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燎原の覇者  作者: さかもと希夢
樹下の盟約
14/179

<12>

 訳が分からず穴の空くほどエドワードを見つめると、エドワードが楽しげに笑って窓に向かって呼びかけた。 

「ジェラルド、いるんだろう?」

 思いも寄らない言葉に目をむく。

「おっさん!? どこに!?」

 リッツがベットから跳ね起きると、扉が開いて農民の格好に大きめの中折れ帽をかぶったジェラルドが入ってきた。

「やはり分かっていたか」

 話しながら帽子を取って、片手で掴む。

「な……なんで!? っつうか、いつ来たの?」

 混乱しながら聞くと、ジェラルドが笑った。

「お前がチェスに負けて、身の上話を始めたあたりからだ。とても入れる雰囲気ではなかったから、窓の外で立ち聞きさせて貰った」

「聞いてたの?」

 思わず大声で言うと、ジェラルドは苦笑した。

「嫌ならすまん」

 正直に謝られてリッツは力を抜いた。

 別にジェラルドに聞かれて困る話ではない。

 エドワードが信頼し、リッツも信頼を置くジェラルドがリッツの話を聞いて妙な態度を取ることなどエドワード以上にないだろうから。

「別におっさんだから、嫌ってわけじゃねえけどさ」

 頭を掻きながら独り言のように呟く。

「だけどさ、おっさん軍人だろ? 闇の一族とか警戒すんじゃねえの?」

 恐る恐る聞いたが、ジェラルドはリッツの間近までやってきてリッツの肩を叩いた。

「お前は闇の一族じゃないだろう?」

「うん」

「それならいい。お前は信用に足るからな。気にするな」

「おっさん……」

「広く伝えられる精霊族の容姿とあまりに違うお前の容姿には疑問を感じていたが、これですっきりした。だがリッツ、一つ聞いていいか?」

「うん」

「精霊族も闇の一族もみな精霊使いだと聞いているが、お前は精霊使いではないな?」

 ジェラルドの疑問は最もだった。

 闇の一族も光の一族も高位の精霊使いなのだ。

「合いの子で突然変異なんだって俺。精霊が使えない代わりに、昔っから力だけは強くって、喧嘩に明け暮れてたんだ。負けた事なんて無かったぜ」

「なるほど」

 深々と頷いたジェラルドがふと思いついたようにまたリッツに尋ねる。

「他にお前のような存在はいるのか? 友達とか兄弟とか」

「ううん。いない。俺だけだ。何でそんなこと聞くの?」

「お前みたいに屈折してたらここに呼んでやれと思ったのさ。どうも立ち聞きしたところでは、シーデナはお前の様な立場にとって居心地が悪そうだからな」

「いたら呼んでどうすんだ? 騎士団に加えるの?」

「それも一つの手だな」

 ジェラルドを見ると、ジェラルドは微笑んだ。

「ここにいるお前は、故郷にいるより楽しそうだと思ったのさ」

「うん。楽しいさ」

 正直に答えると、ジェラルドはわざとらしく声を潜めた。

「女よりもか?」

「……おっさんもそれ聞いてたんだ……」

 思わず口をとがらすと、ジェラルドは楽しげに笑って力強く肩を叩いた。

「い、いてえって! 何すんだよ!」

「嬉しいのさ。そうかそうか、ここにいるのが楽しいか」

「そうだよ!」

「領主としてはこの上ない喜びだ」

 そういうと再びジェラルドが肩を叩いた。

 本気で言っているのか分からないが楽しそうではある。

 それにしても強い力だ。

「だから! 手加減しろよ、おっさん!」

「気にするな。お前は丈夫だ」

「そういう問題か?」

「そういう問題さ。なにしろ怪我が治る速度が半端じゃない」

「だからって手加減しない理由にはならないだろ!」

「そうか? 丈夫なら多少荒く扱っても壊れるもんじゃないさ。なあパティ?」

「パティ!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったリッツの目の前で、開けたままの扉からパトリシアが入ってきた。

