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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
冀求の種子
35/179

<14>

――オフェリルは我が自治領区に予告無しに侵攻し、無抵抗の村を破壊し焼き尽くした。

 多数の貴族たちによるその非道なる行為には理由も根拠もなく、グレインの領民は平民であるという、ただそれだけの理由においていたずらに命を失い、彼らの故郷を奪った。

 いかなる理由があろうとも、自治領主の許可無く隣自治領区に侵攻し領民を殺めることは、自治領区法により許される行為ではない。

 ましてや理由無き殺戮行為は人道にもとる。この行為を見逃すことは出来ない。

 よって我らグレインは、越境の上、侵攻、殺戮行為を実行したオフェリルの行動をグレインへの軍事侵攻と受け止め、我が自治領区と領民を守るため、自治領区法にのっとり、ここに宣戦布告する。

グレイン自治領区自治領主 ジェラルド・モーガン


 グレイン自治領区がオフェリル自治領区に対して宣戦布告をしたその日、オフェリル第二の街、アデルフィーにおいて、もう一つの宣言が出された。

 それはカークランド伯爵によるオフェリル自治領主クロヴィス侯爵へのもう一つの宣戦布告であった。

 カークランドは、自らの護衛団と、今まで貴族に虐げられて彼に保護されていた民兵と共にアデルフィーの広場にたった。

 アデルフィーの街はカークランドが直接統治をしている街だった。だが他の貴族とは違い、彼らを高圧的に支配したことはない。

 この街に憲兵隊に似た組織を作り、様々なもめ事や事件事故の対応をさせ、街の区画事に代表者を決めて些末な問題を解決させていたのだ。

 それでも片が付かない問題を解決することと、アデルフィーに圧力を掛けてくる貴族たちを追い払うことがカークランドの仕事であった。

 どことなく頼りなさげで、でもしっかりと物事を解決していくカークランドは、貴族としてというよりこの街の長として人々に認められていたのだ。

 それによりアデルフィーの街は、徐々に豊になり、人口も増え、オフェリルの中では例外的に幸せな街となっていった。

 そんなアデルフィーだからこそ、他の貴族たちの嫌がらせとしか思えない事件がここ数年で多発するようになっている。事件の数は年々増え、時にカークランドの手の届かない様なところで、事件が起こるようになった。

 それでも他のオフェリルの町や村から比べると、この街は格段に暮らしやすく平和だった。

 それに尽力してきたカークランドを街の人々は『森のお城のカークランド卿』と呼んで親しんでいる。カークランドもそれを知っていて、妻と二人でのんびりと買い物をする事もたびたびだった。

 いつもはそうしてのんびりとしているカークランドが武装して姿を現したことに、アデルフィーの人々はまず度肝を抜かれたようだった。

 決して体型に恵まれているといえないカークランドだが、カークランド家護衛団と同じ制服に身を包み、馬上にある彼の姿は堂々たるもので、人々はみなその姿に目を奪われたという。

 そして人々の注目を一身に受けながら、カークランドはアデルフィー市民に語りかけたのである。

「領民よ、君たちは今、幸福だろうか?」

 何を言い出すのかと人々が息をのむ中で、カークランドは人々をゆっくりと見渡し、よく通る堂々たる声で言葉を続けた。

「私は貴族だ。

 君たちを苦しめている、貴族たちと同じ特権をもち、そこから生活の糧を得ている。

 君たちから見れば私も、彼らと同じく特権にしがみつく侮蔑すべき貴族に過ぎぬかも知れない。

 だがオフェリルに居を構えるこの私は、貴族として、ここオフェリルの領民を守るために存在している。そのためにあろうと私は心がけてきた。

 しかしここオフェリルでは、貴族は人々を守らず、人々を苦しめる存在と成り下がっている。

 そしてついに貴族たちの横暴は隣領区に及び、グレインの人々の住む村を焼き討ちするに至った。

 貴族の非人道的な行いにグレイン自治領主は憤り、グレインは本日、オフェリルに宣戦布告をされた」

 人々がどよめいた。オフェリルでは貴族に都合の悪いことは知らされないことが多い。

 グレインは隣であるから噂は伝わっていても正しい情報は伝わらないのである。

「グレインは戦うべきは領民ではなく貴族であると認識している。そのグレインとオフェリルの民が戦うことは、間違いであると私は考える。

 だが貴族はグレインと戦うために、君たち領民を借りだそうとするだろう。

 このまま抵抗することも出来ず、貴族の言うままにグレインと戦うことに意味はあるのだろうか?

 彼らに虐げられているフェリルの領民が、グレインの領民を無意味に虐殺した貴族たちの過ちを肩代わりする必要があるのだろうか?」

 静まりかえった人々を、カークランドは真剣に見つめている。

 その真剣さが徐々に人々の耳を通して心にしみこんでゆく。

「我々が戦うべきは何か?

