前編
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「こんにちは、ボクはシエル。夢の妖精だよ。キミの夢は、なあに?」
今日もボクは、目の前のちいさな子供に笑いかける。それが、ボクの役目。
「すごい、かみのけ、ふわふわ!まっしろ!それにおめめがにじいろ!!」
「ふふっ、綺麗でしょ?それに、ここはキミの夢の中。キミがやりたいこと、なりたいもの、なんだってできるんだよ」
4歳くらいかな、目がキラキラしてる。
「じゃあね、ぼくね、おまわりさんになりたい」
「おまわりさんかあ。いいね、かっこいい」
途端、ボクたちの周りの景色が動き出した。子供が描く絵のようなのびのびとした色彩が広がり、純粋な夢が象られる。
「わぁっ!」
男の子はすぐに目を輝かせ、現れた交番の中をぱたぱたと駆け回っている。すごく楽しそう。
ボクはこの瞬間が一番好きだ。
───でも、楽しい時間ほど直ぐに終わってしまうもの。
窓越しに見える青空が白い光に包まれ始める。この夢の世界での夜明けの合図である陽の出。
「そろそろ朝だよ。もう起きなくちゃ、寝坊してお父さんお母さんに怒られちゃうぞ?」
悪戯っぽく微笑むボクに、男の子は「えぇ~、もう?」と不満そう。
「大丈夫だよ。夢は明日も見れるから」
ボクがそう言うと、やっと立ち上がって名残惜しそうに手を振った。
「じゃあね、ようせいさん。またあした!」
男の子のちいさな体が、白い光の中に吸い込まれていく。
後に残ったのは、元通り何もなくなった真っ白の空間と、その真ん中にぽつんと一人のボクだけ。
…『また明日』なんて、ないのにな。
どんな夢を見たかは覚えていても、ボクたち妖精のことは決して残らない、それは仕方がないこと。朝になればボクの世界はリセットされてしまう。白い砂漠みたいな世界で夜を待つだけ。
もう明日が来ないでほしい。いつまでも明けない夜が、昇らない太陽がほしい。
──────そう、思っていた。
**************
「こんにちは、ボクはシエル。夢の妖精だよ。キミの夢は、なあに?」
いつも通りの台詞を繰り返すボクの前には、元気のなさそうな女の子がいた。歳は7歳くらいだろうか、他の子たちに比べて日焼けしていなくて青白い感じがする。体も細くて、大きな黒い目でこちらを覗き込んできていた。
「夢、か。わかんない」
思ったよりも話し方がしっかりしている。幼く見えるだけで、実は10歳とかそれくらいかもしれないな。
「…そっか。無理しなくても大丈夫だよ。お名前は?」
「みはね」
「美羽ちゃん?美しい羽かあ。綺麗な名前だね」
「…ううん。私は、未羽。未だ、飛べない羽」
何だろう。言葉ははっきりしているのに、その声はどこか迷子のような不安定さを孕んでいた。
「でも、ここは夢の中だよ。キミが望めば何だってできる。それこそ、空を飛ぶこともね」
励ましたつもりだったのに、未羽は何故か俯いてしまった。ボクが如何したものかと思っていると、ゆっくりと口を開く。
「別に、空を飛びたいわけじゃない」
「それじゃ、何かやりたいことはある?何でも良いよ」
そこまで言うと未羽は少し迷う目になった。「夢なんだし、まあ、いっか」と小さく呟く。
「…私、病気なんだ。ずっと入院しててね、今もきっと病室で寝てる」
早口で一気に言い切って、また俯く。唇を噛んでいる。
「だからこそ、だよ。ここにいる間は、キミは病気じゃない。何をしても自由だ」
未羽は「そっか…」と少し明るい表情になった。でもすぐに気まずさを誤魔化すような、どことなく寂しそうな笑顔を浮かべる。
「夢なんて、考えたことがなかったや。そうすぐには出てこないものだね」
「別に将来の夢じゃなくても良いんだよ。食べたいものとか、行ってみたい場所とか」
「うーん…あ、じゃあ、星空が見たい」
その願いに応えるように、世界がすうっと広がった。足元から暗い藍色の空が生まれ視界を埋めていく。やがて、ボクたちの目の前は満点の星が瞬く澄み切った空気だけになった。
「わぁ…」
未羽も目を輝かせて、我を忘れたように星空に魅入っている。ここまでで一番子供らしい顔だな。
そんなことを思いながら微笑ましく見ていると、急に手を引かれた。体がぐん、と前に出る。
「行こう!星座、教えてあげる」
「えっ、良いよ。ボクはただの案内人だから。他人の夢の邪魔をするつもりは───」
「私が、キミと一緒に見たいの!ほら早く!」
そう言われて、ボクは星空の中を駆け出した。風が頬を撫でる。地に足はついているはずだけど、飛んでいるみたいな感覚。
「あっちが蠍座で、あ、ここが夏の大三角。本当に図鑑の写真と同じだ。すごいっ」
そっか、今現実世界は夏なんだ。
そんなことを思いながら、ボクたちは空の中を疲れきるまで歩き回った。未羽はずっと楽しそうだった。
「病室の窓はちっちゃいし、夜はカーテン引かれちゃうから。こんな空が見れるなんて思っていなかったな」
2人並んで寝転がり、呆けたように瞬く星々を眺めながらふと未羽が呟いた。
これは夢に過ぎないからこの子の現実を、『昨日』を変えることはできない。でも、明日もまた会えたら───
そう思っている自分に驚いた。ボクたちに明日はないって、分かってるのに。
ほら、もう空の端が白みだした。
「残念だけど、もう朝だよ。また明日来て。ね?」
今日もボクは噓をつく。そのはずだった。
「帰らない」
「え?」
「もう帰らない。起きたところで、ベッドにいるだけで何にもすることないし」
「でも、それじゃ周りの人が心配するよ。看護師さんや、親御さんも」
「…前ね、お医者さんがお母さんに言ってるの、聞いたんだ。もういつ寝たきりみたいになってもおかしくないって。お父さんもお母さんもいつも来るわけじゃないし大丈夫」
「でも───」
「いーの!お願い、このままここにいさせて!」
普段のボクだったら、絶対断っていたのに。
「…分かったよ」
そこから、ボクたちの特別な夏が始まった。
もとは短編のつもりだったのですが、想像より長くなりすぎたので3つに分けました。




