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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
邂逅の光明
81/179

<6>

 エドワードとリッツの様子を窺い、戦闘終了を告げようとした時、コネルはその姿に気がついた。彼らの目の前に立ちはだかっていたのは、親友のジョゼフ・ウォルターだったのだ。

 反射的に馬に蹴りを入れ、無我夢中でその場に向かっていた。リッツの実力、エドワードの力を知っているから、気が急く。

 ようやくその場にたどり着き、傷だらけの親友を正面に見て呼びかけると、ジョゼフは動揺したように剣先を振るわせた。

「……コネル……」

 視線が久々に交わる。最後に会ったのは、昨年の十二月だった。表向きはオフェリル討伐対として、本当はギルバートの呼びかけに応じ、反乱に加わるためのシアーズ脱出だった。

 あの時、コネルは疲れ切ったジョゼフに、よほど呼びかけたかったのだ。

 共に、新たなる王太子の元で、この国を変えてみないかと。

 だが出来なかった。彼が信奉するリチャードから離れることなど出来ないことぐらい、コネルは心得ていたからだ。

 リチャードによって非道の限りを尽くされ、狂い、壊れ、立ち直ることの出来ない女たちを、財産を投じて作った保養施設で面倒を見ているのは、彼だった。そのことでジョゼフは最近疲れ果てている。それでも彼にリチャードを捨てろといえなかった。

 保養施設の中で、狂ったままリチャードの子を産む女もいると聞いた。その子供たちをも、彼は面倒を見ている。彼が作った施設は、一般の孤児院であり、貧窮院であるように装っているが、全てリチャードに人生を壊された、平民のためにあると言っていい。

 この孤児院のことを、コネルはまだギルバートやジェラルドに語れずにいる。なぜならここで生まれた子供たちはみな現王家に、リチャードの血に連なる者だからだ。

 院長先生と慕われ、その子供たちを腕に抱くジョゼフに、コネルはいい知れないほどの不安を抱き、そしてその先を危ぶんだ。

 エドワードがこの革命を勝ち抜き、現王家の血統を全て絶とうとしたら、この子供たちはどうなるのだろう。

 だが何があろうと彼はリチャードを守り抜き、共に生き、死ぬことを選んでいた。リチャードから離れろと言えば、殴り合いになることも、その上で友情を断絶させてしまうことも重々承知していた。

 現にもっと若い頃には、幾度もそのことで殴り合いの喧嘩をした。それでもジョゼフはしばらくすれば笑いながら『この間は少々気が立っていた。悪かったな、コネル』と笑いかけてきた。

 それ以後、お互いに心を痛めつけるだけだから、コネルはジョゼフに言う言葉を失っていった。ジョゼフもまた、コネルに対しては、決してリチャードのことを話そうとしなかった。

 何故、とコネルはいつも彼を見て歯がみしていた。

 何故、あの非道な親王を助けるのか。

 何故人に対して人とも思わぬあの男を助け、自らを犠牲にするのか。

 彼によって与えられた平民の苦痛を引き受けつつも何故、リチャードを崇めるのか。

「リッツ頼む、もうやめてくれ。こいつを殺しても無意味だろ!」

 自分の言葉が革命軍の戦士に向けるに、適当では無い事は分かっている。リッツも戸惑ったような顔をして、エドワードを見上げた。エドワードは微かにコネルに視線を向けてから、リッツに頷いた。

「もういい、リッツ。もう彼を倒してもリチャードに追いつかない」

「……うん」

 友の言葉に、リッツは素直に剣を納めた。誰が何と言おうと、目前にエドワードがいる場合、リッツは彼の言葉しか聞かない。

 下がってエドワードに並んだリッツに変わり、コネルは馬から飛び降りて、友の前に立った。 

「ジョゼフ、もう、いいだろう?」

 剣を構えたまま微動だにしないジョゼフに、コネルは馬を下りて手を差し出した。リッツに手酷くやられたようだ。あちらこちらから流れ出した血が、静かに地面へとしたたり落ちている。

