14,地下への道
そこに足を踏み込んだら最後、生きて戻れないという触れ込みの、禁足地。
瑠唯を抱えた陸人も、柊の言葉を訂正する素振りはない。ただのはったりや、悪い冗談というわけではなさそうだ。
(乙女ゲームだと思ってのんびり進めていたら、いつの間にかデスゲームでした……! ってこと? どこかから突然「これから皆さんには殺し合いをしてもらいます」っていうゲームの進行役も出てくる? いや、そこまで極端にジャンル変えしなくても「巡る世界の五重奏」にも、バッドエンドがあるとしたら?)
妖魔との戦いで敗退しゲームオーバーはあると認識していたが、それだけなら拠点からやり直す程度で済むだろう。
しかし、マルチエンディングだけにハピエン以外のルートがあることは当然考えられる。
たとえば誰との好感度も上げきれず「最後にみんなから『お疲れ様!』という寄せ書きをもらうだけ」のノーマルエンドはわかりやすい。
一方で、十八禁要素がどこまでエンディングに影響するかだ。好感度を上げるための必須イベントに濡れ場があるなら、複数キャラの好感度を同時に限界まで上げる攻略は間違いなくビッチだ。最後に複数人にその事実がバレた場合、ヤンデレ化した攻略対象キャラによって息の根を止められることも十分にありえるのでは……。
――翠扇は僕だけの翠扇なのに。どうして他の奴にも、君の大切なところを触らせたの?
血糊のついた刃物を手に、薄笑いを浮かべて迫ってくる姿を思い浮かべたのは、ヤンデレのネタバレをくらっていた蛍である。
(立野くん……! いえ、現実にはそんなことあるわけない。モテない私が、攻略対象者のお兄さんたちと付き合うなんてありえるわけが)
とはいえ、実際のところ、瑠唯は今日すでに一度銃で狙われている。恋愛を抜きにして考えても、生きるか死ぬかの状況を疑う段階は、すでに通り越しているのだった。
「運んでいただかなくても大丈夫です。寝て休んだせいか、だいぶ回復したみたいなので、問題なく歩けます」
瑠唯は、陸人の手を断って畳に足を下ろし、薄く笑っている柊と向き合う。
目が合ったところで、くっと無言で拳を握りしめた。
柊は、当たりの強い言動を抜きにして考えれば、思わず見惚れるほど非の打ち所のない美貌の持ち主だ。
(お顔が大変良い……! 私に二次創作の才能があったら、これ幸いとばかりに妄想の翼をはためかせたのに。いえ、やってやれないことはないはず。カップリングにしても夢小説にしても、基礎教養程度ならある……!)
瑠唯は、視線を逸らさず柊をガン見する。
着物をしなやかに着こなした体は細く、女性的で優美な印象だ。
例えば、真澄のようなすらりと引き締まった長身で、肩幅が広く、いかにも頼りがいを感じさせる体格の男性とは、非常に良いカップルとして成立しそうだ。
その線で考えてみようと決意し、瑠唯は脳裏に二人がイチャイチャする様子を描いてみた。
負けん気が強く、何かと意地っ張りな柊に対し、真澄はどこまでも優しいお兄さんとしてどんなときでも「よしよし」と穏やかに接する。しかし真澄は、ひとたび固定ルートに入ると絶倫の本性を明らかにするというクセの強いキャラでもある。
いざそのときが来たら、自分が捕食されるなんてまったく想像もしていないであろう柊に対して牙を剥き、追い詰めて「逃さないよ」と押し倒し、泣いても喚いても意に介さず貪り尽くすのだった……。
「なにニヤニヤしているんだ。気持ちの悪い女だな」
柊の、ひんやりとした声で瑠唯は我に返った。
まるで自分が瑠唯の妄想の中でどんな目に遭っていたのかを察しているかのように、柊は嫌そうな表情をしていた。
その冷たいまなざしを受けて、瑠唯はふふっと不敵に笑う。
「どんな王子様育ちをすれば、ほとんど初対面の相手にそんなひどいことを言えるのか全然わからないんですけど、いいですよ。好きなだけ言えばいいです。許可します」
柊は眉をひそめ、頬をひくっとひきつらせた。明らかに、自分が他人に辛く当たることはあっても、言い返されることはない人生を歩んできたひとの反応だ。
一本取った快感で、瑠唯はぞくぞくと身を震わせる。
(やられた分だけ、どぎついエロ妄想の餌食にしてあげますね……! 無事に家に帰ったら「巡る世界の五重奏」をやりこんで、薄い本デビューするのを目標に! 生き延びる……!)
