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ここから燎原の覇者シリーズ第5巻「邂逅の光明」スタートです!
出会いの妙、出会った故の迷いや悩みなどなどを描いております。
いつも通りうっすら暗いかもですが、お楽しみいただければ幸いです。
王国歴一五三五年六月十八日。
エネノア中央山脈から吹き下ろす風が、海側から吹いてくる暖かな風に、微かに打ち負けるこの季節は、ユリスラ王国グレイン以北では最も過ごしやすい季節である。
故郷であるグレインは、夏の暑さはままあれど、高原に近いから、それほど暮らしにくい土地ではない。そういえばリッツの出身地であるシーデナは、高原の森林地帯だから、夏はほとんど存在しないと言っていた。だから夏に弱いのだと本人は言うが、仲間たちからは、サボりたいいいわけだろうとみられていて、リッツは不本意なのだそうだ。
隣でぼんやりしているリッツを見ると、視線は移動式の天幕の隙間から見える外の光景に向けられていた。確かに不得手な分野の軍議には参加しなくてもいいと言ったが、ここまで惚けていいとも言っていない。
かくいうエドワードも、作戦本部天幕での軍議の最中だというのに外を見たり、リッツを見たりしているわけだから、人のことは言えないのだが。
ため息交じりに視線をグラント・サウスフォードに移す。現在論じられているのは、行政と革命軍の後方支援部隊に関する問題である。グレイン、オフェリルは自治領主として未だジェラルドとカークランドが担っているが、新たに解放したファルディナの行政にまで手が回らない状況になっている。特にオフェリルとファルディナの行政を引き受けねばならなくなったカークランドに軍の後方支援まで回ってくる状況は、もう限界とも言える。
そこに現れたのがグラント・サウスフォードだった。何らかの意図を持って解放されたであろうグラントではあるが、敵の思惑はどうであれ、かなり助かったことは事実である。未だジェイド・グリーンの『パワーバランス』が何であるかは不明だが、グラントの人となりはジェラルドやギルバートも認めるところだし、何よりも彼は独身であり、人質となる家族もいないため、脅迫される要素もない。
そのグラントが現状を見て、軍議での発言を求めたのは当然だろう。徐々にエドワードを離れ、グラントの意見はたった一人に向かっていく。それを感じつつ、エドワードはこの作戦本部とも言える巨大天幕の丸いテーブルにつく面々を見渡した。
この軍議に参加しているのは、全部幹部たちだ。いわばこの天幕が、現在の革命軍における総司令部といえるだろう。
革命軍の象徴であるエドワードは勿論、エドワードの片腕であり、遊撃隊長副官を務めるリッツ、騎士団の精霊使いパトリシア、総司令官のジェラルド、後方処理担当のカークランドと見慣れた顔が並ぶ。
革命軍は、元グレイン騎士団、アデルフィー護衛団、元王国軍、グレイン義勇兵、オフェリル義勇兵、ファルディナ義勇兵という六つの集団を再編成して一つの軍として成り立っている。
再構成された軍の構成はこのようになっている。
遊撃隊 指揮官ギルバート
精霊使い部隊 指揮官ソフィア
弓兵部隊 指揮官ベネット
騎兵連隊 指揮官エリクソン
歩兵部隊 総指揮官コネル
第一部隊~第五部隊 各指揮官。
後方支援部隊 指揮官マディラ
遊撃隊はギルバート指揮下の特殊部隊として構成されていて、ソフィアが指揮を執る精霊部隊や、ベネットが指揮する弓兵部隊もここに含まれる。つまり特殊な任務はまとめて引き受けた状態だ。
騎士団は騎兵連隊として、元騎士団長エリクソンと副官オドネルが指揮を執っている。約千人の騎兵連隊ではあるが、革命軍で絶大な戦力を持つ騎士団が元となっているだけあって信頼度は高い。
次に元王国軍と義勇兵で成り立つ歩兵部隊がある。こちらは歩兵・重装甲兵で構成された五つの部隊で、コネルと共に革命軍に加わった元王国軍改革派の面々がそれぞれ指揮を執る。歩兵部隊の指揮官を務めるのがコネルだ。この会議には各部隊長五人も参加していた。
主に後方部隊の防衛を担当しているのは、元アデルフィー護衛団であり、指揮官はそのままマディラが引き付いた。マディラも軍議に参加している。
二万人少々の寄せ集めの軍隊に、たった十五人の幹部。これが革命軍全員だ。対する敵は五万人。かなり追い詰められた状況であるはずなのに、何故だか天幕には余裕が漂っていた。それはきっとジェラルドやギルバートの醸し出す雰囲気のせいだろう。
焦って勝てればいくらでも焦るが、余裕を持って熟考して勝つ方が実入りが多い、とはギルバートの弁である。
最後に再び、相棒リッツを眺めて小さくため息をつく。リッツは小さく欠伸をしながら、再び天幕入り口から外を眺めていた。仕方のない奴だと思いつつも、ついついその視線を辿る。
