<16>
リッツは初めての作戦会議に参加した。
今まではエドワードとジェラルド二人の打ち合わせで成り立っていた作戦会議に、今はパトリシア、ギルバート、ソフィア、カークランド、そして騎士団の三人の隊長が加わっている。
オフェリルとグレインの戦いが終わっても、カークランドとの連携を崩すわけにはいかないらしい。
理由の分からないリッツは、会議のテーブルに着きつつもだまってテーブルに頬杖を付いているしかない。
「今後、ユリスラ軍は貴族を排除した我々をはっきりと敵と見なして来るだろうと予測される。おそらく我々は、国王の権力を揺るがすべく不穏な動きをしていると断じられる」
ジェラルドがそういいながら、テーブルの上で指を組んだ。
「時期はどうなんだ?」
エドワードの問いかけにジェラルドが微かに視線を上に向けて考えてから口を開いた。
「これからの時期は、農作物の繁忙期だ。この時期に戦争を仕掛けてくる馬鹿はいない。貴族が司令官を務めていようと、そのぐらいの常識はあるだろうし、穀物の値が高騰している現在の状況で、畑を荒らす愚はおかさんだろう」
「となると……冬、もしくは来年の春、ということになるか……?」
エドワードが頷きかけたが、カークランドが口を開いた。
「そんなに気が長くもないだろう。私は冬の選択が一番あり得ると思うね。食べ物はあるし、何しろ戦うのは一般兵士だ。王都の貴族たちは痛くもかゆくもないのだから」
「冬か……」
ギルバートが呟く。
「軍の指揮官は、貴族だろうな」
「ああ。だが、現場指揮官は貴族ではないだろう。あのイーディスが考えることだ」
ため息混じりにジェラルドがそういった。
意味が分からずにリッツはじっと各人のやりとりを見ているだけしかない。
「となれば、俺たちをつぶしに来るのは、王国軍の改革派か」
苦渋を滲ませた口調でそういったギルバートに、ジェラルドも重苦しい口調で頷く。
「そうなる。人質を取って同士討ち。あの女のやりそうなことだ」
椅子の上で足を組んで座っていたリッツは、ぼんやりと思い出していた。
改革派とは確か、ジェラルドとギルバートが進めていた軍の改革を支持した多くの平民出身者と、その考えに同調した数少ない貴族たちの派閥のことだ。
つまりジェラルドを討つために、ジェラルドの同志と部下が責めて来るということだ。
「……えげつねえなぁ、人間」
ボソッと呟いたつもりが、全員の耳にその言葉が入ったらしく、見つめられてしまった。
「人間とひとまとめにするなよ」
エドワードに苦笑されて、リッツは肩をすくめる。「んじゃ、えげつねえな、貴族」
「手厳しい。ここにいる我々も一応貴族なのだがな」
カークランドまでそう言って笑った。
「隊長たちは平民じゃねえの?」
共に居並ぶ彼らを見ていると、三人は笑った。
三人を代表してマルヴィルが答えてくれる。
「私は平民だが、エリクソンとオドネルは王国騎士の称号を持つ、貴族の末端だ」
「王国騎士?」
「男爵の下で、王国の名誉職だ。一応貴族と言うことになるが……頂く特権は雀の涙さ」
「ふうん」
「この数はかなり多いぞ。オフェリルで戦っていた貴族のほとんどが王国騎士だ。王国騎士は侯爵以上の者が、国王に申請すれば得られる称号だから、オフェリルは自分の味方をする者に称号を与え続けてあれほど増やしたというわけだ」
「ふうん……じゃあ、隊長たちもそうなの?」
率直に聞くと、第一隊長エリクソンが笑う。
「私はそうだ。前のモーガン候から父が称号を賜った。オドネルも同じく前のモーガン候から賜ったんだ。バルドーは正真正銘のティルスの農家出身の騎士で称号はない」
マルヴィル・バルドー。これがマルヴィルの本名だ。
「おっさんはマルヴィルおじさんに称号をやったりしないの?」
