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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
邂逅の光明
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呑気な冒険者たちシリーズ読者さんのための邂逅の光明プロローグ

いつもの土の日のいつもの夕刻。少々鼻風邪気味のリッツは、ぼんやりと庭を眺めていた。

 滅多に風邪など引かないのに、慣れぬ教職の気疲れと、多くの若者に接触する状況でひさびさに風邪を貰ってきたようだ。

 といっても熱があるわけでも、咳込むでもないからジョーの言う歴史を語る会に支障はない。

 部屋の中を見渡すと、フランツが本を顔にかぶったまま眠っていた。高等政務学院に編入したばかりのフランツは、彼らについて行くために死にものぐるいに勉強している。

 編入早々、王太子の友人であることを、他ならぬグレイグのせいで知られてしまい、いらぬやっかみを受けて大変らしい。フランツはそんなことをおくびにも出さないが、リッツは様々な情報網からそれを知っている。フランツ自らが選んだ道だとはいえ、未来は容易な物では無いだろうし、今後もそのやっかみは続いていくだろう。

 名目上、後見人であるリッツに出来ることと言えば、毎日の戦いを終えて家で寝こけているフランツの邪魔をしないように放っておくことぐらいだ。

 この土の日の会もフランツが勉強から離れられる時間らしい。そのためか、話が始まるほんのわずかな間だけでも眠りたいのだろう。

 まったく、王族を友人に持ち、その将来を嘱望されるのは大変だ。

 そういえば、アンナ達に歴史を話してくれと言われて早五週間。提出期限は先週で終わっていて、もうアンナとジョーは適当にレポートを出しているはずだ。なのに誰もこの会の中止を言い出さないのだが、続きを話す必要があるのだろうか。

 しかもこれから話すことになる内容は、戦いに次ぐ戦いの話だ。純粋無垢な教会の娘だったアンナに話していいものだろうか。いや、自分はそれをアンナに知られても、このままいられるだろうか。

 ぼんやりと自分の手を見つめる。

 この手でどれだけの人を殺めてきただろう。どれだけの人を傷つけてきただろう。きっと数えられないほどの人の命を奪い、その血に塗れて生きてきた。血塗れの戦場でしか生きられなかった。そうして自分の感情を殺すことで自身の恐怖と孤独を殺してきた。

 メリートの村で怯えたアンナに手をはたかれ、後ずさりされた時の恐怖は、未だ忘れられずに胸の中にある。

 それにリッツからすれば、過去を詳細に思い出して語るのは少々きつい。

 三十五年もの間、親友と仲間を置き去りにしてしまった過去は、戻ってきて二年たった今も簡単に忘れられるものではない。

 いくらエドワードが許してくれていても、過去の自分を目の当たりにしてしまうと『その選択はなかっただろう』と自身に突っ込まざるを得ないのだ。

 エドワードと過ごした五年の時間を、シュジュンでは思い出さないように心がけてきた。

 エドワードからの手紙が心の支えであっても、あの暖かく懐かしい時間を思い出すと、戦場ではやりきれなくなってしまうからだ。

 でもこうして詳細に思い出すと、まるで時間の経過など全くなかったかのように、過去の自分とエドワード、それから仲間たちの姿が浮かんできて、何の彩りも感じられなかった戦場での三十五年をあっさりと塗り替えていく。

 色鮮やかに焼き付けられる過去の記憶だからこそ、自分が犯した現実逃避の重さが身に染みてしまう。

 謝っても謝っても、みんなに申し訳なくて、こんなに共に時間を過ごした人たちから逃げ出した、自分の弱さが情けなくて自己嫌悪を陥ってしまうのだ。

 リッツが逃げ回っている間に、コネルが、グラントが、カークランドがそれ以外にも沢山の人々が死の国へと旅立っていた。

 彼らを見送ることも出来なかった。

 あの頃の人々の中で唯一最後まで時間を過ごせたのは、ギルバートだけだ。

 ギルバートは死ぬまでリッツを気遣ってくれたし、彼と共に暮らしていたソフィアは今も、タルニエン郊外で生きている。最後に会ったのは、ユリスラに帰ってくる直前だったから、まだ元気だろう。

 他のダグラス隊の面々も生きている者は少数だ。

 小さく息をつくと、微かに蜂蜜の香りが漂ってきた。ホットワインのいい香りだ。そのまま何の気なしに、目の前にあったカップを口に運ぶ。

 一口含んだ瞬間に、それを吐き出しそうになった。この苦み、このかすかな香り……ヴェラの毒と同じだ。そういえばいつからこのホットワインはここにあったのだろう。いや、そもそも誰が持ってきたんだ?

