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30 桜の舞い散るこの庭で

「心!海ちゃん!ただいまー」

「あ、お父さん」

 その時、車から降りてきたお父さんが、満面の笑顔で庭先から手を振った。そしてその後ろには、生まれたばかりの私の妹を抱くママの姿。

「ママ、お帰り!」

 私は縁側から庭へ飛び降り、妹の顔を覗き込む。すると妹は、私と握手でもするかのように、小さな手を差しのべた。

「キャー、かわいー!見て見て握手してるよー」

「桜ちゃん、お姉ちゃんに会えて嬉しいのね」

 ママがそう言ってにっこり笑う。

「桜ちゃん?名前決まったの?」

「そう、桜ちゃん。いい名前だろ?」

 お父さんがそう言って、自慢げに私を見る。

「どうせ、ボケーっと庭眺めてて、桜の花見て思いついたんだろ?」

 心がいつの間にか外へ出てきて、バカにしたように笑う。

「単純な名前」

「心!お前、俺が三日三晩寝ないで考えた名前をけなす気か!?」

 お父さんの声にママが笑う。私はそんなママの顔を見ながら考える。

 私の名前はママがつけてくれたんだよね。ママは海が好きだから……もしかしてパパとじゃなく、『空くん』と行った海を思い出してつけたのかな……私はふとそんなことを思う。そして新たな疑問が私の頭にわいてくる。

「ねえ……心ちゃんの名前は、誰がつけたの?」

 私の言葉に心がゆっくりと顔を上げる。そんな心の顔を見ながら、ママがにっこり微笑んで答えた。

「ママがつけたのよ。こころの優しい男の子になりますようにって……」

 ママはそう言ってお父さんを見つめる。お父さんもママを見て静かに笑った。

「それじゃあ、ママの願いは叶わなかったわけだ」

 私はそう言いながら、ママの手から桜を抱き上げる。

「海!それどういう意味だよ!?」

「ほーら、桜ちゃんー、怖いお兄ちゃんですねー」

「お前な……」

 すねた顔の心の前に私が桜を差し出すと、桜は小さな手をギュッと握って、ひくひくと泣き出した。

「あ、心ちゃんの顔見て泣いた」

「バーカ、お前の抱き方が下手クソなんだよ!」

 心はそう言うと、さりげなく私の手から桜を奪う。そして小さく揺らしながら、愛しそうに桜を見つめた。

「ほらな?泣き止んだだろ?」

「う、うん……」

 私はぼんやりとそんな心の横顔を見る。何だかいつもより、心の顔が優しく見える。

「心ちゃん……いいパパになるかもね?」

「うるさい。それより先に、お前いいかげん男作れ」

「ご心配なく。私のことを好きだって言ってくれる男の子、いるんだもんね」

「へえー、そりゃあ物好きなやつがいたもんだな」

 そんな私たちを見てママとお父さんが笑う。

「何だ、お前ら仲いいじゃん?」

 お父さんの言葉に心が言い返す。

「どこが。俺はもう海のめんどうみるのは、うんざりだね」

 心はそう言って、私の腕に桜を渡す。

「ベビーベット作っといたからな!」

 私はリビングを覗き込み、いつの間にか出来上がっている桜のベットを見つめる。

 心は縁側から部屋に上がり、機嫌悪そうに歩き出した。

「心ちゃん!」

 そんな心の背中にママが言う。

「ありがとう!」

 心は立ち止まると、ゆっくりと振り返りママを見た。ママは桜を見る目と同じ目で、心のことを愛しそうに見つめている。

「お兄ちゃん!大好き!」

 私は桜を抱き上げ、小さな手を心に向かって揺らしながら、そう言った。

「バカか……お前は」

 心は私を見て照れくさそうに笑うと、ドアの向こうに消えていった。

「心ちゃん、照れてたね?」

「そうね」

「わかりやすいヤツ」

 私とママとお父さんは、顔を見合わせて笑い出す。

 そんな笑い声の中、桜は幸せそうに小さなあくびを一つする。私はそんな桜を見つめてつぶやいた。

「桜も、心ちゃんのために、生まれてきたのかな……」

 顔を上げると、パパの大好きだった桜の木が、今年も花を咲かせている。

 パパは天国から、私たちのことをどんなふうに見つめているのだろう。

 パパ……私はパパとママの子供で幸せだったよ。幸せだったから、私は今、こうやってここで笑っていられる。

 やわらかな春の風が吹き、私たちの上から桜の花びらが舞い落ちる。私は静かに微笑んで、桜の小さな手をそっと握った。

これでこのお話は終わりです。

いつも読んでくださった皆様、感想をくださった方、評価、お気に入り登録をしてくださった方、本当に本当にありがとうございました。


今後はしばらく休止していた、もうひとつの連載ものを、ぼちぼち更新していけたらと思っています。お暇がありましたら、またのぞいてやってください。


それでは…最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

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