そこから見える見える木々たちは深緑に輝き、これから始まる暑い夏への期待に、心弾ませているようだ。そういえばリッツの父は木の精霊も使うと言っていた。もしリッツが精霊使いならば、きっと木々に宿る精霊たちが初夏の風に舞うところを見ているのだろうが、実際の所エドワードとリッツの見えている景色は同じだろう。
ふとパトリシアの視線を感じて我に返った。パトリシアはリッツを呆れた顔で見てから、もの言いたげにこちらを見たのだ。言いたいことは分かっている。ちゃんと面倒を見ろということだろう。惚けたように欠伸をかみ殺したリッツの脇腹を、ペン軸の後ろで突き刺す。
「んあっ?」
間抜けな声で我に返ったリッツは、全員の冷たいまなざしを受けて、決まり悪そうに視線をグラントたちの方に向けた。この緊張がいつまで続くか分からないが、少しは会議にも身を入れて欲しいものだ。心の中でやれやれと思いつつ、顔に出さずに元のように正面に向き直る。
「カークランド伯一人で、行政と軍の補給を司ることは、害あれど利なしだと申し上げたのだ」
「……あなたは私が無能だとおっしゃるのか、サウスフォード伯」
ため息交じりのカークランドに向けるグラントの表情は厳しい。
「無能とは言っておらん。ただ有事においてその二つを同時に担当することの、無益さを語っているだけだ」
「軍務の方は、ジェリーとギルと協力して……」
「モーガン侯は指揮官だ。細かなことに手を煩わせてはいかん」
「では伯が軍務を担当すればいいではないか。伯は国家の中枢で、財務を司ってきたのだから」
「本気でそう申しているならば、伯の良識を疑いますな」
きっぱりと言い切られて、カークランドが口をつぐんだ。カークランドもきっと自分の言っていることが理にかなっていないと分かっているのだ。元々カークランドは、軍人であることに向いていないと、退官した男だ。今更軍の補給と後方勤務の全てを取り仕切れと言われても、尻込みしてしまうだろう。
「宰相であった私でも、軍務に手を付けることを、前国王に許されてはおらん。だが私は行政には長けている。それならば私が行政を取り仕切り、伯が軍務を司るのが最も有益だ。違うかね?」
グラントの、コネルとよく似た薄いブラウンの瞳がスッと細められた。本来、穏やかな気質のカークランドは、ため息交じりに収まりの悪い癖毛気味の濃茶の髪を掻いた。
「しかし、私も軍歴は浅く、軍務に通じてはいない」
「士官学校を出ているのだ、私よりも遙かに軍務に長けている」
「……それを言われると一言も無いな」
カークランドはついに折れた。これはグラントの勝ちだな。そう思った瞬間に、隣で呟くような声が上がった。
「グラントの勝ちっと」
考えていたことが口から出てしまったかと焦ったが、その犯人はリッツだった。同じように考えていたらしい。ようやく決まった話し合いを、そう称すしたリッツの呟きは、グラントにちゃんと聞こえていたようで、リッツはカークランドに向けられていた険しい表情をそのまま向けられている。
「欠伸をしているか外を見ていて、どこで勝ち負けを決めたのだ、リッツ?」
「ごめん、グラント」
正直に謝ったリッツに、グラントはため息交じりに首を振る。
「せめて君がもう少し事をわきまえた男ならばな」
「あ、うん。ごめん。経済とか財政とか、俺はパスな方向でひとつ……」
「分かっている。ちゃんとそれぐらいは理解した」
「へへ。元気になって仕事も決まって良かったじゃん、グラント」
軽くそう言ったリッツに、またグラントは深々とため息をついて額を押さえてしまった。どうやらリッツは彼の頭痛の種らしい。
グラントとリッツの噛み合わない言葉のやりとりは、もはやこの場での当たり前の光景と化しつつある。そもそもリッツは、まだ人間社会に関わるようになって三年経っていない。グラントの考えるエドワードの片腕には、ほど遠い存在だ。
だがきっとグラントはそのうちに、リッツを必要としているのはエドワードの方だと気がつくだろう。そうなれば自ずとリッツの役割を理解してくれるに違いない。そもそも世間知らずなリッツが経済を言い出したら、それはリッツではなく偽物だ。
ここに来てすでに一週間が過ぎ、グラントはすっかり元気を取り戻していた。初めてここへやってきた時の状況を知っているから、ここまで体力を回復したグラントに、コネルは安堵しているようだった。これもまたひとえにエンのおかげだろう。エンという優秀きわまりない医者は、性格には難あれど、かなりこの革命軍の重要な要素である。
「お互いの話し合いで決着が付いたようだな」
今まで黙っていたジェラルドの朗らかな言葉で、場の空気が和んだ。この軍議において最初の議題は、人出をどう繰り回すかだったのだ。まだまだ人手不足な革命軍において、人材の有用な利用は急務だ。
張り詰めていた緊張で肩の力が入っていたことに気がつき、軽く肩の力を抜く。王太子として決定権を持って軍議を聞くのは疲れるが、これも役目だから仕方がない。
その時、軽くテーブルの下にあった足が蹴られた。気遣うようにもう一度蹴られて気がつく。微かに見ると、リッツが口の端に笑みを浮かべていた。