 ジェラルドと同じく男物の農民の格好で、腰に白銀の杖を差している。

「お邪魔するわ」

 麦わら帽子をとって両手で胸の前に抱えたパトリシアは、居心地悪そうに顔をリッツから背けてぽつりと呟いた。

 グレインの領主の屋敷にいるはずの彼らが、こんなところに真っ昼間からいる理由が全く理解できずリッツは困惑した。

 こちらをちらりと見たパトリシアは、リッツと視線があった瞬間、おもむろに視線を逸らした。

「盗み聞きするつもりはなかったけど、聞いちゃったわ」

 その横顔に今まで周りの人間で見慣れていた、リッツに対する警戒感を感じて胸が痛んだ。

 エドワードやジェラルドのように何も気にせずリッツを受け入れてくれる人間はやはり少ないのだろう。

 パトリシアはジェラルドの娘ではあるが、あの二人に比べたら、やはり普通の人だ。

 胸の痛みをかみ殺すために、あえて事情を知っているであろうエドワードに向き直る。

「で、何がどうなってるんだよ」

 詰め寄ったリッツにエドワードは軽く両手を挙げた。

「打ち合わせだ、リッツ」

「何の?」

「言ったろう、局地戦だ」

「だからそれ何?」

 さらに詰め寄ったリッツに、エドワードが苦笑した。

「オフェリルのダネルが村の男たちのいない間を狙って襲ってくるんだ」

 思いも寄らぬ言葉にリッツは絶句した。

 開いた口がふさがらないリッツに、エドワードはさらに追い打ちを掛ける。

「この機会を奴らは虎視眈々と狙っていたのさ」

「な、なんで!?」

「そりゃお前、年寄り、女、子供しかいなければ、村を好きにし放題だろ? ダネルが執心だった女も、他の女も好きにできる」

「そんな!」

「そして農民ではないお前はこの村に残っている。仲間をあっさり斬り殺してしまったお前でも大人数なら殺せるというわけだ」

「俺?」

「ああ。奴らはお前をなぶり殺しにすることを諦めてはいなかったんだ。俺たちが帰ってくるまでの二週間に、さんざん手下を使って俺たちの周りをかぎ回ってたぞ」

「……マジでか……」

「ああ。全くあきらめが悪いな」

「どうして今日なんだよ!」

「村に戦えそうな男がいないだろう? 戦えそうなのはお前と俺の二人だけだ」

「あ……」

 そういえば今朝ティルスの男たちはこぞって麦をグレインに運んでいったのだった。

「奴らにとって、女と復讐を一度に果たせるたった一度のチャンスが今日なのさ」

 自分が標的に入っているとは思わず、想像外の出来事にリッツは呆然とした。

 この件はジェラルドが収めたことで全部終わっていると思っていたのだ。

「だってさ、もうオフェリルはグレインに手をださねえって言ったじゃんか。なのにダネルが襲ってくんの?」

「そうだ」

「じゃあおっさんは何のために交渉したんだよ」

 殴られてひどい目にあったのはリッツだ。意味がないなら何のための交渉だったのだろう。

 いぶかしげな目を向けると、ジェラルドは苦笑した。

「私はあの場を収めただけさ」

「じゃあ俺は何だったわけ? ただの殴られ損じゃんか!」

「お前からすればそうだろうな」

 リッツからすれば笑い事ではないのだが、さもおかしそうにジェラルドは笑った。

「笑い事じゃねえぞ!」

「まあそういうな。お前があの状態だったからこじれずことが収まった」

「でもあいつらが来るじゃねえか!」

「そうだ。だがそのおかげで今日この村を襲う連中を退治する大義がある」

「え?」

「お前は覚えていないか? クロヴィス卿は約束しただろう? グレインには手を出さぬ、出した人間がいたとしてもそれはオフェリルには関係がないと」

「うん」

 確かにクロヴィスが出て行くときにそんなことを言っていたような気がする。

 でもそれがこれとどう繋がるのか分からない。

 首をひねっていると、ジェラルドに変わってエドワードが教えてくれた。

「つまり今日ここで起こる事件は、すべて存在しないことになる」

「なんで!?」

「今が小麦売買の重要な時だ。今ことが起きると、グレインの今年一年分の小麦の値が跳ね上がる。最悪の場合、グレインはオフェリル出荷を拒否する可能性だってあるだろ?」

「どうして?」

「境界侵犯をした上に、領民を殺した自治領区に小麦を売る必要があるか?」

 言われて初めて考え込む。

 確かにそうなればグレインはオフェリルに小麦を売るようなお人好しの自治領区ではないだろう。

 何しろ自治領主はジェラルドだ。

「……ない。でもだからってどうして事件がないことになるんだよ?」

「オフェリルはもめ事を避けたいんだ。グレインから直接の買い付けが出来なくなると、小麦をサラディオかファルディナ経由で買わなければならなくなり、かなり値が張る。そうなればかなりの損失だろ?」

