破邪 4
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梨の木は、翌朝起きたときには元通りの裸の木に戻っていた。
今日は帝に会う約束はしていない。
ただ避難してきただけの綾女はすることがなくて、朝餉のあとはぼんやりと過ごしていたら、懐かしい顔がやってきた。
綾女が内裏で暮らしていたころにもいた典侍である。夫が右近衛府の中将だったことから、右近と呼ばれていた女性だ。
「姫宮様、お久しゅうございます」
綾女が退屈していると思って様子を見に来てくれたのだという。
右近は、いくつかの巻物を手に持っていた。
「右近も久しぶりね。変わりないかしら?」
「わたくしは。中宮様やほかの女御様方は、ご気分が優れない日が多いようでございますが」
このような状況なのだ、それは仕方がないかもしれないが、右近が元気そうでよかった。
右近は綾女の亡き母と年が近くて、早くに母を亡くした綾女をいつも気にかけてくれていた女性だったのだ。
忙しいのか、巻物を届けに来てくれただけのようだが、元気そうな顔が見られてよかったと思う。
右近が去った後で、せっかくだしと巻物を広げて、命婦とのんびりそれを眺める。知らないうちに新しい物語ができていたようだ。
紫苑は今日の夜もまた会いに来てくれると言ったけれど、昼間から堂々とこちらへは来られない。
夜までの時間つぶしと思えば巻物もありがたかった。
綿星もたまに様子を見にくるが、さすがに内裏の中で綿星と堂々と遊ぶわけにもいかない。さっきのように、ふらりと典侍などが顔を見にきては大変だからだ。
綿星の姿はほかの人には見えないからこそ、綾女が一人でぶつぶつと喋っているように思われる。気が触れたと、医師や僧を呼ばれたら大事だ。
しばらく絵巻物に夢中になっていると、微かに琴の音が響いてきた。
もしかしたら、帝が目を覚ましたから、誰かがお心を慰めるために琴をつま弾いているのかもしれない。
よく聞いてみると、音色は二つあった。一つはひどくたどたどしくて、まだ手習い中の子供のような音色だった。
とはいえ、琴も琵琶も才能がなかった綾女が偉そうなことは言えないのだが、まだ綾女のほうがうまく弾けると思うような音色に自然と顔がほころぶ。綾女よりつたないなんて子供に違いないからだ。もしかしたら亡き皇后の生んだ姫宮だろうか。
そんなことを考えていると、不意に音色が途切れ、代わりに絹を引き裂いたような悲鳴が聞こえてきた。
巻物から顔を上げて、命婦と顔を見合わせる。
「命婦、聞こえた?」
「え、ええ、聞こえました。いったい何があったのでございましょう」
命婦が青い顔になって、まるで見えない何かから綾女を守るように抱きしめる。
綾女の元に、伯父が蒼白な顔をしてやってきたのは、それから数刻後のことだった。
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