周りから見えないように『お疲れ』の意味を込めての仕草だろう。黙ったまま、その足を軽く蹴り返す。言葉にすれば『これぐらいで疲れるもんか』というところだ。最近は言葉なんて交わさなくても、リッツとならば、大体の会話が成立するようになってきた。
リッツの生死権、全てを握ってしまったあの夜から、リッツの信頼は今までとは違うものになってきていることには気がついている。守るという意志の強さと同様に、何よりも、リッツは完全にエドワードと共に生き、共に死ぬ覚悟を決めているのだ。
それが思い詰めた感情にならないか心配をしているものの、今は良い方向に進んでいると思いたい。
グラントとカークランドが完全に納得したのを確認してから、エドワードは笑みを浮かべて二人を交互に見た。
「ではグラント、ファルディナ本陣に残り、北部同盟および、ファルディナなど解放した自治領区及び、町村の行政の徹底を任せる」
「御意に、殿下」
「サラディオ、グレイン、オフェリルの三自治領区は、今まで通り独立した自治領区としての行政を頼む。手数だが、自治領主は兼務してくれ、フレイ、ジェラルド」
命令であり、依頼ともとれる穏やかな口調で告げると、カークランドとジェラルドが胸に手を当てて深々と頷いた。
「革命軍は、これら自治領区から完全に独立した組織として運営し、軍務を後方支援部隊長としてカークランド伯に託す。以後革命軍の後背を頼む」
個人としてではなく、王太子として告げると、音もなくカークランドが立ち上がり、深々と胸に手を当てて頭を下げる。
「は。拝命いたします」
「マディラ、元アデルフィー護衛団を後方支援部隊専属とする。補給や護衛の任務を負ってくれ」
「拝命いたします、殿下」
カークランドの隣にいたマディラも、カークランドに倣った。きっとこうすることで、オフェリル自治領区の仕事も兼任できるはずだ。二人とも後方にいれば、オフェリルの残存勢力が事を起こした場合、どちらからオフェリルに戻れる。
「頼む」
再編成案が大体固まったところで、いよいよ軍議は本来の作戦会議に戻った。当然ながら近々行われるであろう、リチャード親王の大部隊と相まみえるための作戦会議だ。
グラントによってもたらされた情報ではリチャード親王率いるユリスラ王国軍の数は、五万だという。対するこちらは半数にも満たない寄せ集めだ。
隣のリッツが小さく居住まいを正したのが分かった。本来の出番であると自覚しているのだろう。今までの言われることをやるだけの自分を改めるのだと、リッツは会議の前に決意を語っていたから、それを実行しようとしているのだ。それが心強い。
完全に聞く体勢に入ったリッツに倣い、エドワードも黙って軍議の場では中心となって話を進めるジェラルドに目を向ける。
今までグラントとカークランドの間で、静かに笑みを浮かべつつ口を挟まずにいたジェラルドがゆっくりと立ち上がり、テーブルいっぱいに広げた地図に、さいの目のような二色の駒をばらまいた。
「行政と後方部隊の責任者が決まったのだから、ここで負けるわけにもいかんな」
穏やかな微笑みを浮かべつつ、駒を並べるジェラルドを、ギルバートが手伝っている。青い駒は味方の駒でファルディナ側に、赤い駒は敵側でシアーズ側にある。その数はやはり現実と同じく二対一だ。
「これまで入った情報を整理してみよう。まず司令官だ。最高指揮官はリチャード親王で間違いないな?」
薄い青色の瞳を楽しげに細めたジェラルドは、何故か楽しそうに見える。更に楽しそうなのが、ギルバートだった。
「スチュワートの野郎が、まず戦いの場に出てくることはねえからな。自分は安全圏にいて、人の死を楽しむからな、奴は」
それは有名な話だった。彼は直接手を汚さない。全て自分の配下に手を下させる。そして死にかけた相手、動けない相手をその手でいたぶることを好む。
ギルバートの目も同じだ。ギルバートに手を出せなかったからイーディスに命じて彼を捕らえて、国王の前で動かないギルバートの目を潰したのだ。
「モーガン閣下、他の指揮官について情報はありませんか?」
テーブルに載せた手を組み、真剣な顔でコネルが問いかけた。何か気にかかることがあるのだろう。ジェラルドは、コネルの気がかりを知っているのか、微かに表情を曇らせて頷く。
「情報はある。リチャードの補佐に付いた者は二人いる。一人は侯爵、一人は侯爵の息子だ」
「……侯爵」
「一人はローウェル侯爵。前大臣の懐刀とお呼ばれた男で、シュヴァリエ家の親交も厚い。だが前線に出た経験は皆無に近いはずだ。元々所属していたのも、作戦本部のはずだからな」
ジェラルドの説明に、エドワードは頷いた。
「なるほど、完全なシュヴァリエ派か。確か現在の大臣もシュヴァリエ派だったな……」
「その通りだ。何しろ前大臣はシュヴァリエ公爵、現大臣はイーディスの妹の嫁ぎ先ヘンドリクス公爵だ。シュヴァリエ派が軍のほぼ全てを握っているとみて間違いない。何しろ有力なバルディア派がこぞってこちらに集合している」
