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12/21

12.挨拶2

私の実家に挨拶したという事はシオン様の実家にも挨拶をしなければいけないわけで……


私は前日の夜から眠れなかった。


無礼があったらどうしよう。話が合わなかったら。作法で失敗したら。

そもそも公爵家の令息の婚約者として、私は相応しいのだろうか。

家柄の差は明らかだ。伯爵家と公爵家では格が違いすぎる。シオン様のご両親が反対されたら

「セレス、顔色悪いよ」

馬車の中でシオン様が言った。

「緊張してるんだね。でも大丈夫だよ」


「大丈夫なわけがありません」

シオン様を見た。

「シオン様、わかっていますか。家柄の差が」

「うん?」

「伯爵家と公爵家では格が違いすぎます。普通であれば釣り合いが取れない。ご両親が難色を示されても当然で」

「大丈夫大丈夫ー」

「何故そんなに楽観的なんですか」

「僕、公爵家継がないし」

「そういう問題ではありません」


シオン様はおかしそうに笑った。

私はため息をついて窓の外を見た。

王都の外れ、緑の多い区画へ馬車は進んでいく。


やがて見えてきた屋敷を目にして、私は言葉を失った。

大きい。

実家の何倍あるのか。見上げても全容が掴めない。整えられた庭園が左右に広がり、噴水まである。正門から玄関までの道のりだけで、実家の応接室より広いのではないか。


「着いたよ」

シオン様が軽い声で言った。

私は魂がどこかへ行きかけるのを必死で引き止めた。

「……帰っていいですか」

「だーめ」


馬車の扉が開いた。

玄関に入るとシオン様は当然のように言った。


「ただいまー」

声が広い天井に響いた。

「帰ってきたか」

廊下の奥から、低い声がした。


姿を現したのは、白髪交じりの男性だった。背が高く、目元がシオン様によく似ていた。ただし纏う空気は全く違う。厳格、という言葉がそのまま人になったような佇まいだった。


私は背筋を伸ばして、優雅にお辞儀をした。

「初めてお目にかかります。セレス・ヴェセルと申します。本日はお時間をいただきありがとうございます」

完璧にこなせたかは自分ではわからないが幼い頃から叩き込まれた所作を全て総動員した。


シオン様のお父様は、じっとこちらを見ていた。

厳しい目だった。値踏みするような。やはり難色を、と思った瞬間。


「……ついに」

お父様の目が潤んだ。

「ついにシオンに婚約者が……!」


「え」


「しかもこんなにかわいらしい令嬢を……!よくぞ連れてきた!」


私は固まった。


「だから言ったでしょ、大丈夫だって」

隣でシオン様が笑った。

お父様はしきりに目元を押さえていた。公爵家の当主が、玄関で。


私はただただ困惑した。


---


応接室は天井が高く、調度品の一つ一つが見たことのないほど豪奢だった。

椅子に腰かけて数秒後、扉が勢いよく開いた。


「どこ、どこ!?シオンの婚約者はどこ!?」

飛び込んできたのは、シオン様と同じ銀がかった髪の女性だった。


シオン様のお母様だ、と理解する前に、目が合った。

「かわいい!!!」


「は」


「かわいいわ!!シオン、かわいい子連れてきたわね!!」


「でしょー」シオン様は満足そうだった。


シオンのお母様はすでに私の隣に座っていた。テーブルの上に、いつの間にか見覚えのある箱が並んでいた。王都で一番格式の高い菓子屋の包みだ。


「食べる?どれが好き?全部食べていいわよ」

「あ、ありがとうございます……?」

「緊張してる?しなくていいのよ。もうこの子うちの子みたいなものだから」

「え」

「ねえシオン、早く式の話しましょうよ。どの季節がいいと思う?」

「落ち着いて母さん」

「落ち着いてなんかいられないわよ!待ってたんだから!」


私はされるがままになっていた。

お菓子を勧められ、季節の話をされ、どこで出会ったかを聞かれ。

私はシオン様を見た。シオン様は涼しい顔をしていた。


あまりにも、自由すぎる。


やがてお父様も腰を落ち着けて、部屋に四人が揃った。

私は姿勢を正して、口を開いた。

「本日は、婚約のお許しをいただきたく参りました。シオン様とのご縁をお認めいただけますでしょうか」


お父様とお母様が顔を見合わせた。

「OK」

「OK!」

サムズアップからの即答だった。


「やったね、OKだって」

シオン様が隣で笑った。


昨夜一睡もできなかった私は何だったのか。

家柄だの作法だの気にしまくっていた私が馬鹿みたいだ。

「……拍子抜けしました」

「言ったじゃないか、大丈夫だって」


お母様はすでに次の菓子の箱を開けていた。お父様はまだ目元が赤かった。

これが公爵家か、と私は静かに思った。

実家の何倍も大きな屋敷に、何倍も自由な人たちが住んでいた。


少しだけ、力が抜けた気がした。


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