 貴族に脅されてグレインの領民と戦うべきか、それとも自らの望む平穏の自治領区を目指すために戦うのか。

 君たちは今それを選ぶ時に来ている」

 カークランドは静かに言葉を切り、妻の顔を見た。

 マディラは柔らかく微笑んだ。長い付き合いだ、彼女が後戻りをせず、歩けといってくれているのが分かった。

 カークランドは軽く目を閉じてからゆっくりと青い瞳を開き、集まった民衆を見つめた。

「私は誓う。貴族として得たこの称号は、君たちのために使うと。君たち領民と共に生きる未来を手に入れるために、私はこのオフェリルにおいて地位と権力を使う」

 集まったたくさんの領民たちの目には希望の火が灯りつつあった。

 カークランドは、まっすぐに彼らに向けて宣言した。

「クロヴィス卿と、彼らに従い領民を苦しめた貴族たちを倒し、幸福なオフェリルを取り戻す!

 私に君たちの力を貸して欲しい。

 オフェリルの未来を共に切り開いていこうではないか!」

 力強い言葉だったが、民衆は静まりかえった。

 貴族による高圧的な支配は、もう何十年にも及んでいる。

 やはり民衆の自由を求める芽は摘まれてしまったのだろうか。

 そうカークランドが思った時、まばらな拍手が起こった。

 最初は少数だった拍手が、徐々に大きな拍手になっていき、やがて広場を埋め尽くす人々のwれんばかりの拍手へと変わっていく。

 拍手の間からたくさんの声がカークランドに届いた。

 その声は総て、共に戦おうという力強い言葉であった。

 カークランドの意志は確実にアデルフィーの人々に届いていた。

 だからこうして共に戦ってくれるのだ。

 貴族だからではなく、この街を共に守ってきた街の長として信用してくれている。

 カークランドは決意した。

 アデルフィーのように、オフェリル全体を改革して行けたなら、きっとこの自治領区はグレインに負けずとも劣らず、素晴らしい自治領区になるに違いない。

 ならばまずは、クロヴィスたちを倒すしかない。

 こんなチャンスは、グレインと共に呼応して動ける今しかないのだ。

「子供たちの幸福な未来のために、オフェリルを領民の手に取り戻すのだ!」

 カークランドの言葉に領民の歓声が応えた。目指すオフェリルの街を見据えるように、まっすぐに顔を上げた。

 戦いの火ぶたは切って落とされた。もはや後戻りは出来ない。

「戦える者は武器を持て! 目標はオフェリル、クロヴィス卿の館だ! 途中共に戦いに加わる者あらば、同志として共に戦い、貴族のための政治ではなく、領民のための政治を取り戻すのだ!」

 人々の怒濤のような声を聞きながら、カークランドは、オフェリルの街を目指す。


 翌日、クロヴィスは苛立ち、机に拳を叩きつけていた。

「何故だ!? 何故手勢が集まらん!」

 苛立ちをぶつけられたのは、クロヴィス家の補佐をする男爵家の当主だった。

「領民がみな、カークランドの元へと逃げていくのです」

「何故だ? それをいかなる手段によっても引き留められるように、総ての村や街に貴族を配置し、支配させていたではないか。それなのに、手勢が集まらぬとは何事か! 何のために貴族に特権を与えておるのだ!」

 いくらクロヴィスが怒鳴り散らしても、状況は変わりようがない。

 今までは、せっかくの特権を生かすことなく、反抗的な平民の保護をしてきたカークランドを、愚か者だとせせら笑ってきた。

 だが初めてカークランドがこのような野望をもって、平民たちを手名付けたと気がついた。

 クロヴィスは歯を食いしばる。

 カークランドの隠された牙は、いまやオフェリル自治領区総てをかみ砕くほどの巨大な牙へと成長を遂げている。

 恐怖と、金で支配できると思っていた平民たちは皆、自らの自由のために武器を手にした。

 まさか彼らが貴族という目上の存在に対して襲いかかる日が来るとは、クロヴィスを含めオフェリルで平民を迫害してきた貴族たちの誰も思っても見なかった。

 平民とは貴族の元にひれ伏し、絶対的な服従をする者。

 それが貴族たちの常識であり、それ以外の常識は存在しなかったのだ。

 だがそれが間違いであったとここで初めて明らかになった。

 それでもクロヴィスはそれを認める事が出来ない。

 貴族とは格上の存在であるべきだ。

 何故このような状況に追い込まれねばならないのか、それが理解できない。

 この状況に陥った元々の原因は、ジェラルド・モーガンが、貴族の子息を切り捨てた平民を差し出さなかったからではないか。

 モーガン卿も貴族であれば、平穏のために平民の命を切り捨てればよかったのだ。

 それなのに平民一人を守り、しかもオフェリルを脅迫してきた。

 その上、報復をした息子を再起不能にしたのだ。

 その息子が貴族の誇りを守り、小さな村一つ攻め滅ぼしたところで何の問題がある?

