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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
樹下の盟約
17/179

<15>

 エドワードを振り向きかけた時、パトリシアの起こした竜巻の中から騎乗した男がものすごい速度で飛び出してきた。

「まだいたか!」

 緊迫した口調で呟いたエドワードが剣を抜き、リッツも反射的に剣を抜いた。

 貴族ではない。

 実戦的な軍服に近い服を着て防具を身につけている。

 その上、顔が見えないようにしているのか、髪と顔面を布で覆っていた。

 いったい、何者だ?

 二人に考える余裕を与える間もなく、男は落とし穴を馬と共に見事な跳躍で一気に飛び越えた。

 着地と同時に男は速度を落とすことなく馬を駆る。

「早いっ!」

 リッツがその男に視線を向けた時には、男は既に地面に突き立っていた槍を引き抜いて構えていた。

 そしてまだ体制を整え切れていないリッツに、振り返りざま槍を振りかざした。

「うわっ!」

 槍の重い切っ先は、風を切りすんでの所で避けたリッツの首すれすれを横切った。

 音と同時に首の横に風圧を感じ、首筋を冷たい風が撫でた。

 こいつ、今までいた奴らとは全く違う。

 狙ってきたのは確実に太い血管が通っている首の横だった。

 つまりこの男は確実にリッツたちを殺すつもりなのだ。

 しかも遊びではなく本気で。

 今まで感じたことのない緊張感と恐怖感を感じつつも、リッツは反撃のために体制を整えた。

 荒い呼吸を静かに整える。

 そんなリッツの視線の先で、エドワードが男に向かって切り込むのが見える。

 だが男は馬上におり、得物は槍だ。

 対するエドワードは馬もおらず剣だ。

 この状況ではエドワードが圧倒的に不利だ。

 当然同じ装備のリッツも不利だ。

 何とかして形勢を逆転させる手立てはないのか。

 どうする、どうしたらいい?

