死の真相 4
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裸の梨の木を見つめながらぼんやりと昔を思い出していた綾女は、大きく息を吐き出した。
「綾女?」
黙り込んでしまっていた綾女の顔を、紫苑が覗き込んでいる。
端正な顔がすぐ近くにあって、それが心配そうにゆがめられているのを見た綾女は、どうやら何度も声をかけられていたらしいと気が付いた。
ぼんやりしすぎて、呼びかけられていることに気づけなかったのだろう。
「なんでもないの。ちょっと昔を思い出しちゃって。……あのね、紫苑。ちょっと聞いてもいいかしら?」
何度か深呼吸を繰り返し、少しだけ早くなった鼓動の上を押さえる。
昔を思い出したからだろうか、それとも祟りについて考えたからだろうか、嫌なことに気が付いてしまった。
「生きている人も、人を呪ったり祟ったりすることはできるのかしら?」
伯父である中関白道隆は、父が死んだ数か月後の夏に息を引き取った。
綾女が内裏を去った後のことで、のちに病死だったと聞かされたが、もしかしたらと思わなくもない。
あの日、綾女が道隆を呪ったから彼は死んだのではなかろうか。
道隆の病気は、父の葬儀後まもなくして発症したと聞いている。
綾女が彼を呪った時期とちょうど重なるのだ。
もしかしたら、怒りのあまり、恨みのあまり、知らないうちに綾女が道隆を呪い殺したのかもしれない。
それが事実だとしても、たぶんきっとあのときの殺意に染まった感情を悔やむことはないだろうけれど、ぞっとするのも本当だった。人の感情で誰かの命を奪うことができるというのは、怖い。
思わず自分の腕を抱きしめると、紫苑が綾女の体を抱き寄せた。
「できなくもないが、よほど才能がないと無理だよ。……そして、綾女にその才能はないから、もし綾女が誰かのことを想像しているのだとしても、それは綾女のせいじゃない」
「本当?」
「ああ。絶対に」
「どうして言い切れるの?」
綾女にだって、破邪の才があるのだ。可能性はゼロではないはず。
すると、紫苑は困ったような顔で笑った。
「だって、綾女が想像した男の死の原因を作った男を、俺はよく知っているからね」
じっと至近距離で見つめられて、綾女はこくりと喉を鳴らした。
紫苑はどこか遠くを見るように目を細めている。
赤く、綺麗な紫苑の瞳。
その中に、一瞬だがどろりとした何かを見た気がして、綾女はきゅっと彼の袖を端っこを握った。
彼は、人のようだけど人ではなく――そして、うぬぼれでなければ、綾女を大切に思ってくれている。
まさか、と思った。
それは確信に近くて、だから乾いた口で、かすれた声で、ゆっくりと訊ねる。
「それは――誰?」
どくりどくりと心臓が大きな音を立てる。
紫苑は一度目を閉じて、そして、言った。
「俺だ」
短いその一言に、ああやっぱりと思う自分がいた。
彼の瞳を見た時に、そんな気がしたのだ。
「紫苑が呪った?」
「ああ」
「伯父様……中関白を?」
「そうだ」
「だから病気になって、死んじゃったの」
「そうだな」
「どうして?」
すっと紫苑が綾女から腕を離そうとしたので、反射的にぎゅっと彼の直衣を掴んで引っ張った。
すると、離れようとしていた腕が躊躇いがちにまた背中に回される。
まっすぐに彼を見つめていると、紫苑は眩しそうに目を細めて片手で綾女の頬に触れた。少しだけ乾燥している指先が綾女の頬を滑る。
「綾女を、泣かせたから」
何度も綾女の頬を紫苑の指が滑り、それからこつんと額が合わさった。
「泣いていただろう。そこの……梨の木に縋りつくようにして。あのときも、今と同じような裸の木だった」
(そういえば……)
今日まですっかり忘れていたけれど、紫苑が言う通り、綾女はあの日、内裏に帰ってからずっと泣きじゃくっていた。
命婦が止めるのも聞かず、梨の木の根元にうずくまってしがみついて、気を失うまで泣き続けた。
(そういえばそのとき、誰かに会った気がするわ)
それは、綾女より少し年上の少年だった気がする。
彼は黙って綾女の隣に腰を下ろして、父親を恋しがって泣く綾女にただ寄り添ってくれた。
綾女は、ゆるゆると目を見開いた。
「わたしたち……会ったこと、ある? ずっと昔に」
「あるよ」
紫苑が微苦笑を浮かべて頷く。
「話したことはないけどね。綾女が俺を認識したのは六年前が最初かな。それより前は、ただ、その枝に座って見ていた。君の父上は気づいていたみたいだけどね」
紫苑が裸の梨の木の、上のあたりの枝を指さす。
「どうして教えてくれなかったの?」
「言えば悲しいことを思い出すだろう? 忘れたなら、忘れたままでいたほうがいいと、そう思った」
くっつけた額から、紫苑の熱が伝わって来る。
紫苑は昔から、見守っていてくれたのだ。綾女が気づかないところで、ずっと。
(どうしてそんなに優しいの?)
相手は鬼なのに。
人じゃないのに。
人よりもずっとずっと、鬼である紫苑のほうが優しい――そう思う。
もしかして、内裏を去ってから紫苑が綾女に会いにこなかったのは、昔の悲しい記憶を呼び起こさせないようにするためだったのだろうか。
紫苑は綾女が大人になるまで、過去を受け入れられる大人になるまで、待っていてくれたのだろうか。
内裏を出た途端に、強引に連れ帰ることだってできたはずだ。
父との約束があるのだから、綾女は紫苑に連れ去られてもなんらおかしくなかった。
けれども紫苑は、大人になるまで見守るという選択をしてくれた。
綾女がゆっくりと大人になるのを待ってくれたのだ。
(知っていたら、あんなに長く、いやだいやだと我儘なんて言わなかったわ)
なぜ、鬼だから嫌だと拒絶し続けたのだろう。
鬼とか人とか関係ない。
紫苑はこんなに優しくて、温かいのに。
額をくっつけたまま、至近距離で見つめあう。
その、僅か数拍後。
唇を寄せたのは、どちらが先だっただろうか――
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