冗談めかしたジェラルドに、全員が笑った。だがいつもは率先して皮肉を言うはずのコネルがやけに静かだ。コネルに視線を向けると、コネルがこちらを睨んだ。いや、コネルを遠慮なく見つめて、顔中に疑問を浮かべている、リッツをにらみ返しているようだ。何らかの事情があるのだろう。
ジェラルドとギルバートに視線を向けると、ギルバートと目が合った。ギルバートは微かに笑みを浮かべて、ジェラルドに続きを促す。
「もう一人も分かっているんだろう?」
「分かっている。警戒すべきは、リチャードの懐刀といわれるこの男の方だ。彼は元々改革派寄りの男だった」
淡々と語ったジェラルドに対し、コネルは腹立ちを押さえきれぬといった体で、テーブルに拳を叩き付けた。気がついているはずなのに、ジェラルドはコネルの行為を気にとめることなく言葉を続ける。
「名はジョゼフ・ウォルター。病床の父が健在である故、まだ侯爵の位を得てはいないが、リチャードの信頼を最も受けている男だ。ギルが軍を去り、私が隠居した後、彼は、王国軍の双翼と呼ばれた一翼だった。もう一翼は……コネルだ」
落ち込んだように深いと息を漏らして、コネルが重たい口を開く。
「ジョゼフは俺の友だ。軍での階級は同じだったが、奴は公爵家の次男坊で、俺と同じように子爵になる運命だったから気が合ったんだ。でも一つだけあいつとは相容れないことがあった。それがリチャード親王に対する感情だった」
「……コネルと気が合ったって事はさ、ジョゼフって人、いい人なのかよ?」
率直なリッツの問いかけに、コネルは微かに唇を噛んでから吐き捨てるように言った。
「ああ、いい奴さ。だがな、リチャードの尻ぬぐいに走り回っている姿を見ると、殴りつけたくなる」
「尻ぬぐい?」
「ああそうだ。リチャードって野郎は乱暴者だ。奴に暴行され重傷を負う男、強姦されて自殺する女はざらにいる。王宮内にあるリチャードの居住区では、一般女性が鎖で繋がれて飼われているらしいしな」
「げ……」
「見た目が良けりゃ男でも構わないらしいぞ、リチャードって野郎は。お前ならいいペットになるんじゃねえか。今も王太子殿下の犬だしな」
「絶対に嫌だ。でも飼われてるって?」
「鎖に四肢を繋がれてな、一切の抵抗も出来ぬまま、リチャードの野郎に刺し貫かれるだけだってよ。その女の恐怖の叫びが、堪らないらしいな」
「うえ……」
「パーティの席では、貴族たちの前にご自由にと、そんな女たちが提供されるそうだ。リチャードにおべっかを使いたい奴らは、ありがたく頂くのさ」
「貴族は脳みそないのか? そんなのありがたくも何ともないよ」
「お前も女好きだろう?」
「俺は、ちゃんと駆け引きして、俺を気に入ってたっぷり構ってくれる姐さんしかいらないもん」
パトリシアに咳払いされて、リッツが焦る。娼館の話をすると、パトリシアに殴られることぐらい、リッツは百も承知だ。
「じゃなくて、どうして貴族はありがたく頂くの?」
「一歩間違えて貴族の籍を剥奪されたらどうする?王族には貴族の籍を剥奪する権利があるし。これはちょっとした恐怖だろうよ。明日、そこに吊されて公衆の面前で犯されているのは自分かもしれないし、自分の家族かもしれない。ならばできる限り、リチャードに従う方が賢い」
リッツの切れ長の目がうんざりしたように天を仰いだ。階級制度に疑問を抱き、女好きでありながらも、女性を対等の存在と考えているリッツだから、想像して気分が重くなったのだろう。
パトリシアも呻き声を上げて口を押さえている。一歩間違えればそんな男の妻になるところだったのだから、当然の反応だ。
だがもしリチャードの妻になっていれば、おそらくパトリシアはエドワードとジェラルドの反乱の責任を取らされ、リチャードに飼われたのかもしれない。それを思うと、あの時のジェラルドの決断に心底安堵する。
それはきっと彼女にこっそりと片思いしている、リッツも同じなのだろう。
「そんな奴の尻ぬぐい?」
「ああ。飼われている女性が弱っているのを確認して、金を持たせて住む場所を確保してやって、開放するのはジョゼフだって話さ。馬鹿じゃねえのかと思うが、ジョゼフがリチャードの飼い犬になってから、一般女性は死んでいないそうだ」
「んじゃあ、女性を助けてるんじゃねえの?」
「馬鹿かてめえは。だったら最初から女性を連れてくることを諫めればいいんだ」
「そうだね。でもさ、どうしてコネルの友達なのにそんなことになってるんだよ?」
あまりに率直なリッツの質問に、コネルは逃れようがなかった。しばし逡巡したのち、コネルは顔を歪めて俯き、ジョゼフの事を語りはじめた。
コネルによると、ジョゼフ・ウォルターは以前、リチャードに命を救われたことがあるのだという。侯爵名義を継ぐことを許されていないジョゼフは、一時期自分の立ち位置を悩み、自暴自棄になっていた。