「これだけしたんだ。お前はリチャードへの義理を果たしたさ。こちらに付け、ジョゼフ。怪我の手当てをしよう」

 だがジョゼフは小さく首を振る。

「すまない、コネル。私はこの生き方を変えることは出来ない。手紙でも告げただろう」

 コネルは唇を噛んだ。握りつぶしては広げて読み返し、幾度となく歯ぎしりした手紙の内容は、すでに頭に入っている。

『己の信じる道を互いに進もう。君に殺されたとしても、リチャード様について行くことに後悔はしない。このユリスラが崩壊するのだとすれば、その罪を負うのであろう王族、リチャード様と共にあり、滅びるが私の定め。定めに逆らうつもりもなく、この身が滅びることも厭わぬ。国民を救う君の選択を尊敬し、私はここで滅び行く。友たる君に武運あれ』

 剣を納めたジョゼフは、以前のように穏やかに笑った。

「コネル。私は父の後を継ぎ、ウォルター侯爵になったよ。父は内戦を知ることなく、国王の崩御を知ることもなく死んだんだ」

「そうか。では苦しまなかったのだな」

 ジョゼフの父が病みついているのは知っていた。コネルも彼に幾度か会ったことがあったし、見舞いにも行ったことがある。

「ああ。侯爵のまま、貴族優性の世を信じたまま死んだ。彼は幸福だったろうな」

 淡々と笑みを浮かべて語るジョゼフに、言葉も出ない。黙ったまま彼を見つめることしか出来ないコネルに、ジョゼフは独り言のように語り続ける。 

「父は弱い人だった。いつも爵位を失うことを恐れていた。家族はみな父を愛していたが、父はいつも爵位を愛し、不安を抱えていた。病弱だった兄を気に掛け、家が断絶することを恐れていた。兄が死んだ時、私に言ったものさ。『お前が男で良かった。ウォルター家は安泰だ』って」