 過去の話をしていたから、ヴェラの毒の恐怖におののく。

 だがそんなリッツにかけられたのは、からかい気味のヴェラの言葉ではなく、心配そうなアンナの声だった。

「苦かった?」

「アンナ……これ」

 まさかアンナが毒を……? 今まで騙されてた?

 一瞬そんなことを考えたが、アンナの顔にはヴェラのような暗い輝きは微塵もない。

「薬草の蜂蜜付けをちょっと加えたの。引きはじめの風邪に効くんだよ」

「薬草?」

 カップを再び口元に持って行き、恐る恐る口にする。間違いなくヴェラに盛られた覚えがある香りと苦みだ。

「これ毒じゃないよな?」

 思わず確認すると、アンナは目を見開いた。

「どうして私がリッツに毒を盛るの?」

「いや、その……」

「ちゃんとした薬草だよ」

 首を傾げたアンナにカップを取り上げられた。

 見つめていると、アンナは迷いなくホットワインを口にする。

 酒にとてつもなく弱いアンナだから一瞬焦ったが、口にしても平然としているところを見ると、かなり沸かしたらしい。

「全然わからないけどなぁ。リッツって味覚に敏感だね」

「そうか?」

「そうだよ。この薬草に気がつくなんてすごいよ」

「……前に飲まされたことがあるからな」

「飲まされた? 誰に?」

 一瞬その名を口にすることをためらったが、いままですべて話してきたのだから、迷うことなどないと気がつく。

「ダグラス隊の毒使いだったヴェラ。ヴェラのことだから、絶対毒だと思ったんだがなぁ」

 アンナに返されたカップに恐る恐る口を付ける。赤ワインの苦みの陰から、かすかに違う苦みが顔を出す。そのあとの蜂蜜の香りに紛れてはしまうが、間違いなく、昔飲まされた覚えのある味だ。これが薬草だったなんて、信じられない。

 困惑しつつも、アンナがリッツの体調を気にかけて作ってくれた好意を無にできず、少しづつホットワインをすする。

「ね、リッツ」

「ん?」

「ヴェラさんって優しい人だったんだね」

「はっ?」

「この薬草、風邪に効くだけじゃなくて、疲れている人を癒す効果があるんだよ。きっとヴェラさん、リッツの疲れを取ってくれようとしたんじゃないのかな?」

「まさかぁ」

 あのヴェラがそんな気を使うなんて信じられない。

「ヴェラはいつも俺のカップに毒を盛って、面白がってたんだぞ?」

「だからだよ。きっとリッツに気がつかれたくなかったのに気づかれて、毒だってごまかしたんだと思うよ。だってこの薬草に気がつくなんて、あり得ない嗅覚だもん」

 しみじみとそういったアンナに、同意する声が重なる。

「何しろそいつは、犬だからな」

「だから、犬っていうなよ、エド」

 部屋に入ってきたエドワードを不機嫌に見ると、エドワードは無駄の無い手つきで防寒具を部屋の片隅にかけてから、いつもの場所に座った。だるくてぼんやりしているリッツの正面だ。