疑問を再び率直に口にすると、ジェラルドだけではなく全員に吹き出され、パトリシアには呆れたようにため息をつかれた。
「なんだよぉ……俺変なこと聞いたか?」
「変ではないさ。では質問に答えよう」
ジェラルドがまだ口端に笑みを残したまま説明してくれた。
「グレインでは貴族の特権を最低限しか守っていない。その最低限は、給与、土地の所有に関してだけだ。オフェリルのように平民に対する横暴や暴行は、総て階級に関係なく、憲兵隊組織によって捜査され、グレインの中央監督署で裁かれる」
「うん」
「そうなれば貴族である必要はないだろう? 特に王国騎士の称号は、グレインではただの名誉職にすぎない。それよりも働けばそれだけの見返りが手に入る方が得だ」
「……そっか……」
だからグレインには貴族がほとんどいないと、リッツが誤解したのだ。
グレインでは貴族たちは自分の領地で静かに暮らしていることは出来ても、人々の上に君臨し、金や土地を好きには出来ない。
「ユリスラ軍もそうなの?」
「いや。あそこは貴族が士官学校に通って昇進する。平民は佐官止まりだ」
「んじゃあ、一般の兵士は平民ばっか?」
「そうなる」
リッツは首をかしげた。
「じゃあまたさ、オフェリルみたいに兵士を総崩れに出来ねえの? 利用されてるだけなら、そうすりゃいいじゃん」
そうすれば話が早い。
だがリッツの気楽な考えは、全員の苦笑を誘っただけだった。
「今度はみな王国軍兵士だからな。領民のように簡単に逃げ散ることはないさ」
「どうして?」
「軍には敵前逃亡を禁じる法があるからな。罰則が厳しく、時に死刑になることもある」
「ふうん。じゃあ戦うしかねえの?」
率直なリッツの質問に、ジェラルドがため息をついた。
「それを避けて、派遣軍を丸々手中に収めたいのだがな」
意表を突いた言葉に、リッツは目を丸くした。
「丸々手中に収めるって、そんなの無理だろ?」
「いや、出来る可能性はある。それが出来ればこの先楽になるんだがな」
開いた口が塞がらない。
「おっさんどんな魔法を使うんだよ?」
呆れた口調で言ったリッツに、カークランドが同調した。
「リッツの言うとおりだよ。ジェリーは何を考えてるんだい? 軍の現場指揮官は人質を取られているんだぞ?」
「分かっている。現場指揮官は、だいたい軍の家族が暮らすエリアに集められて、見張られている。裏切らぬようにな。それだけが問題だ。何しろ我々には戦力が完全に不足している」
「……やっぱえげつない」
リッツが口を尖らせると、ギルバートが笑う。
「そういうな。それしか手段を知らぬのさ、あの自称王妃様はな。元々彼女は深窓の令嬢だ。その時代に俺と知り合っていれば、思う存分見知らぬ世界の窓を開けて差し上げたが……」
「ろくな窓じゃないだろ」
ソフィアがギルバートの言葉を即否定した。
「そうでもないさ。例えば抜け道なんかも教えて差し上げたぜ。手取り足取り腰とりな」
「ギル、無駄口を叩いている時ではないぞ。対策をかんがえねばならないだろう」
ジェラルドに言われて口を閉じるかと思えば、ギルバートは反対に我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべた。
「無駄口じゃないさ。言ったろう? 抜け道を教えて差し上げると」
いいながらギルバートは立ち上がった。
「人質を取られて戦うのなら、人質を解放してしまえばいい」
あっさりとそういったギルバートに、ジェラルドがため息をついた。
「そう簡単なことではないぞ。軍の宿舎は王城の近くだ」
「ああ。簡単じゃないさ。でも不可能でもない。ジェリー、フレイ、もし冬に敵が攻めてきたとして、新祭月まで持ちこたえられるか?」