その彼が酒場でつまらないことから小競り合いになったのが大貴族の子息で、親族にまで被害が及びそうになった時、間に立ったのがリチャードだったのだそうだ。大貴族に詫びるために自らの首を差し出した彼を、リチャードは自分の配下に置くことで救ったのである。
その後兄が事故死し、ジョゼフはウォルター家を侯爵として継ぐ資格を持つことになり、リチャードの最も信頼を置く臣下となったのだ。
「リチャード親王ってやつは、粗暴で、馬鹿で、女性に対しては残虐趣味者で、階級絶対主義者で、王族としては救いようがないが、配下に置いた者を重用する。裏切り者は許さないが、従う者を信頼し、決して裏切らない。配下の者の家族、友人までもを大切にする。だから配下には忠誠心篤い者が多い」
「……じゃあリチャードって奴、いい奴なの?」
「お前はアホか?」
きっぱりとリッツをけなして、コネルは顔を歪めた。エドワードと同じようにリッツに遠慮なく接するコネルだが、その率直さはエドワードと違い、何らかの不信感が滲んでいる。だが全員の視線を受け、そのまま話を続ける。
「ジョゼフは侯爵の息子だったし、それに軍で実績も上げていた。例え気まぐれに救ったのだとしても、ジョゼフは真面目な男だからそれに恩義を感じ、リチャード親王に絶対の忠誠を誓っている。面倒なのはジョゼフが実際にフォルヌとの戦乱を経験していることだ。その時は元帥閣下と共に二人で部隊の指揮を執った」
「ああ。覚えている。平民の部下からの信頼も篤く、圧倒的な存在感で敵を翻弄する、いい指揮官だった」
つまりリチャード親王軍を相手にすると言うことは、その男を相手にすると言うことだ。しかも倍の兵力を持っている部隊を。
「ジョゼフって人さ、こっちの引き入れられないの?リチャード親王に心酔してるって言っても、ちゃんと国民を守ろうって人なんだろ?」
率直なリッツに、コネルはため息交じりに答えた。
「俺も当然それは考えたさ。俺がこちらの陣営に入ってから、元帥閣下に頼んで書状をジョゼフに届けた。すでにユリスラは崩壊を始めている。共に今後のユリスラを平穏へと導くために、こちらの陣営に参加して欲しい。友として君が滅びへと歩み寄ることを心配しているってな」
「返事は来た?」
「ああ来たさ」
コネルは軍服のポケットから、しわくちゃになった紙を取り出した。それをぞんざいに広げて読み上げる。
「『己の信じる道を互いに進もう。君に殺されたとしても、リチャード様について行くことに後悔はしない。このユリスラが崩壊するのだとすれば、その罪を負うのであろう王族、リチャード様と共にあり、滅びるが私の定め。定めに逆らうつもりもなく、この身が滅びることも厭わぬ。国民を救う君の選択を尊敬し、私はここで滅び行く。友たる君に武運あれ』だそうだ」
エドワードは小さくため息をついた。王族のやりように反発をしていても、こうして自らの過去と誇りのために死を選択する者もいる。今後も戦いの中でユリスラ王国軍は、投降者とジョゼフのような滅びの美学を歌う者に分かれていくのだろう。
それでも、そうして誇りを持って、現王家と共に滅び行く者の屍をも乗り越えていかねば、その先に王座は見えない。ここからはユリスラ王国軍同士の、本気での殺し合いになるだろう。
どちらも守るべき国民であるのに。
「エド」
我に返ると、目の前でダークブラウンの瞳が瞬いていた。リッツが心配そうに、かなりの至近距離から覗き込んでいるのだ。リッツはどうも未だに、人との距離の取り方がいまいち上手くない。
「……リッツ、近い」
「ごめん」
リッツが顔をどけると、全員の視線がこちらを向いているのが分かった。長いこと反応もせずにいたのかもしれない。
「すまないリッツ。考え事をしていた」
「うん。大丈夫ならいいんだ」
気がかりそうな顔をしながらも、無理に笑って引き下がったリッツの肩を軽く叩く。こんな事でぼんやりしていたら、この先どれだけ仲間たちに心配を掛けるだろう。
「殿下」
コネルに呼びかけられて視線を向けると、今までの苦悩をかき消し、コネルはいつもの皮肉屋の笑顔を浮かべていた。
「早いところユリスラを手に入れましょう、エドワード殿下。あいつが死ぬ前に軍の全権を掌握すれば、あいつを取り戻せる」
「気楽に言ってくれるな」
苦笑すると、コネルも笑う。
「殿下なら出来ると信じております故」
こんな馬鹿馬鹿しい戦いを、早く終わらせてくれ。それはきっとコネルだけではない。国民全ての願いだろう。それを受け止めるのがエドワードの仕事だ。
「努力する。ジェラルド、続けてくれないか?」
「分かった。つまり相手は今までのように無能な指揮官に率いられた部隊ではない。おそらく本来の王国軍の力を我々は目の当たりにするだろう。その上、相手の数は我が軍の倍だ。当然ながら正面からぶつかるのはばかげている。つまり人数が少なく、未だ経験の浅い義勇兵が大半である我々に出来る最大限の戦術は、奇襲と遊撃戦だ。彼らが戦場に至るその前に、混乱状態に陥れることが最も重要となる」
地図を前にジェラルドが青い駒を動かす。