 微かな迷いの後、リッツは気がついた。

 足を止めればいい。

 馬を倒せば少しはましになる。

 気づくのと同時に、リッツは無言のまま素早く男に向かって走る。

 男に気がつかれないように馬を攻撃する。

 そうすれば男を引きずり下ろせる。

 一瞬だけエドワードと目があった。

 視線を馬に向けると、リッツの意図に気がついたのか、エドワードは男に向かってがむしゃらに攻撃を仕掛け始めた。

 エドワードが剣を振るう度に、男の槍が風を切って音を立てる。

 エドワードは頭上から繰り出されるその槍をすんでの所で交わし、剣を併せて押し戻すものの、不利であることに変わりはない。

 静かに気配を消していたリッツは、馬に駆け寄りながら剣を振り上げた。

 これで男を馬上から落とせる。

 だが剣を振り抜こうとした瞬間に、槍がリッツへ向かって素早く繰り出された。

 反射的に身をひいたが避けきれず、槍先が髪をかすめて額を横一文字に薄く裂く。

 熱い痛みと共に、血しぶきが舞う。

「リッツ!」

 短く叫んだエドワードの声を聞きながらも、リッツは馬へと駆け寄った速度を落とさずに、倒れ込むように馬の腹の下に滑り込んだ。

「何……?」

 くぐもった様な男の声を聞きながら、リッツは馬の真下から馬の腹を切り裂いた。

「どうだ!」

 馬の血を浴びながらリッツは、叫ぶ。

 馬は痛みに耐えられず、高くいななきながら暴れ、後ろ足で立ち上がった。

 次の瞬間、男が空中に投げ出されていた。これで男の足は止めた。

 少し離れたところに男は落下するも、槍は男の手にあるままだ。

 だが男が馬を失えば、先ほどよりはましな戦いができるはずだ。

 それにまさかこれだけ振り落とされて飛ばされたのに、あの男が無事に戦いを挑んでくるはずもないだろう。

 少しだけ安堵しながらそう思ったとき、視界の目の前に馬の足が強く振り落とされた。

「あ」

 リッツは思わず呻いた。滑り込んだはいいが、馬の腹の下から逃げることを全く考えていなかった。目の前で馬の足がリッツを蹴りつけようと暴れ回る。

 転がりながら必死で避けるも、そう長くは持たない。

「わ、わ、わっ!」 

 叫びながら転がった次の瞬間、視界に金の髪がよぎった。

 それは必死の形相のエドワードだった。

 エドワードは剣を収め、まっすぐリッツに向かって手を伸ばしている。

「掴まれ!」

 いわれた瞬間にその手を掴むと、馬の腹の下から引きずり出された。

 次の瞬間には、リッツが寝転がっていたあたりに馬がどっと倒れ込み、手足を痙攣させた。

「危なかったぁ……」

 リッツが座り込んだまま大きく息をつくと、次の瞬間に上から殴られていた。

「馬鹿が! もう少し後先を考えろ」

「でも助かったじゃんか!」

「偶然俺が近くにいたからだろうが!」

「仕方ねえだろ! あいつを足止めするには馬を倒すしか道はねえし!」

「それにしても考えなしすぎる!」

 怒鳴り合っている二人の元に、パトリシアが駆けつけた。

「二人とも大丈夫?」

 気遣わしげに二人を見たパトリシアの肩越しに、馬から落ちた男がゆっくりと槍を構えて起き上がる姿が目に入った。

 恐ろしいことに、全くダメージを受けていないようだ。

 まさかこの状況で立ち上がってくるなんて思わなかった。しかもこんなに早く。

 思わずパトリシアを押しのける。

「どけ!」

「ちょっとリッツ!」

 パトリシアが文句を言った次の瞬間に、男は槍を構えて走り込んできた。

 とっさに剣を抜いて応戦する。

 槍の一撃の重さに、リッツは呻いた。

 ジェラルドと戦っているときと変わらないぐらいの強い力だ。

 だが殺気がある分、槍は重い

「なるほど精霊使いがいたか。風使いパトリシアか……」

 名指しされたパトリシアは、青ざめた表情で唇を噛んだ。

 動くことすらできないようだ。

「今後の憂いは絶っておく方がいいかもしれん」

 男は低くそう言うと布から出ている少ない部分の一つ、口の端をゆっくりと持ち上げた。

 ひどいダメージを受けたはずなのに、何事もなかったかのように笑っている。

「こいつに手出しはさせねえ」

 男を睨みながらリッツは槍を押しやる手に更に力を込めた。

 やはりリッツが食い止めねばなるまい。

 だがどうやってだ?