「新祭月までだと?」
「そうだ。敵の将が改革派であるならば、貴族の能なし司令官を欺し欺し時間を稼げないか? 稼げるならば手がある」
場が静まりかえった。
リッツも無言のまま話を聞いているしかない。
新祭月は毎年、ユリスラ王国の守護精霊王である光の精霊王を祭る光の正神殿の天文学者が日数を定めている。
少ない時は一週間以内、長い時は十日間ほどと毎年日数は変わる。
確か次回の新祭月は十日間あるはずだ。
その間、ユリスラ全土は祭の雰囲気に包まれている。
新祭月の間だけは、仕事も休みだし、街の中にたくさんの仮装をした人々、踊る人々、酒を飲む人々で溢れているのだ。
グレインも例外ではなく、村に住み着いてからリッツは二回の新祭月を楽しんでいる。
「改革派の指揮官と連絡を取れれば何とかなる」
「そうか。じゃあ俺はシアーズに潜ませている俺の傭兵部隊を率いて、新祭月の祭に紛れて指揮官級の家族を救出し、グレインに送り届けてやる」
全員が息をのんだ。
リッツも息をのむ。
ギルバートとソフィアの二人だけが協力してくれているのではなかったのだ。
何らかの手を打つために、ギルバートは戦場から傭兵部隊を連れてきていた。
「どうだ、ジェリー。この案に乗るか? 乗るならば作戦を始動する」
全員の視線が決断を下すジェラルドに向けられる。
その視線を平然と受け止めながらジェラルドはゆっくりと視線をエドワードに向けた。
「エド、お前はどう思う?」
エドワードが息をのんだのが分かった。
この先の戦争の足がかりになる大切な決断を、ジェラルドがエドワードにゆだねたことに気がついたからだ。
しばらく黙ったエドワードだったが、やがて顔を上げた。
「グレインとオフェリルが協力しても、今後のことを考えれば絶対的に兵力が足りない。出来ることなら軍の部隊を引き込みたい。そのための足がかりとなるなら、やる価値がある」
エドワードの決断に、ギルバートが頷いた。
ギルバートもこの件に関してエドワードが決断したことに何の違和感もないらしかった。
「決まりだな」
「頼む、ギル」
「了解した。だがもう一つ言い忘れたことがあった」
ギルバートがまっすぐにエドワードを見つめた。
「エドワード。作戦に際して、お前の宝を借りたい」
「宝?」
眉を寄せるエドワードを、ギルバートが見つめる。
「そうだ。俺の傭兵部隊を使い、俺が名をあげても、今後の布石にはならねえ。この作戦でもう一つ必要なものがある」
「何だ?」
「英雄を作り上げることだ。そしてその英雄を、今後この戦争の象徴となるエドワードに従わせることで、お前の格を上げる事が出来るんだ。少ない兵力で革命に勝つには伝説が必要だ。それが少し誇張されたものでもな」
聞いていたリッツは気がついた。
それが出来る人物がここに一人だけいることを。
全員がそれに気がついただろう。静かに、だが重苦しい口調でエドワードが口を開いた。
「俺の宝は……友だな」
「ああ」
「英雄に仕立て上げるのは……リッツか」
「そうだ」
「リッツを、シアーズに潜入させるのか?」
「そうだ。お前の半身を半年俺に貸せ、エドワード」
リッツは黙ったまま顔を上げた。
確かにそれが一番いい。
戦略も戦術も分からず、ここで時間を潰しているだけでは意味がない。
「何故、リッツなんだ!?」
珍しく動揺しているエドワードに、ギルバートは淡々と諭した。
「ユリスラ王国が作られる前、この地は止むことのない戦乱によって疲弊していた。戦乱の火の手はかの精霊の迷い森にまでおよび、危機を感じた精霊族は、光の精霊王を信仰し、仁と義をもって民と共に戦う人々に力を貸し、共にユリスラ王国を作り上げた」
