13.挨拶3
「そういえばセレスさん、最近何か読んだ?」
シオンのお母様……お義母様は菓子をつまみながら、さらりと聞いた。
「本、ですか」
「そう。私ね、先月出た北方農業経済の論文読んだんだけど面白くて」
私は少し目を瞬いた。
「読みました。先月のものですよね」
「まあ貴方も読んだの!?」お義母様の目が輝いた。「3章の実験方法のところ、どう思った?」
「改良の余地があると思いました。サンプルの選定基準が曖昧で、結論を出すには母数が少なすぎます」
「そうそう!私もそこが気になって!対照群の設定も甘いと思うのよねー」
「比較対象の領地の選び方も疑問でした。気候帯が違いすぎて条件が揃っていない」
「わかる!!」
お義母様は身を乗り出した。
「じゃあ2章の収穫データの解析は?あそこは面白いと思ったんだけど」
「手法は面白いと思います。ただ過去データの参照年数が短いので、長期的な傾向を語るには早計かと」
「そうなのよね。10年分あれば全然違う結論になってたと思うのよ。ねえ続きの研究が出たら絶対読みましょうね」
「は……はい、ぜひ」
気づいたら前のめりになっていた。
お義母様と菓子をつまみながら、論文の話をしていた。
お義母様の言葉は的確で、視点が鋭く、話していて少しも退屈しなかった。むしろ自分の知識が足りないくらいだった。
「あの、お義母様」
「なあに」
「第4章の政策提言の部分はどう思われましたか。私は少し楽観的すぎると感じたのですが」
「わかるわ!現場を見てから書いてほしいのよね。あれは机上の空論というか……」
話が弾んだ。
流行の話でも、恋の話でも、社交界の噂話でもない。だからこそこんなに楽しい。
ここまで充実した会話は久しぶりだった。
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少し離れたところで、シオン父は腕を組んでいた。
隣でシオンが菓子を一つ摘んで口に入れた。
「……随分と学が深いご令嬢だな」
「でしょー」
満足そうだった。
論文の話で目を輝かせているセレスを見ながら、それ以上は何も言わなかった。
だから選んだ、と。そう言いたげな表情だった。
シオン父は小さく息をついた。
妻がこれほど嬉しそうに話しているのを見たのは久しぶりだった。
息子や夫以外と学術の話ができる相手が、妻には少なかった。
「シオン」
「うん」
「よかったな」
シオンは笑った。
「うん!」
会話が一段落して、ふとシオン様を見ると、穏やかな顔でこちらを見ていた。
「楽しそうだね」
「す。すみません……気づいたらこうなっていました」
「母さんも楽しそうだから、全然いいよ」
お義母様がこちらを向いた。
「ねえセレスさん、またいつでも来てね。全然話し足りないわ」
「……はい、ぜひ」
お母様はシオン様とよく似た笑顔で笑った。
なるほど。シオン様のあの笑顔は、お母様譲りだったのか。
なんだか愛おしいな、と感じた。