 今までのように身軽に避ければ、パトリシアに当たる。

 パトリシアはジェラルドの娘だ。

 ジェラルドに悲しい思いをさせることだけは避けなければならない。

 だがリッツの持ち味は身軽に動くことだ。

 動けないこの状況でどうすればいいのだろう。

 ギリギリと押されている槍が一瞬緩み、リッツは不意を突かれて前に向かってたたらを踏んだ。

「甘いな」

 その一瞬の隙に男は槍を引き、パトリシアに向かってつきだした。

 避けきれない、と思った瞬間、反射的にパトリシアを庇っていた。

「リッツ!」

 悲壮なパトリシアの声を聞き覚悟したが、槍がリッツの直前で止まっていた。

「もう一人いることを忘れないで貰おう」

 そこにはギリギリの位置で剣を繰り出し、槍を受けたエドワードがいた。

 力で押してくる男に対抗しているエドワードの額には汗が浮かんでいる。

 だが余裕の笑みを崩さないエドワードに男はうっすらと笑った。

「こしゃくな真似を……」

「パティ、逃げろ」

 エドワードが呻く。

「でも……」

「早く!」

 エドワードの叱責に唇を噛んだパトリシアは、白銀の杖を構えた。

「自由をと協調を司る風の精霊よ! 我に力を与えよ!」

「パティ!」

 リッツとエドワードが叫んだ瞬間に、激しい風があたりを包んだ。

 風は見る間に集約して槍を使う男を包み込んだ。

 砂埃にまみれたその風は、目の前の男の視界を奪う。

 男が砂埃から身を守るために槍を引いた。

 エドワードも剣を引いて、竜巻の中心に置かれた男から距離を取って呼吸を整える。

「私だって戦える! グレイン騎士団の風使いだもの!」

 毅然とした言葉にリッツは、黙ってパトリシアを見つめた。

 エドワードを守りたい。

 パトリシアの意志は先ほど聞いた。それはリッツも同じことだ。

 例えエドワードがどんな事情があって、どんな状況にあってもだ。

 ならばパトリシアだけを逃すことに意味がないのではないだろうか。

 だとしたら何か手がないだろうか。

 彼女もふくめて三人でこの男を倒す方法が。

 考え込むリッツの目に、柔らかな炎を保ち続けるオイル灯が目に入った。

 あの中には確か菜の花から取った油がたんまり入っているはずだ。

「パティ!」

 男から目を離さず更に逃げるよう促すエドワードから、視線をまっすぐにパトリシアに向けたリッツは、その肩に手を掛けた。

 そしてそのままリッツはくるりとパトリシアをこちらに向かせて見つめた。

「何よ! あんたまで逃げろっていうの?」

 アメジストの瞳を怒りに燃やしてリッツを睨み付けたパトリシアは綺麗だった。

 そのパトリシアの顔にそっと自分の顔を近づけると耳元で囁く。

「な、何するの!?」

「まだ竜巻を起こせる?」

 至極真面目に尋ねると、パトリシアは意表を突かれた顔をしたものの素直に頷いた。

「もちろんよ」

「じゃあさ、風の向きを外側から中側に向けることって可能?」

「……できる……と思うわ。やったことはないけど。でもなんのつもり?」

「見ての通り俺とエドだと、結構不利じゃん」

「ええ」

「だからあいつが油断した隙を狙ってオイル灯の油を掛けてやるんだ。そしたら竜巻を起こして閉じ込めて欲しい。そこに火をつければ……?」

 そうすれば男は燃えるはずだ。竜巻が外側から内部へと吹き付けていれば、周りの住居に炎が燃え移ることもないだろう。

「分かったわ。でも私の竜巻は長くは持たない。もってほんの数分よ。そこから勢いが落ちていく。破られる可能性が高いわ」

「うん。数分あれば大丈夫だ」

「そう。ならいいけど」 目を見開いたパトリシアは、納得したのか頷いた。

「私は何をしたらいいの?」

「俺たちがあいつを引きつけるから、逃げるふりしてオイル灯の油を取ってきて欲しい」

「分かったわ」

 納得したのか頷いたパトリシアに、リッツも頷く。

「エドを守りたい同士、協力しようぜ」

「エディのためね」

「そ。エドだけ知らないから、逃げるふりして」

「そうするわ」

 少し笑ったパトリシアは頷くと、脱兎のごとく走り出した。

 エドワードはリッツの説得で自分の気持ちをくんでくれたのかと、明らかにほっとしたように肩で息をしている。

 まさかリッツと何かを企んでいるとは思わないだろう。

 目の前で、男が竜巻を切り裂いて出てきた。

 とたんに竜巻は消滅する。

 男が余裕を持って歩いてきた。

 この男、精霊使いとの戦いに慣れている。

 精霊は呼び出した瞬間が最も強い。

 だが時間がたつに従って術者の拘束力が落ちていき、弱まるのだ。

 男はそんなタイミングを熟知しているようだった。

 再び緊張感を持ってリッツとエドワードは男に向き直った。

「女を逃がしたか」

 男が呟いた。

「まあいい。お前たちは興味深い」

 口の端を歪めて笑った男は、次の瞬間に目の前まで迫っていた。

 とっさにリッツは槍を受け止める。

「くっ!」

 槍の一撃はとてつもなく重い。

 長いリーチで繰り返される斬撃に、リッツは必死で踏みとどまることしかできない。