 我々が何をしたというのか。

 ただ平民に貴族の存在を示しただけではないか。

 それは古来よりずっと貴族に許されてきた特権のはずだ。

 何故オフェリルが恨まれねばならないのか。

 クロヴィスは奥歯を噛みしめる。

 そのクロヴィスの耳には、緊迫した状況が次々に伝えられてきた。

「侯爵! グレイン騎士団とグレインの義勇兵が、街道を南下中です」

「先頭にモーガン侯爵、ダグラス中将の姿を確認! もう数時間でオフェリルに達します!」

「自治領主閣下、オフェリル街道西より、カークランド部隊、東上してきます! その数三千! さらに増える様子です!」

 敵は双方向から徐々にオフェリルへと攻め込みつつある。

 この状況では三日のうちに両軍ともオフェリルの街へ攻め込んでくるだろう。

「手勢は! 集まらぬのか!?」

「貴族とその領民は合わせても千人に満ちません。その領民たちも徐々に減り続けています」

「ぬう……なんたることだ」 

 クロヴィスの顔が、徐々に青ざめていく。

 軍出身ではないクロヴィスであるが、これがどれほどの状況なのかぐらいは分かる。

「降伏したらいかがでしょうか?」

 おずおずと申し出た男爵に向かって、クロヴィスは机を思い切り叩きつけた。

「降伏などせぬ! 我がクロヴィス家は侯爵家、誇りをもって敵と相対する以外にこの名を汚さぬ方法はなし!」

「ですが……」

「貴族の誇りをかけて、全員死すまで引くことを許さぬ! 平民ごときを調子づかせておくわけにはいかん!」

「……はい」

「オフェリルの平民を招集せよ! 抵抗する者は切り捨ててかまわぬ!」

 クロヴィスが怒鳴ると男爵家の男は慌てふためいて駆けだしていく。

 窓の外を見ると、いつもは平穏なオフェリルの街の人々が、荷車や馬車に荷物を積んで逃げだそうとしているのが見えた。

 クロヴィスは憎々しげに人々を見下ろす。

 今の今までこのクロヴィス家によって生かされてきたという事実に芽をつぶって、街の一大事に逃げ出すというのか。

 愚かな平民どもめ。

 先ほどの男爵が、部下を率いて街の中に走り込んでいく。

 その行く先々で血しぶきが舞い、人々が倒れていく。

 平民があくまでもグレインやカークランド卿と戦うことを拒んでいるのだ。

 あちこちで武器を構えた平民たちも、男爵たちに刃向かっている。

 このままでどれだけに手勢が集められるのか、まったく予期できない。

 だが降伏することだけは絶対に出来ない。

 貴族も平民も、ここオフェリルに生まれたからには生死を共にして当然だ。

 クロヴィスは妻と娘たちを呼ぶべく、呼び鈴を鳴らした。

 だが何の反応もない。

 幾度かならした後で飛んできたのは、召使いだった。

「申し訳ございませぬ。奥様も娘様もこちらにはおられません」

「なんだと?」

「シアーズまでご避難あそばされました。奥様の御生家はシアーズでございますので」

「何……!?」

 絶句するクロヴィスに頭を下げると、害が自分に及ぶことを恐れたのか、召使いは素早くクロヴィスの前から姿を消した。

 クロヴィスは天井を仰いだ。

 妻はシアーズで王家の遠縁に連なる血筋の侯爵家の出身だ。

 自治領主のクロヴィスはその高貴な血を引く妻を迎えたことに優越感を持っていた。

 だがその妻は、早々とクロヴィスに見切りを付けて王都に戻ったのだ。

 おそらく妻の実家である公爵家は、嬉々として妻を迎え入れ、このような状況に陥ったクロヴィスとの断絶を宣言するだろう。

 クロヴィスは彼らからすれば格下の貴族、切り捨てることに何の感慨もないに違いない。

 それが貴族社会というものだ。

 平民だけでなく、妻や娘さえも彼を裏切って逃げ出すというのか。

 一体何故、何故こうなったのだ。

 ダネルの愚かさか、それとも平民を支配する力が弱かったのか? 

 絶対に服従させるべく、人々を更に支配せねばならなかったのだろうか。

 クロヴィスは腹立たしげに机を拳で叩いた。

「おのれ……モーガン、たかだか平民の村を一つ焼いたぐらいでオフェリルにせめこみよって。そしてカークランド……この貴族の裏切り者め!」

 クロヴィスは立ち上がった。

「私も出る! 誰か、支度をせい!」

 呼ばれた侍従たちが、クロヴィスに従う中、クロヴィスは戦場に出るべく部屋を後にした。

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