秘密 4
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
安倍晴明という男にはじめて会ったのは、紫苑が十四歳のときだった。
その頃紫苑は、父である鬼――酒呑とともに都で暮らしていた。
そこに、ふらりと現れたのが安倍晴明と名乗る老人だった。
酒呑の元にやって来た晴明は、どうやら都で起こる神隠しの原因を探っていたようで、父に心当たりがないかと訊ねてきた。
まったく豪胆な老人だ。
父はこの国で最強の名をほしいままにする鬼神である。そこへ人の身でありながら単身乗り込んできて、世間話でもするようにそんな話をするのだから。
父は瓢箪に入った酒を煽りながら、答えた。
「知らんな」
父の返答が真であり、また嘘であることを紫苑は知っていた。
父は気に入った人間の女がいたら、ふらりと攫って帰ることがある。
紫苑の母も、父に攫われた人間の女だった。
だが父は、息を呑むほど恐ろしいその顔と裏腹に、意外と話のわかる鬼でもあった。
攫って帰った娘が、父に心を許さなければ、元居た場所に戻しに行く。
逆に、鬼が父に惚れればそばに置く。
父は、そんな風変わりな鬼だった。
そして、紫苑の母だった女が死に、父は女を攫わなくなった。
父は紫苑の母を愛していて、その死を受け入れられずに、こうして日々飲んだくれているのだ。
だから、父の答えは真であり嘘でもある。
過去に娘を何度も攫った父は、今の神隠しには一切の関与をしていないからだ。
晴明は、白いひげを撫でながら「ほうほう」と笑った。
まったく思考が読めない爺さんだと思った。
不気味さ、とでも言うのか。なるほど、鬼の住処まで単身乗り込んでくるだけの何かはもっているようだ。
晴明はそのあと二言三言酒呑と話して去って行った。
だが三日後、晴明はまたやって来た。
また神隠しの話だった。
「手詰まりでのぅ」
晴明は言った。
晴明は占術を得意としていたが、時期が悪く、方角まではわかるがそれ以上がわからないと言った。だが、大臣がなんとかしろと言う以上、なんとかせねばならないのだとも言っていた。
「何か知らんかのぅ」
「知らんと言うに」
父と晴明の会話を聞きながら、紫苑は小さな焦りを覚えていた。
晴明によれば、まだ幼い娘ばかりが神隠しにあっているのだという。
父は年頃の娘にしか興味がないので、まず間違いなく父は関係ないのだが――幼い娘ばかりが攫われているとなれば、紫苑も悠長に構えていられない。
なぜなら、紫苑の未来の嫁が、先日内裏を追い出されて右京で暮らしているからだ。
父の側に昔から仕えている稲荷狐に様子を見させてはいるし、あの狐は気の抜けそうな見た目と違って有能なので大丈夫だとは思いたいが、万が一ということもある。
そんな紫苑の内心に気づいてか、酒を煽りながら父が言った。
「紫苑、手伝ってやれ。この爺はそろそろ寿命がくる。だいぶ力が落ちているのだろう。だから気づけんのだ」
父の指摘に、晴明は肩をすくめた。どうやら正鵠を射ていたようだ。
「ご子息かな?」
「ああ。末のな。そしてこれが一番優秀だ。役に立つだろう」
「して、対価は?」
鬼が親切心で動くことはない。
必ず理由がそこに存在することを、この年寄りはよく理解していたのだろう。
父は顎を撫でながら「そうさな」と笑った。
「お前が死んだらその邸をもらう。息子の嫁は人の娘だからな。人の世で暮らしたほうがよかろうて」
「攫うおつもりか?」
「馬鹿を言え。俺と違ってその息子は真面目なのだ。攫うのではなく約定だ。昔、息子が助けた男が娘を差し出すと言った」
「なるほど」
晴明は好々爺然と笑っただけだった。てっきり、鬼が人の娘を嫁に取るなとかなんとか言われると思ったが、どうやらそれほど無粋な老人でもないようだ。
「ならばそのように。わしももって数年じゃろうからのぅ」
占術が得意という晴明は自分の死期を理解しているのだろう。
人間にしてはずいぶんと優秀な男だ。
同時に、本当に変わった老人だ。
このとき紫苑は、まさかこの老人が、この先の自分の未来に大きく関わることになろうとは、露ほども思わなかった。
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ








