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距離感ゼロの如月さんと自己評価ゼロのオレ  作者: 空色いろはに
新学期 編

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新学期 ~窓際の視線に届く声1~’

 新学期、朝。


 クラス分けが貼り出され、ざわついた廊下。


「如月さんはA組だって、いいなーA組」


「マジで?ずる」


「可愛いよなー、リサちゃん」


「あーあ、期待してたのになー」


 そんな声が、すぐ横で飛び交う。


 マサキはそこを、特に反応もせずに通り過ぎる。


如月理沙きさらぎ りさ……)


 名前だけ、頭に引っかかる。


 聞いたことはある。

 読者モデルだとか、なんとか。

 校内でも普通に名前が通るタイプのやつ。


(有名人か……)


 それ以上は、特に何も残らなかった。

 興味がないわけじゃない。

 ただ、自分の生活圏とは別の話、という感覚。


 そのまま掲示板の前を抜け、教室へ向かう。


 ◇     ◇


 教室。

 席についてしばらくすると、すぐ近くでまた同じ名前が上がる。


「本当に人形みたいな顔してるな」


「分かる。あれ現実かよって感じ」


「彼氏とかいんのかな」


「そりゃあ……あの顔とスタイルなら、男なんて選び放題なんだろ?」


「声かけてみる?」


「いや無理だろ」


 笑い混じりの会話。

 内容はだいたい同じ。

 想像と噂と、勝手な前提。


 マサキは耳元のコードを指で弄びながら、それをぼんやり聞いていた。


(……ついていけないな)


 特に嫌悪感があるわけでもない。

 でも、会話の方向が、自分とは噛み合っていない。

 現実の人物の話というより、


 『イメージの中の誰か』で遊んでる感じ。


 その流れのまま、ふいに話が振られる。


「松前はどう思う?」


 視線が一瞬だけ集まる。

 マサキは間を置いて、短く答えた。


「……よく知らない」


 正直に。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 一瞬、場が止まる。


「あー……まあそうか」


「興味ないタイプ?」


 微妙に噛み合わないまま、会話はまた元に戻る。


(……ほらな)


 求められてたのは、そういう返しじゃない。

 分かってはいるけど、合わせる気にもならない。


 そのとき。

 ふと、一度だけ視線を上げる。


 教室の奥。

 人が集まっている輪の中心。


 その中にいても、リサだけ妙に目に入る。


(……あれか)


 遠くからでも分かる。

 顔が小さい。

 髪を耳へ掛けながら笑った横顔だけで、周りの視線がそっちへ流れる。


 鼻筋が通っていて、睫毛も長い。

 笑うたびに表情がよく動いて、教室の空気まで少し明るくなったように見えた。


(そりゃ有名にもなるか)


 そう思って、終わるはずだった。

 けれど、一度目に入ると、妙に情報量が多い。


 制服姿なのに、立ち姿のバランスが他と違う。

 腰の位置が高くて、脚も長い。

 細いのに、柔らかいところだけはちゃんと目立つ。


(いや、見すぎだろ)


 マサキはすぐに視線を外そうとした。

 でも、リサが友達の方へ身体を向けて笑った瞬間、胸元がほんの少し揺れて、思考が一拍だけ止まる。


(……揺れたな、今)


 見ようとしたわけじゃない。

 たぶん。

 いや、その言い訳をしている時点でだいぶ終わっている。


 マサキは無言で視線を机へ落とした。

 けれど、数秒もしないうちに、また視界の端へリサが入ってくる。


 笑って。

 髪を払って。

 頬へ指を当てて。


 何か特別なことをしているわけでもないのに、動くたびに目を引く。


(可愛い、っていうより……)


 少しだけ考える。


(……美しい、の方が近いか)


 そんな感想が、淡々と浮かぶ。


(でも、関わることなんてないだろう)


 それ以上は続かない。

 ただ、クラスにいる<目立つやつ>の一人。

 それだけ。


 マサキは視線を切って、片耳にイヤホンを戻す。

 音楽を流す。

 周りの声が、遠くなる。


(……まあ、関係ないか)