突然語られた言葉に絶句してリッツはギルバートを見つめる。言葉を切ってギルバートはエドワードに笑いかけた。
「お前も知る、ユリスラ王国建国神話だ。そして今、お前がこの地にあり、精霊族のリッツがここにいる。伝説をでっち上げるのに最適だろう?」
エドワードは唇を噛んだ。
エドワードだって分かっているのだ。
でもきっとエドワードはリッツの無謀と無茶を知っているから、リッツを自分の近くから放すことに危機感を感じている。
目の届く範囲からリッツを放すと、知らぬ間にリッツが死という泥沼に足を突っ込むと思っているのだ。
リッツは小さく息をついた。
「エド、俺行くよ」
「リッツ……」
「英雄に仕立て上げられるとか、そういうの俺嫌いだ。だって俺は俺でしかねえじゃん。でもさ、それで戦いが有利になるならいいよ」
「でも……」
「俺はエドの役に立ちたいんだ。この命はエドのもんだろ?」
「……まだ借りっぱなしだからな」
「な? 考えてみても、俺がグレインで敵が攻めてくるの待ってたり、作戦の成功を祈って状況を注視しても、何の役にもたたねえよ。だったら俺はギルの作戦に乗る」
そう言い切ってから、じっとエドワードの目を見つめる。
するとエドワードは澄んだ水色の瞳でじっとリッツを見返してきた。
「……お前はいつも無茶をする」
「うん」
「無茶をするなといっても無駄なんだろう?」
「時と場合によるさ。出来る限り無茶しない」
黙ったまま見つめ合っていると、やがてエドワードが深いため息をついた。
「分かった。ギル、俺の片腕を半年間貸す」
「借りる」
「必ず生きて返してくれ。俺にはまだ、そいつが必要なんだ」
真剣なエドワードに、ギルバートが笑った。
「当たり前だ。作戦上、こいつに死なれちゃ困る。お前には救国の英雄に、そしてこいつには救国の英雄の片腕になってもらわねえとな」
そういうとギルバートは笑った。
「明日、こいつと俺とソフィアはシアーズに戻る。今ならオフェリル貴族の混乱に紛れて王都に侵入できるはずだ。新祭月に現地派遣されるだろう改革派の指揮官クラスの家族を王都から逃がすから、そのつもりで準備してくれよ」
「了解だ」
重苦しい口調で頷いたエドワードの元に、リッツは歩み寄った。
そして座ったままのエドワードの肩に片肘を置き、もう片腕を首に回した。
「寂しいだろ、エド」
軽く首を絞めながらからかい口調で言うと、エドワードは深々とため息をついた。
「ああ。お前がいないとからかう対象がいない。俺は誰をからかって、ストレスを発散すればいいんだ?」
「……そんな理由かよ」
口を尖らせると、エドワードが大きく息をついた。
「無事に帰ってこい。無茶して命を投げ出すことはするな」
「分かってる」
「お前の命はお前だけの物じゃない。ローレンのものでもあり、お前を心配するパティやシャスタのものでもあり、俺のものでもある。勝手に捨てるな」
「分かってる。ローレンに誓ったんだ。俺はお前の夢を叶えるまでは、絶対に死なない」
それはリッツの決意の表れだった。彼女が望んだ未来をこの国に作り上げるまで、リッツは絶対に死なない。
エドワードの首に腕をかけたまま、リッツはエドワードに告げた。エドワードも、ため息混じりに頷き、リッツの腕を軽く叩いた。
「行ってこい、相棒」
「おう!」
リッツは明るく返事をして立ち上がった。
しばしのグレインとの別れだが、目的のためならば悲しくも寂しくもない。
ローレン、俺は行くよ。
みんなの夢を手伝うためにさ。
心の中でそう決意をローレンに告げて、リッツはギルバートに向き直った。
「よろしく、ギル」
「ああ。殺さないが、暇な間は死ぬほど鍛えてやるからな」
「うげ……」
思わずげんなりとした声を上げてしまったリッツに、会議室が笑いに包まれた。