「シアーズ街道には、いくつかの側道がある。それぞれに小さな町や村へと続く道であり、小型の馬車がすれ違うのがやっとという細い道だ。シアーズ街道のように大きな道ではない。五万という数を考えると、この側道を使うとは考えられない。何しろ各個撃破されやすいからな。大部隊で戦場を確保し、戦うことを考えるだろう。とくにリチャードという男は」
ジェラルドの指が、地図の上を走る。戦場に設定されたのは、以前リッツが下見に行き、グラントを連れ帰った広い高原だ。この高原は全ての側道を飲み込んでおり、この先へと部隊を進めるには高原を越えるしかないという場所に広がっている。故にここに部隊を展開すれば、背後からの攻撃を気にせずに、前方の敵と戦うことが出来るのだ。
だが五万の部隊をただ待ち構えているだけでは、完全に不利になる。ここへリチャード軍が出てくるまでに、何手かの行動を起こしていなければならないのだ。
そのために考えられているのが、弓兵による奇襲作戦と、精霊部隊による待ち伏せ作戦なのだが、一般の義勇兵を使うしかないこの奇襲には、ベネット考案のクロスボウを利用するとしても、義勇兵への危険度が高い。
彼らを逃がすために、遊撃隊が囮になるという手はずだが五万に対し遊撃隊は百人に満たない。ギルバート、リッツを初めとするダグラス隊と、手練れの騎士団第三隊が所属するとはいえ、無謀ではないだろうか。だが実際に奇襲を使うしか、この部隊に勝機はない。
奇襲の正攻法を使っての戦闘に決まりかけた時、リッツが元気よく手を上げた。
「はいっ! はいはいっ!」
「別に手を上げなくてもいいぞ、リッツ」
苦笑気味のジェラルドに、リッツは平然と胸を張る。
「だってさ、他の人が良いこと考えて発言しようとしてたら悪いじゃん? 俺が無理矢理話して、その人がいい考え忘れちゃうかもしんないし」
至極真面目にリッツはそういった。リッツ本人は自分が発言しようと思っている時に、他人に意見を述べられて、それがいいと思うと自分の考えを忘れてしまう傾向にあるのだ。
「みんながお前さんほど馬鹿じゃないさ」
ギルバートにせせら笑われて、リッツは頬を膨らます。
「じゃあ、好き勝手に話し出すぞ。いいのかよ?」
「この馬鹿ガキが。大人はそんなことで怒らねえもんだ」
「どうせ俺は馬鹿ですよ。それに俺の考えって、いつも思いつきだもんね」
むくれたリッツはそっぽを向いた。ギルバートに突っ込まれて、自分の考えをまた忘れたのだろうか。困った奴だ。仕方なくリッツの頭を軽く叩く。
「馬鹿じゃないなら、その頭で思いついたことを話せ。何もないなら実務の協議に移るから」
「待ってくれよ、エド。俺から提案なんだけどさ、俺、敵軍の背後から混乱させようかと思って」
突拍子もない言葉に、全員が呆気にとられた。当然ながらエドワードも言葉が出ない。
「何を言い出した、リッツ?」
「あのさ、暇だからこの間一人で遠乗りに行ったんだ。そしたら戦場にって決められた場所から細い道を下ったところに、ちょっとした窪地になってる所を見つけたんだよね。湿地みたいになっててさ、植物が生えていないところを見つけたから下りてみたら、そこにタールがあったんだ」
「タール? タールがどうかしたのか?」
タールはガスを吹き出している場所にある、燃える泥だ。燃料として利用されることもあるが、臭い故にそれほど重宝されない。
「タールと松ヤニをつかって、麻のロープを塗り固めたら、どうなるか知ってる? 俺さ、シーデナにいた時に、それ試したことあるんだ。命を狙われてたから子供の時だったけど、偶然それがすごい煙を吹き出すのを知ったんだよね。燃えるけど、一気に燃え広がるんじゃなくて、とにかく煙がすごいんだ。何にも見えないぐらいに真っ白になるよ」
楽しそうにそういったリッツの言葉に、気になる事が含まれていた。子供の頃に命を狙われていたとはどういうことだろう。未だにリッツはシーデナ時代のことをあまり話してはくれない。
そんな些細なことに気を取られていたエドワードとは違い、ギルバートは興味深げにリッツに問いかけた。
「それがどうした?」
「うん。だから戦場に至るまでの数キロ続く森の入口から、戦場近くまでロープを張って、後ろから点火するんだ。で、リチャード軍の最後尾から、『後方から火攻めだ! 敵が接近しているぞ』って、俺が攪乱したらどうかなって。そうしたら敵が、前方の待ち伏せばかりに気を取られなくないかな。義勇兵は一般兵だし、遊撃隊だけで戦場まで引っ張っていくのはきついだろうから、自発的に逃げ回って貰おうかと……」
リッツが言い終わる前に、反射的に頭を殴りつけた。
「痛い! な、何、エド?」
「お前は俺との約束をすっかり忘れてるのか?」
「え、え?」
「仮にお前だけではなくダグラス隊も共にいたとしても、五万の軍勢の後方から一気に抜けて、戦場に戻れるわけないだろうが!」
「え、だけど、あのさ……」
「五万の軍勢を前にしたら、お前の命は軽いとでも言う気か!?」