 じっとコネルと見つめて、ジョゼフは笑う。

「コネル」

「何だ?」

「じきに貴族階級が、意味をなさなくなる時代が来るのだろう?」

 唇に笑みを絶やすことなく、だが真摯な瞳で語りかけてきた彼を真っ直ぐに見返す。

「そうだ。そのために俺は……エドワード王太子殿下と共に戦うんだ。シュバリエ夫人をシアーズから追い出し、この国を救う」

 断言したコネルに、ひっそりとジョゼフは笑う。

「そうか。きっと素晴らしい国になるんだろうな。俺は見ること敵わんだろうが」

「まだ間に合う。革命軍へ下れ!」

「すまない、コネル」

「何故だ!?」

「その素晴らしい国に、我が主君はいない」

 ジョゼフは静かに、だが決して違えることがないだろう意思を感じさせつつ断言した。

「私はリチャード様の臣だ。スチュワート様でもイーディス様でも、ましてやそちらにおられるエドワード様の臣でもない」

「ジョゼフ……」

「私の忠誠はリチャード様のためにある」

 遙か昔、ジョゼフは自らの存在に迷い、家を出たあげくに侯爵家の持つ金で遊蕩を尽くした。金が切れれば家の女中に持ってこさせて遊び狂った。

 心配し、何とか家に連れ戻そうとしたこの女中を殴りつけ、平民のくせに余計なことをするなと、追い返したことすらあったのだという。

 愛された次期侯爵の兄、溺愛される妹。そしてあくまでも兄の予備であり、誰にも愛されることのなかった弟、ジョゼフ。

 この頃のことを、コネルは知らない。コネルはイライザに愛されるために、必死でキャリアを積み上げていたのだ。

 出会って間もなく意気投合して、酒に酔った時に聞いた話の中でジョゼフは、そんな過去を全て乗り越えていた。だからこそコネルに話せるのだと。

 でもそれを乗り越えさせたのは、他でもない、リチャードだったのだ。

 金も底を突き、家からの金が入らなくなったジョゼフは、酔った勢いである男と喧嘩になってしまう。よりにも寄ってその相手は、公爵家の跡取り息子だったのだ。

 公爵家は例え遠縁だったとしても、王家に連なった血が流れている家が多い。当然、侯爵家の次男坊であるジョゼフなど、彼らからすれば目下の存在だ。

 まだ口げんか程度ならおとがめで済んだだろう。だがジョゼフは相手に『所詮、男爵止まりの次男坊が』といわれて逆上し、相手を死ぬ寸前まで殴り倒してしまった。

 そして彼は、逃げ出した。

 彼を匿ったのは、女中だったそうだ。震えながら彼は自分の罪に怯えた。このままでは罪は自分だけではなく、父親に、兄に、妹にも及ぶ。

 だがいつまでも、逃げていられるわけもなかった。彼が変装をして街の中をさすらい、女中の元に戻った時、すでに全てが遅すぎた。

 女中は無残にも、公爵家の取り巻きたちによって、乱暴されて、あまりにも無残な亡骸となって横たわっていたのだ。

 怒りに狂い、ジョゼフは剣を一本下げて、公爵家に仇討ちに行ったのだそうだ。当然そこには怪我をした公爵の跡取り息子がいた。そして女中を殺した男たちがいた。

 だが彼らはジョゼフを前にしても、何も言わずにいたそうだ。なぜなら、彼らはある客をもてなしていたところだったのだそうだ。

 それがリチャードだった。

 公爵家の護衛を斬り殺し、血塗られた姿で彼らのパーティの場に立ったジョゼフは、無言のまま剣を構えて跡取り息子に斬りかかった。

 守ろうとした仲間たちを次々に斬り殺し、時が止まったように静まりかえった空間で、跡取り息子を見つめたのだ。

『決闘を申し込みに来た。剣を取れ』

 怯えて震え、隠れようとするその男に、ジョゼフは斬りかかった。だが男に届く前に、その剣は防がれていた。目の前に立ちはだかったのは、リチャードだった。

『いい度胸だ。お前、名は?』

 全く動じることなく、リチャードはそう尋ねた。

『ジョゼフ』

『貴族か?』

『父はそうだ。だがそのことに何の意味がある。俺には関係のないことだ』

 復讐に燃えるジョゼフに、リチャードは豪快に笑ったそうだ。

『分かった。お前はウォルター侯爵家の次男坊だな』

 その時にジョゼフは理解した。公爵家の跡取りは、リチャードに頼んで、ウォルター家の爵位剥奪を願い出たに違いないと。ならばもうジョゼフは貴族ですらない。

 一族皆が路頭に迷うことになるだろう。あの女中のように貴族に命を弄ばれて、死ぬことになるかもしれない。

 そう、それが貴族という立場だ。特権を味わった分、惨めに、無残に死ねばいい。

 元々立ち位置も、自分の存在も認められなかったジョゼフは満足した。これで何者でもない、何でもない存在として死ねる。

