「ごめんね。あたし、グループのリーダーじゃないから決定権ないんだよね」
やんわり断る。
そのまま流れる、はずだった。
しかし、
「うちのとこ松前くんいるんだけど」
その名前が出た瞬間。
リサの表情が、ほんの少しだけ変わった。
目が動く。
すぐに元の笑顔へ戻そうとしたけれど、戻す前の一瞬を、周りの女子たちは見逃さなかった。
リサは何気ないふりをして横を見る。
視線の先にいるマサキを確認して、それから慌てたように周りの女子へ目を戻した。
その動きだけで、答えはほとんど出ていた。
「いいんじゃない? 松前くん真面目そうだし、ちゃんとやってくれそう」
1人の女子が、軽い調子で賛同する。
それは単なる評価だけではなく、リサの反応を見たうえで背中を押すような言い方だった。
リサの口元が、隠しきれないくらい緩みかける。
「あたし、リーダーの子に聞いてくるね」
さっきまでの断る流れが、自然に切り替わる。
池沢は一瞬だけ驚く。
「え、あ、うん」
想定通り。
いや、それ以上に分かりやすい表情。
歩くリサのその足取りは軽い。
◇
その様子を見ていたマサキは、ため息しか出ない。
(……結局そうなるのか)
自分で線を引いたつもりだった。
でも、あっさり越えてくる。
(オレに関係なく決めろよ)
そう思うのに、
完全に嫌でもない自分がいる。
マサキは視線を逸らしたまま、ぼそっと呟く。
「……分かりやす」
その声は、ほんの少しだけ力が抜けていた。
リサは小走りで戻ってくる。
近づくにつれて、口元が少しずつ緩んでいく。
それを隠す気があるのかないのか、リサはまっすぐマサキの前で足を止めた。
「いいって、合流できるって」
声まで少し弾んでいる。
マサキは一拍だけ遅れてリサを見る。
嬉しそうな顔。
その顔を見たせいで、言おうとしていたことが少しだけ引っかかった。
「……報告する相手、間違ってるだろ」
責める口調ではない。
確認に近い声だった。
リサはきょとんとしたあと、少しだけ笑う。
「あとで言う」
まるで優先順位が決まっているみたいな言い方。
マサキは小さく息を吐く。
「だからそういうの……」
オレを先にするな。
そう言いかけて、止まる。
その言い方は、リサが自分を優先していると決めつけているみたいだった。
(自惚れ過ぎだな…)
リサが顔を覗き込んでくる。
「なに?」
無邪気な声。
マサキは視線を逸らす。
「……なんでもない」
それ以上は続けない。
リサはふっと小さく笑って、
「だいたいさ、松前くんを餌にあたしを釣り上げるなんて失礼しちゃうよね」
低く耳打ちする。
「如月さんはそれに食いついたんだが?」
低く、確認するみたいに。
「ち、違うよー。こっちのグループでも話してたの、松前くん誘おうって」
マサキはわずかに眉をひそめる。
「は? なんでオレ?」
リサは少しだけ得意げに、
「やっぱ男手は必要だって話になって、それなら松前くん優しいし真面目にやってくれそうって」
一拍置いて、さらっと続ける。
「まぁそれはあたしが言ったんだけど」
そのまま、ふわっと笑ってから、わざとらしく首を振る。
「だから食いついてません」
マサキはしばらく黙ったまま、視線を外す。
(……それ、否定になってるのか?)
リサの言っていることは、たぶん本当なのだろう。
嘘をついている感じはしない。
ただ、マサキには別の形で聞こえた。
自分がどこのグループにも入れず、最後に余る。
あるいは、ほとんど話したことのない連中の中に混ざって、黙って座っている。
リサはそうなる前に、自分の方へ引っ張っておこうとしてくれていた。
男手が必要だから。
真面目にやってくれそうだから。
そう言えば、周りにも通しやすい。
(……如月さんなら、しそうなんだよな)
助けようとしてくれた。
困らないようにしてくれた。
そう考えると、ありがたいより先に、少しだけ申し訳なさが来る。
リサが本当はどうしたいかではなく、自分が困らないように動かせてしまったみたいで。
小さくため息。
「そうやって、気ィ遣わなくていいぞ」
リサは一瞬だけきょとんとして、それから少しだけむっとした顔になる。
「でも困るじゃん、松前くんが。料理のできない男だけのグループでいい?知らない女の子しかいないグループで平気?」
マサキは視線を逸らしたまま、短く返す。
「だからって……いつも一緒にいてくれなくていい」
その言い方は、突き放しているようで、
どこか引いているだけにも聞こえる。
一瞬、空気が止まる。
リサは眉をぴくっと動かして、間を置かずに言い返す。
「は?」
そして、そのまま少しだけ身を乗り出す。
「あたし以外の女がいるグループとかイヤなんですけど」
「……は?」
マサキの反応が止まる。
言葉も出てこない。
リサはむっと眉を寄せていた。
頬がほんのり赤い。
唇は少しだけ尖っていて、視線だけはまっすぐマサキから外さない。
怒っている、というより拗ねている。
それも、かなり分かりやすく。
あたしは嫌なんだけど。
なんで分からないの。
そう顔に書いてあるような表情だった。
「なにその反応」