「人は見かけによらんものだ。本当のヴェラはそうだったのかもしれんだろう?」

「そんなわけないさ。媚薬を飲まされた時は大変なことになったし」

「媚薬って? 何の薬?」

 純粋無垢な顔でアンナに微笑まれて焦った。

 内戦後のシュジュンでの話だが、まさかその後、かなりヴェラに危険な意味での介抱をされたとは、口が裂けても言えない。

 そういえばヴェラと肉体関係を持ったのはあの時一度きりで、そしてそれが最後だった。

 その直後に彼女は傭兵を引退している。

「ん? お前には縁の無い薬。傭兵たちのもんさ」

「ふーん」

「で、なんでヴェラがいい人だと思うんだよ?」

 テーブルに肘を付いて、ぼんやりと頬を載せて呻くと、アンナでは無く正面のエドワードが軽く眉をしかめた。

「具合が悪そうだな、リッツ」

「ん~、風邪引いたっぽいんだよなぁ」

「馬鹿は風邪を引かないは、迷信か」

 心配そうな顔をされたと思ったのは、どうやらリッツの気のせいだ。

 いつの間にか現れたアニーの給仕を受けつつエドワードは楽しげにリッツをおちょくる。

 むくれて窓の外を見ると、また雪が舞っていた。

 二月のシアーズはまだまだ寒い。

「リッツ、お薬だと思って、全部飲んじゃうんだよ」

 アンナに諭されて、嫌々ながらホットワインに再び口を付ける。

 ヴェラの毒薬は、どうやらリッツの中で、トラウマになっているらしい。

 渋々飲んでいると、アンナが小さくため息をついた。

「リッツって、もててたんだねぇ……」

「は?」

「もしもリッツが自分に向けられる愛情を理解できる人だったら、私が恋人になることなんて無かったかもなぁ~」

「何が!?」

「だってみんなリッツが好きなんだもん。エドさん、パティ様、ギルバートさん、それからヴェラさんも」

「……なんて恐ろしいことを言い出したんだ、アンナ……」

 そんなことを想像するだけで、怖気が走る。

 エドワードやギルバートまでアンナの同一線上に置かれたら、リッツの立場が無い。

 ましてやハニートラップの名手で、暗殺を得意とするヴェラまでその中に加えられてしまうとは。

 鳥肌を立てたリッツに、エドワードが吹き出した。

「アンナの中の愛情は、男女立場関係なく、みな一緒くたなんだな」

 笑いながらのエドワードに、アンナは真面目に頷く。

「はい。人を大切に思う気持ち一つ一つに、瓶詰めみたいにラベル貼る必要は無いですよね。大切な人は大切。愛する人は愛してる」

 しっかりと確信をもってアンナは言い切った。

「内戦の話を聞いてたら、リッツに向けるエドさんの気持ちは愛情だし、私の想いも、ちゃんと愛情だし、シエラおばさまやカールおじさまが大切にしているのも愛情でしょう?だからヴェラさんが、こっそりリッツに薬草を飲ませたのも愛情だと思うなぁ」