 だが家族は……どうなるのだろう。本当に死ぬのだろうか、ジョゼフという一人の男のせいで。無残な屍を、路上にさらすことになるのだろうか。

 ふと、家族の顔が浮かんだ。父には愛されなかった。でも母に、妹に、兄に愛されなかっただろうか。ひとときでも楽しかった時は、なかったのか。

 そう思いながらも、ジョゼフはがむしゃらにリチャードと戦ったという。目の前にいる、あの男を倒すために。

 助けてくれた女中を、愛してくれなかったが、愛されたいと願った家族を失わせるのだろう男を、この手で殺したかった。

 だがリチャードは強かった。ジョゼフでは全く歯が立たなかったのだという。

『殿下は言ったんだ。気に入ったと。ウォルター侯爵家の爵位は、そのままにしておくと』

 その時に力が抜けたという。自分はどうでもいい。だが自分のせいで家族を失うことは避けられたと思ったからだ。

 家族に愛されたかった。愛されなかったが、こうして自分の愛を知ってくれれば、家族は自分を認め、愛してくれるかもしれない。

 それだけでも満足だった。

 だがこのような暴挙に出たジョゼフは、死を賜るのだと言うことも分かっていた。それなのにリチャードは、再び豪快に笑ったのだという。

『お前も気に入った。俺が軍を掌握した時、お前が俺を補佐しろ』

 思いも掛けない言葉だった。困惑しながらジョゼフは尋ねた。

『……でも男爵にしかならない存在だ。殿下に仕えるには身分が足りない……』

『構わん。階級がどうであれ、お前自身が気に入ったのだからそれでいい』

 階級など関係なく、ジョゼフという個人を気に入ってリチャードは彼を生かした。ジョゼフは初めて彼という個人を認められ、そして補佐しろと求められた。

『お前はこれから俺の配下に下るといい。お前のその正義感、俺とは相容れぬかもしれぬ。だがお前のその目は、決して俺を裏切らん』

『殿下……』

『欲しけりゃ爵位もくれてやる。お前の父と同じ、侯爵の位をやろうか?』

 冗談めかしているが本気だと分かった。だからジョゼフは首を横に振った。

『爵位などいりません。貴方が私を必要とし、私という存在を認めてくださるのならば……私は永遠に殿下と共におりましょう』

『俺の傍で俺に意見するか?』

『せぬとは言えません。ですが殿下に私に出来る全ての忠誠を誓います』 

 跪いたジョゼフの肩を満足げに叩き、リチャードは楽しげに彼を立ち上がらせて肩を抱いた。

『面白い。従順な男ばかりで、二枚舌に退屈していたところだ。お前に俺の後ろを任せよう。付いてこい、ジョゼフ』

 それがリチャードとジョゼフを堅く結びつけている全てだった。ジョゼフはリチャードに人として初めて認められ、そして無条件の信頼を勝ち取った。ジョゼフは何があっても決してリチャードを見捨てたり裏切ったりしない。

 リチャードの後始末を引き受けるのも、リチャードに平民を無為に殺さぬようにと願い出たためだった。他の人物なら罰せられることだろう。だがリチャードは『それは難しい事だな』と言いながらも、弄んだ女性たちの援助を、ジョゼフにすべて任せている。

 そのため、ジョセフがリチャードと共にいるようになってから、平民に死者は出ていない。リチャードが平民を今もいびり殺しているというのは、あくまでも噂であり、ジョゼフはそれだけでも進歩だと笑う。

『いつか殿下も、命の重さに階級は関係ないと、分かってくださるさ』

 リチャードとジョゼフは、コネルとジョゼフの友情とは全く違った、そして最も深いところで結びついている絆なのだ。

 そう……エドワードとリッツのように。

 微かに視線を逸らしてその二人を見遣る。二人は理解できないというような目でジョゼフを見ていた。だがきっとコネルが知っている二人の事情を話したら、きっとリッツは深く納得するのだろう。

 なるほど。それならば仕方ないと。

 そうかとコネルは理解した。

 ジョゼフとリッツは似ているから、リッツが嫌いなのだ。見ているだけで不安になる。命などいらぬと相手に仕え、それ故に相手が狂った時も共にどこまでも堕ちていってしまう。

 自らの命を抱えていられない人間は、時にそうして破綻する。

 リッツを見ていると、今にも崩れて行くジョゼフの自我を見ているようで、苦痛だったのだ。

「捕虜になるわけにはいかない。だが私が逃げることを認めぬなら、ここでこの命を終わらせてくれ」

 穏やかに、だが決して折れることのない、ジョゼフの芯の強さを感じつつ、でもコネルは言わずにはいられない。

「お前は貴族、平民問わず、その命を愛しているだろう! 革命がなり、エドワード王太子殿下が王となれば、お前の守りたい人々が平穏に暮らせる世が来る。お前はそれを望まないのか!」