本人はそれを大したことだと思っていないらしい。
むしろ、当然のことを言っただけなのに変な反応をされた、という顔をしている。
マサキは視線を逸らして、こめかみを押さえる。
「……いや」
(なんでそんなこと平然と言えるんだこの子)
リサはさらに首をかしげる。
「なに?」
マサキは小さくため息をついた。
リサが自分に嫉妬している。
そんなふうに考えるのは、さすがに自惚れすぎだと思う。
でも、今の言い方だけ切り取れば、どう聞いてもそれに近い。
『あたし以外の女がいるグループは嫌』
言葉の意味だけ見れば、分類は一つしかない気がした。
「なんだよ、それ。嫉妬……?」
ぼそっと確認するように落とす。
リサは少しだけ唇を尖らせる。
「違うでしょ、あたしそんな面倒くさい女じゃないもん。松前くんが他の子と仲良くしてるの見るのイヤなだけ」
マサキは間を置かずに返す。
「それを世間では嫉妬というんじゃ…?」
否定した直後の説明が、むしろさっきより分かりやすくなっていた。
それ以外の呼び方が、マサキには思いつかなかった。
リサはぴたりと動きを止める。
「……」
言葉が詰まる。
自分で言ったことを、頭の中で一度並べ直しているみたいだった。
「あれ…? いや、でも…違う。こういうの。なんて言うんだっけ……あ、独占欲」
「……もっとアウトだろ、それ」
ぼそっと落とす。
リサはきょとんとしたあと、少しだけむっとする。
頬はまだうっすら赤い。
唇を尖らせているせいで、怒っているというより、拗ねているように見えた。
「いいじゃん別に、束縛してるわけじゃないし。イヤなものイヤって言ってるだけだよ?」
マサキは一瞬だけ言葉に詰まる。
「いや、そうなんだが……」
リサの言っていることは、たぶん本人の中では本当にそれだけなのだろう。
誰かを縛りたいとか、行動を制限したいとか、そういう話ではない。
ただ、自分以外の女子とマサキが近くなるのは嫌。
だから嫌だと言った。
それだけのことみたいに、リサはまっすぐこちらを見ている。
(自分の気持ちを素直に出しすぎだろ)
言いかけて、止める。
けれど、そう思ったところで、すぐに別の考えが浮かぶ。
リサはもともと、距離の詰め方が少し極端なところがある。
遠慮がないというより、一度近い場所に入れた相手には、そこから引く理由が分からなくなるみたいなところがある。
弁当のことも。
家に呼ぶことも。
手を繋いできたことも。
こうして、自分が他の女子と同じグループになるのを嫌がることも。
全部が、なんとなく同じ線の上にある気がした。
(……一人暮らしが長いからか)
家に帰っても、誰かがいるわけではない。
一人で飯を作って、一人で食べて、一人で寝る。
そういう時間が長いなら、誰かと一緒にいることへ少し執着しても、おかしくはないのかもしれない。
もちろん、マサキの勝手な想像でしかない。
本人に聞いたわけでもないし、正しいとも限らない。
それでも、自分に向けられているものを、素直にそういう意味として受け取る方が難しかった。
(如月さん、オレのこと男として見てるわけじゃないよな)
そう思う方が、まだ現実味があった。
父親みたいな、というほど大げさではない。
頼れる相手、というのは違う。
兄のような、弟のような、距離が近くても許される身内に近い感覚。
気を遣わなくていい相手。
家に呼んでも変に構えなくていい相手。
多少わがままを言っても、離れていかないと思える相手。
リサの中で自分がそういう場所にいるのなら、今の言葉も少しだけ分かる気がした。
他の女子と仲良くするのが嫌。
それは近くに置いている相手を取られるみたいで嫌なのかもしれない。
(……いや、それはそれで重いけど)
でも、そう考える方が、まだ納得できる。
自分が男として見られているから嫉妬されている。
そんなふうに受け取るには、どうしても自分の方に根拠がなさすぎた。
分からないまま、ここで気まずくなるのも違う気がした。
「あ、松前くん」
呼ばれる。
「ん」
「役割決めだって、行こ」
そう言って、リサは当たり前みたいに手を握ってきた。
「ちょっ……」
声は出た。
でも、それだけだった。
抵抗する前に、ぐいと引っ張られる。
逃げようと思えば逃げられるくらいの力で、でも逃げないことを分かっているみたいな握り方だった。
「ほら早く、待たせちゃ悪いから」
リサは前を向いたまま言う。
声はいつも通り軽い。
手を握っていることを、特別なことみたいには扱わない。
マサキは引かれるまま、歩き出す。
リサの後ろ姿が視界に入る。
髪の動き、うなじ、腕の動き。
そして、繋がれたままの手。
(……普通に繋いできたな)
教室の中だ。
人もいる。
見られていないわけがない。
それなのに、リサは離すつもりがないらしい。
むしろ、もうこれくらいなら大丈夫だと思っているようにも見えた。
初めてではない。
前にも手を繋いだことはある。
リサの中では、たぶんもう越えた距離なのだろう。
だから今も、慌てない。
照れ隠しみたいに騒ぎもしない。
ただ自然に手を握って、自然に歩いている。
(距離感、これでいいのか?)