「そうだよな」

 ローレンに教わったことを色々思い出しながらリッツは頷いた。

 確か農作物を作っている人から直接買い付ければ安いけれど、店で買うと高くなるという話だった気がする。

 だからリッツは買い物かごを下げて、農家に買い付けに回ったのだ。

「もし何か事件が起きてしまった場合、この状況に陥る可能性が限りなく高い。だからもし事が起きたとき、クロヴィス卿は『我が領地はグレインにとことを起こさないと宣言したからそれはオフェリルの民がやったことではない』とすっとぼけるしかないのさ」

「でも犯人息子だろ?」

「ああ。だが限度があるさ。いくら貴族が暴力で民を支配しようとしても、飢えれば民は逃げ出す。息子一人のためにオフェリルはこれ以上の領民を失いたくないんだ」

「なのにダネルはくるの?」

「クロヴィス卿の馬鹿息子にはそんな簡単なことも分からないんだ」

「……馬鹿なのか」

「馬鹿なんだ。だからクロヴィス卿が地下牢にでも放り込んで牢の鍵を捨てない限り奴らはやってくるだろう。もしそうしても協力者がいればクロヴィス卿の努力も水の泡だろうがな」

「ふ~ん」

「奴の頭にあるのは、奴の誇りを傷つけた相手に対する復讐心ただひとつだからな。だから村に探りを入れ、男がいなくなる時を狙って村を襲撃するというわけだ」

「俺を狙って?」

「お前だけじゃない。ダネルを袖にしたあの妊婦もだ。その上奴の恨みは意に染まらぬこの村の女全体への恨みとして広がっている」

 リッツは眉をしかめた。

 ダネルの仲間を斬り殺したリッツが復讐の対象になるのは納得できるが、自分が脅迫していた相手を恨むなんて身勝手にもほどがある。

「今度は俺も反撃していいんだよな? また問題になったりしねえの?」

 エドワードからジェラルドへと向き直って尋ねると、ジェラルドが笑みを浮かべて頷いた。

「エドが言ったろう。ここで起こる事件はすべて存在しないことになるとな」

 それはつまり、オフェリルがこの村に手を出さないと宣言した以上、ダネルは名も知らぬどこかのならず者ということになる。

 だからリッツは正体の分からぬならず者に反撃してもいいのだ。

「そういうことか。何か分かってきた」

 ようやく得心がいったリッツが深々と頷くと、ジェラルドはリッツの肩を軽く叩いた。

「お前が分かってきたところで説明をしておこう。相手の油断を誘うため、男たちにはみな、あえて村を出て貰った。それを確認した相手は欺されてこの村の監視をやめオフェリルに報告に帰ったようだから、きっと日が暮れるまで奴らは現れない。父親に見つからず夜陰に紛れて襲撃したいはずだ」