「ふん。まだまだひよっこのようだな」

「くそっ!」

 歯が立たない。だからこそ悔しい。

 リッツは剣技と喧嘩の融合ともいえる、独特な動きをするタイミングを狙ったのだが、相手に全く隙がない。

 リッツの焦りを見透かされたのか、男が一瞬だけ隙を作った。

 そこに踏み込んだ瞬間、逆に一撃入りそうになって、必死で踏みとどまる。

 わざと隙を作られたのだと気がついて、頭に血が上りそうになる。だが怒り狂う余裕すらリッツにはない。

 突き殺されないことだけに必死だ。

「黒髪に長身とはこの地方には珍しい」

 必死でこらえるリッツに、男は余裕たっぷりとそう告げた。

 リッツには反論することなどできない。

 男の後ろにはエドワードが迫るも、ふり降ろした剣は男に届かない。

 それでもリッツの側には隙ができた。

 正式の剣技では駄目だ。

 リッツの、リッツにしかできない剣技で勝負しなければ。

 そう考えた瞬間、体が動いていた。

 一瞬の隙を突いてリッツは剣を捨てて、男の懐に飛び込んだのだ。

 槍は長いから戦うには不利だが、こうして飛び込んでしまえば槍の方が不利だ。

「何……!」

 男は初めて戸惑ったような声を上げたが、その時にはリッツは男の腕を掴んでいた。

 力を込めて男の両腕にしがみつく。

 これで槍を扱う力は半減するはずだ。

 だが男はエドワードに対しているからリッツ相手に腕を振るうわけにはいかず、いらだたしげに声を荒げた。

「放さんか小僧!」

「嫌だ!」

 男は痛みに低く唸りリッツに肘をたたき込もうとするも、身軽なリッツは男の腕に体を預けて力を逃す。

「エド!」

 リッツが叫んだ瞬間に、エドワードは剣を力強く薙いだ。

 激しい衝撃と共に、槍が男の手から滑り落ちる。

 リッツはとっさに男の腕を放して、力任せに槍を遠くに蹴り飛ばした。

 槍は回転しながら遠くに飛んでゆく。

「やった!」

 喜んだ瞬間に、思い切り腹を蹴り飛ばされてリッツは呻いた。

「うっ、あっ……」

 痛みに体を折ると、男は容赦なくリッツの背を蹴り倒した。

 地面に勢いよく叩きつけられて呻く。

「馬鹿め。戦いは終わっていない」

 男がリッツを見下ろして冷ややかに告げた。

 この場から逃げねばと必死に手足を動かそうとしても、幾度も繰り返される男の容赦ない蹴りで動くことが出来なくなっていく。

 体を丸めて自分を守ることで精一杯だ。

 吐き気と痛みが同時に襲い、激しい苦痛が襲ってくる。

 もだえるリッツを見下ろしながら、だが男は再び何の感慨もなさそうに、隙が出来たリッツの腹を蹴り飛ばした。

「ぐっ……」

 男の足下で痛みのあまりのたうつと、男は怒りのこもった声で静かに告げた。

「こんな片田舎の小僧に後れを取るとは、私としたことが」

 男の蹴りが腹にめり込み、リッツは再び苦痛のうめき声を上げた。

 酸っぱく苦い液が幾度もこみ上げ、それを吐いた。

 エドワードが何かを叫んでいるが聞こえない。

 気が遠くなりそうだ。

 喧嘩には慣れているはずのリッツなのに、この男の蹴り一つ一つが今までの喧嘩相手と桁違いに重い。

 リッツの視界の端で男がゆっくりと腰から剣を引き抜くのが見えた。

 槍しか武器を持っていない訳はないのに、そんなことを失念していた自分に歯がみをする。

 剣が振り上げられてもリッツは逃げることができなかった。

「まずはちょこまかと動く、この足だ」

 剣はズブリとリッツの腿に突き刺された。

「うわぁぁぁぁっ!」

 叫び声を上げて痛みにのたうつ。

 痛いというよりも熱い。

 今まで感じたことのない痛みに、苦痛の声が止まらない。

「これでもう小癪な真似はできんだろう? 馬に槍と、ずいぶん好き放題してくれたな」

「リッツ!」

「動くな。この小僧を殺したくなければな」

 エドワードが苦しげに歯がみしているのが見えた。

 足手まといになっているのが申し訳なかった。

 ごめんと謝りたいが、声が出ない。

 頬を何かが伝っていると思ったら、苦痛のあまり流した涙らしい。

「小僧の次に相手してやる。そこで待っていろ」

 男がそう言って再び剣を振り上げた。

「次は生意気なその目だ」

 もう駄目かと思った次の瞬間、小さな鉄の箱が飛んできて男の頭にぶつかった。

 箱からはどろりと黄色い液体が流れ出して、男の髪を濡らしている。

「何?」

 男の戸惑った声が頭上で聞こえた。男を伝ってリッツの目の前にも黄色い液体がゆっくりと落ちてくる。きつい油の香りだ。

「……オイル灯……」

 呟きながらのろのろと霞む視線を向けると、そこには肩で息をしながら膝に手をついている軍服の姿が見えた。

「リッツ! 何やられてるのよ!」

 軍服の人物は叫ぶと顔を上げる。

「パティ……」

「持ってきてやったわよ! しっかりなさい!」

 さんざん走り回ったのだろう。息を切らせながらパトリシアはそういうと、白銀の杖を振り上げた。

「今あるすべての力を込めてでも私が封じ込める! どいてなさい!」

「……うん」