 それはリチャードによって人生を狂わされた人々が、そして彼の血を望まずして受けてしまった子供たちが幸せに暮らせる未来のはずだ。

「望んでいるからこそ、私のような男は必要ない。さあコネル、どうせ殺されるのならば王太子よりも精霊族の戦士よりもお前の手がいい。リチャード様は戻られた。もう死んでも構わん」

 やはり思いとどまらせるのは不可能なのだろう。これがジョゼフという男なのだ。コネルはうつむき、唇を噛みながら剣に手をかける。

 ならばその苦悩、友としてコネルが絶つしかないだろう。

 そう思った時だった。わずか後方にいたエドワードが小さくため息をついたのだ。

「ウォルター侯、侯はコネルと並ぶ指揮官だと聞いた。もしも侯が前線で戦っていたなら、どうなっていたと思う?」

 興味深そうなエドワードの言葉に、コネルは眉をしかめる。何を言い出そうというのだか、予測が出来ない。

 コネルも同様らしく、首をひねりながら、でも正直に答えた。

「総指揮官がローウェルではなく私ならば、革命軍に負けることはなかったでしょう。例え罠にはめられたとしても、形成を立て直し、数の有利を利用して勝つことが出来た。革命軍の総指揮官がモーガン元帥だったとしても、それは数で抑えられる」

「それならば何故それをしなかったんだ? 侯は親王の篤い信頼を得ていたというのに、何故指揮権を望まなかった?」

 ジョゼフは絶句したように黙った。エドワードは平然と笑いながら言葉を続ける。

「親王は侯を身辺を守るだけの存在として評価していないのではないのか? それともローウェル侯が失敗することを侯は望んだのか?」

「それは違う! リチャード様の身辺を守ることは、私の願いだ」

「だが守り切れなかった」

 容赦ないエドワードの言葉と、理解できないやりとりに困惑した。リッツを窺うと、面白いぐらいにエドワードの横で間抜けな顔をして惚けている。どうやら彼にも全く分からないようだ。

「王都に戻っても、侯の席はもうないかもしれない。それでも侯は王都に戻り、リチャードの傍に仕えるのか?」

「リチャード様に罰を受けるならそれも仕方ない」

「そうか。では戻るといい」

 あまりの言葉に、ジョゼフは目を丸くしてエドワードを見つめた。リッツも絶句している。コネルも当然言葉が出ない。もし彼を無事に戻していたら、相手の戦力を削ぐことなど出来ない。

「何故……?」

 小さく問いかけたジョゼフに、エドワードはすがすがしく笑った。

「一人の存在が軍を左右することもあるし、一人の存在が綿毛よりも軽いこともある。ウォルター侯、貴方が今後の王国軍にとってどうなるか、私も分からない。だが貴方は自分のために決断することがないようだ。私は侯のような人物を一人知っているし、とても大切に思っている。その人物もこの選択をさせられたなら、きっと侯と同じ答えを出すだろうと思う」

 リッツのことなのだろう。リッツも自分のことだと分かったのか、馬上のエドワードをじっと見上げていた。

「だからウォルター侯、その命は次に貴方が私の前に現れる時まで貴方に預けておこう。次に戦場で会った時、侯はどのような立場で私の前に現れるのだろうな」

「立場……」

 ジョゼフが呻く。コネルもエドワードの言葉の意味に気がついた。

 今のように身辺で小さく親王を守るのか、親王の不興を買ってでも、指揮官として戦場にあるのか。エドワードはそれを見たいというのだ。

「その代わり、私は二度とリチャードを逃すつもりはない。私が勝ち、再び侯と顔を合わせた時、貴方は親王ではなく、自分の幸福のために本当に望む選択をするんだ。それが条件だ」