「でもよく分かるよな。どうしてダネルのことが分かったんだ?」

 やけに詳しいジェラルドに疑問をぶつけてみると、ジェラルドは当たり前のことのように微笑んでリッツに告げた。

「監視していたのは彼らだけではないのさ」

「おっさんたちもダネルを監視してたってこと?」

「そういうことだ。だから人数までほぼ把握できている。今回は前のようにあっさりと逃げ去ってくれる数ではない。気になる者も数人いるしな」

 リッツはつばを飲み込んだ。

 今日の夜、この間とは比べものにならない大人数でダネルが来る。

 そして村で戦えるのは、ここにいる四人しかいない。

「それって落ち着いてる場合じゃねえよな?」

 大人数に対して四人。

 あまりにも心細い布陣だ。恐る恐る尋ねると、ジェラルドとエドワードは小さく笑った。

「大丈夫。何とかなる」

「何がだ! ティルスはどうなっちまうんだよ!」

 思わず怒鳴ったリッツに答えるでもなく、軽く準備運動でもするかのようにジェラルドは肩を回した。

「さて、こちらも迎撃準備を始めることにしよう」

 そういうとジェラルドは再び帽子をかぶり直し、パトリシアもそれに習う。何故かエドワードも農作業を手伝う時用の帽子をかぶった。

 そして部屋の片隅に置かれていた大きなスコップを手にする。

「いくぞリッツ」

「なにしてんの?」

 意味が分からぬ行動に不信感丸出しで尋ねたが、エドワードは落ち着いていた。

「迎撃準備だ。麦わらとスコップを忘れるなよ」

「だから、なんでだよ!」

 苛立って怒鳴ると、エドワードはいつもの自信たっぷりの笑みを浮かべてリッツに告げた。

「落とし穴を掘るに決まってるだろう?」

「落とし穴!?」

 思わぬ言葉と、この見た目と存在感の華やかな二人が実行するにはあまりに地味な行動にリッツは再び絶句する。

 だが中折れ帽を親指と人差し指で少し押し上げたジェラルドが、至極真面目にリッツに告げた。

「人数が少ない時は、地味でも敵の数を減らす方がいい。大人数と正面切ってやり合っても、村を守り切れねば意味がない。効率よく殺すのではない、効率よく守ることを考えるんだ」

「あ……」

「大切なのは領民を守ることだ。まず第一にそれを考えねば領主として失格だろう?」

 その大前提がすっかり頭から抜け落ちていた。

 襲撃してくる奴らをいかにして倒すか、そればかり考えていたのだ。

 だが大切なのはこの村の人々を身勝手な暴力から守ることだ。

「これは基本だ。覚えておけ」

 ジェラルドのその目はクロヴィスと相対していたときのように厳しい目だった。

 やることは落とし穴掘りでも、そこにティルスの村人の命がかかっているという重みを感じて、リッツは真面目に頷いた。

 リッツの瞳の真剣さに満足したように、ジェラルドがパトリシアに命じた。

「パティ、お前はローレンと共に避難場所と炊き出しの相談と、穴掘りの人員確保を。それが終わったら中央広場に戻り、迎撃作戦の説明を聞け」

「はい、父様」

 命じられたパトリシアは至極真面目な顔で頷いて小屋から去っていく。

「エドとリッツは街の中央広場に大きな穴を掘るから手伝え」

「分かった」

「うん」

 小屋から出たジェラルドは勝手知ったるように、セロシア家の農機具小屋から鍬と雪かき用のスコップを取り出した。

 リッツも畑仕事に使う鍬を引っ張り出してくる。

 道具を調えた三人は、並んで街の中心地へと急ぐ。端から見るとの農民が道具を抱えて畑に出ようとしているとしか見えなかっただろう。

 刈り取りが終わった麦畑の向こうを早足で歩く、麦わら帽子姿のパトリシアの後ろ姿が見えた。

 その姿はティルスの娘たちと変わらない。

 初めてあったときの軍服よりもこっちの方が似合っているとリッツはぼんやりと考えたが、先ほどパトリシアが浮かべたリッツへの距離感を思うと気が重い。

 やはりパトリシアにとってリッツの素性は気味の悪い物だったようだ。

 考えに沈みそうになるリッツだったが、ジェラルドは惚けている時間を与えてはくれなかった。

 歩きながらジェラルドは更に説明を続ける。

「街の入り口には落とし穴を掘らない。最初に穴があると警戒してしまって一網打尽にしづらいからな。聞いてるか?」

 ジェラルドに話しかけられて我に返った。

 ここで落ち込んでいる場合ではなかった。村の女性たちと自分の命がかかっているのだ。

 気を取り直してリッツは早足にジェラルドの隣に並んだ。

「でもさ穴が真ん中だと、そこに来る前に暴れて困らねえの?」

「大丈夫だ」

「何で?」

「決まっているだろう。餌を撒いておくのさ」

 そういったジェラルドは人の悪そうな笑みを浮かべた。

「餌って?」

「彼らが最も殺したいと願っている男を、穴の前に立たせておくんだ。頭に血が上った奴らは一網打尽に穴の中だ」

「そんなにうまくいくのかな」

 ボソッと呟くと、ジェラルドは自信ありげに笑った。

「大丈夫だ。前方にえさ、後方に脅威を置いておくからな。そうなれば後方にも逃げられない奴らがバラバラに逃げ散ることになる。そいつらもつかまえるために、馬で走り込めそうな主要な道には落とし穴を掘る」