 そうやって、自然に線を引いたまま。

 新学期の時間が、ゆっくり流れていった。


 ◇     ◇     ◇


 新しいクラスの声は、名前を呼ぶたびにまだ少しだけ探り探りだった。


 去年から知っている相手。

 名前だけは聞いたことがある相手。

 顔は分かるけれど、ちゃんと話したことはない相手。


 そういう距離感が、教室のあちこちで少しずつ混ざっていく。


 その中でも、リサは最初から少しだけ扱いが違っていた。

 読者モデルの如月理沙。

 その肩書きは、本人が何かを言う前から勝手に教室の中を歩いている。


 直接話したことがあるかどうかは関係ない。

 誰もが名前を知っていて、顔を知っていて、何となく「如月さん」と呼ぶ距離を決めている。


 リサはそれに慣れた顔で笑って、自然に輪の中へ混ざっていた。


 けれど、意識はずっと別の場所にある。


 教室の窓際。

 松前真咲(まつまえ まさき)はイヤホンをつけたまま、スマホを見ていた。

 話しかけられれば短く返すけれど、自分から輪の中へ入る気配はない。


 リサはその横顔を、何度もちらりと見てしまう。


(やった、同じクラスだ)


 思わず口元が緩む。

 慌てて手で押さえる。


(落ち着いて、あたし)


 クラスが変わった最初の日なのに、マサキは表情ひとつ変わっていない。


(自分の世界に入ってる感じ)


 ふつう、新学期の初日くらいは周りを確認するものだ。

 誰がいるか、席はどこか、友達になれそうな人間はいるか。


 でもあの人は、そういう空気から最初から離れているように見えた。

 嫌いじゃない。

 むしろ。


(……かっこいいなぁ)


 自分はいつも、教室の空気を読んでいる。

 誰かが何かを言う前に、次の言葉を予測している。

 笑うタイミング。

 乗るタイミング。

 流すタイミング。

 無意識にやりすぎて、疲れる日がある。


 でもあの人は、全部関係なさそうだ。


(……なんの音楽聴いてるんだろ)


 教室の騒ぎの中で、そこだけ別の時間が流れているみたいだった。


 ◇     ◇     ◇


 昼休み。

 ざわつきの中で、少し通る声が上がる。


「なあ、このあとクラスでどっか行かね?」


「せっかくだし、クラスで交流ある方がいいよな」


 一見、何気ない提案。

 いかにも『全体のため』という体裁。


 でも……


「せっかく同じクラスなんだしさ」


「最初くらい全員で行った方がいいって」


 『全員』を強調する言い方。

 逃げ道を先に塞ぐような言葉の選び方。


 視線は、さりげなく。

 でも確実に、リサの方へ流れていた。


 マサキから見ても、あれは明らかにリサ狙いだった。


「如月さんも来るでしょ?」


「こういうのって最初が大事じゃん?」


 断りにくい方向へ、じわじわ寄せていく。

 もし断られても、「クラス全体の話だから」で押し切るつもりの声。

 断らせない空気を作っている。


「じゃあさ、親睦会しない?」


 その一言で、周囲がわずかに乗る。


「いいねそれ」


「どこ行く?」


 声が広がっていく。


 そのタイミングで、


「カラオケとかどう?」


 リサが、あっさり口を挟んだ。


「え」


 ほんの一瞬、場が止まる。

 拍子抜け。

 用意していた<押し>が空振りする。


「あ、いいじゃんそれ!」


「カラオケありだな」


 慌てて乗る声。


 でもその裏で、少しだけ混ざる空気。


(……え、普通に来るの?)


