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【書籍化】鬼と姫君~平安異形絵巻~  作者: 狭山ひびき


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破邪 5

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「綾女! 綾女、すまぬが来てくれぬか!」


 いつも泰然と構えている伯父には珍しく、息せき切って回廊を駆けてきた彼は、御簾の前に現れるなり挨拶もなく、叫ぶように言った。


「どうなさったのですか、伯父様」

「どうもこうもないのだ! 姫宮様が! 脩子様がお倒れになった!」

「ええ⁉」


 脩子内親王のことは、綾女は名前しか知らない。綾女が内裏を出た後で生まれた御子だからだ。

 出産当時、皇后は内裏を離れていた。

 懐妊中に皇后の兄伊周と弟隆家が捕らえられ、皇后は自ら髪を切り出家し、内裏を辞していたからである。

 その後、帝が皇后と娘を内裏に迎え入れたが、生まれてから数か月も会うことがかなわなかったせいなのかどうなのか、帝は初めての子である脩子内親王をとても溺愛しているという。

 その姫宮が倒れたとは穏やかな話ではなかった。


「いったいどうしてお倒れになったのですか? 侍医はなんと?」

「侍医ではどうにもならん! ほかの者も役には立たんのだ!」


 ますますよくわからない。

 綾女は医者でも僧でもない。体の具合を診ることも、祈祷することもできないのに、なぜ綾女が呼ばれるのだろうか。


「とにかく、帝が一刻も早くそなたを呼ぶようにとおっしゃっている。そうでなければ主上自らこちらにいらっしゃると言うのを、なんとか晴明が止めているのだ」

「晴明様もわたしを?」

「晴明は止めたが、帝がお聞きにならぬから諦めたらしい」


 なるほど、紫苑が綾女を呼びたくなかったとなると、祟りの関係だろうか。帝の娘である脩子内親王は、将門公の祟りを受ける対象だ。


(そういうことね)


 祟りの影響で姫宮が倒れたとなれば、医者も僧もどうすることもできない。

 昨日のことがあるので、帝は綾女を呼んだのだろう。


「わかりました。兄様が呼んでいるのならば伺います」


 紫苑は破邪の力を使うのは綾女の体に負担がかかると言ったけれど、帝が溺愛する姫宮を放っておくことはできない。

 姫宮はまだ五つなのだ。大人である帝ですら苦しんでいた祟りを幼い身で受ければどうなるか。想像するだけで背筋のあたりがぞっとする。


(でもなんで? 内裏には結界が張られているって言っていたのに)


 少々解せないが、紫苑がついていて綾女を呼ぶことになったのならばそれなりの理由があるはずである。

 早く早くと急かす伯父のあとを、衵扇で顔を隠しながらついていく。

 北廊から御殿へ入れば、青い顔をして死んだように眠っている脩子内親王を腕に抱いた帝が、縋るようなまなざしを向けてきた。


「綾女! なんとかしておくれ! 昨日、そなたに手を握ってもらったら気分がよくなったのだ! そなたが手を握れば、脩子もきっと目を覚ますはずだ。そうだろう?」


 この部屋に歩いてくるまでに伯父に聞いた話によれば、脩子内親王は、乳母と共に帝に琴を披露しにこの部屋に訪れたそうだ。

 帝が目を覚ましたと聞いて、幼い姫宮は父親に会いたくて仕方がなかったのだろう。その気持ちはよくわかる。

 父親の心をお慰めするのだという幼い姫宮の懇願を断り切れず、また、帝も臥せってから顔を見ていなかった娘に会いたかったのか、姫宮が会いに来る許可を出したという。

 そして、乳母と一緒に琴を合奏していた途中で、姫宮は意識を失い倒れたらしい。


 伯父が言うには、晴明――紫苑の見立てでは、帝の側に来てしまったがゆえに祟りの影響を受けてしまったのだろうとのことだった。

 結界を張っていても、結界の中で影響されればどうしようもない。

 ちらりと紫苑を見れば、諦めたような顔で頷かれた。帝が騒ぎ立ててしまえば、いくら鬼神とはいえ晴明のふりをしている紫苑には止められない。


「わたしで力になれるかどうかわかりませんが、手を握ればいいんですね?」


 綾女に破邪の力があるのは秘密である。紫苑が誰にも言っていないのだ。

言えば綾女に無理をさせてでも帝の祟りをどうにかしろという命が下るのはわかっていたからだろう、誰にも漏らすなと釘を刺されている。

 昨日と立て続けに二回、綾女が同じような現象を起こせば綾女に何かあると思われてしまうだろうが、それでもこのまま「無理」と言って逃げるわけにもいかなかった。

 姫宮を抱える帝の側に膝をついて、綾女はそっと小さな手を握る。


「っ」


 昨日と同じように、ぶわっと熱が全身を駆け巡った。

 けれど、その熱は昨日ほどではなく、熱いと思ったのはほんの少しの間だけだった。

 幼い姫宮の瞼が震え、ゆっくりと開かれる。

 大きな目をぱちりぱちりと瞬かせて、脩子内親王はふわりと笑った。


「ててさま、どうしたのですか? かなしいおかお」


 小さな手を、己を抱いている帝の顔に伸ばして姫宮が言う。

 ぐしゃりと顔をゆがめた帝が、ぎゅうっと幼い娘を抱きしめるのを、綾女はほんの少しの胸の痛みと共に見つめた。


 ――無性に、父に、会いたくなった。





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