後編
それから、未羽は現実と夢を行ったり来たりしながら2か月を過ごした。こっちではいつも通りやりたいことをして、起きたらお母さんと話したり、たまに勉強させられたりしていたみたいだ。時々愚痴をこぼしているのを聞いたりもした。
9月半ば、現実の夏の置き土産もいい加減薄れてきた頃。しばらく留守にしていた未羽が、いつになく真剣な面持ちで戻ってきた。
「いい知らせと、悪い知らせがあるんだ。ちょっと、聞いてくれる?」
有無を言わさぬ雰囲気。
「…うん。とりあえず座ろうか」
柔らかい草の上に腰を下ろしても、未羽は黙ったまま。さあっと吹いた風に背中を押されてやっと口を開いた。
「まずはいい知らせから。今ね、私の病気はカイホウ?に向かってるんだって。今まではずっと良くも悪くもない状態だったのがこの数か月で急激に良くなったって、お医者さんがびっくりしてた」
そこで一旦言葉を切る。その先を見渡すように、どこか遠い目をして開けた空を見上げながら続けた。
「それで、ちゃんと治療をすれば病気と上手くやっていけるって言われたの。完全には治らなくても、上手に付き合いながらほとんど普通の生活を送って、大人にもなれるって。…きっと、キミのお陰だね。前は自分の将来なんてろくに考えてなかったけど、ここに来てからは元気になりたいっていう思いが強くなったから」
「ふふ。そういってもらえると嬉しいよ。でも何より未羽が普通に過ごせるようになるのが一番嬉しい。どんな道だって、ボクは君の夢を応援するよ?」
もっと手放しに喜んでもいいはずなのに、未羽の表情はなんだか浮かない。『悪い知らせ』って何だろうと思うと、ボクも嬉しさと同じくらいの不安を抱かずにはいられなかった。
「…それで、悪い知らせって?」
「…うん、そのことなんだけど」
未羽の心を反映するように、青空に藍色の風が走った。一段深くなった空の色に星が広がる。ざっと音が聞こえてきそうだ。
「普通の生活をするってなったら、やっぱりこの夏みたいなのを続けるわけにはいかないでしょ?朝起きて昼活動して寝るのは夜だけ。そういう風にしなきゃいけない。…そしたら、私はもうここに戻って来れないんじゃないかと思うんだ」
涼しい夕の空気がずしりと重くなった。お腹の底に石が入ったみたいに感じる。
「…」
「ちょっとずつは忘れてるなって、今までも思ってたんだ。起きるのは長くても3時間くらいだったから大丈夫だったけど、それ以上は多分厳しい」
言葉が出ないボクに、未羽はゆっくり問いかけた。
「ここより綺麗な星空、現実で見れるかな?」
「…見れるよ」
これだけは、はっきり言える。
「都会じゃ無理だろうけど。元気になった未羽が、そういう場所に見にいけばいい。そのほうが夢よりもずっと綺麗に見える」
「そっか。…じゃあ最後くらいは、絶対に夢じゃなきゃできないことがしたいな」
未羽が立ち上がる。いつだって前向きな彼女に、思わず子供みたいな声が出た。
「…今日が最後なの?」
一瞬止まって、それからボクに手を差し出しながら彼女は笑う。
「私はずるずる続けるより、お別れはきっぱりしたいタイプだからね。そのほうが長く覚えていられるでしょ?」
…確かにそうだ。君はいつだって変わらないね。
「…じゃあ、未羽。キミの夢は、なあに?」
未羽はきっぱり答える。ボクが叶えてあげられる、最後の夢。
「空を泳ぐ!地面とか地球とかそういうのがない360°の空の中で、なんにも気にせず風に身を任せてみたい」
「いいね。分かった」
そう応えた瞬間、足元の地面が消える。余計な考えが消える。寂しさも、悲しさも、ずっといてって願う気持ちも空の彼方へ吹き飛んでいく。からっぽの頭で、ボクたちは叫んだ。
「わ────────────っ‼」
君が笑っている。ボクも気が付いたら笑っている。裸足のまま、風にはためく服をまとって空へ舞う君の背中に、ボクは白い大きな羽を見た。
「ねえ未羽!キミの名前は未だ飛べない羽じゃない、未来にはばたく羽だよ!だから…だから、これからはキミ自身がキミの夢を叶えて。これはボクからの宿題!次会ったときにやってなかったら怒るからね‼」
耳元でごうごうと風が鳴る。そのせいで自然と大声になってしまう。
空の縁に明るい光が生まれた。そこから少しずつ空の色が赤く染まっていく。今まで一度もなかった朝焼け。紫色の影ができ始めた雲の重なりが、これは映像じゃない、今ここでだけは確かに存在する光景なんだって教えてくれる。
太陽から一筋の光が矢印みたいに伸びていく。まだ暗い、明日の空に向かって。ボクは初めて、太陽を綺麗だと思った。
「じゃあ、こっちは私からの宿題!シエルは、夢はなあにって訊かれたときに答えられるようにすること!今度誤魔化したら許さないからね!」
太陽にそっくりの笑顔で君が叫ぶ。その目は、ちゃんと未来を見据えている。
「分かった!じゃあ、またね‼」
「またね────‼」
強い光が世界を包んでいく。君の姿が霞んで見えなくなっていく。それでもボクは笑い続けていた。溢れる真っ白な光を見つめていた。
────もう何も見えない。
**************
「こんにちは、ボクはシエル。夢の妖精だよ。キミの夢は、なあに?」
今日もボクは、目の前のちいさな子供に笑いかける。それが、ボクの役目。
「えっとね、わたしは、パパみたいなかっこいいパイロットになりたい!」
これくらいの年頃の女の子を見ると、今でもあの子のことを思い出す。あの日の朝焼けと、約束のことを。
また陽は昇って、朝は毎日やってくる。でも、真っ白な時間ももう怖くない。いつだって太陽は綺麗で、ボクは一人なんかじゃないと知っているから。
もう何度目になるか分からない夜明けの眩しさに目を細めた。
「キミの夢は、なあに?」
君の声が耳元に蘇る。大丈夫。今もこれから先も、何度だって思い出せる。
「…願わくば、変わっていく季節と限りある時間のなかで笑っていたいな、なんて。」
光の先にある明日の夜空と君の未来に向かって、ボクは小さく呟いた。
や、やっと完結しました…!まずは慣らしで短編をと思っていたのに、まさか一本書くのがこんなに大変とは。そしてこんなに長くなるとは。四苦八苦でした。拙い文章とは思いますが、温かい雰囲気をゆったり楽しんでいただければ幸いです。少しでも気に入っていただけたら、本当嬉しいです…!
今後ループ、転生もののファンタジー長編を書きたいと思っています。ある程度ストックがないと安心できないタイプなので連載開始は相当後になるかもしれませんが、何かの拍子に思い出して覗いて頂けると跳んで跳ねて喜びます。