(如月さんってこういうの断るって聞いたけど)


 想定より、ずっとあっさり。

 断られる前提で組んでいた流れが、一瞬で意味を失う。


(なんだ、行けんじゃん)


 そんな空気へ、すぐ塗り替わる。


「行く行く!」


「如月さんが行くなら」


「全然あり」


 今度は逆に、『リサが行くこと』を軸に声が固まる。


 リサはその流れを一瞬だけ追ってから、窓際へ視線を戻した。

 マサキは相変わらずイヤホンをつけている。


(いっつも音楽聴いてるし、カラオケなら……)


 カラオケを提案したのは、半分以上そのためだった。

 クラス全員で行く、という口実があれば、自然に誘える。


(うまくいった)


 そう思って、少しだけ苦笑いする。


(……いや、さすがにずるいかな)


 でも。

 去年の夏からずっと、お礼を言えていない。

 逃げられ続けて、もどかしかった。


 新学期で同じクラスになれたのは、本当に運が良かったと思っている。

 この機会を、ただのクラスメイトのまま終わらせたくなかった。


(もっと話したい)


 思ってから、自分で少し驚く。

 リサは一度だけ深呼吸して、立ち上がった。


「ちょっと誘ってくるね」


 軽く言ってから、教室のざわめきを抜ける。

 マサキの方へ。


 数人が小さく反応したのが聞こえた。


(うわー、緊張するなぁ)


 マサキは、同じ姿勢のまま音楽を聴いている。

 近づいても気づかない。

 少し迷ってから、声をかける。


「ねえ、松前くん」


 最初は反応がない。

 リサは少し顔を寄せて、もう一度呼ぶ。


 ◇


「松前くん」


 マサキはびくっと肩を揺らし、慌てて片耳のイヤホンを外した。


「……っ、え、なに」


 声が一瞬裏返る。

 視線が合った瞬間、すぐ逸れる。


挿絵(By みてみん)


(げ。如月理沙だ……なんでオレなんかに話しかけてくるんだ)


 思考が、一瞬で詰まる。


(いや待て、なんでこっち来た)


 頭の中へ、情報だけが一気に流れ込んでくる。


 近い。

 立ったままなのに距離が近い。


 机の横へ軽く体重を預けたリサの制服が、視界の端へ入る。

 白いシャツの上からでも分かる胸の丸み。

 そこから細い腰で一度きゅっと締まって、スカートのラインが落ちる。

 全体のバランスがおかしい。


(スタイル良すぎだろ)


 思った瞬間、マサキは反射的に視線を落とした。


(いや、見るな)


 見ようとしたわけじゃない。

 ただ、視界に入っただけだ。


(その言い訳、だいぶ無理あるな)


 自分で自分に突っ込みながら、手元のコードを意味もなく指でいじる。


 でも、顔も近い。


 肩へ落ちた髪の隙間から覗く輪郭がやたら小さい。

 目元が近い。

 睫毛が長い。

 肌が白い。


 すぐ逸らしたはずなのに、目元だけが変に残る。


(勝手に保存するな)


 マサキはもう一度、机の端へ視線を落とした。


(……ほんとに顔整いすぎだろ)


 ちらっと見ただけでこれだ。


(CGかよ)


 不自然なくらい整っている。

 作り物みたいなのに、ちゃんと人間の距離にいる。


 しかも……


(声、可愛すぎだろ)


 今の「松前くん」って呼び方。

 耳へそのまま落ちてくる柔らかい声。


(落ち着け)


 思考が完全に渋滞する。

 視線を合わせるのが怖い。

 でも逸らしきるのも不自然で、結局、中途半端に机の端を見るしかなかった。


「驚かせてごめんね。今さ、クラスのみんなでカラオケ行こうって話してて」


「……あ、うん」


 とりあえず返事だけはする。


(無理だろ、会話続けるの。何話せばいいんだよ)


 リサは少し間を置いてから、まっすぐ言った。


「一緒に行こ?」


 その瞬間、リサが少しだけ前へ屈む。

 胸元がふわっと動く。

 細い腰との落差が、その動きだけで分かる。


 近い。


 シャンプーみたいな甘い匂いまで届く。


「無理です」


 即答だった。


(即答してしまった)


 リサは続ける。


「歌わなくていいからさ、聴くだけでも」


「……いや、そういう場所、ほんとに苦手で」


 今度はどうにか、なんとか言葉を選んだつもりだった。

 マサキはコードを弄びながら、視線を落とす。

 でも視界の端へ、どうしても入る。


 脚。

 細い手首。

 制服の上からでも分かる身体のライン。


(だから見るなって)