 そういうとエドワードは、馬首を巡らしてからリッツに笑いかけた。

「行くぞリッツ。全軍を集めて帰投しよう」

「え? ああ、うん」

「馬はどうした?」

「あ、いっけねぇ、マルヴィルに預けっぱなしだ」

 理解しないままのリッツを連れて、エドワードが去って行く。それに従うように元騎士団である騎兵隊が戻っていった。少し離れたところに、ジェラルドの姿がある。

 こちらを見守っていたようだが、エドワードの選択に口を挟む気はないようだ。

 血塗られた草原に、コネルとジョゼフはたった二人で残された。おそらくエドワードやジェラルドが気を遣ってくれたのだろう。離れたところで、革命軍の点呼が始まっているようだ。

「あれが……エドワード・バルディア……」

 呟いたジョゼフに、コネルは苦笑した。

「ああ。甘いな殿下も。敵の総大将になりそうな男を逃がすとは」

 だがジョゼフは、真摯な表情でエドワードの後ろ姿を見た。

「いや、決して甘くはない。潰してやるから次は本気でかかってこい。だが負けたなら革命軍に下れ、他の選択肢は認めぬということさ」

「やはり、お前にもそう聞こえたか」

「ああ。王太子殿下に借りが出来てしまったからな、すでに私は勝つしかリチャード様に仕える手段がない。そうせねば私は、途方もない恩知らずになってしまう」

 静かなため息をつき、ジョゼフは微かに微笑んだ。

「不思議な方だ。リチャード様を守ることしか考えていなかったのに、あの方の言葉を聞いていたら、ふと貧窮院の子供たちの顔が浮かんだよ。リチャード様が炎であるならば、あの方は光だな。闇を照らす光だ」

 満足げにそういうと、ジョゼフはこちらに手を差し伸べた。

「コネル。次に会った時は完全に敵だ。私は軍の指揮を執る。だから躊躇わずに私を斬れ。これが永遠の別れで私の答えだ」

 差し出された手を握り返す。血で濡れたその手は、それでも暖かだった。

「永遠の別れではない。次に戦場で相まみえた時、必ずお前が死ぬよりも早くリチャードを倒し、俺は戦に勝つ。そして王太子殿下の御前にお前を引きずり出し、殿下の前に忠誠を誓わせてみせる」

「やれるものならば、やってみるがいい。私はもう、二度と負けん」

 しっかりと友の手を握り、無言のまま頷き合った。次に会った時、戦況はどうなっているのか、王都はどうなっているのか、それは分からない。

 だがお互いに戦うしか道がない。

 手を放したそばから、言葉も無く友に背を向けた。血のかかっていない草を食んでいる馬に、跨がると、背中越しに遠ざかる馬の足音が聞こえた。

 コネルはため息をつき、髪を撫でた。

 まだ希望の全てが潰えたわけではない。

 それでも革命軍として、初めての戦闘も終わった。これ以後は更に大軍をもって、王国軍は襲ってくるだろう。気を抜いている場合じゃない。

 コネルは馬上にまたがり、革命軍の面々が集まっている場所へと急いだ。


 この戦いは後にアーケル草原の戦いと呼ばれるようになる。この戦闘での死者は、革命軍千に対し、王国軍二万五千だった。王国軍は約半分になったと言えるだろう。だが負傷者はそれに含まれておらず、詳しいことは分からない。

 革命軍に死者が少ないのには、もう一つ理由があった。精霊使いであり、優秀な医師であるエンが、その技術を惜しみなく、医療班に教えていたからだった。

 王国軍の死者の大半が、精霊使いたちによって殺された計算になる。

 ここまでの大規模戦闘は革命軍にとって初めてのことであり、後の戦いのために大いに役に立つ事になるのだが、今はひとときの休息が訪れていた。 

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