「蕭紅・蓮池」の続き
それはそれとしてではなぜこの作品を取り上げたのかと云うと、それはあくまでも先の中庸を射った作品としてそうしたのである。作者蕭紅は小豆に象徴された無垢の存在に、また蓮花池という天国の具現にこそ殉じたのだと思う。先に「抗日に生涯を捧げた」と紹介したのは著者紹介にそうあったからで、決してそれのみにおさまる人物ではない。他のプロフィールとして「中国フェミニズムの祖」などとも記されているが、それが他人から見た彼女の一面の像でしかないのと同じことである。彼女の実像をキャッチコピーするならば「(人間と人間社会への)疑問→抗い→追及」とでもなろうか。蕭紅は中国東北部の地主の子として生まれたがその父が決めた結婚を嫌い、昔ながらの中国封建性を嫌って、家から出奔してしまった進歩的な女学生であったという。しかしその後の二年間の放浪で辛酸を舐め尽くしたと記載されている。その後もあたかも日本軍の進撃から逃れるように上海から西安、重慶へと移り住まねばならなかったことと、共産党前身の出身者である夫蕭軍との軋轢などが、前記の彼女の作家像を形作ってしまったのだと思う。しかし後に(25才の折り)彼女は半年間ほど日本に留学さえしており、またフェミニズムというよりは夫蕭軍のDVに抗ったというのが実像で、畢竟(誰でもそうだが)この世の軋轢に悩み、毀誉褒貶に振りまわされながらも前記の根本命題である、人間存在の原点と理念を追い求めるに至った作家だったということである。小説「生死場」において弱き者、虐げられた者たちへの同苦同悲と、共有へと、やがて透徹して行く…。
※蕭紅は黒竜江省呼蘭県から夫・蕭軍とともに着の身着のままで文豪魯迅のもとに身を寄せた。その魯迅の援助で二人して作家デビューした時に撮った写真が今も残っている。作家らしく見せようと撮影の前の晩に蕭紅は徹夜して夫の為にルパーシカ風の衣装を縫った。みずからは写真屋の備具にあったパイプを(吸いもしないのに)こちらも作家らしく見せようとして咥えてみせている。茶目っ気というよりは、始めてプロ作家デビューする上での喜びと真摯さが為せるわざであったろう。写真からはいかにも気の強そうな夫・蕭軍と、どうかすれば過ぎるほどに(?)世話女房的な蕭紅(おそらくお嬢様育ちだったがゆえだろう)の雰囲気が伝わってくる。未だパソコンも何もない、すべて手書きで原稿を執筆せねばならなかった時代に、蕭紅は自分ばかりか夫の原稿までも清書していたそうだ(あの字画の多い漢字を、である)。のち夫のDVに会って離婚したことを思うといたたまれない気もするが、次の夫の端木がこちらは優柔不断で、男らしくない男であったのに、前夫と比較してそこに人間への新たな視点を獲得もしている。男らしければ良く、優柔不断の男ならダメとする世間一般の目がいかに浅薄なものか、端木のやさしさと気の細やかさを通じてそれを知るのである。そしてそれは単に男評価というだけではない、世間に於いて負の範疇に類されるものへの、新たなる再評価と視点の獲得でもあったのだ。これらを拝見するに、彼女の短命だったこととも合わせ、どうしても私はわが国の樋口一葉との相似を覚えざるを得ないのだが…。




