姫宮の涙 1
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ただ、身を寄せ合って眠りについた。
肌寒いからと自分に言い訳してすり寄れば、ふわりと壊れものを扱うように抱き寄せられて、幸せとはこういうことを言うのだろうかと考える。
彼の衣からは、梅香の香りがした――
☆
ふと目を覚ましたとき、隣で眠っていたはずの紫苑はいなかった。
褥に手のひらを滑らせればまだほのかに温かかったので、つい先ほどまではいたのだろう。
上体を起こしてぐっと伸びをし、それからあることを思い出して自らの唇に触れた。
ここに触れた熱を思い出すと、かあっと顔が赤くなる。
一人で恥ずかしがっていると、帳の外から「姫様」と命婦の声がして綾女は慌ててしまった。さっきまでここに紫苑がいたという事実が、どうしようもなく恥ずかしくて後ろめたくなったのだ。
紫苑とは夫婦なんだから、一緒に眠ったところで問題ないはずなのだけど、人の目を盗んで逢瀬を交わしてしまったような気になる。
しかもここは内裏で、時期が時期である。
罪悪感がすごい。
「起きてるわよ」
気恥ずかしさと後ろめたさをはねのけるようにわざと明るい声を出せば、角盥を持って命婦が入って来た。
角盥に張られた水で顔を洗っている間に、命婦が唐匣から櫛を持ってくる。
六年前と比べるとすっかり伸びた髪を丁寧に梳られて着替えをすませると、用意された朝餉を口にする。
今日の朝餉は粥だった。帝の体調に合わせて作られているのだろうが、強飯を好む綾女にはちょっと物足りない。
かといって、内裏で餅を焼いていたら咎められるだろう。早くこの問題を片付けて、土御門の邸に戻りたい。
匙で粥をすくって口に運んでいると、女房姿の鬼神が高坏を持ってやってきた。
高坏の上には棗と粉熟が乗っていた。
「こちらは主上からでございます」
鬼神の一人が言うには、昨日、脩子内親王を目覚めさせた礼にと帝が届けてくれたらしい。
(さすが兄様、わたしの好みをわかっているわ)
棗は好きだし、粉熟も大好きだ。
粉熟は米と大角豆で作る餅と少し似たものだが、餅のように伸びるわけではない。食感はもちもちとしていて、甘くて美味しい。食べるのは久しぶりだった。
あっという間に粥を食べ終え、綾女は粉熟に手を伸ばした。朝餉が物足りないと思っていたから、腹に溜まる粉熟はありがたい。
「それから姫様、こちらは姫宮様からでございます」
朝餉が乗っていた懸盤を下げ、命婦が椿の枝に括り付けられた文を渡してくれた。
もぐもぐと粉熟を咀嚼しながら文を開けば、たどたどしい文字で、「綾女姉様、あそんでください」と書いてある。
(可愛いっ)
綾女姉様、という呼び方も大変に心躍った。
兄弟姉妹のいない綾女は、昨日はじめて顔を合わせた脩子内親王の可愛らしさに心奪われて、命婦に頼んですぐに文台を用意してもらう。
大きめの文字で「もちろんいいですよ。いつお伺いしましょうか? それからこれはおすそ分けです。よかったら」と書いて、墨が乾くのを待って折りたたむ。
手元に花がなかったため、帝から賜ってまだ手を付けていなかった棗を半分ほど紙に包んで一緒に届けてもらうことにしたのだ。幼子なら甘いものは好きなはずだろう。
命婦に文を言づけると、すぐに人を呼んでくれた。綾女より二つ、三つ年下くらいの女嬬が軽やかな足取りでやってきて文箱を持って去っていく。彼女は今、麗景殿所属だそうだ。
麗景殿は梨壺の西隣にある局である。
脩子内親王は現在、母が暮らしていた登華殿から麗景殿へ移っており、昨年生まれたばかりの妹姫と、それから皇后の妹である御匣殿と、そこで暮らしているようだ。
残りの粉熟を食べながら待っていると、すぐに返事の文が届いた。
綾女より脩子内親王のほうが身分は上なので、綾女のほうが彼女の局へ向かうべきなのだが、手紙には脩子内親王のほうがこちらに来ると書いてある。
幼い妹姫が一緒に暮らしているため、もしかしたら御匣殿があまり人を入れないように忠告したのかもしれない。
(この時期は気が抜けないと聞くからね)
赤子の死亡率は高い。特に生まれて間もない赤子は、ちょっとしたことで命を落とす。
末姫はもうじき五十日の祝いがあるが、生まれてから五十日を迎えられず亡くなる赤子も多い。
ゆえに御匣殿も神経質になっているのだろう。
帝の不調が続き、内裏全体が重たい空気にあるのは肌で感じるはずだ。
昨日は脩子内親王が倒れたのも聞いているはずで、極力他人を局に招きたくないと思っても不思議ではない。
「命婦、午の刻のころに姫宮がこちらにいらっしゃるみたい。何か遊び道具はあったかしら?」
「碁や双六のほかに、どこかに偏つきがあったかと」
「偏つきなら漢字のお勉強になっていいかしら?」
「ええ。姫様も幼いころによく遊ばれましたね。時刻までに準備しておきましょう」
命婦は子供好きなので姫宮が遊びに来るのが楽しみなのだろう。声が弾んでいる。
「それから、お風邪を召されたらいけないから、部屋を暖かくしておいて。火桶ももう一つ二つ追加しましょう」
「ええ、それがよろしいかと」
命婦が忙しそうに動き回れば、二人の鬼神もにこやかにそれを手伝ってくれる。
鬼神というくらいだし、妖が見えない体質の人間にも姿が見えるのでかなり高位の鬼だと思うのだが、この二人はとても細やかで優しかった。口数は少ないが、いつも穏やかそうに微笑んでいるので、無口もあまり気にならない。
部屋の中を几帳や屏風で囲い、姫宮が来る準備を整え終わって少しして、華やかな紅色の衣をまとった脩子内親王が、女房を一人ともなってやってきた。
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