 目を落とした先に入ってくるのだから、逃げ場がない。


「行っても、たぶん邪魔になるだけなんで」


 言い切ったあと、マサキはほんの一瞬だけ息を詰めた。


(……やば、言い方きつかったか)


 視線は相変わらず机へ落ちたまま、上げられない。

 沈黙が落ちる。

 教室のざわめきはすぐそこにあるのに、ここだけ音が遠い。


(あー……これ、完全にやらかしたな)


 断るのはいい。

 でも、相手が如月理沙という人物なのが問題だ。

 クラスの中心にいる人間に、あんな感じで即拒否。


(いや、別にいいだろ……どうせ関わらないし)


 そのとき、リサが小さく言った。


「そっかー」


 短い一言。

 マサキは顔を上げかけて、やめる。

 わずかに違和感があった。


 軽い言い方。

 その軽さが、どこか作られている感じ。


「ごめんね、急に誘って」


 声は明るい。

 でも少しだけ、力が抜けて聞こえた。


「……いや」


 マサキは反射で返す。

 でも、それ以上の言葉は出てこない。


「またね、松前くん」


 軽く手を振る気配だけ残して、リサは元の輪へ戻っていく。

 マサキはしばらく動けなかった。

 イヤホンを持ったまま、視線を机へ落としたまま。


(……なんか、傷付けたか……オレ)


 ふと視線を上げると、リサはもう輪の中で普通に笑っていた。

 さっきのことなんてなかったみたいに、明るい声で誰かの話へ混ざっている。


(……勘違いか)


 さっきの一瞬も、気にしすぎただけかもしれない。


(気にするだけ無駄か)


 マサキはゆっくり視線を戻す。


(どうせ、もう関わらないし)


 カラオケの話も、そのまま続いているらしい。


(別に、オレいなくても成立するだろ)


 マサキはゆっくりイヤホンを耳へ戻した。


 ◇     ◇     ◇


(カラオケかぁ……)


 クラス会のことで盛り上がっている声を聞きながら、さっきのやり取りが頭に戻ってくる。

 「無理です」

 「行っても、たぶん邪魔になるだけなんで」


 リサは無意識にペンを回す。


(……来ないのか)


 その瞬間、胸の中のテンションがすっと落ちた。

 元々この提案は、マサキが来る前提で言い出したものだった。

 音楽が好きな彼なら、その場なら自然に距離が縮まる気がしていた。


 リサは窓の外を見る。

 教室の光が少し眩しい。


(あーあ、行きたくないよー)


 視線をわずかに横に動かす。

 マサキは、さっきと同じようにイヤホンをしている。

 何事もなかったみたいに、いつも通りの姿。


(……ほんとに来ないんだ)


 その事実をもう一度認識して、肩の力が抜ける。

 同時に、悔しい。


(あんなに即答で断られるなんて……)


 もう一度、思い出す。

 『無理です』

 『いや、そういう場所、ほんとに苦手で』


 最初の即答。

 迷う余地なんてなかったみたいな速さ。


(ちょっとくらい悩んでくれたっていいじゃん)


 リサは頬を軽く膨らませる。


(自分で言い出したから、ちゃんと行かなきゃいけなくなったじゃん)


 そんなことを思ってしまう自分に、また気づく。


(いやいや、なに人のせいにしてんのあたし)


 リサは息を吐いて、椅子にもたれた。


(……どうしよっかな)


 諦めるのは簡単だ。

 でも、それだとちょっとだけ後悔しそうな気がする。


 窓際で、イヤホン越しに、スマホを見ている横顔。


(音楽が好きでも、ああいう場所は無理なのかな……でも、この機会を逃したら……)


 そこまで考えて、リサは視線を落とした。

 指先でペンを軽く転がす。

 さっきよりゆっくり。考えるみたいに。


(もう話す理由、なくなっちゃうかも知れない)


 クラスメイトとしての距離はある。

 でも、それ以上に近づくきっかけは、きっと少ない。

 席も隣じゃない。共通のグループもない。

 自然に話しかける理由なんて、いくつもあるわけじゃない。


(だったらいっそ、多少強引にでもいま誘った方がいい……っ)

評価くれるのメチャクチャ嬉しいです(^▽^)

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