「……それはどうだろうな」

 ボソッと呟く。

「ヴェラさんって、今はどうしてるの?」

「内戦から十年しないうちに死んだよ。毒を身体に大量摂取してたから、長く生きられないってヴェラ自身も知ってて、あっさりした死に際だったってソフィアが言ってた」

『リッツ』

 不意にふわふわと柔らかな銀の髪と、砂糖菓子のように甘い少女のまなざしをしたヴェラの笑顔と、舌足らずな子供のような声が浮かんだ。 

『本当に可愛い。馬鹿な子ほど可愛いって本当だわ。ねぇ、私はもう引退してしまうから一言だけ言っておくわよ。真面目に聞きなさい』

 すみれ色の瞳が穏やかな大人の表情を浮かべて、ヴェラを腕に抱いたまま媚薬のせいでぼんやりしていたリッツに語りかけてきた。

『ちゃんと飼い主に頭を撫でられに行きなさいね?』

 そうだ。一緒に過ごしたたった一度の夜、ヴェラはリッツにそういった。

 ヴェラもまた、ギルバートやソフィアと同じように、リッツがいる場所は戦場ではないと教えてくれていたのだ。

 なのにそれに気付くこと無く、弱さ故、逃げ回るしか無かった。

 テーブルにずるずると突っ伏すと、ボソッと呟いた。

「やばい」

「どうした、リッツ?」

 尋ねてきたエドワードに顔も上げずに答える。

「俺、すっげえ無関心だった」

 自分のことでいっぱいになっていて、周りを理解することが出来ていなかった。

 こうしてエドワードが近くにいて、アンナが隣にいて、自分自身を振り返ってみて、初めてそんなことを実感した。

「俺、恩人がいっぱいいたんだな。気がつかなかった」

 注意力散漫で、馬鹿で、無知で、子供で、感情的で。

 そんなリッツを見守ってくれた人々がいた。

 大人の目で見つめていてくれた。

「あの戦場で沢山の人を殺して、血に塗れて、それでも弱さを抱えた俺を、見守っていてくれた人たちがいっぱいいたんだ……」

 身体がだるい。

 突っ伏したままいると、優しく頭を撫でられた。

 顔を上げなくても分かる。この柔らかな手はアンナだ。

「具合が悪いなら、今日はもう寝たら?」

「お前とジョーがレポートも出し終えたし、もう話を聞く必要もないなら、そうする」

「う~ん。出し終えたけど私、リッツのことが知りたいな。軍学校にいるんだから戦争のことも知っておかないとって思うけど、私は大好きなリッツのことが知りたい。リッツの全てをちゃんと理解して、それでリッツのことが大好きだった人たちの愛情ごと、私もリッツを愛したいんだ」

 顔を上げると、アンナが柔らかく微笑んで見つめていた。

 その綺麗なエメラルドの瞳を、上目がち見つめる。

「……全部知っても、俺のことを嫌いにならない?」

 風邪で弱っているせいか、思わず本音が漏れた。

 昔の自分そのままの甘えた声と言葉に、気付いた瞬間慌てる。

「悪い、今のなし!」

 あまりの恥ずかしさに焦って、全身で否定すると、アンナにしっかりと首筋を抱かれてしまった。

「リッツって本当に可愛い!」

「あ、アンナ……」

「こうやってみんなリッツにハマっちゃうんですね、エドさん!」

 リッツから離れ、両拳を握りしめ、力を込めてエドワードを見たアンナに、エドワードが深々と頷く。

「その通りだ。今は時折垣間見えるだけだが、あの頃はその可愛らしさが全開だったからな。私で無くとも、命を賭けて守ってやりたくもなる」

「だからお前が命を賭けるな!」

 先週話したばかりだから、死にかけたエドワードの事が、妙に現実的にリッツの胸に迫る。

 あの時のエドワードの身体から流れ落ちた生ぬるい血液と、瞳を閉じたままの白い顔を思い出して、身震いする。

 冗談じゃ無い。もう二度とあれを味わうのは嫌だ。

 例えもうエドワードが王太子でも国王でもなくても、絶対にそれだけは嫌だ。

 エドワードが命の危機に見舞われたなら、幾度でも守る。

 例えどれだけの時が過ぎても、それだけはリッツの中の絶対だ。

「あれから俺は、ちゃんと努力しただろ。お前が刺されて以後、ダグラス隊に注意力散漫を怒られたことは一度も無い」

 むくれながら、まだ半分以上残っているホットワインを飲み干した。

「ちゃんと飲んだね! 偉いぞ、リッツ」

 ご褒美なのか、アンナがまた優しく抱きしめてくれた。

「ガキじゃねえんだから、孤児院のガキと同じ扱いは辞めてくれ」

 ため息交じりにそう言いつつも、本当は嬉しいとは口が裂けても言えない。

 確かにリッツは昔と比べれば素直では無いのだが、こうして話していると、中身はあの頃と全く変わらないと実感してしまう。

 少しづつだが、胃の辺りが暖かくなってきたような気がする。

 これなら今夜一晩ぐらいは話せそうだ。

 アンナに抱きつかれたまま、本をかぶって寝ているフランツを八つ当たり気味に怒鳴り起こす。

「起きろフランツ! 今日の話をとっとと始めちまうぞ」

「んあ?」

 寝ぼけたフランツが、本をかぶったまま起き上がると、本が顔から滑り落ちた。

 床に落ちるはずの本が、何故か鈍い音を立てて転がる。

 その直後、フランツのソファーの反対側から悲鳴が上がった。

「痛いだろ、フランツ!」

 頭をさすりながら、ジョーが起き上がる。

 一瞬驚いたような顔をしたが、フランツは小さく息をついて冷静にジョーを見据えた。

「そんなところで寝ているのが悪い」

「そんなとこって……あれ、あたし、あっちのソファーにたどり着いたと思ったのに?」

 困惑するジョーに、リッツの首筋に抱きついたままのアンナが笑った。

「途中で力尽きてそこで倒れたんだよ。揺らしても反応無いから、起きるまで待ってたの」

「あ~、そっかぁ……」

「ジョーったら。授業でもリッツに散々な目に遭わされてるのに、朝も、帰ってきてからもリッツに挑むなんて無茶すぎるよ。ただでさえ今日のリッツは手加減してくれないんだから」