 立て板に水がごとくすらすらと話すジェラルドに、リッツは心の底から感動した。

「へぇ……おっさんって、何かすごいな。ちゃんと色々考えてるんだな」

「これでも軍の最高司令官を務めたこともあるからな」

「へぇ……」

 感心して頷き掛けてリッツは固まった。

「最高司令官? ユリスラ軍の?」

「ああそうだ。今はただの自治領主だがね」

 あっさりとそう言われると、あまり軍のことなど知らないリッツは、そんなこともあるのかなと首を捻る。

 最高司令官と言っても、もしかしたらたくさんいる中の一人なのかも知れない。

「ところでさ、餌ってやっぱ俺だよね?」

 ジェラルドとエドワードに尋ねると、二人は当然といった顔で頷いた。

「お前以外に誰がいる?」

「適任だろ」

 そう言われても美味い餌になってやれる自信がない。

「そうかな?」

「ああ。逃げ足と身のこなしは一級品だからな。いざとなれば少々剣も使える」

 二人とも同じような少しふざけた顔をして、だが目だけは真面目に見えたから、リッツも緊張しながら頷く。

「頑張るよ」

「飛び道具には気をつけろよ。打ってきたらお前に当たる前に相手を討ってやる」

「そんな無茶な……」

 ため息混じりにそう呻いてリッツは足を止めた。

 穏やかな暖かい太陽の下、のどかに鳥が飛んでいく。

 こんなうららかな午後なのに数時間後には馬鹿貴族の餌になるのかと思うと、何だか不思議な気持ちだ。

 少し遅れてしまったリッツに、先へと進んでいたジェラルドがスコップをかざした。

「ほらリッツ、ここだ。ここを掘れ」

「は~い」

 返事をしてからジェラルドの元へと小走りで向かったリッツは、ふと思いついて尋ねた。

「おっさんって自治領主じゃんか。どうして率先して穴掘りすんだよ。部下とか使用人にやらせりゃいいのに」

 ジェラルドぐらいの立場になれば、命令だけして椅子に座っていればいいはずだ。

 なのに何故かジェラルドは自分もスコップで穴を掘る気満々である。

「警戒させないために、男手は皆グレインに行ったから人手が足りないだろう? そんな時には領主も何もないさ」

 おどけて言いながらジェラルドはスコップで地面に線を引き始める。

 どうやらその線の範囲を全部掘るようだ。

「領主のくせに変なおっさん。物好きなんだな」

 リッツがこれから始まる重労働に思いをはせつつため息混じりに呟くと、口元を緩めてジェラルドはリッツの頭に手を掛けて髪をかき混ぜた。

「お前は正直だな。その不躾さはかえって心地がいい」

「やめろよ! 俺は子供じゃないぞ!」

「私から見れば子供だ」

「何か誤魔化してんだろ、おっさん!」

 むくれるリッツにジェラルドは答えてくれない。変わって答えたのはエドワードだった。

「ジェラルドは実戦から離れて書類仕事と人付き合いばかりでくさってるんだ。せっかく軍を辞めて自治領主に専念してるのに面白いことがないらしい」

「ってことはつまり、おっさんは穴を掘るのが自治領主の仕事よりも楽しいの?」

 まじまじとジェラルドを見ながら尋ねると、ジェラルドが豪快に笑った。

「笑うなよ!」

「笑わずにいられるか。私は別に穴掘りが好きな訳ではないぞ」

「じゃあなんでわざわざ?」

「お前たちを見ているのが面白いのさ」

「俺たち?」

 思わずひとくくりにされたエドワードを見ると、エドワードは軽く肩をすくめた。

「何が面白いの?」

「二人を一緒にしておくと何を考え出すか分からないところがな」

 そうだろうか。

 思わず再びエドワードを見たが、エドワードは笑っているだけで何も答えてくれない。

 これでは何も聞かせて貰えないだろう。

 仕方ない、ここは穴を掘るしかないようだ。

「さあ、名誉ある一突き目はお前に譲ってやろう。そこが穴の中央だ」

 いつものようにジェラルドに堂々とそう命じられて、リッツ小さくため息をつきつつ鍬を振り上げ、示された場所に突き立てた。

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