不意に浮かぶ疑問。
でも、いまさら手を振り払うのもおかしい。
リサが勝手に近づいているだけなら、止めるべきなのかもしれない。
けれど、この手の握り方には、どこか確かめ終わったあとの遠慮のなさがあった。
マサキが嫌がらない。
無理に振りほどかない。
そこを分かったうえで、リサはこの距離まで来ている。
(……拒む理由も、ないしな)
そう考えた時点で、もうほとんど受け入れているのと同じだった。
マサキは小さく息を吐いて、そのまま歩く。
リサの手は、まだ離れない。
◇ ◇
女子の一人が、ふとリサの方を見て口を開く。
「如月さん料理上手だから、同じグループで良かった。頼っちゃいそう」
リサは一瞬きょとんとしてから、肩をすくめる。
「いや、そんな……」
照れたように笑う。
それを聞いた池沢が、少し意外そうに振り返る。
「え、そうなの?」
すぐに別の女子が頷く。
「家庭科ですごい褒められてたよね」
「ねー、如月さんの卵焼きすごかった」
軽い調子で話が広がる。
リサは困ったように笑いながら、曖昧に手を振る。
「いやいや、大したことないよ」
その流れの中で、ふと、
「そういえばさ」
別の女子が、思い出したように言った。
「松前くんって、如月さんにお弁当作ってもらってるんだっけ? 羨ましいなー」
その一言。
マサキの思考が止まる。
(なんで知って……っ)
視線が反射的にリサに向く。
リサは「あ」と小さく声を漏らした。
それから、少しだけ気まずそうに笑う。
言ってはいけないことだったのだと、今になって気づいたような顔だった。
「ごめん。言っちゃった」
マサキは眉を寄せる。
「なん……!」
言いかけて、言葉が詰まる。
弁当のことを、秘密にしていたつもりはない。
でも、こうして他人の口から出てくると、話が急に別の意味を持つ。
池沢が睨みつけるようにマサキを見た。
「へー、そういうこと」
その声で、マサキは余計に黙る。
そういうこと、ではない。
少なくとも、自分の中ではそういうことになっていない。
リサは周りの反応を見て、少しだけ首をかしげた。
「言わない方が良かった?」
確認する声だった。
からかっているわけではない。
本当に、どこまでが普通で、どこからが特別扱いになるのか分かっていないみたいだった。
それから、リサは少しだけ視線を泳がせて、さらっと続ける。
「でも、だいたいの人は言わなくても気づいてるよ」
マサキは完全に言葉を失う。
(……バレてるのか)
昼休みに弁当を受け取っているところを、何度も見られている。
リサが料理を作れることも知られている。
そこまで揃えば、誰が作ったものなのかくらい、周りが察していてもおかしくない。
(そりゃそうか……)
言葉が出ない代わりに、視線だけが泳ぐ。
池沢がまだ睨んでいる。
(最悪だ)
女子のリーダーが、全体を見渡して口を開く。
「この流れだと、如月さん中心で調理任せることになるけど…」
リサは間を置かず、ぱっと顔を上げる。
「うんっ、料理好きだから」
明るく即答する。
その返事は早かった。
料理を任されること自体は、嫌ではない。
むしろ、少し嬉しそうですらあった。
リサは普段から料理をしているし、手際もいい。
周りに頼られることにも、照れはあっても抵抗はない。
だから、そのまま決まるはずだった。
けれど、リーダーは少しだけ言いづらそうに視線を泳がせる。
「え、あ……でも……」
一瞬だけ間が空く。
「松前くんと、違う担当になるかも……」
その一言。
リサの表情が、ぴたりと止まる。
「………え?」
ほんの少しだけ、声が抜ける。
今までの軽い調子が、一瞬で消えた。
料理を任されることへの嬉しさより先に、別のものが来たみたいだった。
マサキと別になる。
その一点だけで、さっきまで自然に受け入れていた役割が、急に遠いものに変わる。
リーダーは少し慌てたように続ける。
「松前くん、裏方希望なんだよね。準備とか、火起こしとか、片づけの方が向いてるんだって」
説明は続いているのに、リサはあまり聞いていない。
返事もしない。
目だけが、ちらっとマサキの方へ動く。
その静けさが、じわっと場を重くする。
リーダーが困ったように視線を移す。
「あれ……如月さーん?」
視線の先で、リサの表情はまだ固まったままだった。
池沢が呆れたように口を開く。
「お、お前さ……どんだけ男気ないんだよ」
呆れに近い声だった。
リサが料理を好きで、調理を任される流れにも前向きだったことは、今の反応で分かる。
それなのに、マサキと離れると聞いた途端、わかりやすくショックを受けている。