あれほど命を無駄にするなといっているのに、死ぬことは許さないと言ったのに。言った先からこれかと思うと、頭が痛くなる。無意識にか、眉間を揉んでいたら、リッツがようやくエドワードの怒りの原因に気がついたのか、慌てて立ち上がった。
「違うよ! 俺、自分が捨て駒になる気はねえってば!」
「じゃあ何だその作戦は! ロープに点火して、後方から混乱させた部隊は、どうやって本隊に戻るんだ? お前、自分の命が、どうしてそんなに軽いんだ!」
「違うよ! 俺ちゃんと約束守るよ! エドが死ぬまで死なないってば!」
「嘘をつけ。不慮の事故なら死んでいいかっていってたじゃないか!」
「本当に本当だよ! 俺が死ぬ時はエドと一緒だってば!」
リッツの必死の言葉に、ギルバートが吹き出した。
「てめぇらは、二人で心中でもしようってのか?」
その言葉にエドワードは我に返った。確かにこの会話はおかしい。二人の間には確固としてその意味があるが、他人から見れば妙なことだろう。
「何で俺がエドと心中するんだよ?」
きょとんとリッツがギルバートを見つめた。本気で自分の妙なやりとりに気がついていないリッツに、周りから笑いが起きた。
「リッツ、自分が捨て駒になる気は無いなら、その理由を説明しろ。お前が共に事を行おうとしているのは、ダグラス隊だろうからな」
少々からかい口調のギルバートに促され、ふくれっ面のままリッツが続きを話す。
「森の入り口から数キロ入ったところに、よく見ないと分からないような細い道があるんだ。その道は地図にもないんだけど、真っ直ぐに草原に伸びてる。たぶん羊の放牧に使っている道だから、踏み固められてて、馬を走らせることも出来る。混乱に乗じて、俺と数人はそこから草原の本隊に戻って、合流する。で、その後は作戦通りに弓兵とダグラス隊に任せるよ。だってギルの方が遊撃部隊に向いてるじゃん。顔、売れてるし」
あっさりと言い切ったリッツに、ギルバートが笑う。
「じゃあお前が後方からの奇襲に使うのはダグラス隊じゃないな?」
「うん。元第三騎士団から数名。俺を含めて十人未満ってとこ。だって奇襲を知らせるのに、ユリスラ軍の軍服が必要じゃん? ダグラス隊は似合わなそうだし」
「てめえが一番似合いそうにないだろうに」
「そんなことないよ。だって俺、ちゃんと騎士団の制服似合ってるしさ」
きっぱりと言い放ちつつも、リッツは心配そうにこちらを見た。教師の答えを待つ生徒のような態度に、エドワードは肩の力を抜いた。
「確かに有効な手段だ。本当にその抜け道は使えるのか?」
「うん。確認済みだよ。マルヴィルにも付き合って貰って確かめた」
つまりもうマルヴィルもこの作戦を知り、リッツと共に動いていたということだ。それならば認めるしかないだろう。リッツもマルヴィルも、エドワードにとって信頼できる相手だ。
「分かったリッツ。必要なものはあるか?」
「うん。義勇兵の中から、森に長けた人と、タールと松ヤニを塗るのを手伝ってくれる人を少し貸して欲しいんだ」
「了解だ。コネル、少し人出を出してくれるか?」
「殿下の命とあれば喜んで。しかし無茶なことを考えやがる」
皮肉屋のコネルの顔が、またリッツに向かって微かにしかめられた。何か言いたいことがあるのだろうが、それを結局コネルは口にしなかった。
その後は確認と、準備事項を確認して、この軍議はほとんど終了となった。これで解散かという時、エドワードの前に、グラントが進み出て頭を下げた。
「殿下」
「どうしたんだ、グラント」
柔らかく尋ねると、グラントが真剣な表情を浮かべた。
「少々お願いがございます」
「グラントからの要求とは珍しいな。なんだい?」
問いかけると、グラントはいつものようにニコリともせずに静かに切り出した。
「先日から、よく気の回る若者が目に入ります。頭も良く、金銭感覚にも長けており、何より生真面目で若いながらも政務官に向いている。きっと彼はいい政務官になるだろうし、すぐにでは無いが、仕込めば私と同じぐらいの事を成し遂げるでしょう。是非に彼を私の助手にいただきたい」
思いも寄らない言葉だった。それはエドワードだけでは無く全員の考えだったようで、幹部しかいないこの場がざわめいた。
「若者というがグラント。革命軍はみな北部出身の者たちだ。政務を専門に学んだ者はいないぞ?」
従兄のコネルが全員の考えを代弁するように、当惑した声で尋ねるも、グラントは眉一つ動かさない。
「現在王都の政務学院は、貴族の子息が肩書きを得るだけのものに成り下がっている。地に足が付き、庶民の感覚を持ちつつも、大局を見られるだろう目を盛った若者が必要だ。私一人では手が回りきれぬ状況なのでな」
そういうことは一般的に自分の家族なり、知り合いを推挙するものだが、どうやらグラントはそんなことを考えていないようだ。そういえばグラントは独身で子供がいない。
「本人が納得するなら構わないが」
笑顔で答えたエドワードに、グラントは真剣な目を向けた。