 苦笑しながら自分の腹を撫でたアンナを見て思い出す。

 風邪で具合が悪いせいか、手加減が上手く出来ずに、生徒たちをこぞってぶっ飛ばしたのだ。

 その中の一人がアンナで、思い切り剣の柄で腹に一撃入れた覚えがある。

「ごめんアンナ。大丈夫だったか?」

 何気なくアンナの服を裾から捲り上げて、滑らかな横腹を露出させて撫でる。

 手のひら大に赤く晴れ上がり、微かに熱を持っている場所がある。

 相当痛いだろう。

 明日には大きな青あざになるに違いない。

 ゆっくりと優しく指を滑らせてから、アンナの腕からそっと抜け出して、打ち身に口づけた。

「やっぱり熱を持ってる。だからちゃんと冷やしておけって……」

「り、リッツ……」

「ん?」

 しまった。傭兵時代の癖で、ついついアンナを脱がせてしまった。

 フォローしようも無い状態で、ついつい捲ったまま胸の方を覗き込む。

 下から見上げるふっくらとした膨らみは、服の上から見るよりも少し大きく丸い盛り上がりがあって唾を飲む。

 早く、あっちにも触れたいよなぁ……。

『全く。本当にリッツったら、エロガキねぇ』という、ヴェラの呟きが聞こえたような気がした。

 我に返って恐る恐る見上げると、アンナが真っ赤な顔でリッツを見つめていた。

「あ……悪い」

「リッツの馬鹿! みんなの前でお腹出させるなんて恥ずかしいでしょ!」

「そっちかよ! つうか俺のしてることに異論は無いのか!?」

「ないよ! 二人きりなら別にいいよ!」

「よくない! 理性が持たないだろうが!」

 叫んだリッツにエドワードが吹き出した。

「お前たちは本当に、似たものカップルだな。昔のリッツの純粋無垢加減とアンナの現在の純粋無垢はそっくりだ」

 爆笑しているエドワードに、リッツは頬を膨らませた。

「俺はここまで世間知らずじゃ無かった!」

「私はちゃんと文字の読み書きできたもん!」

 アンナもぷうっと頬を膨らませる。

 見つめ合った瞬間に、そっくりなお互いの表情に、お互い吹き出す。

 認めよう。

 自分とアンナは確かによく似ている。

「……せっかく起きたんだから、今日の話を始めて欲しいな。二人のいちゃつく姿を見ているだけなら、部屋で寝る」

 冷静に言い切ったフランツに、エドワードが笑う。

「確かにそうだ。では今日は、初めての大規模戦闘と、ヴェラたちの活躍を話そう。この戦闘から、リッツと私の関係が、現在の我々の関係と一部とても近くなった」

「一部?」

 聞き返すと、グラスを傾けてワインを一口飲んだエドワードが静かに答える。

「ああ。あの戦闘から私は、例え敵が間近に迫っても、近くにリッツがいる限り微塵も動じなくなった。どんな状況であっても、リッツが私を守ると信じたからな」

 敵を目前にしても悠然と微笑み、目の前に突きつけられた剣をリッツが受け止めるまで微動にしなかったエドワードの、戦場によく響く声と、信頼に満ちた笑みを思い出した。

『俺にはリッツ・アルスターがいる。何故、動じる必要がある?』

『その通りだ! エドワード・バルディアの首が欲しけりゃ、この俺を倒してからにしてもらおうか!』

 ああ、あれはファルディナだったか。

「あれは王国歴一五三五年の七月だ。あの年の夏はとても暑かったが、シアーズへと下るシアーズ街道の草原を吹くさわやかな風のおかげで、それほど苦痛では無かった」

 静かに語り出したエドワードを見ながら、リッツは自分の席に戻って、エドワードからワイングラスを受け取った。

 ホットワインを飲み終えたから飲んでもいいだろう。

「……俺は暑かったし、煙かったけどな」

 心がまた、ファルディナ街道の夏に戻っていった。

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