 返事をしつつも体が全く動かない。

 もがくリッツに足をかけた男は、自分を濡らした物が何なのかに気がつくと小さく舌打ちした。

「面倒なことを」

 これから何をしようと考えているか分かったのだろう。

 一瞬、男の意識がリッツからそれた。

 それを狙っていたパトリシアが白銀の杖を正面に構える。

 凛とした声が、宵闇の中で響く。

「巻き上がれ竜巻!」

 パトリシアの叫びと同時に、猛烈な風が男を襲った。風の渦はやがて竜巻となり、男を飲み込み襲いかかった。

「くっ! 精霊使いが!」

 怒りを露わに怒鳴った男の姿が、巻き上げられた砂の竜巻の中へと消える。

 竜巻は轟々と音を立てて巨大になっていった。

 男の足下にいたリッツも巻き込まれかかっって必死で地面を這う。

 だがかなりの傷を受けているリッツは這いながら少しづつ逃れるしかできない。

 もし竜巻の中にいる男に気付かれて戻されたら最後だ。

 だがいち早くリッツの状況に気がついたエドワードが、巻き込まれつつあるリッツの手をがっちりと掴んで引いた。

「……あぶねえぞ、エド」

「お前は黙ってろ!」

 エドワードは一気にリッツを引っ張り抜いた。

 風に巻き込まれつつある体が、一気にエドワードの元へと引き寄せられる。

「同じ手は効かんぞ! 今度はどうするつもりだ?」

 風に巻かれた男の大声が響く。

 この状況で全く動じていないことに驚きつつも、リッツは竜巻から目が離せずにいた。

 竜巻の威力が落ちた瞬間、再び男が襲ってくるのは間違いない。

 それまでに何とかしなければ。

「エド、火、あるか?」

「火?」

「あいつにかかったの……オイル灯の油だ」

 途切れ途切れ告げるリッツの言葉でも、エドワードは理解したらしい。

「なるほどな」

 頷くとリッツを引きずって行く。

「時間がない……エド!」

「分かってる。だがお前まで焼き殺したくない」

 エドワードに言われてハッとした。

 油くさい。どうやらリッツも浴びてしまったようだ。

 リッツを引く力が不意に強まった。

 ゆっくりと顔を上げてみると、リッツの片手をパトリシアが引いていた。

「パティ……」

「しっかりしなさい!」

 二人は大急ぎでリッツを端に寄せると、エドワードが近くの民家に飛び込んでランプを持ってきた。

「これを投げ込めばいいのか?」

「うん」

 吐き気と痛みに耐えつつもリッツが答えると、エドワードは頷きランプの傘を取った。

 これで火がむき出しになる。

 それにランプには元々オイル灯と同じく油が満載されているのだ。これなら必ず火が燃え移る。

 そしてエドワードはそれを、躊躇無しに男を閉じ込めた竜巻の中に放り込む。

 一瞬の静けさに不安になりかけた三人の目の前で、竜巻は爆発的な炎に包まれた。

「すげえ……」

 思わず呟くと、エドワードも炎を見詰めたまま呻いた。

「予想以上だな」

 荒れ狂う竜巻の中で、男の苦痛の悲鳴が上がる。男の末期を考えると、三人とも言葉が出ない。

今竜巻の中で男は焼かれているのだ。

 やがて男の悲鳴が消え、次に竜巻も徐々に弱まって消え、あたりは再び静かになった。

 怖いほどの静寂の中で、リッツは体中の力を抜いてぐったりと横たわる

 いつの間にか時間は過ぎ去り、夜も深まりつつあるようだ。

 見上げた星空があまりにも綺麗で、何だか星が輝きながら降ってきそうだ。

 視界が霞むリッツには、星空がとても幻想的だった。

「終わった?」

 ぼそりとリッツが呟くと、リッツの手を握ったまま隣にいたパトリシアが頷いた。

「そうみたいね」

「今度こそ終わりらしいな」

 エドワードも振り返って微笑む。

 竜巻が消えた後、そこには誰もいなかった。

 戦える状態ではなくなった男は逃げていったようだ。

 この勝負、ギリギリではあるが、リッツとエドワード、そしてオイル灯と精霊魔法を提供してくれたパトリシアの勝利だった。

「無茶するわ」

 パトリシアの呟きと同時に、リッツは目を閉じた。握ったままのパトリシアの手を強く握り直す。

「パティ」

「何よ」

「俺のこと、信用できそう?」

 眠いから意地も見栄もなく小さく尋ねると、パトリシアは笑った。

「ええ。少しはね」

「少しかぁ……じゃあさ俺、怖くない?」

 呟きながらもリッツの意識は薄れていく。

「リッツ?」

 リッツの声が聞き取れなかったのか、パトリシアとエドワードが心配そうにのぞき込んでいる。

 二人を見ているつもりなのに、何故だかぼんやりと霧がかかったように二人の姿が霞んでゆく。

「怖がらないで。本当は俺が一番怖いんだ」

 呟いた声も言葉になどなっていない事に自分でも気がついた。

 エドワードとパトリシアがリッツを呼ぶ声が聞こえていたけれど、心配している二人の声が心地よくて何だか満たされた気分だった。

 痛みに吐き気。

 幸せなことなどひとつもないはずなのに、リッツは満足して目を閉じた。 

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