「勿論、一般の兵士だったなら私も納得させる自信があります。ですが彼は特別だ。私が助手に欲しいのは、シャスタ・セロシアです」
思いも寄らない名に、エドワードはついついリッツ見つめた。リッツも呆然と見返してくる。確かにシャスタは金銭感覚に優れているし、礼儀正しく生真面目だ。今は騎士団にいるが、どちらかと言えば政務官の方が向いている性格だろう。
「殿下とリッツの義兄弟だと言うことは勿論存じております。そうで無ければ私はすでに彼を説得し、部下としていたでしょう。ですが許可を得ずに彼を部下としたならば、不用意な軋轢を生みかねませぬ」
じっとエドワードを見つめるグラントの目は、怖いぐらいに静かだ。その意味を理解し、エドワードは唇をふと緩めた。
「なるほど。私の許可無くシャスタを手中にするとグラントが自らの野望を叶えるために、シャスタを利用した、という輩が現れかねんということだな」
「御意にございます」
二人とジェラルド、ギルバートたちは納得したようだがリッツには分からなかったようで、辺りを見渡している。やがて全員が分かっているらしいことに気がつき、ぼそりと呟いた。
「意味わかんねえ。シャスタをグラントの部下にしたら、エドを利用できたりするの? 兄弟っていっても、シャスタはシャスタで、エドはエドなのに」
呟きにエドワードはつい吹き出した。
「それはその通りだな。だが革命軍では俺、リッツ、シャスタは三兄弟だと認識されている。俺はこの際省くとして、一番丸め込みやすそうなのは、誰に見える?」
「え……?」
思いも寄らない言葉だったのか、リッツは目を丸くした。リッツに取ってシャスタもエドワードと同じぐらいに丸め込むことなど出来ない存在だろう。何しろ正論を持ってこられると、エドワードでさえもシャスタに太刀打ちできないことがある。さすがはローレンの血を引く息子だ。
「どっちも無理だよ」
「俺もそう思う。だが人はそう見ない。まず俺を丸め込むのは無理だと考えられる。俺個人の能力はさておき、ブレーンにジェラルドと、フレイがいるからだ」
名指しされた二人を順繰りに眺めると、二人の大人は、微笑を浮かべた。リッツも納得したようで深々と頷く。
「んじゃ、俺は?」
「お前は精霊族の戦士だろう。あの新聞の書かれようを見れば、御しやすいなどと誰も思わないさ」
「……まあ、そうかな……」
「ギルバートとダグラス隊がバックにいると皆知っているし、何よりも革命軍の面々は、リッツが俺の意見に反することが無い事をみな知っている」
皮肉を込めて言い切ると、リッツが軽くむくれる。
シアーズから帰ってきた直後にエドワードに抱きついて離れなかったこと、ファルディナ制圧後、怪我を負ったエドワードにしがみついて錯乱状態に陥り、公衆の面前で泣きわめいたことは、もはや全員が知るところである。
ついこの間も、リッツは新兵訓練の手伝いを共にしていたコネルの副官チャックから『あなたは本当に、殿下に懐いておいでですね』と微笑まれたらしい。帰ってくるなり『不本意だ!』とエドワードの前でむくれていた。あの時は、その態度が犬と言われる由縁だぞと言うのを飲み込んだものだ。
言葉も無く、腕を組んでむくれるリッツの肩を軽く叩く。こちらを向いたダークブラウンの瞳が、エドワードと目が合った瞬間に微かに緩んだ。エドワードがこの軽い冗談の応酬を楽しんでいることをちゃんと分かっているのだ。リッツはエドワードの冗談を、こうしてちゃんと受け止めてくれる。
「となれば現在グレイン騎士団で見習い中のシャスタが一番丸め込みやすいと思われるだろう?」
「……知らないってのは怖いよな。俺たちよりもシャスタの方がよっぽど頑固なのに」
リッツが小さく息をつきながらグラントを見ると、鋭いその目がじっとリッツを見ているのに気がついた。リッツもその視線に首を傾げる。
「何?」
「なるほど、君の役割はそこなのだな」
「?」
しみじみと頷いたグラントに首を傾げるリッツの疑問に答えることなく、グラントは再びエドワードに向き合う。
「臣下の身で殿下にお頼みするのは少々気が引けますが、シャスタ・セロシアに政務を学ぶようにとのご指示を、殿下からお出しいただきたい。さすれば私も彼本人も、気兼ねなく仕事が出来るようになりましょう」
「なるほど。乳母兄弟である弟を私が重役に就けるために修行させたとなれば、グラントの独断とはならないか。では私から通達を出すことにしよう。それでいいかな、グラント?」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げたグラントに、エドワードが笑いかける。
「グラント、弟を頼む」
「どこに出しても恥ずかしくない政務官にして見せましょう」
「……本人が喜べばいいな」
エドワードの呟きに、リッツは小さく頷いた。『人のことを勝手に決めないでください!』と眉をつり上げるシャスタの顔が浮かぶようだ。
実務的な事が会議で決まり、エドワード直々に、シャスタの転属命令を書き記した後、この日の会議は幕を閉じた。