決意を固める瑠唯に睨みをきかせてから、柊はふいっと背を向ける。
滑るように音もなく畳の上を進んで、止める間もなく床の間に足を踏み入れる。掛け軸をさっと手で避けると、その先に続く暗がりへと進んで行った。
「忍者屋敷だ……!」
思わず瑠唯が呟くと、傍らで陸人が答える。
「どちからというと、要塞ですね。こう見えてこの屋敷、設備はすべて最新なので、地下への経路が変わることくらい、日常茶飯事かと。この場所が次も抜け道として使えるかはわからないです。僕が先に行ったほうがいいですか?」
「私がおとなしくついて行かず、回れ右して逃げ出すことは心配しないんですか? 今ならまだ廊下に、お父さんもお母さんもいるかもしれない……」
ためらいながら瑠唯が逆に聞き返すと、陸人は苦笑を浮かべた。
「瑠唯さんが逃げた場合、僕は激怒する柊さんを抑える側にまわるつもりですが、どこからともなくレーザー照射されて死ぬかもしれません。ここの設備は、そのへんも充実しています」
そのへんって、どのへんですか? という言葉を、瑠唯は呑み込んだ。
(嘘を言う必要もなさそうな陸人さんがこう言う以上、事実なのかもしれない。治外法権? いかにも何かありそうな屋敷だし、逃げ場はないと思っておいたほうが良さそう)
観念して掛け軸の裏に乗り込むと、常夜灯のような淡い灯りが等間隔に並んだ狭い通路が続いていた。
後ろに陸人の気配を感じつつ、瑠唯は「どこに向かっているんですか?」と尋ねた。たしか、柊は陸人へ説明を投げていたはずだ。
心得ていたように、陸人が答えてくる。
「このお屋敷は代々、宮橋さんというご家族が住んでいます。家系図をたどると皇族とも関係しているそうですが、表向きは知る人ぞ知るといった程度のつながりですね。ただし裏日本においては相応の力を有していまして」
「裏日本」
自明の事実のように語られる覚えのないワードが飛び出してきて、瑠唯は身構えた。しかし陸人は、意図的か天然かわからないが「裏社会よりはよほど統制がとれています」とやや的外れな解説を加えてきた。知りたいのはそこではないが、瑠唯は話の腰を折らぬよう、先を促す。
「宮橋家の役割は『墓守』だそうです。この広大な敷地の地下には、古の大王の墓所があります。ある理由により禁足地と呼ばれ、千年以上封印されてきました。ひとが立ち入るようになったのは本当に、ここ数年の話です」
道は、緩やかに下へと向かっているようだ。体感温度が、ぐっと低くなる。
「どうして、封印が破られたんですか?」
「故意ではなく、最初は偶然だったようです。たまたま、宮橋家の小さなお子さんが大人の目をかいくぐり、地下への道を見つけて、禁足地へと踏み入れてしまったんです」
ほんの数年前。当時は小さな子ども。
瑠唯は、先に地下へと下りていった柊の姿を思い浮かべた。
「子どもが偶然、千年にわたる封印を解いた……?」
「おそらく、気が遠くなるような長い歴史があるわけですから、そういったこと事態は初めてではなかったはずです。ただ、これまでは禁足地に足を踏み入れても、帰ってきた者はいなかった」
腹くくったつもりであったが、陸人の語る内容を聞いているうちに、瑠唯の足は止まってしまった。
すぐ背後まで追いついた陸人が「怖いですよね」と優しく声をかけてくる。
なんと言うべきか悩み、瑠唯はひきつった笑いを浮かべて言った。
「ファラオの呪いみたいですね。王の墓を暴いた者には死を、でしたっけ」
ありましたよねーそういうの、と瑠唯はつとめて明るく言ったつもりだった。だが、声が震えているのが自分でもわかった。寒さのせいかもしれないが、歯の根が合わない。
陸人は無理に瑠唯を追い立てることはなく、足を止めたまま話を続けた。
「エジプトの『王家の呪い』は、無関係な死もつなぎ合わせて誇張されて広まったものとされているみたいですが、宮橋家の管理する墓所に関しては事情が違います。墓守の住むこの屋敷が、どれだけ時代が下ろうともこの敷地面積を保持していたのは、墓所へ絶対にひとを近寄らせてはいけなかったからです」
その先を聞こうと瑠唯が口を開きかけたとき、柊から「遅いぞ」と苛立ったような声が飛んできた。
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